⑥怪奇集め 取り残された町 清掃員の恋

♢ゴミ収集作業員と取り残された町

「これ、リアルな感じがする」
 投稿した文章を読んで感じたことだ。
 職業上怪奇と遭遇するパターンは多い。

 ゴミ収集の仕事は日々の生活に欠かせないものだ。正月など週2回のうち、1日でも来ない日があれば、ゴミはたまり、生ごみは匂う。週1回で足りている人間であれば問題はないだろうが、どちらにせよ日々の暮らしに欠かせない大切な役割を担う。この仕事をしていると怪奇現象に出会うことがあるらしい。もちろん、日々忙しくスピードを求められる仕事なので、じっくり見るわけではないが、見えてしまうことがあるらしい。

♢♢♢

 ある時、曇ったじめじめした午後の収集時間のことだった。二人一組でいつものように作業に没頭する。午前からの作業故、汗だくになり、ゴミの匂いが相まって自分自身でも決していい匂いとはいえない匂いに包まれていることは自覚していた。しかも、こんなに湿気の多い午後は蒸し暑さがいつもの倍だ。

 いつもカラスがたむろしているゴミ集積所だった。地区によっては住民がカラスの被害を防ぐために努力をしている地区も多かった。住民の質だ。意識の高い住民が多い地区では、ゴミを出す時間や出し方にモラルがあり、ネットをするなどの工夫を凝らし、カラス対策をしている。しかし、住民がゴミを出す時間を守らないとか、出してはいけないものを出すという地区も多いのは事実だった。プラスチックと燃えるゴミの分別を守らないのは日常茶飯事の地区で、いつ出したのかもわからないゴミ袋はカラスに食いちぎられていた。だから、中身がでていることも多々あったが、それを掃除する義務は収集員にはないので、放置する。しかし、住民が掃除をしない。カラスが増殖する。その繰り返しだった。しかたがなく、その地域は袋があれば持っていく程度の認識となっていた。目についたのが、袋から飛び出たおもちゃだった。それはレトロな人形で、捨てられたのは納得の古さだった。

 怖い。の一言に尽きた。一瞬体が凍り、これ以上動かないのではと思った。まるで金縛りだ。まあるい目がぎょろりとしており、こちらを見たような気がした。ゴミなので、不要なものをすてるというのは理にかなっている。職業上、何度も古いものから新しいものまで捨てられているゴミに遭遇している。正直、捨てなくても使えるなぁ、もったいないと安月給の自分は思うこともある。しかし、納得の古いごみもある。こんなになるまでよくとっておいたなと思うこともある。いちいち考えていられる時間はなく、いつも収集車に放り込んだ。

 この地区は古い神社がむかえにあり、墓地もある独特な雰囲気だ。家も古い戸建てが多く、若い人は少ないだろう。たまに古びたアパートに貧困層である若者が住んでいるような気配はある。

 この時も、一瞬躊躇したが、仕事だ。人形もろとも収集車に放り込む。一瞬の作業だった。一瞬めまいがしたような気がする。きっと疲れたのだ。毎日の単調作業と肉体労働は疲労を増殖させる。まるでウイルスだ。相方の先輩は無愛想で無口だ。滅多に世間話をする人ではない。しかし、この時、珍しく口を開いた。

「ここの地区には気をつけろ」

 珍しい無口な先輩の言葉に思わず驚きを隠せなかった。
 声はとても低く抑揚はなかった。

「どういう意味ですか」

「ここは色々な意味で治安が悪い。俺は似たような気配を若い時に経験して大変な目に遭った。お前も気をつけろ」

 たしかに、住民の治安は悪そうだ。どういう意味だろうとその時は理解が追い付かなかった。しかし、週二回の収集日にまたもや同じ人形が捨てられていたのだ。こんなに古い同じ人形を何度も捨てるだろうか。たとえ捨てるにしてもまとめて何体か、全部捨てるのが普通だろう。一体ずつ捨てているのだろうか? そんなに古い人形を所持している人がこの辺りにいるのだろうか。遺品整理とかそういったことを頭に浮かべる。でも、それ以外はいたって普通のごみのようだった。ただ、捨てる時間が悪いのか、カラスに袋をつつかれて、人形だけが飛び出していたということが二度起こっただけだ。それだけだ。いつのまにか自分に言い聞かせていた。

