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スーサイド・ツアー(第12話 沸き起こる殺意)

 ドアには小さな丸い覗き窓がついてるので、そちらで確認したのだろう。 やがて一美が顔を出したが、ドアチェーンは、かけたままである。 
「一体何?」
 怯えた顔で、こっちを見た。
「死体の画像を撮ってましたよね? よければ見せてくれませんか?」
「何で?」
 狼でも見るような目だ。
「見れば何か、犯人の手がかりになる点がわかるかもと考えたんです」
「素人に何がわかるの?」
 その言葉は、ナイフのように鋭かった。
「わからないかもしれないが、ただ自分の部屋でびびってても、犯人は見つからないしね」
「直接理亜さんの遺体を見ればいいじゃない」
「さすがに実物を見るのはぞっとしないな。臭いだって酷いだろう」
 ちなみに凶器に使われたバタフライナイフは遺体発見直後にみんなで指紋を確認したが、それらしきものはついてなかった。
 多分手袋をはめていたのだと、皆が結論づけたのだ。警察がきちんと調べれば、指紋も出るかもしれないが、この状況では無理な話だ。
「何か君、隠してるだろう?」
 礼央は、相手を追求する。
「最初から君は何か怪しいとにらんでたんだ。男を部屋に入れたくないなら、女房か倉橋翠さんを呼んでくる。この部屋を、私の代わりに調べてもらう」
「あなたにそんな権利はない」
 ぴしゃりと一美が決めつけた。
「事情が事情だから、そうもいかないでしょう。那須さんだけを一方的に調べるつもりはないですよ。私達夫婦の部屋も調べていい。他の部屋も調べましょう」
 しばらく沈黙が続いた。
「わかった。あなたを入れてあげる」
 ようやく決心したらしく、那須一美が、口を開いた。
「逆に色々な人に来てほしくないから、礼央さんだけ1人で来て。ちょうど今は朝の9時だけど、部屋の中が散らかってるから1時間後の朝10時に、1人で来て」
「わかりました。そうしましょう」
 承諾して、礼央はその場を立ち去った。が、帰りがけに失敗したと考えたのだ。
 散らかってるからと話してたが、自分に都合の悪い物を処分する時間を与えた気がしたのである。
 自室に戻り、妻にこの件を伝えた。
「あたしも行く」
「でも1人で行くって言っちゃったから。2人で乗り込んでへそ曲げられて、部屋には入れない。画像も見せないとか言われても困るしさ」
 結局礼央は約束通り1時間後の朝10時に、再び一美の部屋に向かう。呼び鈴を押そうとすると、ドアの方から勝手に開く。
「どうぞ」
 扉の隙間から、一美の硬い表情が現れた。
「画像は、これ」
 中に入ると、彼女がスマホの画面を見せる。理亜の遺体が写っている。
 確かに一美の主張通り、この画像を観ただけでは、犯人につながるような要素は見つけられなかった。
 専門家ならわかるかもしれないが、少なくとも礼央には無理だ。
 部屋の作りは、礼央のいる部屋と変わらなかった。置いてある物も。
 テレビとDVDデッキ、大量のDVDソフト、プレイステーションなどのゲーム機、大量のゲームソフト、ステレオセットと大量の音楽の入ったCD。
 室内の壁には鏡と時計があった。アルミサッシの向こうにはベランダがあり、その向こうに抜けるような青空と、青い海が広がる。
 南国の太陽が、目に眩しい。礼央は室内を調べたが、一美を犯人と断定するような証拠はなかった。
 あったとしても、巧妙に隠されているのだろう。
「なんで画像を撮ったんです?」
「何かの証拠が、後で見つかると思って」
「犯人の動機がわからない。普通に考えれば井村さんが怪しいけど、理亜さんはかなり警戒してたからね。警戒されてなかった日々野さんや妹尾君の方が、彼女を襲えたかもしれない」
「相手が警戒してなかったという意味では、あなたも怪しいわ」
 一美は、ズバリ断定した。
「ご夫婦で庇いあってるけど、配偶者の証言は信用できない」
「私は断じてやってないけど、他の人から見れば、そう見られてもしかたない。理亜さんは美人だったしね。ただ眠っているとこを刺されてるから、なんで彼女は寝る時にドアを解錠していたのか? 倉橋さんが言ってた通り、理亜さんに信頼されてた女性が殺した可能性もある」
「こんな動機は、どうかしら? あなたが理亜さんに色目を使った。それに嫉妬した奥さんが、犯行に及んだ」
「随分酷いことを、主張するね」
「可能性の話よ」
 一美の発言があまりにも酷いので、礼央は思わず殺意を感じた。


スーサイド・ツアー(第13話 闇の中へ)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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