見出し画像

スーサイド・ツアー(第26話 殺される理由)

    現れたのは、宇沢だ。井村達を船でここまで連れてきた60代の白髪の男である。その手には拳銃が握られ、筒先はこっちに向けられていた。
「やはり、あなたが犯人ね」
 氷河のように冷たい口調で、翠がそう断定した。その目はまるで射るかのようで、そこから今にもビームが射出され、宇沢を殺しかねない勢いだ。
「あたし達は、あなたが漁船で帰ったと信じてたけど違ったのね。あらかじめ漁船の船長と打ち合わせて、あなたを残して船だけが出港した。あなたは仏像の裏にある出入口から、この中に隠れた」
「その通りだ」
 宇沢は、翠の言葉を肯定する。
「礼央さんが何者かに誘われて、深夜に外へ出た理由もわかったわ。理亜さんが殺されてから、あたし達はお互いを疑いあって疑心暗鬼になってたけど、相手があなたなら礼央さんも疑わない」
 翠が、続けた。
「あなたは礼央さんに、こんなふうに話したんじゃないかしら。『月曜に島に戻るつもりだったが礼央さん夫妻の借金を全部代わりに払って、飲食店で雇いたいという人が現れたので、予定より早く戻った。先方はすぐにでも会いたいと言ってるから、一緒に港にある船に乗ろう』とでもね。そして礼央さんを南国ビルから誘いだし、途中から彼を先に歩かせて、背後から刺し殺した」
「おおむね貴様の推理通りだ」
 宇沢は、楽しげな笑みを浮かべる。
「そして多分、あなたは雇われたのではなく、あなた自身が黒幕ね」
「よくわかったな。中卒にしては、賢いじゃないか」
 宇沢は、バカにしたように鼻を鳴らした。
「当てずっぽうだけどね。人を雇ってやらせるには、色々リスクがありそうだし。雇った人間が命令通りに動くとは限らないし」
「その通りだ。途中で怖くなって逃げたり、警察に通報されても困る」
「何で、こんな狼藉に走ったの? あたし達は自死願望のある者ばかりじゃない。こんな手のこんだ真似しなくても、全員が死を選んだのに」
「正確には、8人のうち2人は違うな」
 宇沢が、拳銃を持ってない左手で、井村を指差す。
「この男は、ナンパ目的。那須とかいう女は、フリーライターだ」 
「フリーライター?」
 井村が聞いた。
「そうだ」
 宇沢が答える。
「あの女も含めて、お前らの氏素性は興信所を使って調べさせたのだ。那須一美は自室で手帳にメモをひっきりなしに書いていた。潜入調査をしてたらしい。部屋には盗聴器も仕掛けてあってな。寝言や独り言からも、そうなのが判断できた。港にも盗聴器があって、船で来た瀬戸という男と那須の会話で、それが決定的にわかったのだ」
 宇沢は、ドヤ顔だった。
「それは理解した。あなたの犯行の動機は何?」
 宇沢を見ながら翠が聞く。
「冥土の土産に教えてやる」
 宇沢は、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「私には、1人息子がいた。お前らと違って国立大を優秀な成績で合格して卒業し、ゆくゆくは私の会社を継ぐはずだった。私が決めた婚約者もいて、前途は有望だったのだ」
 そこで不意に宇沢の顔に、暗雲が立ち込める。
「ところがだ。運悪く息子が歩いている時に、ビルの屋上から飛び降り自殺した中卒の若僧の頭と息子の頭が激突して、2人共死んでしまった。私は世の不条理に絶望し、人を巻きこんで自殺するような自殺願望者に怒りがわいてきたのだ。高齢ならまだしも、まだ若いのに自殺願望のある連中に対する憤りがな。だから私は貴様らに、殺される恐怖を味あわせようと考えたのだ」
「息子さんが亡くなって哀しいのはわかるけど、あたし達は関係ない」
「うるさい!」
 宇沢が一喝した。
「大体、貴様ら最近の若者はなんなんだ。結婚もしないし子供も作らない。敬老の精神など微塵もない。恐れおののきながら、死ね!」
「冗談じゃねーぞ。じいさん」
 井村は脇から突っ込んだ。
「消費税はじめ政治家は増税ばかり。非正規雇用も昔より増えてて、バブルの頃より収入が低いんじゃ、結婚できねーわ」
「政治が気に入らなかったら、投票に行け。貴様ら若い連中は投票率が低いじゃないか」
「大体あんた、こんなやり方で人殺しして、冥土の息子さんがどう考えると思ってんだよ! 息子に恥ずかしいと思わないのか?」
 怒りと共に、井村が怒鳴る。
「息子はお前らと違って優秀だった。私の考えもわかってくれるはずだ」
 井村の憤りは火山のごとく煮えたぎったが、いかんせん相手が拳銃を構えている以上、力関係は歴然としていた。
 こちらをピタリと狙っている黒い筒先が憎々しい。その時である。港を映したモニターに、接近してくる船が見えた。
 井村の視線に気づいたらしく、宇沢も画面の方を見た。
 井村は最初この船は、宇沢が手配したものだと推測したが、どうも宇沢の表情を窺う限り違うらしい。
 その顔には、困惑が漂っていた。いずれにしろ、井村はそのチャンスを逃さない。
 一瞬だけ横を向いた宇沢に向かってダッシュすると、タックルをかけ、押し倒した。
(われながら、最近好調な日本のラグビー選手なみだぜ)
 どうせなら押し倒すのは、若い女にしたかったが、今はそんな贅沢も言っていられない。なんとか宇沢の拳銃を奪い取ろうと必死である。
 相手は60代ぐらいの爺さんだから、簡単に奪取できると思いきや、意外に筋肉質のガッチリとした体型で、なかなかピストルをあっさりと手放してくれそうになかった。
「翠ちゃんと妹尾は逃げろ!」
 井村は叫んだ。
「多分あの船は、宇沢とは関係ねえ。どんな船かは知らねえが、多分かけこめば助けてくれる」
「そんなことできないよ」
 背後で妹尾が泣き声で話した。
「るせー! お前らいると邪魔なんだよ。さっさと失せろ!」
 実際2人は、足手まといになりかねない。
「船の人間に事情を伝えて、応援に来てもらってくれ。そいつらが来る前に、俺がこいつを倒してるがな」
 そう頼んだが、宇沢は年齢の割に筋肉質で力も強く、正直抑えこめられるか、自信がなかった。背中の傷も、激しく痛む。
「わかった。すぐに船から応援を呼んでくるから待ってて」
 翠が妹尾の手を引きながら、外に出ていく。2人が去った後、井村はなんとか拳銃をもぎとったが、次の瞬間ピストルは、宇沢にはねとばされてしまった。
 間髪を入れず、宇沢の両手が井村の首をガッチリと締めつけた。恐ろしい腕力だ。このまま締め殺されそうだ。


スーサイド・ツアー(第27話 最終話 地獄の果てに)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)
 

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?