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ミスティー・ナイツ(第34話 無残な末路)

 衣舞姫は研究所の一室を借りると、早速常に所持してるノーパソでハッキングを開始した。鶴本の悪事がハッキリわかるような情報を、探しだすのだ。衣舞姫は最初に鶴本の銀行口座にアクセスした。
 政治家としての給料や、法律で決められた範囲内の献金はちゃんと表示されているが、それ以外に一体どうしてこんな大金が入金されるのか、意味不明な入金先が散見される。
 疑わしいというだけで、不正なお金の受けとりがあったかどうか、決定的な証拠はないのだが。
 その反対に、理由がわからぬ多額の出金も見つかった。海外の銀行に送金されてるケースもあった。
 マネーロンダリングの可能性もあるが、犯罪の決定的な証拠とはなり得ない。
 さすがに大物議員だけあって、簡単に尻尾をつかませないのは、敵ながらあっぱれである。
 次に衣舞姫は鶴本の行動半径内にある防犯カメラの画像データに侵入した。
 彼が例えば暴力団関係者に会っていないか等、スキャンダルのネタになりそうな映像が映ってないか調べるためだ。
 国会議事堂、与党の党本部、屋外の防犯カメラ、ありとあらゆる場所のカメラの画像データにアクセスする。
 彼女はこういった調査のために、特殊なソフトを開発していた。
 それは鶴本の画像情報をコンピューターに記憶させ、それに似た人物が防犯カメラの画像情報で見つかった時、ピックアップする技術を有している。
 だがこちらの方も、それらしい画像が見あたらぬ。たまにヒットしても、よく似た別人だったり。
 当然ながら鶴本は、仮に会うとしても、簡単に暴力団員との同席を、撮影させはしないだろう。
 それでも、彼も人間だ。長い人生の間には、何か尻尾をつかませるようなミスをしてるに違いない。
                   

 それから三日後美山は一旦、亡くなった雲村博士の研究所を出た。『月刊カオス』の編集長、乙成に会うためだ。
 待ち合わせ場所は決まってるが、当然ながら最短距離を行くつもりはない。
 研究所を出る時自分の車を運転したが、途中でコインパーキングを借り、そこに駐車する。
 もちろん尾行されてないのを確認したうえでの行動だ。
 手鏡を見て、髪型を直すふりをしながら、周囲に尾行者らしき人物がいないのを確認した。
 そしてその後はタクシーやバス、電車を乗りついで、徐々に目的地に向かう。
 公衆トイレに入った時は、リバーシブルの上着を裏返しにして着なおした。帽子やメガネも途中でつけたり外したり。
 髪型を直すふりをしながら、時折手鏡で後ろを見る。
 今のところ尾行してる人物はいないようだ。が、乙成の取材を受けた時は、まんまとつけられていたのだ。
 もっともあの時はマイケル・ムーア似のジャーナリストの方が、尾行されてたのかもしれないが。
 今回も少し距離を置いて、海夢が美山の後ろにいる。頼れる用心棒だった。
 今度の待ち合わせ先はレストランで、すでに座席を偽名で予約していた。窓からは遠い席で、外から見るのは不可能な位置だ。
 少なくとも、外部から撃たれる心配はない。最初に着いたのは美山だった。十分程して、乙成が予約した席に現れる。
「あんたに情報を教えたい」
 最初に美山が持ちかけた。
「鶴本に関する情報だ。奴が過去に関わってきた数々の悪徳が、このフラッシュメモリーに収まっている」
 美山はブツを相手に見せる。興味深そうに見せた物に目をやりながら、乙成が質問してきた。
「いくらで売る気だ」
「金はいらん。ただしこいつを受けとったら、必ず記事にして、鶴本を告発してくれ」
「タダほど高いものはないって言葉を知らんのか」
 乙成は笑ってみせたが、その笑みは、口の片方にだけとどまった。その目は真剣で、好奇と不安の色彩を浮かべている。
「いらないなら、他のメディアに持ちこむだけの話だ」
「まず、情報を見たい。記事にできるだけの材料が揃っているか、知りたいから」
「構わんよ。こいつはコピーだ。あんたを信用して渡す」
 美山はブツを名物記者に差しだした。
「今から3日以内に、告発するかどうかを判断してほしい。そうじゃなければこの情報は、他のメディアに手渡すつもりだ」
「鶴本は日本の政界も、ほとんどのマスメディアも手なずけてる。話に乗るメディアがうち以外にあるかな」
「何もメディアは国内にしかないわけじゃない。欧米のメディアに渡すという手もある。日本人は外圧、特にアメリカ様のそれには弱い」
「その通り。太平洋戦争が終わって何十年もたつのに、未だに敗戦国根性が抜けきれない、しょうもない国だ。それでもおれは、そんな日本を愛してるのさ。腐敗した一握りの政治家や官僚や暴力団員だけが、この国の全てじゃない。奴らの悪を告発するため、おれは命を賭けてるんだ」
「あんた、男の中の男だ」
 美山は口笛を吹いた。
「こういう台詞はちっとばかし、古いかもしれないけどね。しかしどうして日本て国は、欧米に対して弱腰なんだ」
「欧米の白人に対するコンプレックスが強いのかもしれん。相手が中国や韓国だと居丈高なのに、西洋人に対しては、ぺこぺこしちまうのは、何でかな。白人や黒人から見たら、日本人も中国人も韓国人も、大して変わりなく見えるだろうに」
「中国や韓国に対しては、近親憎悪的な感情が生まれるのかもな」
 美山はさらに話を続けた。
「戦後の日本が、貿易で身を立てたのも理由の1つかもしれねえ。国内で生産した自動車や半導体を売る外国は、お客様じゃないか。お客様は神様って言葉もあるけど、よほど相手が理不尽でない限り、どうしても向こうを立てて、へいこらしてしまうという」
「交渉がへたくそというのはあるな。日本列島は地理的に周辺諸国から隔絶した位置にあるじゃないか。おかげで外国の植民地にならずに済んだが、外国とハードな交渉をして、外交術を磨く機会には恵まれなかった気がする。単なる思いつきで言ってるから、間違ってるかもしれないけど」
 そこで乙成は微笑んだ。
「それにアメリカだと、身近なところで交渉術が磨かれる場があるじゃないか。例えば価格交渉。日本も関東だと店側の言い値で買うのが一般的だけど、海外じゃあ、必ずしもそうじゃない。それに司法取引ってのがあるだろ。日本にはないけど、アメリカ人はそういう場で交渉術を身につけてるように思う」
「なるへそね。言われてみりゃあ、そうかもな」
「ともかく、こいつを見せてもらう。どうするか返事は、それからだ」
「ああ、いいとも」
 ブツを相手に渡すと美山は立ちあがり、その場を辞した。
                   

