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短編小説:わびをいれる

   この作品はいつも空を見ている②③の
   2人の子供たちが
   中高生になった頃の話です。


夜、中條アンド上条の二世帯住宅の玄関。ガチャリとドアがあき、女の人が1人帰ってくる。

「ただいま〜」

おかえりとリビングのほうから声がする。

「早いじゃない」

夏美さんが千夏ちゃんの顔を見て言う。

「もうね、退職間際だから引き継ぎも済んだし暇なんだよー。それより、暎万えまは?どこ?」
「自分の部屋にいるんじゃないの?」

トントンと二階にあがる千夏ちゃん

「暎万!」

ベッドに寝っ転がって漫画読んでた暎万ちゃんがこっち見た。

「なに?」
「あんた、お父さんにひどいこと言ったんだって?」

暎万、しばし昨日の場面を頭っから思い返す。

「よくわからない。言ってない気がする」
「でも、お父さんが言われたって言ってたよ」
「じゃあ、お父さんに聞けばいいじゃん」
「そんなの、思い出させるからかわいそうじゃん」
「じゃあ、お兄ちゃんかおばあちゃんに聞いて。わたし的にはひどいことなんて言ってない」

それから、漫画に戻った。千夏ちゃん、キレた。スタスタ近づいて漫画取り上げた。

「ちょっと!なにすんのよ」
「あんた、もうちょっと反省してお父さんにひどいこととか言うのやめなさいよ」
「なによ。もともとはお母さんが悪いんじゃない。お父さんのこと振り回してんだから」

ちーん

「お母さんが振り回すのやめたら、わたしもひどいこというのやめる」
「ね、それ、お父さんが言ってたの?振り回してるって」
「え?そんなの、お父さんが言わなくたって一目瞭然じゃん!」

子供にここまで言われてしまった。

「え?そんなにお母さんってお父さんのこと、振り回してる?」

暎万ちゃん、目を見張った。

「自覚ないの?」

なにも言えない千夏ちゃん。母親をほっといて漫画に戻る暎万。

「ねぇ、昨日お父さん、お母さんの事、怒ってた?」
「それなりに」
「どうしよう?離婚とかなっちゃったら」

漫画が面白いのか相手にしない暎万ちゃん。

「ねぇ、離婚することなったら、暎万はお母さんと住んでくれる?」

暎万ちゃん、くるりと振り向いて千夏ちゃんを見る。そして漫画を閉じて、ベッドの上に起き上がった。

「お母さんは今、仕事やめて給料ないんだよね」
「はい」
「ちなみにおじいちゃんはお母さん側なの?」
「……」
「実の娘だから離婚したら、この家からお父さんがでてくんでしょ?」

なんかすごく冷静に事実確認してますが……。

「うーん。おじいちゃんは確かにお母さんのお父さんだけど、状況から見たら離婚するのはお母さんのせいじゃない」
「うん」
「それなのに、お父さんを追い出すのはかわいそうだってお母さんを追い出すかも」
「じゃ、お父さん」

そして、寝っ転がって漫画に戻る。

「ね、お母さんがかわいそうだと思わないの?」
「お兄ちゃんがついてくって。マザコンだから」
「確かに春樹はマザコンだけど、同時に論理的なんだよ。明らかにお母さんに非があったら、味方してくれないもん。ねぇ、暎万ちゃーん」

寝っ転がってる娘に抱きつく千夏ちゃん。

「ああ、もう、うざい。お母さん」

「普通に謝ればいいじゃん」

びっくりして顔あげる千夏ちゃん。

「春樹、いつからいたの?」
「俺がマザコンのあたりから」

聞かれてしまった……。それにしても家政婦は見た!か、君も。いつのまにかいるんだから。音しなかったですよ。

「でも、昨日お父さん、北極ぐらい冷たかったんだけど、夜」
「南極ほどではなかったの?」
「え?北極と南極ってどっちのほうが冷たいの?」
「それはどうでもいいけどさ」

どっちが冷たいんだろう?

