スーサイド・ツアー(第8話 狂った目算)
「ごめんなさい。あたし、余計なおせっかいに走っちゃって」
深々と美優に頭を下げて謝ると、一美はそそくさと席を立ちあがり、その場を辞して、エレベーターで4階の自室へ上がる。
我ながら、余計なごたくを並べすぎたと彼女は内心反省した。
そして自室のドアを開錠すると、部屋に入る。室内からサムターンキーを回して扉を施錠する。
しかし、自殺願望のある人達の気持ちは、正直一美には理解できなかった。
無論色々理由はあるんだろうけども、生き続ける方が素晴らしいと感じるからだ。
「あの人一体なんなんでしょうね」
一美が去った方を見ながら、井村が疑問を口にする。
「基本は、悪い人じゃなさそうだけど」
やわらかな声で人物批評を述べたのは、翠である。
そのそよ風のようなスマイルを観るだけで、井村は溶けてしまいそうな幸福に浸っていた。
「あたし、タバコ吸ってくる」
料理の後片付けが終わると、竹原美優が宣言して1階の喫煙所に向かう。
「じゃあ、俺は自分の部屋にいるよ」
夫の礼央がそう口にして、1階にある夫妻の部屋に入っていった。
「じゃあ、あたしも行く」
ライターとタバコを持ってきていたハンドバッグから取り出しながら、翠が話した。
「倉橋さんもタバコ吸うんだ」
驚いて、井村が聞いた。
「船で吸ってなかったから、タバコ吸わないと思ってた」
「あの時は、たまたま。先輩の女優さんに若い頃、役者はタバコぐらい吸わないとって言われたの。酔っ払う演技は酒飲まなくてもできるけど、タバコは普段から吸わないと、しぐさが不自然になっちゃうから」
3人は、喫煙所に入った。
「ご主人は、タバコ吸わないんですか?」
聞いたのは、翠だ。
「そうなの」
美優が、回答する。
「部屋にも灰皿あるけど、だから部屋では吸えないってわけ」
「お料理とてもおいしかった。さすがプロですね」
「ありがとう。味には自信があるんだけど例の感染症のせいで、お店の経営は上手くいかなくなっちゃって」
世界中を席巻したパンデミックは数年前に収束して、今はマスクをする者もほとんどいない。
今日島にいる8人も、誰もマスクをしていなかった。
「多額の借金が残ってね。にっちもさっちもいかないの。他にも色々あって」
美優は、辛そうに目を伏せる。
「そうだよね。他の人の気持ちはわからないけど、あたしに関しては自殺したい理由なんて1つだけじゃない。色々な要素が絡まり合って、何もかも嫌になっちゃうんだよ」
翠が、後を引き継いだ。
「俺も当時飲食店で働いてたけど、ダメージは大きかったね」
井村が話した。
「お酒も色々この応接間に置いてあるけど、何か持ってく?」
美優が2人に問いかける。確かに応接間の一角に戸棚があり、ウィスキーや日本酒や焼酎等の、値段の高そうな銘柄ばかりが並んでいた。
「理亜さんは睡眠薬を飲んで寝るって言ってたけど、あたしは睡眠薬がわりにワインを旦那と飲んで寝る」
「そうね。あたしは、日本酒が欲しいな」
翠がそう主張する。
「俺は、ウィスキーが欲しい」
井村が希望を口にした。アルコール類も食材同様種類も量もたくさんあった。ビールやワインは大型の冷蔵庫にたくさん入って冷えていた。ジュースやペットボトルのお茶等、ソフトドリンクも大量に冷えている。
井村はウィスキーのフラスコを戸棚から1瓶取ると、エレベーターへ向かって歩いた。そして7階まで上昇する。
そして自分の部屋に入ると念のため中からドアを施錠した。フラスコのフタを開け、直接瓶から口で飲んだ。
タバコを1本吸って、吸い殻を、備え付けの灰皿でひねりつぶす。彼は自殺を考えた時が1度もなかった。
なので今ここへ集まっている者達の考えが理解できない。そりゃあ色々苦しい時もあったんだろう。
でもそれは、井村の理解を超えていた。それにかれらは一見普通の人と変わりないのが意外である。
テンションが低いとかはあったにしろ、島に来てからは解放感もあるのか、むしろ楽しそうにしていた人が多かった気がした。
口に含んだウィスキーは以前からよく飲んでいる銘柄だが、今夜は何だかいつもよりも味気なく感じる。
メンヘラ女と1発やりに来ただけなのに、何だかすっかり変な気分になってしまった。ともかく後1週間自分は飯を楽しんで、何とか理亜をモノにするのだ。
そう彼は、自分を奮い立たせようとしていた。例え、彼女にその気がなくても。が、そんな井村の目算は、思わぬ形で狂ってしまったのだった。
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