「俺は霊感が強いんだ」
 普段は無口な先輩がつぶやく。

「人形は俺たちを待っていたのかもしれないな。そして、これは誰かからのメッセージなのかもしれない」
 真剣な表情で、よくわからないことをつぶやく中年男性。
 普通に考えたらおかしいとしかいいようがなかったが、今日は妙にすとんと理解できるような気がした。

 古びた女の子の人形はあざだらけで、薄汚れていて、服はぼろぼろだ。髪の毛もぼさぼさで、表情は変わらないはずなのにとても不気味だった。

「俺たちはゴミ収集を仕事としています。どんなものでも心を鬼にして収集しなければいけないと思いませんか。ゴミとして処分しなければいけないんですよね」

「もちろん、そのとおりだ。俺が人形から感じたのは、その人形の姿のようにここらの地区に、誰かが俺たちに助けを求めている可能性があるな」

「どういう意味ですか」

「人形が教えてくれているってことだ」

「あの不気味な人形は悪ではないのですか?」

「あの人形は何度も集積所から戻ってきて俺たちに知らせているんだよ」

 こんな空想めいたことを言う人だということは夢にも思わなかった。
 汗だくで黒ずんだ作業着を着た髪が剥げたおっさんが、真面目な顔をして空想論を語るなんてと思ったが、人形の目が何かを伝えたがっているというのは感じていた。

「ゴミを出している主がわかれば、そこに困っている者がいるかもしれない。いわゆる無戸籍とか、児童相談所の要望に応じない親とか、誘拐されて監禁状態になった人間かもしれない。俺は、何度もこういうメッセージを感じたことがある」

 油ぎった顔で作業着は汗だくのおっさんが言うセリフにしては少しばかり違和感があったが、話を聞くことにした。

「先輩は今までメッセージを感じたら、どうしていたんですか」

「俺の祖母が霊媒師でな。霊を見たり、交信することができる人だった。その遺伝を強く継いだのが俺だった。しかし、世の中、詐欺だと霊的なことを信じる者はめっきり減って、それを生業とすることは難しい時代になった。俺はゴミ収集の業者に高校を卒業してから就職することにした。それ以来、この仕事一筋だ。でも、この仕事は見える俺には時には見え過ぎて困ることも多い。目で見るわけではなく、感じるんだ。ある時は、死体を捨てた者もいた。人の大切な思い出を勝手に捨てた者もいた。大切な人の遺品を捨てた者もいた。孤独死した人の遺品を全部捨てていた者もいた。これは、ゴミ袋に触れるだけで感じるんだ」

 作業の手を止めて先輩はじっと俺の方を見た。薄汚れた手袋は、俺たちの作業の証だ。作業着の汚れも同様だ。人のために尽くす仕事を懸命にやっているんだ、俺は誇りを持って作業をしているんだ。他人には、大変そうだと言われ、雨の日も風の日も外での作業は続く。子供たちには生ごみ臭いと罵られても、それでも誇りを持つんだ。いつもそう思うことにしている。

「じゃあ、今夜あたり、ここで見張ってみよう」

 無言の圧力を感じ、仕方なく、自分も一緒にと同意する。本意ではない。こんなに不気味な場所にいたいと思わなかった。右には真紅の鳥居。左には色のない古寺と古い墓がずらりと並ぶ。古い集落ゆえ、老朽化は否めない。人間も物も古くなっているということはありうる。

「でも、何時に持ってくるか、ましてや何日前に持ってくるか。ここらの地区の住人はわかりませんよ」

「大丈夫だ。ここらには弱者の味方がぎょうさんおる」

「どういう意味ですか?」

「夜になればわかる。俺は自家用車で通勤してる。お前はバス通勤だったな。今夜は送ってやる」

 半ば強引に仲良くもないただの会社の先輩と夜にボランティア活動しなければいけないなんて、俺は不運だとつくづく思った。

 定時になり、作業服を脱ぐ。シャワーを浴びたいところだが、そのようなものは、もちろん完備されていない。ぐっしょり汗ばんだ下着のTシャツを脱ぎ、タオルで拭く。朝に着てきた私服に着替える。夜になると、日中に比べて気温が低くなる。過ごしやすくはなるが、秋口は少しばかり冷えて、風邪をひかないように一枚薄手のパーカーを羽織る。虫の鳴き声がりんりんと注がれる。秋が来たのだと感じる。ススキ野原のススキが風になびく様子がみんな同じ方向に同じ格好をして動く人間に似ているように感じていた。

