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昨日は好き、今日は嫌い。

私は、対人認知の揺らぎが大きいと思う。

たとえば、私が片思いしている職場の先輩。

先輩との話が盛り上がって、先輩が私に嬉しい言葉をかけてくれる。そんなときは、私は「先輩ってやっぱりいい人!大好き!」と思う。

逆に、先輩が私ではなくて、私の同期に話しかけたり、私に対して事務的な受け答えしかしてくれなかったりするときは、私は「何で私じゃないの?何でそんな素っ気なくするの?」「ふーん私のことそんなに好きじゃないんだ。じゃあ私だってあなたのこといらないから。」と思って(口には出さないですが)、ちょっと先輩に素っ気なくしたりする。

あとは、私がコンプレックスを刺激する存在である、同期についてもそう。

同期と話していて、話が盛り上がったり、程よく私をいじったりしてたり、仕事で助けてくれたりするときは、「この子やっぱいい子じゃん。」と思う。

でも、同期が物腰がきついとか、私を雑に扱う感じがあるとか、そんなときは、「は?何なのこの子。感じ悪。やっぱ無理やわ、、」と嫌になる。

当然、その場その場で相手に抱く印象って変動するものだけど、変動があまりにも単純で大きいと、対人認知が安定しないのでしんどい。

私のパターンとして、
相手が今、目の前で私に見せている態度によって、私がその人に抱く認知がころころ変わるのだ。

過去に嫌なことされてても、今目の前にいるその人が愛想よければ、私には「いい人」に映るのだ。
逆も然り。どんなに好きな人でも、私を嫌な気持ちにさせる言動をとったら、その時点で「悪い人」にころっと変わるのである。

それもあってか、
私には人間関係のリセット癖がある。
めちゃくちゃ仲良くしていた親友であっても、引っかかるところがあると急に縁を切ったりする。

この対人認知の不安定さは、どこからきているのか?

…おそらく、私の愛情は、条件付きだからだと思う。

条件付きの愛情って

〇〇してくれるあなたは好き。××するあなたは嫌い。みたいに、私が好意的に捉えるか否かが、相手の振る舞いによって変動する。

だから好意は一貫していなくて、
相手が見せる姿によってコロコロ変わる。

他者認知と自己認知

私の他者認知の仕方は、自己認知の仕方と同じなんだと思う。

通常、人って、誰に何と言われようが、「自分には価値がある」って根っこの部分では思えているのが健康的なのだと思う。

私は、外的な要因に自己認知が影響されがち。人に感じの悪いこと言われたら間に受けて「私なんか」って思うし、仕事で失敗すれば「私みたいな人間早く死ねばいい」って脳内で流れる。

その時の状況や周りの人間によって、私の自分に対する好感度も変わってくる。だから、嫌なことが続いたときに自分が保てなくなる。

いざというときに踏ん張りが効くかどうかは、「どんなときも自分はOK」という前提を持てているかが大事なのだと思う。

「自分に対して、一貫してOKと思えない」「自分がOKかどうかはそのときの状況に応じて判断する」っていうやり方でやっているのだとしたら、
そりゃあ人と関わるときにも、同じやり方が適用されるよね、って話。

幼少期OKって言ってくれてた?

「どんなときも自分はOK」という前提、これはいつ築かれるのか?

おそらく、幼少期〜の主たる養育者との関わりの中でだろう。(うちの場合は父が仕事人間だったので、母がメイン。)

母はたしかに愛情を注いでくれて、なに不自由なく育ててくれた。

でも、その愛情はどこか条件付きであったような気もしている。

・テストでいい点を取ったがケアレスミスをしている。母はミスの方に言及する。
・私がダラダラ過ごしていると、母は怪訝な表情をして指摘してくる。
・母に反応的なことを言うと、「反抗期なの?」「そんなことを言う子に育っちゃったんだ。」とまたしても怪訝な顔をする。

など、まあ普通にどこの家庭でもあることだろうけど、「ちゃんとしていないとnot OK」みたいなメッセージは常にあった気はする。

私の方も、気質的に敏感な方で、そういうメッセージを敏感に(ときには過剰に)キャッチしていたと思う。

要は…

そんなこんなで、私は昔から条件付きでしか自分を認められない癖がついている。
他者についても同じやり方で認知しているから、条件付きでしか認められないし愛せない。
だから、人を好きな気持ちも、その時々の条件に応じて、高まったりときには消えたりするのだと思う。

これからどうしていく?

一貫して人を愛したい。安定した他者認知を持ちたい。私はそう思っている。

そのためにはまず、「私はこのままでいい。」「どんなときも自分はOK」という前提を、私の中に定着させないといけない。

今更、親に育て直ししてもらうような時期ではもうないので、自分でやるしかない。

どうしたらいいだろう?

たとえば、

・自分の欲望に忠実に過ごす時間を意識的に作る。そんな過ごし方をしても、自分は見捨てられない、否定されない、大丈夫。と思える経験を積んでいく。
・敢えて頑張りすぎずに自分を甘やかす。頑張らなくたっていいじゃんって、頭で考える癖をつける。
とかだろうか…


…ということで

最近は、自分の欲望に忠実に生きることにしています。

これまでなら「お金がもったいないから…」と我慢していたトッピングをラーメンに乗せてみたり。
疲れた日は、溜まっている仕事は置いておいて、早めに切り上げて退勤したり。
母を1人で家に置いていくのは…と変に遠慮せず、休日は好きなところへ出かけたり。

ということで、今日も飲みの帰りに、個人的にシメのラーメン行かせてもらいます。(これまでなら母に「寄り道せんと帰ってきなよ」とか「お腹空いてるなら家にご飯あるのに」とか言われるのを恐れて自由に外食とかできなかった。)

そんな感じで、少しずついい方に進んで行けたらいいなと思う。

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