堕落の使者

自分の生み出したものに価値を見出せなくなった時から、おれは全てに価値を認めるのを辞めた。

馬鹿馬鹿しい。如何しておれが色んなもんに価値を見出してやらねばならんのだ。

花は勝手に咲いてりゃ良いし、宝石は勝手に輝きゃ良い。そんなもん、おれの知ったことじゃない。

多分拗ねていたんだと思う。しかし、今では拗ねていたことさえ忘れてしまっている。

七〇過ぎりゃ矩を踰えずと言うが、おれには全体矩が無い。

何が正しくて、何が間違ってて、一々はんを押していたら疲れてしまって仕方がない。

ならいっそ、知らぬ存ぜぬを通した方が、幾分か気が楽だ。

怠惰も此処まで来れば立派なもんだ。我ながらそう思う。

世の中見渡しゃ立派な人間は数あれど、此処まで堕落に耽った人間もそうはいまい。

全くもって気楽なもんだ。

なまじっか生真面目な人間ほど将来を憂慮するものだ。

御先真っ暗、未来が暗いと嘆くのは、ある程度先を見透す目があるからでその闇を生み出す光があるからだ。

所がおれほどの人間になると、勝手が違う。

何故なら真ッ闇(くら)暗過ぎて最早何も見えないからである。

暗い将来も光が無けりゃ一寸の景色すら見えない。

目を閉じているのと変わらないのだ。

そんならそれでこれ幸いといびきをかきだすこの始末。

ああ我こそは堕落の使者。黄昏の主、此処にあり。

あなたのご好意が、私の餌代になります。