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ミスティー・ナイツ(第27話 別れの果てに)

 美山は彼女に声をかけた。愛梨が振りむく。ジェットヘリは、機銃の狙いを彼女に定める。
 美山はマシンガンをヘリに向けるが、敵機の方が一瞬早く機銃を掃射し、愛梨の体を蜂の巣のように変えてしまった。
 美山は激しい怒りのために叫び声をあげながら、機関銃をヘリのコクピットに撃ちこんだ。やがてキャノピーに穴が開き、爆音と共に、空中で四散した。
 爆発音が、まるでけだものの最後の絶叫のように聞こえた。
 美山は愛梨の名前を絶叫しながら、そばに駆けよる。ヴィーナスのように美しかった彼女の肢体は、今や血まみれの肉塊となりはててていた。
 機銃掃射をまともに浴びて、万が一にも生きてるようには思えない。美山の両目から、とめどなく涙が溢れだす。
 彼の肩を、がっしりとした手が抑えた。振り返ると、釘谷の姿がある。
「気持ちはわかるが、今は感傷に浸ってる場合じゃない」
その時である。美山がポケットに入れていたスマホの呼びだし音が鳴った。電話に出ると、恋花の声が聞こえてくる。
「わーい。出た出た」
恋花の声が子供のように喜んでいる。
「美山さん、大丈夫ですか」
「今、どこだ」
 いらつきそうになるのを抑えて、美山は答えた。
「地下の管制室から電話してます」
 こんな状況なのに、若き科学者の声は元気いっぱいという感じだ。まるで真夏の日差しのようだ。この場にはどこまでも不似合いな声色である。
「他の連中は無事か」
「全員の安否の確認は取れてません。今、ここにいるのはあたしと衣舞姫さんだけです」
 さすがにトーンダウンして、相手が答える。
「怪我してないか」
「あたし達は大丈夫です」
「こっちは敵のジェットヘリを3機撃墜した。そちらのレーダーと監視カメラで、他にも敵がいないかどうか確認してくれ」
「すでに確認しています。襲撃者は全部で5機のジェットヘリで、撃墜されなかった2機は撤退して、北の上空に向かっています」
 美山の口から、思わず安堵のため息が漏れた。
「そいつはよかった。10機も20機もジェットヘリに来られちゃあ、さすがに反撃しきれんからな」
「どうして、残りの2機は攻撃を続行しなかったんだ」
 不審の色を浮かべながら、釘谷がつぶやいた。
「わからんな。弾薬が尽きたのか。帰りの燃料が心配なのか……」
 返答しながら、美山は周囲を見渡した。リゾート地のように風光明媚だったフォルモッサのあちこちに、銃弾の深いあぎとが刻まれている。ゴジラとガメラとキングギドラが一斉に現れて、蹂躙の限りをつくしたようだ。
平和な日本の領土ではなく、中東かアフリカか、いずれにしても遠い外国の戦場に来ているようにも感じてしまう。
美山達は、生存者の確認を開始する。彼がすでに確認した3名の他に、5名の潜水艦乗りが死亡していた。
いずれもジェットヘリの攻撃を受けての悲劇である。監禁していた明定は生きていた。合計9名の遺体は地面に埋めて、即席の墓を作って供養した。亡くなったのは9名だけではない。
人命に比べれば大した物でもないが、金庫室に入れた現金と王冠もなかった。金庫室は爆弾で、ドアを破壊されていた。
「今後一体どうするかだな。この島の位置は、とっくに奴らにばれてるんだ。第2派の攻撃があるやもしれん。すぐにでも、ここを引き払わないと」
 重苦しい雰囲気の中で、主張したのは釘谷である。
「同じ意見だ」
同意したのは、西園寺だ。
「残念だが、王冠と現金は諦めようや。ほとぼりが冷めるまでちりぢりになって、身を潜めるしかねえだろう」
「冗談じゃねえ」
美山は己の声が想像以上に荒っぽくなっていたのに驚いた。
「奴らにこっぴどく痛い目にあわされて、すごすご引きさがるなんざ、まっぴらごめんだ。おれ1人でも鶴本の野郎に目に物見せてやる」
「美山、いいかげんにしろ」
西園寺がたしなめた。
