⑤怪奇集め 怪奇売ります タクシー運転手の恋

♢怪奇売ります 斬首と死んだ少年

 怪奇を売るという謎の出品を大手出品サイトで見つける。世の中で、この病に苦しんでいる人がたくさんいるのかもしれない。怪奇集めをせざるおえないのかもしれない。それ以外にも、怪談芸人など怪談を話すことで生活をしている人間もいる。そして、ホラー作家もネタ探しに使うのかもしれない。

 怪奇を売るというのは、怪奇現象を体験できるわけではなく、怪奇現象を経験したという経験談を売っているらしい。主にテレビ局の番組特番関係者や芸能人、出版社などの方に好評です。と書かれている。みんながみんな、そんなに何度も怪奇体験はできるはずもない。つまり、怪奇体験者からネタを買うことで、一般層にエンタメとして届けている側面を改めて知る。

「怪奇でお金儲け出来る時代なんだね。自宅で全国に売れる時代って欲しい人とのマッチングも昔より迅速にできるようになったんだろうね」

「何でも金にする時代ってことかな。テレビ局で夏にいつも色々な怖い話を企画してるのも誰かが考えた話だったり、投稿者がいるわけだからな。怪奇を買う人間は昔からいたんだろうな。今は可視化してネット上でこんな風に見えるなんてな」

「ネット上のフリマアプリって進化してるよね。そう言えば、小学生の時のバザーで親が勝手に売ってしまったものがあって、私超怒って泣いた記憶がある。凛空が慰めてくれて、買った小学生の子を探してくれて、買い戻したよね」

「そんなことあったかなー」

 凛空にとっては何気ない記憶だから忘れてしまったのかもしれない。
 まさか、呪いの病のせいなんて思わないように前向きに考える。

「この人に色々聞いてみれば、怪奇集めはかなり早くできそうだよね」

「でも、結構高そうじゃないか? マスコミの需要が高いってことはそれ相応の対価だろうな。ここを見ろ。1万円からって万単位での取引は、結構きついよな」

「でも、どんな怪奇の種類があるのか見てみよう」

 一覧を見る。

 学校での怪奇現象、交通事故死が多発する場所での怪奇現象、病院での怪奇現象、お盆での家族にまつわる怪奇現象、肝試しでの怪奇現象、廃墟探索での怪奇現象、不思議な体験、奇妙な体験など。

「おおざっぱだよね。小学生が読む怖い話の一覧でもよくある話だし、これが作り話なら、私たちはお金だけ取られて何も得られないでしょ。テレビの怪奇特番でも取り上げられていそうな内容だよね」

「そういえば、今年は夏なのに、テレビの怪奇特番自体みかけないな」

「多分、若い世代がスマホばっかりでテレビ見なくなったからじゃない? 大人ってそんなに怖い話好きじゃないじゃない。好きなら、動画で見てるんだろうし。子供の頃ほうが怖い話が好きな人が多かったような気がする」

「たしかに、高校生になるとファッションや音楽のほうが面白く感じたりするよな」

「昭和のアニメを見たことがあるけれど、昭和初期のアニメは音響とかがなんだか怖いんだよね。今のほうが断然怖くないよ」

「白黒テレビとかカラーテレビでも、画像が悪い時代のアニメだろ。楽器みたいな音が妙に怖い感じを出してるんだよな」

「字幕もなんだか不気味でさ。これ見て思ったんだけれど、どうせなら、現場で働いている人に職業調べってことで怖い話聞き出したほうが良さそうじゃない? 例えば、病院関係者とか小学校の先生とかお寺の住職さんなんかは色々知っているかも。高校や中学校より小学校のほうが都市伝説とか怖い話って聞くよね」

「そうだな。地元の知り合いとかのほうが安心だし、相手も警戒せずに話をしてくれそうだな。例えば、俺たちが通っていた小学校の先生とか、町内会の会長さんなんかいわくつきの場所をこっそり教えてくれそうだしな」

「やっぱり、実際に足を運ぶのもいいかもしれない」

「なんだか、探偵とか刑事みたいな話だけどな。怪奇売っている人がもし、実際にこの近くにいればまた話は違うけど、俺たちは金がないからな」

「とりあえず、出身小学校に行ってみようか。先生も人事異動でいなくなっているかもしれないなぁ」

「でも、今でもいる先生がいるよ。ネットの学校だよりの職員紹介に載ってるよ」

 小学校のホームページには4月の学校だよりに職員紹介があり、今でもいるのが白髪の優しいベテラン男性の小森教頭先生、担任だった女性の村山先生だ。村山先生は当時20代だったが、いまは30代だろうか。そして、多分、名字が変わっていないということは独身かと想像する。気の強いしっかりものだった。怒る時は怒るけれど普段はとても優しい生徒に人気のある先生だった。現在は、プライバシーの問題もあり、ホームページに職員名を伏せて学校だよりを掲載しているところもあるみたいだ。幸い出身小学校のホームーページには名前が掲載されており、確認することができた。これは、運が私たちに味方しているということだ。きっとそうだ。

 電話でアポを取ると、相変わらずサバサバした村山先生は「いいよ。今、職員室で仕事してるから、課題の手伝いしてやるよ」と言ってくれた。

 学区内に今も住んでいるので、歩いて10分もかからない場所に小学校はある。小学校という場所はある意味たくさんの集合体だ。保健室という病院に近い要素がある救護室もあれば、調理室のように食事を作る場所もある。震災などで避難場所になる広い体育館は何があっても倒れないような風格さえ見せる。夏になればプールという水難事故が起きるかもしれない怪奇スポットもある。考え方次第では、水遊びができるビーチスポットが学校に短期間設置される感覚だ。よく、ドラマで立てこもったりする話があるが、色々な部屋があるため、何人もの人が共同生活をしたりすることも可能かもしれない。

 そして、この小学校には以前から不思議な地蔵がある。噂では、ここで首切りの処刑場だったとかそういう魂を鎮めるためだとか言われているが、真相はわからない。でも、昔はそういった制度があったということは否定はできないし、怪奇として怨念が渦巻いている可能性はある。

 私たちは早速村山先生に会いに行った。相変わらず、ショートカットでボーイッシュな印象は変わらない。以前より、少しばかり歳のせいか落ち着いたような印象を受けた。

「変わらないなぁ。相変わらずね。それに、いい感じに美女になったんじゃない?」

 照れるセリフを言われるとどうにもむずがゆい。先生は昔からそういう性格で、何でもはっきり言う人だった。

「実は、小学校の怪奇現象について調べてるんです」

「職業調べじゃなく、怪奇現象? この学校なら、有名な首切りカンタローのことかな」

「小学生の時にカンタローという名前は聞いたことがあります」

「ざっくり言って、昔ここの地域でヒーローだった少年がカンタローっていうらしいんだけど、その少年が斬首制度を辞めさせようとしたリーダーだったらしいの。でも、結果的に彼は戦いの末、相手のリーダーの首を切って制度を改革したっていう話もあるし、首を斬られて死んだという結末もあるよね。伝説だから、本当の所はわからないけどね。あの地蔵もカンタローのために創ったとか、そうじゃないとか」

