私に生涯の財産をくれた先生のはなし

私にはひとり、学生時代の印象に残っている先生がいます。
高校3年生の時の世界史の先生です。
先生は非常勤講師で、授業がある日しか学校には居らず、そこまで会える頻度は高くない人でした。


とても面白い人で、例えば授業に使うプリントにはほぼ毎回ジョジョや先生の好きな漫画の落書きがされていたり
結構な頻度で二日酔いの状態で教室に現れたり(ものすごくしんどそうだった)
授業という名目で映画鑑賞をする回を設けてくれたり
自分が実際に色んな場所に行って体験してきた事や、感じた事を面白く私たち生徒に伝えてくれました。


今まで出会った誰とも似てなくて、いつも自分の好きなものを生き生きと語っていて、良い意味で先生っぽくない人だなあと思ったのを覚えています。

私はそんな先生と先生の授業が好きで、授業中に聞いた先生の面白い話をイラストを交えてちょこちょこノートにメモして、家に帰ってからネットで調べつつ授業の内容をまとめる、といった事をやっていました。
というのも先生からテスト時の提出物として、


「自分のノートをつくって下さい」

という課題が出ていたからです。
この課題は特にそれ以上の言及もなく、また提出すれば評価は上がるけど別にしなくてもいいよ、というなんとも自由なものでした。
「提出してもしなくてもいい課題」なんて、
ほとんどの人はやりません。

私もこれが、数学の練習問題やってもやらなくてもいいよ♡とかなら絶対やってなかったと思います。
でも私はこういった「自分で考えてオリジナリティを出せる、工夫できる事」にこだわるのが昔から好きでした。

当時のノート


小学生の図工の時間に描いた月とススキ(皆同じお月見の絵を描きましょうという課題)に、1人だけアレンジでウサギを描き足してそれが皆とは違う職員室前に貼りだされると、1人でしてやったりとニチャニチャするような奴でした。自分のアイデアがハマって評価される事がその頃から好きだった私には先生の「自分のノートをつくって下さい」という課題はとてもやりがいのあるものに思えたのです。

一学期の期末が終わり、提出していたノートが帰ってきました。自分の作ったものは先生に面白いと思ってもらえただろうか、とドキドキしながら開くと


「素晴らしいノートですね」

「自分で調べた事も記事としてとても面白いです」

と先生のコメントが書かれていて、それはもう内心ニッチャニチャでした。ちょっと大変だったけど、確かに先生に認めてもらえたという事実がとても嬉しくて、ここからさらに私は世界史のノート作りに熱を入れるようになりました。

今までよりさらに時間をかけて調べるようになり、面白いと感じた記事を自分なりにノートにまとめて、イラストも一学期より遥かに気合いを入れて描き込みました。
今思い返してもよく最後まで書ききったなと思います。私は昔からとても飽きやすい性格で、授業が面白いからという純粋な気持ちだけでは到底作り終える事は出来なかったです。

1学期より明らかに書き込んでる笑


きっと私が1年を通して「やってもやらなくてもいい事」を続けられたのは先生が私のノートを「素晴らしい」と褒めて喜んでくれたからです。たったひとりでも、そう言ってくれる人がいる事でそれをする意味が十分すぎるほどに出来るのだと知りました。

そして二学期の期末テスト後、めちゃくちゃ気合いを入れて(なんならテスト勉強よりも気合いを入れて)作ったノートを提出し返却を待っていたのですが、丁度学校を休んだタイミングで世界史のテスト返しがあり、私だけ後日テストとノートの返却の為、先生から職員室に呼び出されました。
そこで先生が言ってくれた事を数年たった今正確に全て思い出せるわけではないのですが、
私の目を見てはっきりと「このノートを大切にして下さい」と言って手渡してくれた事を覚えています。


何となくすぐにノートを開いて感想を読む気になれなくて、家に帰ってからひとりでゆっくり読むことにしました。
ノートを開くと小さめのクロッキー帳が1枚、挟まっていて取り上げるとそこにびっしりと先生の字で評価が書かれていました。


「この素晴らしいノートに書き込むのが忍びなく、自分の持っているクロッキー帳に評価を書くこととします。

自分のノートを作るという試みは実は今回初めてやってみた事で、その意味をここまで理解して表現出来る生徒がいる事に驚きを隠せません。

同年代や大学生、社会人にこのレベルのノートを作っている人がどれだけいるでしょうか、
ひとりもいないと思います。

日本や世界にもいるかどうか、
それだけのノートをあなたは作り上げたという事です。

あなた自身気づいているか分かりませんが、
あなたには創る才能があります。

どうか、このノートを大事にして、
生涯の財産になると思います。

これからその才能を存分に伸ばして下さい、
期待しています」


クロッキー帳にはそういったことが書かれていました。家で、ひとりで読んで良かった、と思うくらいそこからしばらく涙が止まらなくなってしまって、気持ちも追いついていなかったけれど、とにかく嬉しくて嬉しくて頑張って作って良かったと思いました。


もともと学校ではあまり話さなかった私は、先生にその後ろくにお礼が言えないまま卒業の日を迎えてしまいました。
その後現在に至るまで私は何度も作ったノートと貰ったクロッキー帳を読み返しました。


いくらノートを見返してもああ、こんなの作ってたなあくらいの感想しか浮かばなかったけど、先生がくれた言葉が載ったクロッキー帳は読み返す度に私にあと一歩だけ進む勇気をいつもくれました。


卒業してから数年後、やりたい仕事に就くために自分の中でとても大きな挑戦をする事になって、周りの人や家族は応援はしてくれたけど誰もその挑戦が本当に成功すると思っている人はいないのが分かりました。
誰も近くに同じ事をしている人が見つけられなくて、先があまりにも見えなくて自分でも何回も無理かもしれないと思いました。

その時に「あなたには創る才能がある」と言ってくれた先生の言葉にどれだけ助けてもらったか、どんなにありがたかったか、伝えられる言葉が見つかりません。
おかげで私は大丈夫だと思えました。

その後もう少しだけ踏ん張る事が出来て、最後には周りも信じてくれてなんとかその挑戦をクリアすることが出来ました。

先生はこんなに素晴らしいノートを作れる人はそういないと言ってくれたけど、
ただの他人にこんなに温かい言葉をくれる先生の方がよっぽど凄いです。そんな人はそれこそ世界中探してもなかなかいないと私は思います。

本当はあの頃に戻ってお礼を言いに行きたいけれどそれは叶わないので、いつかどこかに先生との事を書いておきたいと思っていました。

先生、改めてあの時高校生の私にまっすぐな温かい言葉を下さって本当にありがとうございました。
卒業してからたった数年ですが既にあの言葉に何度助けてもらったか知れません、人より転ぶ事が多い私はきっとこれからもあなたがくれた言葉を何回でも読み返して、あとちょっとだけ頑張れると思います。これからずっとです。

私には自分が作り上げたノートよりも、
あなたに貰った言葉の方が何倍も何倍も価値があります。本当にです。
あのクロッキー帳と先生の授業を受けられた時間は大切な、私の生涯の財産です。

 
上手く文章を書けないけど、それでも書いておきたいと思いました。
少しでも、本当に本当に感謝している事が伝わったらいいなと思っています。





私に生涯の財産をくれた先生のはなし






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