「お前が鶴本に恨みを持ってるのは百も二百もわかってるが、エゴだけで暴走するのは、たいがいにしろや。おれ達はチームで動いてるんだ。今回すでに10人も死んだんだ。冷蔵庫で頭を冷やしてこい。南国の炎天下で、脳みそがのぼせちまったか」
「何だと、このやろう」
激高して、美山は思わず西園寺につかみかかった。あわててそばにいた釘谷と海夢が美山を、脇から抑えつける。
「まるでおれが、殺されたみんなを気にしてないような発言じゃねえか。死んだ仲間のためにも、あだ討ちをやろうと言ってんだろうが」
 美山の脳内で何かが爆発してしまった。まるで富士山が噴火したように、溶岩のような感情が全身をぐつぐつと、たぎらせる。怒り、憎悪、後悔、不安、恐怖等、様々な負の感情が一斉に膨らんで、五臓六腑を満たしていた。
「落ちついてください」
 海夢が端正な顔立ちや美声とはギャップのある、筋肉質の、丸太のような太い腕で、美山の肩を抑えつけた。
美山もガタイはいい方で、やはり筋肉質の太い腕で海夢を振りはらおうとするが、海夢とやはりがっちりとした釘谷の腕が、美山の肩を抑えつける。
「感情的になるな。気持ちはわかるがガキじゃねえんだ。お前はうちらのリーダーなんだから、取り乱すなよ」
 釘谷が、低い声でたしなめた。その言葉が、まるで氷のナイフのように美山の胸に突きささり、熱くほてった魂が、徐々にクールダウンする。
「わかった。冷静に考えよう」
「それが利口だ」
 リーダーが多少は冷静になったのを確認した釘谷が、手を離した。海夢も同様につかむのをやめたが、まだ油断なく、こっちの様子を見守っている。
「もう1度宣言するが、おれは何が何でも王冠と現ナマを取り戻す。が、それがエゴでついてけないって主張したい奴がいたら、遠慮なく手をあげてくれ」
誰も手をあげない。美山は西園寺の方を見た。
「お前は降りるんじゃないのか」
「気が変わった……。お前らだけ行かせるわけにはいかんだろう。地獄までついていくつもりだ」
 その言葉に、美山は思わず涙がにじんだ。
「それはいいが、一体どこを当たるつもりだ。今回みたいないきさつがあったんじゃ、美術館は、しばらく王冠を展示しないかもしれないぜ。現金の警備も厳重になる。同じ手は使えねえ」
 釘谷がそう突っこんだ。
「それなら大丈夫です」
脇から恋花が口をはさんだ。
「逃げてったジェットヘリには、射出式の装置を使って発信機を取りつけました。今もちゃんと、これで追跡してるから」
 説明しながら、恋花は持っていたシートパソコンのモニターを見せた。そこには本州の方向をめざす2つの光点が映っている。
「さすがは、わしの愛弟子だ」
 恋花のヒットに、雲村博士が目を細めた。美山は万が一外部の人間が侵入して脱出した時を考え、博士に依頼してフォルモッサの各所に発信機を射出する装置をあちこちにとりつけたのだが、まさかこんな形で役にたつとは予想もしなかったのが本音である。
 もっともこんなアイテムが役立つようなシチュエーションになってほしくはなかったが。
「そうと決まれば、すぐにでも奴らを追おう」
 美山は皆をうながすと、早速島に元々あったジェットヘリに乗りこんだ。それには他に西園寺、恋花、釘谷と、雲村博士が同乗する。衣舞姫は残った。ジェットヘリはでかいので、それだけの人員を収容できるのだ。
操縦は海夢がやっている。彼に任せれば、大抵の機械は操縦できた。生き残った潜水艦乗りのうち3名が、今度のヤマから降りると残して、別のジェットヘリで本州に向かった。
 3人共目が脅えきり、げっそりと疲れはてた顔をしていたので、無理もない。あれほどの修羅場を目の当たりにすれば、こうなるのもしかたないだろう。




ミスティー・ナイツ(第28話 ダーク・タイム)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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