 なんだか赤いスカーフのようなものをした地蔵が昔から建っている。普通より少年らしさを感じる地蔵で、多分カンタローをイメージして建設されたのか、彼の鎮魂のために建てられたのかは不明だ。

「カンタローについては、町内会長さんも詳しいはずだよ。歴史民俗や地域のことには抜群の知識量だから」
 教頭先生が優しくアシストする。

「久しぶりだから、校内見学する? メジャーなところだと、トイレの花子さんや音楽室の肖像画や真夜中のピアノの音、理科室の人体模型、美術室のオブジェなんかも一般的な七不思議よね。でも、うちの学校だとあんまりその手の噂は聞かないんだよね。それよりも、30年前に自殺したという少年の霊のほうが噂は聞くよ。こんなこと、教師が言ったらだめだと思うけど、子供たちは本気で信じてるし、少年が現れたって話も聞いたことはある。まぁ、小学生の言うことだけどね」

 先生は苦笑いする。たしかに、教師が悪い噂を広げるわけにはいかないし、卒業生の霊を怖がるのもよくないような気がする。

 音楽室や理科室や美術室は児童が帰宅したため、閑散としており、どこかひんやりした空気が頬を伝う。体育館にも行ってみる。

「体育館の脇だったかな。たしか、少年が飛び降り自殺して落下した場所。だから、あまり近づく人は少ないんだよ。しかも、校庭の奥に森があるでしょ。だから、余計不気味感があるんだよね」

 先生は手を自身の体に抱え怖がる素振りをする。

「自殺の原因はいじめとかですかね?」

「はっきりしたことはわからないけれど、自死または突き落とされたんじゃないかっていう話もあるよ。同級生は40歳くらいだし、この地域にまだ住んでいる人もいるかもしれないね」

「七不思議より怖い人間の仕業」
 ぽつりとなぜか言葉が出る。

「相変わらず、昔から悟った子供だったよね」
 先生が笑う。

「先生、当時の同級生の連絡先ってわかりますか?」

「町内会長さんなら横のつながりがあるかもしれない、かな」

 ここで、命を絶った少年はどうして、そうなってしまったのだろう。

「教頭先生経由で連絡してみてもいいよ。会長さんは、仕事も定年退職してるし、時間ある人だから比較的話は聞きやすいと思うよ。君たちが変わらず生きていてよかった。当たり前のことだけれど、そんなことを思うんだよね」

「先生も変わらず美人で何よりです。名字も変わっていなかったので、独身なのも俺としてはうれしいですよ」

 凛空のリップサービスは相変わらずだ。

「先生、もったいないなぁ。絶対モテると思うけど、独身なんですか?」

「独身なの、ばれちゃった? 先生も一応結婚しようと思える相手だっていたんだけどね。結果的に今は一人なんだよ。でも、死のうとは思わない」

 きっと、私たちは時間の流れの中でたくさんの経験をしている。でも、死のうと思う人はあまりいないと思う。でも、結果的に死んでしまう人はいる。それは、生物の定めとして仕方がないことだ。原因が病気だとか殺人だとか自死とか、それは何とも言えない。

「迷ったんだけれど、話しておこうかな。亡くなった少年の名前は北田寒太。都市伝説の男の弟と、実は私は知り合いなのよ」

「そうなんですか?」
 知り合いだと知られたくなかったから? 先程から町内会長経由でとか、たどたどしい言い方をしていたのだろうか。もう会いたくない元彼だとか? その人の心の傷にこれ以上塩をぬれないとか? やっぱりもう会いたいとか連絡をしたいとは思わないのかもしれない。これは、実際に大人にならないと、いや、当の本人にしかわからない感情かもしれない。

「北田翔太っていうのが弟なの。その人が私の元彼」

 一瞬驚いて口が開いたままになる。人は繋がっている。縁にいざなわれる。

「寒太君が亡くなった頃はまだ幼かったと思う。寒太兄ちゃんが12歳の時に、弟の翔太は7歳だった。5歳違いだったの。6年生の時に2年生だったかな。生きていたら、40歳で生きている弟は35歳。そして、翔太は私の同級生」

「都市伝説の弟の元彼女ってなんだかすごい。かっこいい」

「それを知っていたから、ずっと彼を支えながら仲良くしていたんだ。そして、大学を卒業したら結婚しようと思っていたの。でもね、変な噂がたっていたから、うちの親戚が反対してね。狭い町だから、自死の親戚は困るとか、幽霊が出るなんて気味が悪いとか、呪われるとか、マイナスな意見ばかりでね。結局、人が信じられなくなって、独り身で仕事に捧げる覚悟をしたってわけ」

「変な噂って?」

「少年の寒太の幽霊が出るとか、普通に町を歩いているのを目撃したとか。死んだ後に、何度もそんな話は出たなぁ」

「バケルじゃない?」

「それ、あるかもよ」
 凛空が答える。

「なあに? バケルって?」

「様々な者に化けると言われている妖怪なのかな。正体は不明だけれど」

「でも、化けて何か得することがあるの?」

「誰かを不幸にするとか、都市伝説を作るっていう説もあるよね。今、私たち、諸事情があって様々な怪奇を集めているんです。趣味とかではなくて、そうするしかないっていうか」

「事情は何となくわかった。たしかに、化けることで私の結婚話は破談になった。そして、町の子供たちをはじめとして大人たちまで怯えるようになったから、これはあながち間違っていないかもしれないね」

「弟さんに原因を聞いたことはないんですか?」

「知らないって言ってた。それに、いじめというはっきりした事実確認もできなかったの。大人になってからも調べたけれど、いじめた人は確認できなかった。もう昔すぎて、嘘をついてもバレないし、ただの事故だったのかもしれないし」

「でも、大人になってからも調査したなんて、ある意味凄いなぁって思います。もしかして、お兄さんのこと、好きだったんですか?」

「やだなぁ。そんなことないと思うけど……」

「思うけどって?」

「幼すぎて自覚がないんだよね。ただいいお兄ちゃんだった記憶だけ。ただ、一人仲のいいクラスメイトが急に転校したっていう噂は当時話題だったの」

「その人の名前とか居場所はわからないですよね」

「私は覚えているけど、すごく美人で寒太君は仲良くしていたから親友だと思っていたの。二人で屋上で遊んでいたこともあったし。どこに引っ越したのかも職員の特権で調べたけれど、古いからわからなかった。今はどこに住んでいるのかはもちろんわからない。もう外見も変わっているだろうし、結婚して名字も変わっている可能性も高いよね」

