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Tragedy heals 〜”慰め的食べ物”の続き〜

(前半を読まれていない方はこちらからどうぞ)

小説家の話を出したので、物語というものを少し掘ってみたいと思います。
近年、インドネシアのスラウェシ島の洞窟の中に今からおよそ4万3900年前に描かれた壁画が発見されたそうです。その壁画には狩猟の様子が描かれ、研究者は動物と人間を合わせた獣人を描いている可能性があることを指摘しています。これがフィクションとして描かれていたとすれば、現時点ではこれが最古の物語になるのかもしれません。さらに、ドイツで発見された4万年前に作られたという彫像、フランスで発見されたラスコー洞窟など、時代や場所を変えても同じ表現方法は発見されています。それは
神話という括りとなり、紀元前3千年頃のシュメール文明の時点ではすでにこれが存在していたことがわかっています。(因みに、旧約聖書に出てくるエピソードの原型となった話もここに入っているそうです。)

神話は語り部によって口承されていきました。内容は基本的には現実世界から大きく逸脱しているので、今の我々の感性からは理解しづらいところがありますが、実際には宗教、教育、自然科学、哲学など多くの情報が含まれています。しかし、時代を経て繰り返し語られていく中でアレンジに関心を向ける動きが現れ、今日の芸術へと近づいていきます。ギリシャ神話はまさにその流れを踏んでおり、紀元前8世紀頃のホメロスによる『イリアス』『オデュッセイア』はヨーロッパ最古の英雄叙事詩、そして口承形式の神話として最も代表的な作品となっています。さらに時代は流れ、語り部一人の形式にもやがて解体が行われます。登場人物達それぞれのセリフによってストーリーが進行していく戯曲がここから生まれていきました。

そして、紀元前5世紀にソポクレスによって作られた悲劇『オイディプス王』は我々の知る世界中の物語のルーツと言われています。ストーリーについて超端的に言えば、「えっ、もしかして犯人って俺?」という皆様も知っている“あの展開”です。これでネタバレしたから「あぁ終わった最悪」というわけでなく、分かって見るからこそさらに深く楽しめるスタイルであるところも本作の大きな魅力です。

人間の苦悩を生々しく描いたこの戯曲は当時の時代に愛されただけではなく、今でも世界中で受け継がれていることは、先ほどのストーリー展開を考えて頂くとわかると思います(手法のみを取り入れているものも多いとも思いますが)。起承転結という今では当たり前すぎる形式もこれが初めてで、論文やプレゼン、数学の証明などあらゆる分野で使われる手法です。フロイトのように、登場人物を用いて芸術以外の分野でも引用している方々もいます。

ニーチェは、悲劇を最高の芸術として捉え、アリストテレスは、あわれみとおそれを通じて、感情の浄化を達成するものを悲劇と論じています。
悲劇とはそもそも何かという定義は、今でも実ははっきりとしていないところがあるそうです。しかし、我々の率直に思う悲しい辛いストーリーもその一部であるとするならば、アリストテレスの言うように、悲劇は分野も時代も跨ぎながら、多くの人の心に共感と癒し(浄化)をもたらし続け、今日の我々に浸透しているのでしょう。

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