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スーサイド・ツアー(第24話 推理発表)

 その時またもや井村の背中に激痛が走る。
「大丈夫?」
 翠が血相を変えて聞いてきた。全身が汗でびっしょりになる。
「大丈夫だ。何とか」
 2人に支えられながら、どうにか南国ビルに戻った。1階にあった救急セットで翠と妹尾が背中の傷を消毒した後包帯を巻いてくれた。
 そして救急セットと一緒にあった痛み止めの薬を飲んだ。
「しかし、変な話だな」
 井村がそうつぶやいた。
「ここにいるのは、死ぬつもりで来てる奴ばかりなのに、なんで救急セットがあるんだ?」
「最初は別の用途で作ったみたいだから、その時用意したのが、そのまま残ってたんじゃないの?」
 翠が答えた。その後7階に割り当てられた部屋に行き、井村はベッドの上に横向きで寝る。
 全身が汗びっしょりだったので、翠が浴室にあったタオルをお湯で濡らして、拭いてくれた。
「妹尾君ありがとう。あとは、あたしがやるからもう部屋に帰ってちょうだい。疲れたでしょう?」
 妹尾は心配そうに井村を見ていたが、やがて指示された通りに部屋を出る。
「さっき真相にたどりついたような話してたけど、犯人がわかったの? 犯人はまさかあの坊や?」
「犯人までは、まだわからない。でも、手がかりになりそうな事に気づいたの」
「でも君視点からなら、犯人は俺かあの坊やの2択しかないぜ」
「そうなるね。あたしはドラマで名探偵を演じたこともあるけど、もちろん実際はそうじゃない。インスピレーションで、これが事件の手がかりになるんじゃないかって思える物が見つかっただけ。井村君がもうちょっと回復したら、教えてあげる」
「俺を、そんなに信じていいのか? 俺が犯人かもしれないのに」
「あなたになら、殺されてもいい。あたしと妹尾君を守ってくれたから」
 井村の目から、熱いものが流れてゆく。しばらく沈黙が続いた。
「俺を信じてくれるなら、インスピレーションのかけらだけでも教えてくれよ」
「まだ自分でもきっちり考えが固まってないの。だからもう少し時間が欲しい。また来るわ」
 それだけ残すと、翠は部屋を出ていった。井村は体を何とか起こすとドアまで歩き、中からそれを施錠する。


 室内の時計で夜の6時を過ぎた頃、井村の部屋のドアをノックする音がした。
「あたしだけど。夜ご飯持ってきた」
 翠の声だ。井村はベッドから起きると扉まで歩いてゆき、中からそれを解錠した。
「どう? 少しは具合いい?」
 天使のような笑顔を見せて翠が聞いた。
「ああ、いいよ。ありがとな」
「包帯も、替えてあげる」
「悪いけど、頼むわ」
 先に包帯を外してもらい、再び背中の傷跡を消毒してもらった後、新しい包帯を巻いてもらう。
「あの後もう1度焼けた船を見に行ったの。火はさすがに収まったけど何もかも黒焦げで、犯人の手がかりになりそうな物は見つからなかった」
「事件の手がかりってのは、いつ教えてくれるんだい?」
「明日の金曜の朝に教える。朝食の後で。でもあまり期待しないで。間違ってるかもしれないし」
「すぐに、聞きたいんだけど。気になってしょうがねえよ」
「まだ完全に体が治ってないんでしょう? 明日の朝ならだいぶ回復してるでしょうし」
 井村が食事を終えると、翠は食器を持って部屋を出て行った。彼女の話をどこまで信じてよいのかわからなかった。
 普通に考えたら、翠か妹尾のどちらかが犯人のはずだが、どちらもそうとは信じられない。

 やがて、翌朝になった。今朝も、外は晴れている。ここに来てからずっとである。が、あまりにも暑いので、むしろ一雨欲しかった。
 地球温暖化ならぬ地球熱中化の賜物だろうか。井村は起き上がる。時計を見ると、午前8時だ。
 彼は着替えると部屋を出た。エレベーターで1階に降り、大広間に行くと、すでに翠と妹尾がいて、食事中である。
「体は大丈夫?」
 珍しいことに、妹尾がそう質問してきた。
「おかげさんでな。昨日は、2人共悪かったな。どうもありがとうな」
 井村は、2人に礼を述べる。
「井村君が、悪いわけじゃない。あたしと妹尾君を庇って怪我したんだもの」
 翠が、横から口をはさむ。
「妹尾君にも食事の後で、あたしの推理を披露するって話したの。当たってるか、確証はないけどね」
 朝食が終わり、後片付けが終わった後、井村と翠は、喫煙所で一服する。
「ドキドキするよ」
 井村がそう口にした。
「昨夜殺されると思ったのに、よく犯人は動かなかったもんだ。今までは、夜殺されるケースが多かったのに」
「気づかなかったかもしれないけど、あたし昨夜はあまり寝ないで、あなたの部屋と妹尾君の部屋の前を何度も往復してたのよ。それで犯人は動けなかったのかも」
「俺と妹尾のどっちを疑ってる? 普通に考えれば、ひよわな妹尾に殺人なんて、できそうにないからな」
 妹尾の表情が硬くなる。
「それは、わからない。妹尾君の言動は、犯人だと思わせないための演技かもしれないし」
 翠は、妹尾を見ながら話す。
「考えたことなかったけど、可能性はゼロじゃねえな」
「それでは、そろそろ行きましょうか。あたしの推理に間違いなければ、港に犯行の証拠があるはず」


スーサイド・ツアー(第25話 解かれる謎)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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