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スーサイド・ツアー(第4話 約束の地)

 崖の周囲を巡るように道があるが、宇沢は左の方に向かう。他の8人もゾロゾロと付き従った。宇沢の次を歩くのが井村である。その他の者達は、足取りが重い。自殺志願者ばかりだから当然だろう。
 やはり井村が自殺願望者とは、一美には信じられない。彼女は1番後ろを歩く。どんな顔ぶれが集まってるのかを、後方から俯瞰して見たかったのだ。宇沢が胡散臭そうな目で、一美を見る。
 彼女は、顔をうつむけた。一美のすぐ前を、身長160センチぐらいの少年が歩いている。
 多分高校生ぐらいだろう。彼女は、小声で彼に話した。
「あなた、この中で1番若いじゃない。こんな所で死んじゃっていいの?」
「家では親父に暴力をふるわれてて、高校ではいじめられてて、生きてても楽しくないです。毎日がつらくて、もう死ぬしかないです」
 少年は、苦しげに声をふりしぼった。一美は思わず、彼のやせた肩を抱きしめる。
 気がつくと、早足の井村と宇沢の2人が速足で先に行ってしまい、それに気づいて2人が途中で待っていた。
 宇沢は井村の方も、訝しげに見ていた。井村もそれにきづいたらしく、視線をそらす。
 その間2人はタバコを吸っていたが、他の者達が追いつくと、吸うのをやめる。そして再び前進した。
 港のあった場所は島の北側に当たるのだが、宇沢は崖のある高さ約3.5メートルの高台を左すなわち東の方へ迂回したのだ。
 高台の西に15段ぐらいの階段がある。それを宇沢は登りはじめた。他のみんなも後に続く。
 上まで上がると、高台のちょうど中央に8階建てのビルが見えた。
 あの建物が自死志願者にとって、約束の地になるのだろう。
 一行は宇沢を先頭に、そちらへ向かって歩きはじめる。
「無人島って聞いてたけど、あのビルには誰か住んでるの?」
 井村が宇沢に質問した。
「住んでません」
 宇沢がそっけない口調で答える。
「今この島にいるのは、私も含めてここにいる9人と、船にいる船長の10人だけです。船長は、我々がここで何をしようとしてるのかは知りません」
 ビルの周囲は、大きな池になっていた。円形の大きな池の中央に真っ黒な建築物がそびえているのだ。
 ビルの北の港側に橋があり、そこを渡って建物のある円形の島に渡れるようになっていた。
「同じような橋は、南側にもあります」
 宇沢がそう解説する。
「島の南側は砂浜になっていて、海水浴を楽しめます。水着も新品を各種サイズ用意してるので、よければお使いください」
「そりゃあ、いいや」
 大声で喜んだのは、井村である。やはり、この男はおかしいと一美は感じた。自殺志願者には見えない。あまりにも性格が明るすぎる。
「黄泉の国へ行く前に、南国のビーチでひと泳ぎってのもいいかもな」
 ボソリとつぶやいたのは、銀縁のメガネをかけた長身の男である。
「食材は、たっぷり用意してあるんでしょう?」
 2人連れの男女のうち女の方が、問いかける。
「メールにも書きましたが、高級な食材をたくさんご用意いたしております。ただし調理はご自分達でやっていただきます。無論調理器具もあります」
 宇沢がそう回答した。2人連れの男女は、嬉しそうな笑顔と一緒に、お互いの顔を観る。
「僕ら夫婦は、レストランを経営してたんです」
 カップルの男の方が、皆に話した。男は白縁のメガネをかけ、鼻の下とあごの下に、黒いひげを生やしている。
「よかったら、僕らが料理を作りますよ。和食、洋食、中華でも、大抵の食事は作れます」
「そいつは、ありがてえ」
 喜んだのは、井村である。
「でも何で、あのビルは池の中央に建ってるの?」
 一美は、疑問を口にした。


スーサイド・ツアー(第5話 ある計画)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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