【ショートショート】『バスってさ、いつも遅延してるよね』

トントントントン。
『次は〜第3小学校前ェ〜』
ピロロ〜ン。
『次、停まります』
________まだ第3小前かよ……!
心の中で悪態をつき、しきりに腕時計を確認している彼の名前は、山田圭佑やまだ けいすけ
しがないリーマンである。
彼が会社に入社してから、かれこれ3年が経った。
オフィスまで実家からバスで行けるということが決め手となり、いくつかの候補の中からこの会社を選んだのだが……。
「すみませェ〜ん、両替していいですかぁ?」
(んんんんっ!!イマドキICカードだろーがァァァァァ!!)
トントントントントントン!!
先程から車内にこだましているこの音は、お察しの通り山田の貧乏ゆすりである。
苛立ちが募りに募り、彼の邪魔をする人の声の1つ1つが、ウザったく加工されて聞こえてくるもんだから、も〜う際限ない。
彼の苛立ちに呼応するように激しくなるそれに、遂に周囲の人々から非難の目を向けられ、ハッとして彼の足は止まった。
(まてまて、私は立派なオトナだ。こんなことで苛立ってどうする)
「すぅぅぅはぁぁぁ……」
深呼吸を1つ。
どうにか心を落ち着かせた山田は、瞳の奥に諦念を浮かべながらカバンからスマホを取り出し、淡々とメッセージを打ち始めるのだった。


「中弛みっていうのかなぁ、ねぇ?ウチは学校じゃないし、アナタはもう社会人なの。自覚を持って欲しいよねぇ」
「……はい、申し訳ありません。以後、二度とこのようなことが起こらないよう……」
「それ、入社当初にも聞いた気がするなぁ。あれ、おかしいねぇ?二度としないって、つまり、今後は絶対しないって意味だよね。僕の解釈、もしかして間違ってる?」
「いえ、そのようなことは……」
「だよねだよねぇ。と、いうことは……キミは社会人の責任というものを、軽く見てるのかなぁ。ねぇねぇ、どうなのよぉ?」
「本当に、申し訳ありません……!!」


「あいつ、なんで俺らより階級上なのかわかんねーよな」
小太り上司からの説教という名のストレス発散から解放されて、デスクに戻った山田に早速声をかける者がいた。
同期の佐藤だ。
タメで同性、更に好きな漫画が同じということで、会社でできた1番の友達。
「あんまそういうこと言うなよ?目付けられても知らんぞ」
「いやいや、普通遅延ならしょうがないだろ?あんなにグチグチ言うことかよ」
「それはまあ、そうだけど」
言いたいことをハキハキと率直に言えるのが、佐藤の良いところでもあり、危なっかしいところでもある。
「あんなの、『やかましい!』って一蹴できたら、どんなに気持ちいことか」
「ははっ!確かに」
適当なところで雑談を済ませると、互いに仕事に取り掛かる。
(しかし、確かに気持ちいいよなぁ……。私も毎回鬱憤が溜まるあのバスの遅延を、スパッとどうにかできたら……)


帰りのバスに揺られながら、山田は思いに耽っていた。
(どうにかして、バスの遅延のイライラを解消できないものか……)
仕事中も、ずっと佐藤の言葉が頭の中をグルグル回っていた。
バスで通勤できるというのが決め手だったというくらいなので、もちろん入社初日からバスで出社しようとして、時間通りに会社に着けず、あの上司に早速目をつけられたのは最早良い思い出だ。
何回かバスを使っていく内に、バスとは遅延することと見つけたり、ということに気づき、その後はだいぶ余裕を持ってバスに乗るようにしていたのだが。
(今日は火事で、バスが迂回したからな……)
という事情である。
いつもより大幅な遅延により、山田は久しぶりに会社に遅れてしまったのだ。
『次は〜○○駅前ェ〜。』
静寂の車内に、アナウンスが響く。
朝はあれ程神経を逆撫でされる音声なのに、帰りに聞くと何も感じないなんて、不思議なものだ、と思いながらぼぅと外を眺めていた山田は、
『近くには若者に人気のトレーニングジムがありィ〜』
その言葉に、
ピロロ〜ン。
無意識のうちに、停車ボタンを押していた。


「それで、あなたはどんな目的でこのジムに入会なさるのですか?」
「目的……?」
「ええ、何か明確な目指す姿があったほうが、モチベーションも上がるってもんでしょう?」
山田が人生で初めてジムというものに足を踏み入れたあの夜。
筋肉ダルマとはこのことか!というくらいに、ムキムキで迫力満点のナイスガイから、そんなことを聞かれていた。
その質問に、彼はナイスガイが目を見張る程の決意を宿して、こう答えたのだという。

「バスに負けない漢になります!!」


あれから3年の月日が経過していた。
1年ほど前から、ここら近辺にはある名物が生まれていた。
どうやら謎のナイスガイが、毎朝バスと競争しているらしい。
そんな噂がSNSで拡散され、その対決を一目見ようと駆けつける人が後を絶たず、今やナイスガイのファンクラブもあるとかないとか。
とある日。
テレビのインタビューを受けて、彼が答えた有名な言葉がある。

「バスってさ、いつも遅延してるよね。……なんか、走った方が速くね」

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べ、別にバスが嫌いなワケではありませんよ?

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