「屋上って立ち入り禁止じゃないんですか?」

「あの事故があってから、立ち入り禁止になったのよ。それまでは、生徒が入っても怒られない場所だったの。いじめで気になったことは……首斬りカンタローに名前が似ているから、からかわれていたっていう話くらいかな。いじめってほどじゃないけれど小学生ならばよくあるからかいだよね。もしかしたら、それが嫌で、彼は飛び降りたのかな……。そういえば、あの頃、動物が首を斬られる事件が多発していたから、不審者に対しても警戒していた時期だったなぁ」

「最近は動物の首が斬られる事件なんて、ここらではあまり聞きませんね」

「彼の死後ばったり動物の首斬りの死骸はなくなったの。そんなタイミングもあって、死後もあいつが首斬りカンタローじゃないかって小学生の間では噂みたいな半ば都市伝説になってしまったのよ。動物を殺め、ましてや首を斬るなんて到底彼にできるとは思えない」

「どんな人だったんですか? 写真とかあれば、見てみたいなぁ」

「寒太君の卒業アルバム見せようか。イケメンなんだよ。学級委員もしていたし、勉強もスポーツもできたんだ。完璧な少年だったよ」

 先生はどこか乙女のまなざしに戻っている。きっと無意識に好きだったのかもしれない。無意識な初恋に違いない。

「まるで俺みたいだなぁ、なーんてね。その美人さんの姿も見てみたいな」
 凛空は相変わらずどんな時も軽いマイペースな人間だ。

「転校した子は、卒業アルバムには写っていないけれど、遠足の写真とか引っ越す前の行事の写真には写っていると思うよ」

 古い卒業アルバムの保管部屋に通された。先生がおせっかいでおしゃべり好きなのが功を奏した。結果的に怪奇に近づくことができそうだ。

「卒業アルバムには寒太君は写っているんですか?」

「親御さんに配慮して、彼の居場所がここにあったという事実を残すためにあえて掲載したみたい。実際は卒業前に死んでいるんだけどね」

 色あせた卒業アルバムに写っているのは、たしかにかっこいい顔立ちのさわやかな少年だった。クラスの人気者だったのだろう。

「この美人な少女が付き合っていたという噂の彼女。遠足の時にはまだいたんだね。子供の時って親の都合で引っ越すこともよくあるから、仕方ない。たまに気になることを言うことがあったなぁ。俺にはたまにカンタローが見えるんだって」

「首斬りカンタローのこと?」

「すごくカッコいいって言ってた。実際の写真は残っているわけでもない伝説の人物でしょ。たしか、古い絵が伝承館にあったけれど、今時のアニメみたいな絵柄じゃないから、本当にかっこいいのかは微妙だよね」

「霊感が強いとか、子供ならではのイマジナリーフレンドみたいな、他人には見えない友達だったのかな? 大人になると見えなくなるっていうし」

「どんな感じだって言ってましたか?」

「髪が長くて、結んでいるんだって。目つきは鋭いけれど、端正な顔立ちで、赤いスカーフを巻いていて、着物姿が様になっているって。カンタローは人をどんどん斬ることに躊躇がない男の中の男だって言ってた」

「斬首制度をなくしたいっていうリーダーなのに? 首を斬るの?」

「革命のためには犠牲は仕方ないって。いつか自分も誰かのために革命を起こしたいと思うって言ってた。具体的にはわからないけれど、小学生の言うことだからね」

 風が吹き、落ち葉が頬に触れる。思わず目をつむった。

「怪奇魂を集めているのは君たち?」
 振り返ると卒業アルバムにいた少年が目の前に現れた。
 赤いスカーフが風になびく。
 もう死んだはずの、生きていたとしたら40歳。
 でも、目の前にいるのは6年生の少年だ。

「え? 翔太のお兄ちゃん?」
 先生は戸惑い固まった。反応が本気だった。

「そうだよ。たしかに俺は死んだ北田寒太だ。なんで俺が死んだのか、調べてるんだろ。そこにいる女が思い出す出すと困るから、記憶魂をもらいに来たよ」

「どういう意味だ?」
 凛空が問いただす。

 もしもの時、ネックレスには特別な力が宿ると聞いている。その力を信じて対抗するしか私たちに為す術はない。私たちは霊能力者でも霊退治をする除霊者でもない。ただの人間だ。霊感が強いわけでもない。ネックレスを思わず握る。つまり、お守りを握る感覚に近いと思う。

「俺は、首切りカンタローの生まれ変わりだった。何の因果か名前も寒太なんて名前だった。カンタローは正義のヒーローだったのかもしれないが、本当は凶悪性を秘めた男だった。実際生まれ変わりの俺がそうだった。動物を虐殺することに好感触を感じていた。最初は蟻を踏みつぶした時の高揚感だった。その程度なら、まだ誰にでもあるかもしれない。低学年の頃から、ダンゴムシをちぎり、ミミズを引きちぎる。蝶、クワガタ、カブトムシも殺った。しかし、次第に脳みそのない生物を虐殺しても、相手の反応がないことに不満を感じるようになった。中学年の頃は、カエルや魚、亀など、池の生き物を殺してみた。でも、何かが足りない。奴らには首がない。つまり、首を斬りたいと思ったんだ。高学年になった頃から、首のある生き物で手に入りやすい猫を手にかけてみた。野良猫ならば悲しむ飼い主もいないだろうと害虫駆除感覚でだいぶ殺めたよ。やはり、怯え苦しむ姿がないとだめだ。ある程度高等な脳みそがなければ、恐れを抱かない。そして重要なのは首だった。これは、カンタローが首を欲しているんだと悟ったよ。カンタローは悪のヒーローだったんだろう。悪い奴の首を斬ることで、世の中を恐怖で支配をするタイプのリーダーだ」

「それは、おまえの欲望だ。カンタローは関係ない」

「いや、俺はカンタローそのものだったんだ」
 風が吹くと北田寒太はカンタローらしき着物の長髪の美形に変化した。よく見ると、顔は、寒太のままだ。生き写しか生まれ変わりなのだろうか。

 一見残虐性が全く見えない笑顔と優し気な顔をしている。
 しかし、その手には剣と血まみれの人間であろう斬首を抱えており、その狂気じみた笑顔が怖い。残虐な行為を快楽と捉えるカンタローは悪意が全くない。血はしたたり、着物が汚れても全く気にする様子はない。血の生臭い匂いが鼻につんと来る。生まれて初めての感覚と悪臭だ。剣を愛おしそうに見つめていた。
 先生はそのまま腰を抜かしている。

