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スーサイド・ツアー(第25話 解かれる謎)

 翠に勧められるまま井村と妹尾は一緒に南国ビルの北口を出た。そして濠の上の橋を渡り、右手にある階段で、下に降りる。
 そして今度は左に曲がり、港を目指す。やがて、翠は仏像の前に立つ。
「銃は確か、この仏像がある方から撃たれてたよね」
 そう話しながら、翠が仏像に手を触れた。するとそれは、彼女が大して力を入れているようには思えないのに、簡単に横へスライドしてゆく。
 するとその後ろから、大の大人が入れるほどの、縦に長い長方形の穴が開いた。
「多分犯人は、ここから銃で那須さんと、連れの男性を撃ったのね。そしてその後船に爆弾をしかけて、日々野さんが乗ってきたタイミングで爆発させたのね」
 翠が、推理を続けた。
「石の仏像は重いというイメージがあるし、みだりに手を触れてはいけないとみんな考えるから、あたしも含めて誰もさわらなかったってわけ」
 井村は、仏像に手を触れた。見かけは石のようだったが、実際にはもっと軽いプラスチックのような手触りだ。
 これが一種のスライドドアになっており、横に動かせるようになっていた。
 驚くことに、翠が仏像の背後に開いた出入口に入って行こうとしている。
「おいおい、危険だぞ。中に銃を持った奴が隠れてるかもしれねーだろ」
 あわてて井村が突っ込んだ。
「虎穴に入らずんば、虎児を得ずって故事成語があるでしょう? あたしは、入る。嫌なら来ないで」
 宣言するとさっさと翠は、出入口の中に入った。
(コケツニイラズンバ、コジヲエズ? コジセーゴ? 一体こいつ、何話してんだ?)
 何かありがたい言葉を披露してるらしいが、井村には、ちんぷんかんぷんだ。
 ともかく翠を1人で中に入れるわけにはいかないので、慌てて彼女の後を追う。井村の後から、妹尾が来た。
「こっから先はあぶねーぞ。お前は、残った方がいい」
「僕も、行くよ。いつも逃げてばかりいくわけにはいかない」
 意外にも凛々しい口調で、妹尾がそうのたまう。
「確かにそうだな。一緒に行こうや」
 何だか、井村は嬉しくなる。出入口の内部は洞窟のようになっていた。
 元々天然の洞窟があってそれを活用したのか、人工的に掘り抜かれたのかはわからない。
 中の通路はまっすぐに貫かれ、このまま行けば、南国ビルの地下まで続きそうである。念のため仏像型のスライドドアは閉めてきた。
 通路の天井には照明が点灯しているので、歩行には困らない。やがて突き当たりに1枚の扉が現れた。翠が、ドアノブに手をかける。
「施錠されてない。合言葉も、暗証番号もいらないね」
 扉が開いた。中には人の姿はない。照明がついており、目の高さに窓が並んでいたが、窓外にあるグレーの壁が、井村の視界を阻んでいる。
 窓の上の壁際にたくさんのモニターがあるのが見えた。それらは島内のあちらこちらを映している。
 港も映しだされていたし、南国ビルの各室内も映っていた。
 各部屋には鏡が壁に1つずつあったが、どうやらその中に監視カメラがあるようだ。映された場所を見れば、それがわかる。
 洗面所にも鏡はあったが、そっちは映してないので、そちらにカメラはないらしい。
「犯人はここであたし達を監視して、1人1人殺していったってわけね。秘密の地下室があるなんて、ミステリ小説ならアンフェアと罵られそうだけど、あたし達がいるこの世界は、紛れもない現実だしね」
「日々野の提案で地下室の出入口を探したけど、まさか仏像が扉になっていたとはな」
 監視モニターの捜査卓に、ひときわでかいレバーのような物がついている。
 レバーは手で上下に動かせるらしく、現在は「DOWN」と表示された方に下がっていた。
 翠はそれを手でつかむと「UP」と書かれた方に上げた。すると突然、井村達のいる建物自体がゆっくりと上昇し始める。
 窓外のグレーの壁が下に降りて、外の陽光が差し込んできた。窓の外には池があり、鯉が泳いでいるのが見える。
「あたし達は、南国ビルのすぐ地下にいるのね」
 翠が、話した。
「ここに来た時橋と建物の間に隙間があったけど、こうしてビルを上下に動かすためだったのね。たまに余震があったけど、あれ余震じゃなくて、ここを動かした時の振動だったんだ」
「気づかなかった。ここは携帯の圏外で地震速報がわからないし、沖縄の地震が先日あったから、てっきり余震だと信じてた。多少振動があっても余震のせいだと俺達が信じるだろうと考えたんだな。小癪な奴だぜ」
 井村はあっさりと騙された自分にも腹を立てていた。
 窓の脇に外に出られるスライドドアがあり、井村は試しにそれを開けた。施錠はされていない。
 ドアを開けてすぐ横を見ると、南国ビルの黒い外壁に穿たれた縦2列の避難用の凹みが見える。
「なるほどな」
 感心して、井村がそう発言した。
「この凹みを使って地下室から1階まで上がったわけか。そして1階の北口から中に入り、殺人を犯したわけだ。外壁が黒かったのも、凹みが靴で汚れても、目立たないようにするためか」
「これ、多分マスターキーね」
 壁のフックにかかっていた鍵を指差して翠がそう指摘する。
「犯人には、部屋が施錠されてようが関係ない。マスターキーで出入り自由」
 室内には、未使用のバタフライナイフが何本かあり、爆弾らしき物も何個かあった。ただ、那須一美の殺害に使ったはずの銃が見当たらない。
 その時だ。井村達が入ってきた出入口から気配がしてそちらを見ると、予想外の人物がいた。


スーサイド・ツアー(第26話 殺される理由)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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