 先輩の車に乗せてもらい、治安と気味の悪い地区へ行く。昼間いつも来ているにもかかわらず、全然違う印象だった。まず、街灯がほとんどない。薄暗く、人通りはほとんどない。人家もあかりがついておらず、廃墟が多いのかもしれない。取り残された町、そんな印象を持った。

「聞こえてきたな」
 先輩は窓を開けて耳に手をあて、遠くの音を聞くしぐさをする。
 じっと耳を傾ける。すると、ぴーひゃらぴーひゃらとなにやら秋祭りらしき音色が聞こえる。

「平日に秋祭りですか?」

「いや、違う」

 閑散とした町とは対比的に太鼓と笛の祭りらしき音が遠くから響く。ただ、どの程度遠いのかまではわからない。

「ここの地区の守り神が霊感の強い者を呼んでいるんだ」

「先輩のことですか?」

「おまえさんも、相当霊感はある方だと思うがな。今まで、何も気づかなかったのか? 鈍感な奴だな」

 霊感が強いなんて感じたことはなかった。でも、他人と比較なんてしたこともなかった。ただ、この仕事についてからは不思議なことを経験することはあったが、それが普通だと思っていた。ゴミ集積所はいらないゴミの集まり。それは、人々の使い古した物や執着した思いが時に混ざっていることもある。混沌としたゴミという括りの中で、必要とされなくなった物の悲しみを受け取ったこともあったのかもしれない。物の思い。人の思いが集積所には置いてある。かつてはゴミではなかった大切に扱われていたものがそこにはある。

「さて、音の主が俺たちを呼んでいる。蛍のような光がいるだろ。あれが導いてくれるのさ」

 目の前には夜にそびえたつ神社があり、墓場が草原のように広がっている。光がないので、あまり良くは見えない。しかし、目の前の蛍のような光が闇夜の町を想像以上に照らし、俺たちの車を導いた。

 祭りの囃子はどんどん音が大きくなる。こちらであっているということだろう。太鼓の音がどどんと耳に響く。笛の音色は思ったより甲高い。光はある一見の古い家の前で最高潮に光を見せた。

「ここに、俺たちを待っている者がいる」

 誘拐された少女がいるとか、誰かが監禁されているという可能性も考えていた。
 でも、誰もいる気配がない。

「おじゃまします」
 ゆっくりゆっくり靴のまま家に上がらせてもらう。鍵もかかっておらず、人が住んでいる気配はない。相当前に引っ越したのかもしれない。

 気づくと先輩が手を合わせていた。

「この方が俺たちを呼んだんだな」

 目の前には骸骨となった性別や年齢不明の遺体があった。
 もうだいぶ前になくなっているようで、ただの骨と洋服しか残ってなかった。この人が生まれた時に喜ぶ親がいて、家族や友達がいて、最期にこんな形で孤独死してしまったのだろうか。この姿からは全く想像もつかなかったが、これは誰にでも起こりうることなのかもしれない。ここが、この人間の住処ではなく、誰かに監禁されたものだったとしたら――?

 人生はどこで歯車が狂うのか想像もつかない。

「きっとあの人形はあの人の大切なもので、俺たちと波長があったんだろう。俺たちがこの地区担当になってから、毎日俺たちに何かしらのメッセージを送っていたんだろうな」

「あの人形以外にもありましたか?」

「俺は、あの集積所に行くと、いつも異変を感じていたぞ。たとえば、カラスがやたら同じ方向に俺たちをいざなう時が何度もあっただろ」

「俺たちはこの地区の担当になったのも何かにいざなわれた。そうだと思わんか?」

 その通りだ。俺ももしかしたら、昔から霊感のようなものがあったように思う。黒い人影を見たことは何度かあった。気づかぬうちに見えていることもあるのかもしれない。

 俺たちは仏となった何者かを警察に連絡し、事情聴取を受け、帰宅した。
 あの人は、きっとここにいるということを伝えたかったのかもしれない。でも、誰にでもこの声は届かない。なぜならば、死んでいるのだから――。