「そこの女は北田寒太の犯した罪の記憶を持っている。今回お前たちが怪奇魂を回収し、記憶を奪ってくれないか」

「でも、先生は知らないって言っていた」

「きっと怖くて心の奥底にしまってしまったのだろうな」

「思い出したわ……。北田寒太は動物への虐待行為をクラスメイトのエリちゃんに知られてしまった。エリちゃんは虐殺行為をを見かけたとあなたに屋上で詰め寄ったの。どうしてそんなことをするのか。親友としてだまっていられないと。二人は、屋上で揉み合いになった。更に、あなたはエリちゃんの首を絞めようとした。それを目撃した私が、あなたを突き落とした。あの時代はフェンスがなくて、簡単に飛び降りることができるくらい安全に配慮されていなかった……」

「本当は人間の首を斬ってから死にたかったんだがな。この女はのうのうと生きている。本当はお前を殺したかったんだが、これは同級生のエリの生首だ」

 よく見ると、まだ殺したての女性らしき首だった。血の色は思ったよりも黒い。滴っている感じからいくと、時間はそんなに経っていないようだった。

「正確に言うと、こいつが今日、死ぬことを知っていた。だから、時空を移動して、首を刈ってやったんだよ。残念な最期だったな。かつてのクラスで一番の美少女も一人暮らしの独身だった。孤独死だ。28年前の屈辱を果たすべく、首だけもらってきたんだよ」

 声が徐々に甲高く大きくなっている。確実にこの人は楽しんでいる。
 目は見開き煌々と光っている。絶好調で人生の最高潮の場所にいるかのような表情だ。斜め上から見下ろす首を見つめる少年は今まで見たことがないくらいの狂気に満ちていた。

「君たちの今日見たことは幻覚だ。もう死んだ人間が何しようと罪にならない。生きていた時のことを知っている人間のほうが厄介だ。記憶だけ奪ってその女は斬首せずこの世界に放置してやる。お前らは怪奇魂だけ集められればいいんだろ。この後、まだ独身の弟が来るように手配をしている。もうだいぶ時間が経っている。あいつもまだ独身だ。その女と夫婦《めおと》になればいい」

 そう言うと、ケラケラケラと笑いながら、記憶を奪い、怪奇魂がネックレスに吸収される。そして、カンタローこと寒太は風と共に消え去った。

「冷たい風だったな。夏だからまだいいけど、冬だったら結構きついぞ」
 凛空が平然と言う。

「今、言うセリフってそこ? あの人、斬首人間を持っていたんだよ。しかも、かなりの悪趣味だし」

 先生が気を失っていた。
「大丈夫ですか?」
 すると、
「あれ、私、なんでここに来たんだっけ?」
 記憶はない。

「校舎見学ですよ」
「そうだっけ」

 振り向くと、35歳になった寒太似の男性が立っていた。
「翔太?」
「メッセージが入っていて屋上で待ってるって。ここは俺たちの思い出の場所だから。もし、今独身ならば俺ともう一度付き合ってほしい。君以上に好きになれる人に巡り合えなかった」

「ちょっと、元生徒がいるのに」

「あ、そうか。なんか必死で。今日、ちゃんと言わないともう会えないような気がして。俺、自分で会社立ち上げて、順調に経営してるんだ。もう親戚にも文句は言わせない。親ももう死んじまったから、家族はいないんだ」

 二人の独特の間合いが波長が合うっていう典型的な事例を示してくれているようで、悪人のカンタローは実は恋のキューピットで、ほんとうに悪人なのかどうかもわからない気がした。だから、ヒーローという伝説が残っているのだろうか。そして、兄としての寒太の弟への愛情はちゃんとあることも確認した。ダークヒーローとでもいおうか。

 これでまたひとつ怪奇魂が集まった。

「今回の奴は結構グロテスクだったけど、これを乗り切れば、後は何でも行けそうな気がする」
 怖がりの凛空が急に強気になる。

「たしかに、怪奇って意外とイケメンだったりするのも意外な収穫だ」

「お前はイケメンに目がないよな」

「でも、首を斬られるのは勘弁だからね」

 近い将来この二人の新婚生活が始まる予感がした。
 なぜだろう。あんなに残酷なものを見た後の爽快感が不思議だった。
 カンタローという怪奇は本当に得体が知れない。
 ただのサイコパスと言えば、否定はできないが。

♢タクシー運転手の恋

「ねぇ、凛空。幽霊も恋ってするのかな? 幽霊だと気づかなくて恋をした人間の話は聞いたことがあるけどさ」

「元人間ならば恋愛感情はあるんじゃないか? 俺は美人な幽霊ならば惚れる自信はある」

「人一倍怖がりのくせに、馬鹿なこと言ってるよね」

「怖いと美しい、好きだ、は紙一重。重ならないものなんだよ」

「またよくわからないことを言うんだから」

「将来どんな仕事につきたいとかあるのか?」

「まだわからないなぁ。怖い体験をしなくてよさそうな仕事がいいけどね。怪奇集めに限って言えば、この職種ならばということを考えてみたんだよね。直接聞きに行ったりする機会があれば何かつかめそうな気がして。病院関係者や警備員や葬儀屋やタクシー運転手なんか怪奇体験が割とありそう。お寺や神社も意味深な何かはあるよね」

「違った意味で怖い経験できそうなのは、警察官かもな。色々な市民がいるわけだし。反社会勢力とか暴力行為や犯罪を行う人を制圧しなきゃいけないわけだし」

「それはそうだね。一番怖いのは人間ってことだ。それにしても、凛空はどれも合わなさそうな感じだよね。力仕事向いてなさそうだし。怖い場所や仕事は無理そうだし」

「俺って社会の役にたてるのか不安になってきた」
 泣きまねをする。

 いつものようにスマホで検索する。流れるように情報が入ってくる。今日のニュースから昔の事件から創作物語まで。全部網羅できない量だが、個人の好みに合わせて検索できるのも現代の機能だろう。

 怪奇現象に遭遇しやすい職業として挙げられるのが、タクシー運転手だ。というのも、誰を乗せるのかもいつどこで乗せるのかも偶然だからだ。そして、深夜勤務も多く、実際、怖い人間を乗せる確率も高い。現代はドライブレコーダー機能も搭載され、犯罪防止にはなっていると思われる。よく、運転手の前のミラーを見ると後ろにいたはずの乗客がいなかったとか、席が濡れていたとか……そんな話はよく聞く。物語上でだと思うが。

 今回は怪奇集めのサイトに書き込みがあった。書き込み主は通りすがりのタクシードライバーと名乗る男性だった。男性は50代と書いてある。ドライバー歴が長すぎて色々と怪奇な体験をしたとのことだ。

♢♢♢
 特に印象に残っているのが、彼が30代だったころに出会った髪の長い20代の女性だ。いつも同じ時間に同じ場所、つまり自分の家までタクシーを使う。たまたまその女性に遭遇し、いつものようになんとなく世間話をした。

