見出し画像

恋は駆け引きである②

とある近代的な高層ビルの3〜40人ほど入りそうな会議室。プロジェクターの映像を映すスクリーンの脇に、スーツ着たうさぎと本日はスーツ着た日本人男性が1人いる。

「なんで、こんなところにいきなり呼び出されているのだろう?」
「いいじゃないですか。あの先生と一緒だとちょっと調子が出ないので」
「しかも、なんで俺、若返っているの?」
「僕と登場してた時は若かったでしょ?」
「今はもう50代で社会人の息子と娘がいるんですが」
「ま、いいじゃないですか、ね」

ぽんぽん
本当は肩をたたきたかったのだが、小学3−4年の身長設定なので届かないのである。腕のあたりをぽんぽんした。ちなみにスーツ姿の男性、かなりイケメンだ。

「お、集まってきましたよ。樹くん、頼みますね」
「はいはい」

俺は本当は50代で管理職なのに、20代の姿格好でうさぎに顎で使われてこんなところで何をやっているのだろう?と思いながら、集まってきたやはり20代から30代前半の男性を受け付ける。入ってくる男性がみんな、受付のお兄さんがイケメンなのにビビっている。腰がひけている。

「え、皆様、お集まりになられたでしょうか?」

たった一日でちょっと貫禄のついた感のあるウサギが、小学生の身長で(しょうがないのでマイクの前にお立ち台を用意した)スーツ姿の男性たちを見渡した。

「つうか、なんで、みなさん、スーツなの?」
(お前もスーツだがな)
「え……」
(スピーカーに話を振られることに慣れていない日本人たち)
「や、なんとなく……、というか、仕事帰りで」
「あ、そっか」

小学生の身長で、今日もエルキュールポアロにならい、イギリス仕立てのスーツをパリッと着こなしたウサギが会議室の高い天井を無言で見上げる。スーツ姿の若者たちも演者の視線の先を眺める。眺めながら思った。なんでこんなとこ来ちゃったんだろ、俺。

「それでは始めます。皆様昨日の授業は覚えていますか?」

ここでまたプロジェクターに照らされて出た。孫氏。ちなみに本当は管理職なのにうさぎに顎で使われている樹くんがPCでプロジェクターのデータを表示しておりました。

彼を知り己を知れば百戦あやうからず

「昨日はこの己を知ればの部分で女性を主にして説明をし、本当は彼を知りの部分へ進もうと思っていましたが、男はどうなんだよってご意見いただきまして。それで本日は邪魔なあのおばさんも締め出して、ね。我々男性のみでの回になります。ふ、ふふふふ」

あの、水戸黄門にはよく悪徳商人と悪代官が出てくるではないですか。あれの悪徳商人のような顔をして、ウサギが笑っています。スーツ姿の皆さん、もう一度思いました。俺、どうしてここに来ちゃったんだろう。

「ちなみに今日のアシスタントは、イケメンだけど恋愛スキルゼロだった、そして、ワタクシがお助けしたが故にやっと結婚できた樹くんでーす」
「紹介しないでいいです」
「かなりのヘタレでしたー」
「だから、紹介しないでいいって」

本当は管理職なのにっ!しかも、このウサギとつるんだのはアナザーストーリー、いわばおまけの方であって、メインストーリーでは自力で結婚したがな!

「さ、それでは、早速、題目に入っていきましょう。男性版、己を知る、ですが、まずその前に極意を手に入れるためにっ」

ここで突然講師が横の壁をずばっと指差す。すると、黙々とアシスタントが壁のボタンを押す。カチ

ガー

「「えっ……」」

皆、本気で固まった。

ドドドドドドドドドドドド……

「ど、どーなってんですか、これ」
「便利っしょー、小説って、文字だけだから、無料でこんなことできんのよね。さ、樹くん、みなさんにお配りして」
「どうぞ」
「え?」

それは白い着物と帯。

「あの、入って右側に更衣室がありますから。どうぞ」
「あ、どうも」

一人に配って次に進む。

「右側に更衣室がありますからね」
「これ、なんですか?」
「着物と帯です」
「いや、なんで、というかそもそもその前に」

ドドドドドドドド……
ぱかっとあいた会議室の横の空間を皆が見る。

「なんでこんなビルのど真ん中に滝が現れるんですか〜〜!」
「そういう細かいところは聞かない」
「そして、この着物と帯はなんですかぁ?」

そこでウサギが声をあげる。

「だから……」

講師がスクリーンを指差す、アシスタントがその仕草に間に合わない。まだ配り終わらない着物と帯抱えたままPCまで辿り着く樹くん。ポチリ。やっと講師が示したい言葉がスクリーンに浮かぶ

結婚で勝ち組入りたいなら、まず、
滝に打たれろ!