 死者にできることは非常に限られてしまうのが現実だから。
 生なるものに助けを乞う。これしかないのだから。

♢♢♢

「こんなことってあるのかな。この無口な相方のおっさんに話を聞いてみたいね」

「きっとそのおっさんは、ネットとかしないんじゃないかな。違う電波で世界と繋がってるタイプでしょ」

♢町の掃除屋の恋

 以下は掲示板に投稿されたちょっとホラーな話だ。

 掃除屋というとどういうイメージがあるだろうか。町の暗殺者というカッコいい二次元を想像する者もいるかもしれない。これは、普通の清掃業者に勤める男性の書き込みだった。いわゆるゴミ箱のゴミを集めたり、床にモップをかけたりする仕事だ。

 職業は「町の掃除屋さん」。ここでは、壮司《そうじ》という仮名で書きこもうか。どんなに汚いものでも、臭いものでも自分たちにかかれば見事にさっぱり仕上がりますという売り込みでやっている。主に壮司の会社の社員はスーパーや病院に派遣されることが多い。開店前の早朝や閉店後の遅い時間勤務もあり、不規則な仕事で社員の出入りも多い。壮司は病院を担当することが多く、早朝や夕方以外にも患者のいる時間帯に仕事をすることも多く、顔見知りになることが多かった。

 地元では比較的大きな総合病院で、大きな病を抱えた持病のある患者は定期的に通院していた。顔見知りになる機会が多いと情が芽生えることも多い。高齢者が多い地域なので、話し相手になることも多かった。

 そんな壮司に珍しく若い女性と話す機会ができた。というのも、この病院や職場には若い女性自体珍しいのでめっぽう出会いはなかった。しがない独身男性だと自覚はしていて、結婚する気も全くなかった。ただ、毎日仕事をして帰宅するだけの無趣味な毎日を送っていた。田舎なので若い人自体少ないので、美しい女性は珍しい。ゆえに、とても目立っていた。20歳そこそこくらいで大学生くらいの印象だった。ある時、思いもよらない出来事があった。美しい女性が声をかけてきた。

「私、この町に引っ越してきて間もないのですが、同じくらいの知り合いがいなくて、よかったら話し相手になってくださいませんか?」

「俺で良ければ」

 壮司は学生時代から冴えないタイプだったので、そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。正直舞い上がってしまった。たしかに、高校を卒業して町を出て行った同級生は多数いる。新参者ならば友達なんてできないだろう。このあたりは、専門学校も大学の類もない。田舎町はのどかだけれど、刺激はないし、娯楽もない。でも、壮司はのどかな田舎暮らしのほうが自分に合っていると自覚していた。

「もう少しで休憩時間なんで、売店でコーヒーでも買ってきます。何か飲みたい物はありますか?」
 汗臭くないか、ゴミ臭くないか。この仕事を始めてから、初めて気にした自分に気づく。異性に対しての免疫が全くない故、仕方がない。

「じゃあ、私はオレンジジュースで。カフェインはあまり体によくないらしいので」
 病気がちな印象の彼女はあまり健康そうには見えない。

「定期的に通院されてるんですか?」

 ペットボトルを差し出しながら聞く。
 彼女がお金を出そうとしたので、いらないとジェスチャーする。

「実は、持病があって、都会より田舎の方がいいということで家族と共に引っ越してきました。空気がきれいでのどかな土地は落ち着きます。実は、同じくらいの年齢のあなたを見て、ずっと話しかけようと思っていました」

「そうなんですか?」
 まさか、そんなことがあろうとは思わなかった。今まで床ばかり見てきたので、こんなに美人が通院していたことに鈍感な壮司は気づかなかった。それに、美人がいても自分の人生と交わることはないと思っていた。

「週に3度は通院しておりますので、またお話してください」

「週に3度もですか?」
 高齢者でも月1程度の人のほうが多い。

「人工透析をしているんです。腎臓が悪くて。人工透析をしている人はあと3年程度の命なんていわれています。実際私は結構前から透析をしているため、長くはないのです。片足棺桶に突っ込んでいる状態なんですよね」
 うつむき加減でありのままの状態を語る。悟った様子の彼女ははかない花のように可憐なのにすぐにしおれてしまいそうで守りたくなった。

 彼女とはずいぶん親しくなり、恋人といえるような関係に発展した。とは言っても持病もあり、遠くへ外出も体力的にも厳しかった。それでも、彼女の家族とも仲が良くなり、近くへ彼女をドライブに連れていくこともあった。クリスマスも正月も夏祭りも花見も年間行事は一緒だった。