「そこまで怒らしたんなら、普通の方法じゃ許してくれないよね?」

春樹君がにやにやしてます。この顔のときは要注意ですよ。

「なによ」
「出張から帰ってくる日に手料理作って待ってたら?」
「え〜!」
「別に、母さん、料理全然できないわけじゃないじゃん。父さんいないときは作ったりするのに、なんで父さんには意地でも作んないの?」
「だって……」
「だって?」
「お父さんのほうが料理上手なんだもん。がっかりさせたくない」

枕に顔埋めてます。

「お母さん、もう!化粧つくからやめて!やるなら化粧落としてからにしてよ!」

血も涙もないよ。暎万ちゃん。
笑ってる。春樹君。

「そこは味じゃないでしょ。母さん作ったものだったら、焦げた炭の塊でも喜んで食べるよ、父さん」
「うそ?」
「生焼けで食べたら確実に病院行かなきゃならなくなるようなものでもね」
「……」

さすがにそれは言い過ぎだろうと思う。

「春樹、手伝ってくれる?」
「それじゃ、意味ないじゃん」
「え〜!」

また、枕に顔を……。

「だからお母さん、それやめてって!」

暎万ちゃんが吠えてます。

「気が重い……」

難しい会議より、こちらの方が千夏ちゃんには難題のようで……。
そして、枕から顔を上げた千夏ちゃん。

「ね、じゃあさ、何作ったらいいかとかは、一緒に考えてよ」

ちょっと無表情になった。春樹君。

「いいけど、なんで?」
「だってさ、さすがに焼きそばとかだったらアウトでしょ?だからって、小洒落た難しいもの作っても、背伸びしてる感半端なくって、イタイじゃん。しかも、うまく作れないかもだし。しかも、ご飯って個人の好き嫌いあるし、お父さんの好きなもので、簡単過ぎず難し過ぎず、無難なもの……。頭パンクしそう」

春樹君が笑い転げてます。

「お母さん、本当にお父さんと夫婦なの?」

暎万ちゃんが素で引いてます。

「なんで?」
「なんか、長年片想いしてた人に告白するために料理しようとしてる人みたい」
「……」

***

「ただいま」
「おかえりー」

出張から帰ってきた樹君を春樹君がわざわざ玄関まで出迎えます。

「父さん、ご飯食べた?」
「飛行機で軽く食べたけど。なんかあるの?」
「ちょっと座って待っててね」

今日は特別優しいですね。春樹君。ネクタイ外しながらテーブルついて待ってる樹君の前に、食事が並びます。

「ビールは?」
「ああ、欲しいな。そう言えば、みんなは?」
「暎万はいるよ。おじいちゃんとおばあちゃんは今日は蕎麦食べたいって散歩がてら出かけた」
「お母さんは?会社か」
「いや、一回帰ってきたけど、でてった」
「なんで?」

春樹君笑った。

「まあ、後で教えるよ」

樹君、ちょっと訝しげな表情になる。

「はい、どうぞ」

春樹君が、缶ビール開けてグラスに注いでくれました。

「ああ。ありがとう」

まあ、いいかと食事に箸をつけた樹君。今日は肉じゃがときんぴらごぼう。肉じゃが一口食べた。ちょっと止まりました。ゴボウにも箸つけて、味噌汁飲んだ。それから、春樹君のほうを見ました。

「すごいな、父さん、わかるの?」
「おばあちゃんの味付けじゃないね。お前作ったの?これ」
「まずい?」
「いや、なんか、あれだ」
「なに?」
「模範解答みたいな味だな。料理本かなんか見て作ったの?」

春樹君が大笑いしてる。

「なんでそんなに笑うの?」
「わかんない?それ、俺じゃない。作ったの」
「え?」
「お母さん。お父さんにごめんなさいだって」

一瞬ぽかんとした後に目の前の食事をもう一度眺める樹君。

「大変だったんだよ。がちがちに緊張して、練習だって何回したか。冷凍庫に練習で作った肉じゃが詰まってるよ。さすがに毎日肉じゃがも辛くてさ」

樹君がいい笑顔でゆっくりと笑いました。

「で、本人はどこにいるの?」
「なんかね、死刑執行を待つ人みたいな顔でしばらくいたんだけど、父さんが箸つける瞬間に心臓が止まる気がするって言って逃げてった。母さんのことだからまた、駅前のネカフェで漫画でも読んでんじゃないの?」
「そうか」

お味噌汁を飲みました。幸せそうな顔で。その顔を見ながら春樹君が言います。

「母さんも変な人だけど、父さんも変な人だね」
「そうかな?」
「変な人だから、母さんのこと好きなの?」
「うーん、よくわからないけど……」

しばらく目の前の食卓を眺めてからゆっくり続けた。

「他の人じゃ、もう満足できないだろうな」

その日の夕食は、いつもより時間をかけてゆっくり噛みしめました。奥さんが帰ってきたらなんて話そうかを考えながら。

  

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