ドドドドドドドド……

ここで本格的にみなさん、どうしてこんなところにいるのだろうと思った。そして、我に帰った人が樹くんにもらった着物を会議室のデスクの上に置き、自分のカバンを持って立ち上がる。ウサギ、そこを見逃さなかった。ズバッと立ち上がった人を指差す。

「そこのあなた」
「はい」
「別に止めやしませんがね。しかし、帰ってしまっていいんですかねぇ」
「は?」
「あなたの、婚活がっ、うまくいかない原因に対する答えがっ、この先にあるのかも知れないのにぃ」

ドドドドドドドド……

「いいですかっ!そこのあなたっ!滝に打たれたって死にやしませんっ!こんなビルの真ん中でアホなことやってたって知ってるのは、今、ここにいる我々だけですっ!いいんですか?あなた。今、あなたは貴重なことを知れるかも知れないのに、どうして、あなたの婚活が」
「婚活が?」
「頑張ってるのに、うまくいかないのか、ふーふふふふふ」

悪徳商人、再び。
そして、物語は強引に進む。皆は更衣室で仲良くスーツから白装束に着替え、自分の私物をロッカーに入れて、鍵を閉める。プラスチックバンドのついた鍵を手首に巻いて、みんな幽霊みたいにゾロゾロと出てきた。何やってんだかな!

「あ、滝が止まってる」
「ほんとだ」

ビルの合間に人工滝!不要な時は止めてコスト削減!

「あ、すみません。あの横から並んでください。まっすぐ直線だと入り切らないと思うので、こう、ジグザグに」
「こうですか?」
「あ、そうそう」
「順番とかは?」
「適当でいいです」

自分だけはまだスーツ姿のまま、樹くんがみんなを誘導して滝壺に並べる。すると後ろからのっしのっしと背は低いし、別に体重も大したことないのだけど、ウサギが出てきた。

「なんで樹くんは着替えてないんですか?」
「いや、お前も着替えるのかよ」

ウサギも小学生サイズの白装束きてるし。みんな、ウサギがスーツを着ていることよりも白装束着ているのにショック受けた。ウサギなのに!

「ノリが悪いな。我々、皆同志。イエーイ」
「突然ビル火災とか起きて逃げなくてはならなくなった時に、皆が白装束では流石に狼狽えるでしょう?まずスーツの僕が様子を見に走らないと」
「別にいざとなったらみんなで白装束で逃げればいいじゃないですか」

どうでもいい話し合いである。

「じゃ、滝スタート」

そして、滝がスタートされた。
ドドドドドドドドドドドド
ちなみに本日集まった方のほとんどが滝初心者でした。頭から落ちてくる水の塊にもみくちゃにされる。

「みなさん聞こえてますかー」
「ウエーイ」
「聞こえてますねー」
「ウエーイ」
「いいですか。心を無にして前を見てください」

そして、滝ルームにもあったどでかいスクリーン。そこにまた大きな字が映し出される。

なぜ、君たちの婚活が頑張ってるのにうまくいかないのか。今、その答えが現れるぞ

そして、あの、映画のフィルムが始まる前のカウントダウンのように大きな数字が映し出された。

3……2……1……



↓もっと下だ。






お前らは女の趣味が悪い

そしてその次の瞬間、滝ルームの電気が落ち、スクリーンだけが煌々と光りまだその言葉を表示している。

お前らは女の趣味が悪い

そして、次に表示が切り替わる。

女に幻想を抱くな。そんな女、宇宙空間まで探しに行っても存在しない

それから、その言葉がゆっくりとフェードアウトして次の言葉が浮かび上がる。

同志よ!今こそ、心眼を開き、その目で女を選ぶのだっ!

ドロドロピカーン!
雷が落ちた!

そして、パッと電気がついた。

「あ、みなさん、もういいですよ」
「え……」

気づけばいつの間にか滝は止まっていた。樹くんが呆然としているみんなに声をかける。

「ゆっくり歩いて、更衣室に戻ってください。ゆっくりね。頭が痛いとか気持ち悪い人いませんか?大丈夫?」
「……」

もそもそと皆動いて滝壺から上がってくる。

「みなさんのロッカーにそれぞれ乾いたタオルが入っているからそれでしっかり体拭いてあと髪の毛も拭いてくださいね。風邪引かないように」

一体、あれは、なんだったんだろう?なんかすごいものを見たような気がするのだけれど……。すると、更衣室に一番乗りしていたウサギが白装束を脱いでスーツに着替えてる途中だった。

こ、こうなっているのか!

皆、入り口から覗いて、見てはいけないものを見てしまったような気がした。あれは一体どういう、そういえば、生き物なんだっけ?

ぽたっぽたっ(→みんなから水滴が落ちる音)

「ん?そんなにジロジロ見ないでくださいよ。恥ずかしい」

パタン

「みなさんも早く体拭いて着替えないと風邪ひきますよ。そうそう続きは隣の会議室でやりますから」

スタスタスタ
行ってしまったシロ

そうだ、そういえばさっきなんかすごいショックというか意味のわからないことを見せられたような。あれは一体なんだったのだろう?稲妻の中に閃いた文字。なんかちょっとやばい系のメッセージだったような。

しかし、今更、帰りますか?
滝にまで打たれといて?

「ハックション」
「あ……」

水浴びにはまだ早い季節です。そこで皆、とりあえずもそもそと自分のロッカーへと向かう。

「あ、18番はここじゃないよ。こっち。それ、俺の」
「あ、すみません」

かちゃ、かたん
ゴソゴソ

「ところで、さっきのあれ、なんだったんでしょ?」
「いやー、何が何だかさっぱり」
「ちゃんと解説されるんでしょうか」
「いや、これで終わられると困りますね」

ところでみなさん、前振りでずいぶん長くなっちゃって、ということで続きはまた明日。
(お笑い芸人著)
2024.04.28


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?