「お客様どちらまで?」
「自宅がある知らず町1丁目の廃工場のむかえまでお願いします」
「了解しました」
 知らず駅1丁目の廃工場と言えば、ちょっとした心霊スポットとして有名だった。知らず駅1丁目自体現在は高齢化が進み、かつてはベッドタウンとしてファミリー世代が住む場所だったが、人口が減り、古い住宅がほとんどだった。だからなのか、新しい家のない古い町という印象がつきまとい、あまり若い世代が購入していないようにも思えた。厳密に言うと、まだ住んでいたり、土地を所有していたということもあり、土地を売りに出していないため、新たな買い手がおらず、そのままになっている場合も多かった。または、一人暮らしの高齢者も多く、タクシーの需要は多かった。

「こちらには、お仕事か何かで?」
「自宅があるんです。両親がおりまして、門限があるもので、タクシーを使っております」
 OLくらいの年齢だし、タクシーを使うほど遅い時間ではなかった。しかも、知らず町は高級住宅地というわけではない。厳しいご両親がいるのかと思う。タクシーの料金も馬鹿にならないだろう。でも、バスが少ないのも事実だった。一回目はそうなのか、程度に思った。

 その人は寂しそうな感じがするが、とても優しく、美しい女性だった。見た目に反してとても話しやすい穏やかな人だった。美しい女性と滅多に話す機会のない独身のしがない運転手は、その人にまた会いたいと思い、その駅に同じ時間に止まった。すると、その人はやはり短距離にもかかわらず同じタクシーを使った。複数のタクシーが並んでいる場合、一番前を使うのが暗黙のルールだったが、彼女はそれをしなかった。もしかして、俺と話をしたいのかもしれない、なんてうぬぼれた考えを少しばかり持ってみた。

「こんにちは。どちらまで?」
「自宅までお願いします」
 二回目はこんな感じで、わかっているよね、という簡単な説明だった。

「知らず町1丁目の廃工場のむかえですよね」
「そうです」
 ゆっくりとアクセルを踏み、前に進む。お客様に負担をかけないために優しい運転を日ごろから心がけている。しかし、彼女が乗る時は、もっともっと優しくアクセルを踏んで負担をかけない優しい運転をしている自分がいた。

「廃工場って結構前から廃ビルになっているんですか?」
「私が子供の頃は、賑わっていて従業員もたくさんいました。不景気のあおりを受けて、社長さんも高齢になって、自殺事件が起きたんですよね。それで、跡継ぎもいないし、壊すお金もないし身内もいないしということで、放置されているらしいんです」

「自宅の前にユーチューバーとか廃墟マニアとか来て迷惑ですよね。心霊スポットっていう噂は聞いたことがあります」

「あれ、デマですよ。マネキンを作っていた工場で、倒産した後片づけする人がいなかったことから、そのまま廃墟になって、マネキンが不気味に見えるだけなんです」

「マネキン工場だったんですか? 出身がこの町じゃないんで詳しいことは知りませんでした」

「いい社長さんだったし、私の両親も仲がよくて、母はそこでパートしていた時もあったんです」

「尚更、デマを流されると、社長さんがかわいそうで……」
 泣きそうな表情をミラーで確認する。やっぱりきれいな人だ。髪の毛は長く手入れが行き届いていて、服装は清楚で落ち着いていた。きっといいところにお勤めなのかもしれない。そんなことを思う。

 ゆっくり運転しても距離は近くあっという間についてしまった。
 料金を払うと女性は、工場があったという場所のむかえの古い戸建てに入っていった。その後、毎日女性は同じ時間、夜の7時くらいに駅に現れて帰宅した。表札を見ると、前野と書いてあり、女性の名字を知ることができただけで、鼻歌を歌う自分がいた。ご機嫌な自分に突っ込む。最近は若い女性と話す機会があまりなく、新たな出会いのような気がしてしまっていた。

 必ず夜の7時に知らず町の最寄りにある知らず町駅に行った。平日のみ彼女は現れた。きっと土日は休みなのだろう。しかし、土日も何となく、彼女がいないか駅には行く。そして、別な客が乗らないように、次第にその時間だけ予約という表示をする。

「すみません、もう予約が入っているのですか?」
 と聞かれたが、
「いつもあなたが乗るので、あなたのために予約しておきました」
 と答えたこともある。その答えに少し頬を赤らめて何も言わず乗り込んだ。「嬉しいです」と彼女は笑う。なんだかいい感じか? 歳も10歳は離れていないし。個人的に誘ってもいいかもしれない。

「お仕事はどんなお仕事をされているんですか?」

「私は、OLです。街の方で、大手会社に勤務しています」
 声も品があって美しい。もっと声が聞きたい。

「私はしがないタクシードライバーだから、憧れるなぁ。若い時、少しだけ大手会社の営業をしたこともあったんですけどね。やっぱり、多数の人の機嫌を伺うようなことは苦手なんですよね。営業成績が悪くて、結局この仕事をしています。パワハラなんて日常茶飯事だったし。俺の性格がパワハラ受けやすいというのもあるのかもしれませんね。この通り見た感じも弱そうでしょ」
 ひ弱な体は元々だ。肉体労働向けでもない。とりあえず、この仕事を細々続けている。

「よかった。あなたみたいな話しやすいタクシードライバーさんって案外少ないんですよ」

「タクシー毎日利用って結構料金高くつきませんか?」

「でも、親が門限に厳しくて……」

「大人になってもそんなに厳しいご両親なのですか?」
 少しばかり珍しいと思った。社会人の娘に対して毎日門限を設けるなんて毒親も甚だしい。彼女がどこかせつなく悲し気に見えるのはそのせいだろうか。かわいそうに思う。

「たまには夜の街をドライブしてみませんか?」

「え?」

「たとえば、近くの海に行ってみませんか?」
 精一杯の誘いだった。仕事云々ではなく、ただ一緒にもっといたいという気持ちが膨らんでいた。

「でも、それは難しいと思います。お誘いありがとうございます」
 あぁ、断られた。でも、ありがとうございますといういい方はそんなに嫌がっているわけではないということが分かったような気がした。

「昔から厳しいご両親なのですか?」
 夜の街は様々な色の看板やライトによって昼間とは違う景色を車内から映し出す。

「そうなんです。待っているから、帰らないといけないと思ってゆっくり友達と遊ぶこともできなくて」

「逆らったりしないのですか?」

「とてもできません」

 深い事情があるのかもしれない。ミステリアスな部分にもなぜか惹かれている自分がいる。もっともっと彼女を知りたい。そう思いながら平日は毎日毎日車の中で話をする。10分弱でも、至福の時だった。そんなもどかしいけれど、何も聞けずに距離を縮めることができずに1カ月が過ぎていった。