 ミスティー・ナイツのリーダーはその後再び多摩地区にある、雲村博士の研究所に戻った。
そしてハッキングで入手した情報を、乙成に渡した件を皆に話す。
「乙成がどう出るかですね」
 話の口火を切ったのは、海夢である。
「案外ブルって3日もたたないうちに、ブツをこっちへ返すかもしれませんし。仮に鶴本の悪行を発表しても、他のマスメディアが黙殺して検察も捜査に動かず、何も変わらなかったという終わりを迎えるかもしれないですし」
「それなら、それでしかたないさ」
 美山が答えた。
「おれはたった1人でも、鶴本に復讐してみせる」
                     

「奴らの居場所がわかりました」
 南美美術館のオフィスで、明定が葉巻をくゆらせながらくつろいでいると、スマホで連絡してきた井口が、開口一番言い放った。オフィスには他に、畠山の姿がある。
「一体どこだ」
 明定は、半信半疑で質問した。
「盗人同士のいさかいでぶっ殺された雲村のじじいの研究所です。東京の多摩地区の、だいぶ辺鄙な場所にあります。じじいと会う時は、いつも喫茶店やバーで会ってたんで、場所がどこかわからなかったんです。普段じいさんが住んでたアパートは、研究所と別ですし。そもそも秘密研究所がある事自体知らなかったんで」
「なるほどな」
 明定は井口に失望していたのだが、ほんの少しだけ見直した。さすがに裏街道で、場数を踏んできた猛者である。
「次は、確実にしとめろよ」
「もちろんです」
「今度はジェットヘリを使わせてください」
 畠山が、横から明定に頼んできた。
「奴らの事だ。研究所に一体、どんなしかけがしてあるもんだかわかりやしません。空からの攻撃なら、いくら何でもやり損じないでしょう」
「いいだろう」
 明定は、胸中を残忍な喜びが満たしてゆくのを感じていた。これぞ、原始時代から伝わる人類の本能だろうか。
 自分の顔に泥を塗ったクズ共に、ようやく復讐できるのだ。
 ミスティー・ナイツだか現代のアルセーヌ・ルパンだか知らないが、所詮は街のちんぴらに毛が生えたようなものだろう。
 ハエ叩きに叩かれるのを待っているゴキブリのようなものだ。
 せいぜい奴らはこそ泥らしく、一般家庭の空き巣狙いや車上荒らし程度に、活動範囲を狭めておけばよかったのである。
 国営カジノを狙ったのが運のつきだ。石川五右衛門も最後は釜茹でにされたし、ねずみ小僧も処刑された。ミスティー・ナイツも最後には、無残な末路を辿るだろう。




ミスティー・ナイツ(第35話 最終話 ラスト・スパート)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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