「ねぇ、壮司さん。私、病院の地下の部屋が怖いの」

「死人を保管する部屋だったかな。霊安室、あそこは、関係者以外は入れないから俺も入ったことはないかな」

「掃除屋さんも入れないのね。時々、何か声を感じるの」

「ここは病院も少ないし高齢者が多いからね。死人が出ることは多いさ」

「時々誰かが呼んでいる気がして、こわいなぁとおもっていたの」

「俺、霊感強い方じゃないけど、ここで仕事するようになってから、死んだはずの人がベンチに座っていたり、歩いていることがあるんだ。その時は気づかなかったけれど後になって、亡くなっていたことを知ったこともあるよ」

「病院って生死と向き合う場所ね。この町に言い伝えがあると聞いたの。生なる花っていう花があって、スカイブルーの色合いだと聞いたの。とても珍しいから、見つけたらラッキーだと聞いたから、この山林にないかなと思って、ドライブの時に行きたいとずっと思っていたわ。ほんの短時間しか咲かないし、触れると色がきれいなブルーから変色してしまい、すぐ枯れるとも聞いた。でも、縁起がいい花で、それを見つけた人は長生きするんですって」

「聖華さんには少しでも長く生きてそばにいてほしいよ。この時期咲くと聞いたことがある。俺も少し散策してみたいと思うよ」

 彼女の名前は聖なる華と書いて聖華だった。まさに、彼女そのものを表した名前という印象が強いと思う。まさに名は体を表すだ。

 山のほうに咲くと言われている生なる花を探して二人でドライブをした。二人で過ごす時間はかけがえのない時間であり、宝物だった。今までがあまりにも簡素で乾ききった人生だったから余計にそう感じたのかもしれない。

 その日は散策してみたが、案の定幻の花と言われているだけあって、簡単に見つけることはできなかった。何度か彼女とデートの時に行ってみたが、やはり珍しいと言われる伝説の花に遭遇することはなかった。

「俺、健康だけが取り柄だから、少しでも君の助けになりたい。俺の命をわけられたらいいのに」

「優しい人ね。ずっと私のそばにいて」
 俺たちは固く、その晩愛を誓い合った。交際経験のなかった俺はその夜、はじめての経験に心が高揚してしばらく眠ることができなかった。

 1年くらい交際した頃、彼女はみるみる体が衰え、とうとうこの世からいなくなってしまった。初めての愛をくれた女性との永遠の別れ程辛いものはなかった。しばらく泣いて泣いて毎日を過ごした。彼女を忘れる日はなかった。そして、以前のただ孤独だった自分に戻っただけだと気づかされていた。何も自分自身がかわったわけではなかったんだ。

 そんな時、勤め先の会社の社長の娘がUターン就職で帰ってきた。彼女は俺の高校の後輩にあたり、東京の大学に行っていたらしい。しかし、将来的に会社を継ぐために親の掃除の会社の社員として働くことになった。高卒で入った壮司も、気づくとアラサーになっていた。壮司よりもだいぶ若い新卒の女性は会社内でも町内でも珍しい。気取らない性格の彼女は、社員や町のみんなからかわいがられる存在となっていた。彼女は思いの外話しやすいタイプで壮司になぜかなついていた。多分、女性に対する免疫ができ、いつのまにか気の利いた話ができるようになっていたからかもしれない。そして、壮司が平均年齢の高い社員の中では比較的若手だったというのもあるだろう。

「壮司さん、彼女いるんですかー」
 聖花とはタイプが違う元気な女性で、何でもズバズバ聞いてくる。
 スポーツをやっていたようで、ショートカットの似合う女性だ。

「いないよ」

「でも、絶対引きずっている女性がいると思うんだよね」
 年上にもタメ語だ。でも、なぜか許せるタイプだった。

「どうして?」

「私、思いが見えるんだよね。あなたに憑いた愛情とか。でも、払っておかないと人生大変かもしれないね」

「俺に憑いた愛情? まさか。まぁ、たしかに彼女はいたけど死んでしまったんだよ」

「やっぱりかー。彼女がそのうち現れるかもしれないよ。盛塩でもしておきな」

「むしろ、彼女に会いたいさ。死んだって彼女は彼女だ。それに、死んだ人がみんな現れたらこの世界はパニック状態になるだろ」

「彼女って特殊な力を持っていたんだと思うよ。妙な事言ってなかった?」

「霊安室から声が聞こえるとか、それは言ってたな」

 彼女とは昼飯を一緒に食べる仲になり、次第に夕飯も一緒に食べる仲になった。そして、帰り道、青い花を偶然見つけてしまった。見たこともないきれいな花だった。夜なのに、光を放つかのように、暗がりでもスカイブルーが映える。聖華が言っていた生なる花なのかもしれない。今更見つけても遅いな。もし、もっと前に見つけていたら、彼女はもう少し長く生きられたのだろうか。でも、余命をそんなに延ばすなんて非科学的だ。諦めという言葉と目の前の生きている彼女を見つめる。