 何となく知らず町駅の周辺を昼間も客待ちするようになっていた。彼女にもしかしたら会えるかもしれないという淡い期待があったのかもしれない。そして、何か彼女の手がかりがつかめるかもしれないと思っていた。未だに名前すら聞けない超奥手な自分に嫌気がさすが、そのうち彼女の下の名前を聞き出したいという目標は持っていた。恋をしたのはどれくらいぶりだろう。久しぶりの胸の高鳴りに学生時代を思い出す。出会いなんて、この年齢になると、なかなかあるものではない。

 客待ちしているタクシーの一番前に来た時に、年配の女性が乗り込んできた。街の方で買い物をしてきたらしく大きな紙袋をいくつも持っている。今の時期はデパートのバーゲンセールだから、きっと買い込んできたのだろう。

「どちらまで?」
「知らず町1丁目までおねがいします」
 そのワードにドキリとする。つまり、毎日彼女を送り届けている住所だったからだ。1丁目といっても広いので、彼女と知り合いという確率はかなり低いだろう。でも、もしかしたら、知り合いかもしれないし、廃工場についても色々知っている可能性が高い。この仕事をしているとぱっと見で、どんな性格かが見えるようになった。決して超能力ではなく、場数を踏んで、その客が世間話をしたいのか、無言でいたいのかを見極めるところから始まった。そして、年齢、服装、髪型、しゃべり方からその人がどんな世間話を好むのか、おしゃべりかどうかということも見極められるようになっていた。この乗客は高確率で情報通だろうということは予想できた。

 彼女は50代くらいで比較的裕福な専業主婦だろう。この時間帯にデパートに買い物に行くということは、仕事を休んでいるか専業主婦のどちらかだろう。そして、結婚指輪をしており、服装は今時の流行を取り入れた比較的派手なものだった。今時の流行を取り入れている50代女性は高確率で情報通であり、ママ友ネットワークを持っていたタイプだろうと思う。顔色の血色は良く、病院通いをしているとか引きこもっている様子はない。タクシーを使うということは貧困層ではないというのも予想はしやすい。

 髪の毛は白髪ひとつなく、真っ黒に手入れされており、美容院に頻繁に行っているのだろうということも予想ができた。身なりに気を使うということは、意識が高いタイプであろう。そして、住所はマンションではない戸建てということは、ローンなどのことを考えると住み始めたのは20年以上前だろうと予想はついた。たまに空き地や売地ができると、新築住宅が売り出されたり、土地が売り出されていることがある。しかし、大規模な土地開発はとうの昔に終了したため、一気に若年層が住みつく機会がない。

「廃工場のお近くですね」
 最近毎日通る彼女の家のもう少し奥にその女性の自宅はあるようだった。

「そうなのよ。あそこ、危ないし古いから取り壊してほしいんだけど、所有者が色々あって、結局あのままなのよね」

「何かあったんですか?」
 何も知らないふりをして一から聞くとこの手の女性は話が弾む。

「あそこはご近所トラブルが多かったのよね。私の子供の同級生の親御さんが変わった方だったのよ。被害妄想が強くて、学校にもしょっちゅうクレームを入れていたの。見た感じは普通なんだけど、夫婦共々性格があまりにも過激でね。娘さんがひとりいたんだけれど、過保護というか過干渉というか。インフルエンザとかウイルスが流行すると学校にも行かせないなんていう時期もあってね。友達も選別されて気の毒でね。工場の社長が自殺したのもその夫婦のせいみたいでね。どんな手を使ったのかわからないけれど、自分たちの家に騒音被害を与えたと訴訟を起こしたり、悪い噂を流したり、元々零細企業で年配の社長だったから、気の毒だったわ。まさにモンスターよ」

 もしかして、彼女のことかもしれない。そんな気がした。この人を乗車させたのはきっと何かの縁だ。もっと聞きたい。知りたい。

「その方はもう社会人になって自立されたんでしょうね」
 そう言えば、今どうなったのか暗黙の了解で客は言ってしまう流れだ。

「それがね。今はどうしているかさっぱりわからないのよ。ここだけの話、廃工場のむかえのお宅なんだけどね。ご両親が死んで娘さんがひとり暮らししているという話もあるし、誰も住んでいないという話もあるの」

「え? ご両親が亡くなったんですか?」

「噂では失踪とか変死だとか本当の所はわからないのよ。ここらへんでは娘さんが殺した説が濃厚なんだけどね」

 品があるように見えた女性は突如にんまりと薄ら笑いを浮かべる。おばさんという表現がこの世で一番似合うように感じられた。

 背筋が凍るとはこういうことを言うのだろうか。この女性がもしも嘘をついているのならば、嘘をつくメリットがあるのだろうか。だいたい、毎日同じ時間にタクシーに乗車する彼女はなぜ未だに両親に囚われているのだろう。両親が死んだとしても、死んだと思っていないのだろうか。乗客を降ろすと、その日はいつもの駅にはいかずに、別な場所でタクシーを運転した。やはり、彼女はどこか普通ではないと思ったからだ。そして、二人きりになるのが怖いと心底思ったからだ。あんなに心底心躍らせてタクシー乗り場に鼻歌を歌いながら向かっていたのが嘘のようになった瞬間だった。

 しかし、なかなか乗客がつかまらない。タクシーを待っていそうな道端に立っている人を見かけても、その人は全くこちらを無視して立ち尽くしている。何人かそういう人がおり、偶然ではないのかもしれないとふと左側を見ると、なぜか予約車と表示されていた。予約にした覚えはない。空車になっているはずだったのに。それはとても怖い何かが作用しているのだろうと感じていた。予約したのはもしかしたら、あの女性、前野さんではないだろうか。そんな気がしたからだ。毎日毎日あえて俺のタクシーに乗ってくる女性。それは、彼女自身が勝手に予約していたのだろう。

 怖くなり、早めに退勤することとした。今日は仕事はおしまいだ。回送と表示して、運転する。なるべくあの町から離れた町を走る。しかし、なぜか彼女に似た人が手をあげてタクシーに乗ろうとしていた。いつもの駅にいるはずなのに。両親が死んでいるはずなのに、なぜ毎日門限を守っていたのだろう。工場を滅ぼしたのはあの一家だったのだろうか。全ては闇の中だ。しばらく、あの町には近づかないようにしていたが、やはり夜7時になると予約に表示が変わり、その後、女性らしき人が道端で手を挙げていることが何度もあった。多分、あの人はもう死んだ人なのだろう。本当に怖いのは、あの廃工場じゃなくて、そのむかえの一家の両親ではなく、娘だったのかもしれない。