「この花、きれい。持って帰ろう」

「これ、触れると色が変わってしまうらしいんだ」
 言った瞬間、彼女の花に触れる方が早い。でも、彼女は触れる寸前で手を止めた。彼女はせっかちな性格であり、いい意味で言えば、なんでもスピーディーに仕事をこなしてしまうので大変助かる。しかし、何か思うことがあったのだろうか。寸止めするなんて、毒でも付いているじゃないだろうか。
 
 これは、聖華が言っていた、幻の青い生なる花に違いない。知ったかぶりをして知識をさらす。滅多に俺にはこういうチャンスはないので、博識ぶりたいときだってある。

「たしか、これは縁起のいい花で、かなり珍しい花だと聞いたことがある。幻の花と言われていて、咲く時間も短いらしい。触れると徐々に変色するから、きれいな色を保つことは難しいらしいよ。でも、これを見つけたら長生きできるという迷信もあるんだって」

「壮司さんって詳しいんだね」

 元彼女が言っていたとか、一緒に探したということを正直に言えなかった。既にこの時、元彼女の話をすると嫉妬される関係になっていたからだ。学歴も低いし、たいして仕事もできない俺なんかを好いてくれることは素直に嬉しかった。彼女は学歴も高く、仕事もできる。地元の中小企業ではあるが、経営は安定している社長の娘だ。彼女と一緒になれば、将来は社長になるのかな。そんな漠然とした未来が見えていた。それまでは、何もなかった自分に自信が持てるようになったのは今の彼女のおかげのような気がしていた。

「ちょっとこれ、青いきのこ、ソライロタケじゃない??」
 先程まで花が咲いたように見えたのだが、それは次の瞬間キノコになっていた。もしかしたら、見間違えの可能性も十分ある。しかし、本当に先程は青い美しい花びらがあった。目がおかしくなったのだろうか。思わずまばたきをして、目を擦ってしまった。

「ソライロタケって超超珍しいんだよ。幸せの青いキノコって言われていて、全体が空色なの。発生期間も短いし、触ったり傷をつけると黄緑色に変色するんだって。私、山育ちだけど、はじめて実物を見た。たまたま見つけるのは難しいんだよ」

「詳しいな。山育ちの俺も知らない。君はさすがだな」

「色が変わるとかわいそうだから、写真に撮っておこう」

 俺たちは珍しいと言われるきのこの写真を撮って、SNSにアップする。

 その日から、仕事中、病院内の地下から名前を呼ばれる気がした。でも、そんな場所を掃除している同僚はいない。霊安室のほうだと察知するが気づかぬふりをした。そうでもしなければ、奇妙な何者かに取り憑かれてしまうような気がしたからだ。青い花に見えたソライロタケを実はこっそり元彼女のお墓に持って行った。元彼女の聖華が欲していたものではないかと思ったからだ。

 でも、元彼女の怒りをかえって乞うことになったのかもしれない。
 今の彼女が言っていた通り、俺が一人暮らしをしている部屋に異変が見え始めた。最初は知らぬ間に窓が開いていた。締め忘れただけかもしれないと思う。しかし、窓を開けてもいないのに、カーテンが揺れたり、地震でもないのに、電気がガタガタ音をたてたり明らかにおかしいと思う。とりあえず、盛塩をするといいというアドバイスを実行する。そして、今の彼女に相談した。

「彼女と今でもつながりたいならば、除霊しないほうがいいけれど、あなたにも私にも危害が及ぶと思う。自分の身を守るために彼女との関係を絶つ儀式を除霊師に頼もうか。私が知っている除霊師は本物だよ」