 もし、廃墟やホラースポットに行く際はその場所の周辺に注目すると本当に怖い場所があるかもしれないと感じるようになった。

♢♢♢

「これは、ちょっと怖いね。両親がある意味怖いし、その被害者だと思っていた女性がもっと怖いよね。廃工場の件も闇を感じるよ」

「人間の怖さってさ。こういうものをいうのかもな。例えば、子供を過干渉対象にしたり、クレームをつけたり、自殺に追い込んだり……。でも、それが死んだ人間が毎日門限守っているって言うのも、どういったいきさつなんだろうな。いきすぎた育児の末なのか。彼女が殺めたのならば、彼女は何を思っていたんだろうな」

「このタクシードライバーって色々話持ってるみたいだし、もっと聞きたいね。怪奇収集できそうだし」

「そうだな。きっとわすれたい記憶をたくさんもってるだろうな」

「さっそく、DMメッセージ送っちゃいました」

「返ってくるといいな。俺自身のために怪奇を少しでも多く集めないといけないんだからさ」

 半日くらい経った頃に、DMの返事が来た。

「怪奇はたくさん体験しています。体験談を電話でお話してもいいですよ。怪奇体験について、経験は豊富なので、掲示板にもっと書き込んでもいいですよ」

「掲示板に書き込んでいただけるならばありがたいです。是非お電話してお話を聞きたいです。怪奇体験はなくしてもいい記憶ですか? 忘れてもいいならば、私たちに記憶を怪奇魂としていただきたいのです」

「忘れたいです」

「じゃあ、詳細は後日メールにて」

 私たちは電話をする日時を決めた。それまでの間、まるで何かに取り憑かれたように通りすがりのタクシー運転手さんは怪奇集め掲示板に思いついた話を書きこんでいった。これが、創作ならば、相当長年書き溜めた作品なのかもしれない。でも、小説家志望でもなければ、こんな話を色々考えたりはしないだろう。なえならば、その内容は、絶妙に怖く、奇妙だからだった。実体験だからこそ、頭の中に鮮明に残っているのかもしれない。もしかしたら、霊感が強いのかもしれないし、霊感を呼び寄せる何かを持つタクシー運転手の生き様を私たちはネット越しでのぞかせてもらった。稀有な経験は誰にでもできるものではない。本人が望まなくとも勝手にあちらからやってくるのかもしれない。

 私たちが出会ったのも何かの縁だ。きっと怪奇が繋げた縁に違いない。

♢タクシー運転手の体験 公衆電話の赤い女

 ホラーのネタの宝庫である、通りすがりのタクシー運転手さんの書き込みがあった。怪奇はおかげさまでネットを通じて順調に集まっている。彼はなかなかの文才の持ち主で読んでいるとひきこまれる。まるで、別な世界にでも引きずり込まれるかのように――。

「昔からホラーの鉄板で赤い何かの女とかってあるあるだよな」

「なんでだろうね。血を連想させるからかな。でも、女は時に、真紅の口紅で自己主張するんだよね。例えば、不倫相手の正妻に私という女がいるんだとアピールするのは大抵口紅でしょ。ほら、昔小学校でもトイレの花子さんとか怖い話には赤いスカートの女の子がつきものだったよね」

「そんな話あったっけ? トイレの花子さん?」

 あっけらかんとして言う凛空。

 時々だが、最近感じる違和感。凛空は過去を忘れつつある。それが、どうでもいい記憶が主だが、病が進行している可能性を示唆しているのだろう。トイレの花子さんを忘れることはかまわない。しかし、どんな怖い話よりも、私にとって一番怖いのは、凛空が私を忘れてしまうことだ。

♢♢♢
 タクシー運転手である俺が毎日通る道がある。そこには、今時珍しい公衆電話ボックスがあり、暗くなるとあたりは人家もなく森の近くのため、そこだけぽうっと灯が灯る不思議な雰囲気を醸し出していた。一言で言えば、不気味だった。今時使用者もなく、ほとんど無視された公衆電話に存在意義を人々は見い出さない。しかし、珍しいことに、赤いスカーフで顔を隠した女を、ある時から目撃するようになった。その女の容姿は若く美しく思えたが、闇夜の中、暗い上に遠いこともあり、はっきりと顔までは見えなかった。スカーフで顔を隠しているけれど、何か必死というか怖い印象を持っていた。

 前のめりで猫背の姿勢で公衆電話の受話器に何やら必死に食らいつく女は遠目で見てもどこか滑稽だが、なぜこんな夜にたった一人で公衆電話を使用しているのだろうか。そんな興味と疑問が沸いた。しかし、タクシーを呼んでいる様子もなく、電話ボックスから出る様子もない。つまり客でもない女を乗せる機会もなく、ただ印象深い存在として頭の片隅に刻まれていた。女は赤い色を基調とした色あいの服を好んで着ているようだった。全く同じものではないと思われるが、赤いワンピースや赤いスカートを主に着ており、それ以外のブラウスやTシャツも赤に近い色合いを好んで着ているように思えた。遠くから見ると赤だけがぽうっとまるで蛍の光の如く光って見えた。髪の長い女はストレートヘアで手入れをしているように思えた。ボサボサの幽霊のような存在とは全く違う印象だった。

 ある時、女が初めて公衆電話のボックスからため息交じりに出てきた。ちょうどタクシーが通り過ぎる少し前のタイミングだった。少しばかり疲れた顔をしており、痩せこけているようだった。ストレスを抱えた会社員のような風貌だ。おそらく、20代後半くらいの年齢だと思う。おもむろに、女が手を挙げた。つまり、タクシーに乗りたいという意思表示を初めてした日だった。客を一人でも確保したい俺は快くタクシーを停めた。もちろん予約客もいないし、以前不気味な経験をした時のように勝手に予約という表示にもなっていなかった。

「どちらまで?」
「知らず町駅までおねがいします」
「こんな人気のない公衆電話ボックスに何か御用があったのですか?」

 客のプライベートを聞くのも何かと思いながらも、少しばかり気になった。はかなげな美しさや華奢で線の細い体型は放っておけないような気がした。触れたら折れてしまうのではないかというくらい細い手足を見ると、栄養を取ってほしいと勝手に思っていた。個人的に痩せた女性が好みなので、赤い女の贅肉のない体は嫌いではなかった。そして、少しこけた頬も悪くないと思っていた。

「ある人と連絡が取れないのです」
 困った顔をする。

「スマホ、持ってないのですか」

「非通知で電話をかけたいので、こちらに通っております。公衆電話だと非通知になりますよね」

「着信拒否ができなくなっていると聞いたことがありますね」

「たいていは、非通知って表示されるんだと思いますけど、通知不可能っていうのもあるみたいですよね。その場合は海外からの着信みたいです」

「そうなんですね。海外からだと、通知不可能と表示されるのですか」

 女の声はか細い。きっとちゃんと食べていないのだろう。守りたくなると一瞬心が疼く。何考えているのだ。お客様だぞと自分に言い聞かせる。あの時みたいな怖い恋はもうしたくはない。ぎゅっと抱きしめたら骨が折れそうだ。そんな女に惹かれるなんてどうかしているのかもしれない。でも、きっと何か事情があるのだろう。

 何かにいざなわれていつもこの公衆電話の前をタクシーで通り過ぎた。だいたいいつも同じ時間、夜の7時頃にここを通った。いつものローテーションだからと言ったら仕方がないが、客次第で同じ時間に同じ場所に来ることはタクシーの仕事では珍しい。ここ最近は、ぽうっと光る公衆電話にたたずむ女を見るだけでも芸術的価値があるような気がしていたのは事実だ。

「非通知と言えば、最近、通知不可能というのは俺のスマホにかかってきますよ。どうせいたずら電話か業者の勧誘だと思って出ないんです。まぁ、運転中にスマホを操作するのは重い罪になる時代ですし、ハンズフリーで会話するのならば罪にはならないみたいなんですがね。仕事中は極力個人のスマホを見ないようにしています。運転しながらじゃ危ないでしょ」

「海外からでしょうかね」

「どうせ怪しい業者に決まっていますよ。気にしないのがモットーです」

「前向きなんですね。私なんて、ずっと連絡が取れない彼にあえて非通知になるように公衆電話を使っているんですよ」

 ずっと連絡が取れないから非通知って絶対ストーカーじゃないか。
 相手が何かしらの理由で出ることができないのならば、堂々と番号を通知するだろう。だから、こんなに痩せこけているんだろうか。失恋を受け入れられないなんて、可哀そうな人だな。

「いつも、しつこいと嫌われるから、彼への電話は1日1回程度にとどめているんです。でも、今日は1分おきに44回ほどかけてみたんです。でも、やっぱり熱意が伝わらなかったのか、出てくれません」

 この人、痛い人なのかもしれないな。いつも赤い服を着て、赤いスカーフを顔に撒いて顔立ちを隠してるし。真っ赤な口紅も重い女という印象だ。赤を好む女は、考え方が過激で自己主張が強い傾向があると色占いか何かで読んだことがあるな。少しばかり相手の男に同情する。きっと、彼女を傷つけずにそのままフェードアウトしたいと思っているのだろう。彼女に嫌っていることを察してほしいのだろう。でも、彼女の想いは一方的だ。たしかに、男視点から言えば、面倒なタイプな女だな。

「駅に着きましたよ」

「ありがとう。あなたと話ができてよかったわ。ずっと知らず町駅で待っていたの。でも、あなたはずっと現れなかった。嫌われたのか、私の何がいけなかったのかずっと疑問に思っていたの。私の何が悪かったの?」

 声が最初とは違い、よく以前話した声に似ていた。
 一瞬恋に落ちた下の名前も知らないOLの前野さんの声だった。
 ミラーで確認すると、スカーフを取った彼女の顔は、車に乗った時とは別人の顔立ちになっており、怒りの形相に満ちていた。
 多分、タクシーに毎日乗っていたであろう前野さんが後部座席に座っていた。

 鬼とはこのようなものをいうのかもしれない。鬼の素は人間である。これは俺の持論だ。
 鬼才、心を鬼にするとか、鬼の使い方は様々だ。鬼の元をたどれば人間に辿り着く。

「すみませんでした。俺にはあなたはもったいないと思って……」

「私はあなたの趣味をちゃんと調べて再会を果たした。あなたは赤色が好き。痩せた女性が好き。弱弱しい女性が好きだ。好みの女性像を作り上げた。毎日あなたに夜の7時に電話したのだけれど、履歴にない?」

 おそるおそる着信履歴を見る。誰もかけてくる友人もいないため、個人のスマホの着信履歴など全く確認していなかった。仕事用ならばチェックはしていたが、個人のスマホにかけてくるのは通信販売の業者、リフォーム業者、買い取り業者くらいだ。

 毎日運転中は通知音をオフにしていた。運転中に彼女は俺のスマホに毎日かけていたのか。そして、今日は44件1分おきにちゃんと着信があった。

「あなたの名前を聞いてもいいですか? まだ聞いていなかったから。好きになった人の名前くらい知りたいじゃないですか」

 俺は着信件数を見て、頭がおかしくなったのかもしれない。妙に冷静に鬼の形相に対処する。これは、生存本能がそうさせたのかもしれない。

「前野零子」

「まえのれいこさんですね」

 一息置いて質問する。

「あなたの両親は、もう、この世界にいないのでしょうか?」

「はい」

「前野零子さんはもう、この世にいない人ですか?」

「……はい」

「あなたには門限がある。つまり、あなたの両親はあなたが帰ってこないとずっとあの世で待っていますよ」

「まずい、そうだった。早く行かなきゃ」

「ご乗車ありがとうございました。両親に縛られずにどうかあの世で別な生き方をしてください」

 そう言った後、前野零子はすうっと消えていた。
 まるで、最初から何もなかったかのように。
 まるで、俺が独り言を言って、幻影を見たかのように。

 俺がモテたのは後にも先にもこの世にいない女、一人だった。

♢♢♢

「この通りすがりのタクシードライバーさん、何気に文章うまいよね。前回より確実に上達してるよ。最後のあたりなんか、文学的だし」

「でも、この人から、怪奇魂をいただくならば、もう少し放っておいてネタをもらってからがいいんじゃない? 前野零子さん関連で、怪奇話は、まだまだこれからもありそうな気がするし」

「たしかに。前野零子さんを忘れちゃったら、記憶が数珠のようにつながらないから、私たちに説明もうまくできなくなっちゃうしね」

「前野零子さんってなんで死んじゃったんだろうな? 親も、色々あったみたいだけど、殺したってのは噂の域だよな?」

「どうなのかな。真相は本人しかわからないんじゃない? 本人も生きていないみたいだけどさ」

「どっちにしてもしつこそうなタイプだし、陰湿そうな印象だよな。多分、またひょっこり現れそうだな」

「通りすがりのタクシー運転手さん、ネタの宝庫すぎじゃん。災難な印象だけど」

「最後に、良いオチの書き方してるんだよな。俺がモテたのは後にも先にもこの世にいない女一人だけだった、だとさ」

「皮肉だなぁ。このタクシー運転手さんってどんな人なんだろうね。実はイケメンだったりして。ドラマなんかであるでしょ。モテないとか言っているのに、実はイケメンっていう話」

「それは、空想上の理論だ。現実はそう、甘くはない」
 断言する凛空は、実際イケメンだ。でも、決してそれを自慢したり、ひけらかさない。そんな凛空が大好きだ。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門