「あの部屋に帰るのが怖い。それに、あの病院にも何かいる。声が地下からするんだよ」

「私にも聞こえているよ。声が聞こえると、次、あの霊安室に入るのは自分になるっていう噂があるから、私たちは相当やばいと思うよ」

「除霊師ってすぐに呼べる知り合いなのか?」

「うん。私の同級生が代々除霊している家系だから連絡してみる」

 皆帰宅し、事務所で二人きりになった。除霊師が訪ねてくるということで待っていた。すると、美しくスラリとした女性が入ってきた。どこかで見た顔だ。いや、よく知っている顔だ。かつて、一番愛していた女性の顔そのものだった。また、幻覚だろうか。相当疲れているのか、取り憑かれているのか自分でもわからなくなっていた。

「ひさしぶりー。東京から帰ってきてからなかなか会えなかったよね。急に電話してごめんね」

「いいのよ。私も会いたかったから」

 除霊師の優しい言葉の中に何か別な意味が含まれているような気がしてならなかった。

 壮司は絶句していた。ただ、かろうじて除霊師に向けて指を差すことができたといったところだろうか。はやく彼女に教えなければ。と思うが、彼女と除霊師の女は昔からの知り合いからのようで、普通に話をしている。ということは、瓜二つのそっくりさんといったところだろうか。まさか、生まれ変わりという年齢でもないし、姉妹や親戚はこの町にいるとは聞いていない。彼女が騙されているのだろうか? すでに呪われているのだろうか?

「除霊したいんでしょ? 元彼女の霊が邪魔なの?」
 少しばかり語調が強い。

「不気味なことばかり起きるし、あなたなら除霊できるでしょ。私、彼と結婚前提にお付き合いしているの」

「ふふふふ……」
 聖華そっくりの除霊師が笑う。ここは笑う場面ではない。やはり、罠なのかもしれないと思いながらも何もできなかった。彼女は何も感じている様子がないからだ。警戒していないということは同級生で間違いがないはずだ。

「じゃあ、儀式ここで始めるよ」
 事務所内で着物を着た除霊師は美しい舞を踊る。何もできずにただ見ている事しかできない。すると、彼女の中に、除霊師が吸い込まれるのが見えた。たしかに見たんだ。この世界には言葉や理屈で説明できないことがることを体感する。

 彼女の中に除霊師と名乗る女性が乗り移り、除霊師が倒れる。倒れた女性の顔を見ると、聖華には似ても似つかない顔をしていた。どうして、別人の顔を知人だと思ったのだろう。もう、この時点で、除霊師も含めて呪われていたのかもしれない。それだけ聖華の思いが強すぎたのかもしれない。

 あの日から、今の彼女の中身は完全に聖華になった。と言っても、外見はボーイッシュで元気な社長の娘だ。しかし、中身は完全に死んだはずの元彼女だ。二人で初めて行った場所や二人にしかわからない思い出を全て詳細に知っている。そして、言葉づかいも全てが聖華になった。周囲の人は人が変わったなぁって驚いているけれど、聖華のことをよく知っている俺は心地よくて仕方がない。俺はどちらの女性も好きだ。だから、一度に両方の女性と付き合えるなんてお得感すら感じている。幸せでたまらない。健康な体を持つ初恋の女性と付き合えるようになったのだから。

♢♢♢

「これ、どっちの女性を好きだったんだろうね。やっぱり、元彼女? でも、この文面だとどちらも好きで選べなかったのかな。そんな状態がおかしいとか嫌だとか思わない壮司さんは呪いの渦中にいるのかな」

 凛空は少し考えて微笑む。
「俺としては、多分、今の彼女の中に元彼女の面影を見出しているだけなんじゃないのかなって思うけど。健康で外見も生きている方の彼女だ。でも、元彼女にしか知らない記憶や言動があるって書いてあるな」

「この経験ももらったらだめな記憶かな。元彼女のことを忘れて今の彼女と幸せになれるのならば、もらったほうがいいのかな」

「あげるかどうかは壮司さん次第だしな。連絡は取ってみてもいいかもな。でも、こーいう人は無視して終了っていうパターンかもな。多分、返事がないような気がする。今が一番楽しいのなら他人に干渉されたくないのが本音だろうしな」

 案の定メッセージに対するレスはなかった。わざわざネットに書き込んだのは創作した話を誰かに読んでほしかったのだろうか? それとも、自己主張? 承認欲求? 自慢? 他人の心はわからないが、ネット上の話はどこまでが本当でどこまでが嘘なんてことはわからないということだ。この場合は当人さえも本当のことを把握できていない可能性はある。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門