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【小説】私と推しと彼と解釈違い②

 今思えば、最初の最初のきっかけは、私だった。
 共通の1推しが、メイドカフェにゲスト出勤するイベントがあって、当然予約して行って、チェキ撮って、予約コースのあんまり高くないシャンパン飲んで。メイドさんはみんな可愛いし、駅からも近くて、ピンクで清潔感があって可愛い空間で、ゆっくり座って推しと話せたり、ごはん食べたり、ステージ見たりできるのって、楽しい! って完全に感動しちゃって。それまでよく行ってたライブハウスは…ライブは楽しいけど、暗いし混んでるし、夏とか色々キツイ時もあって。大きい人が前にいるとよく見えないし、ずっと立ちっぱなしで顔も髪もグシャグシャで推しと接近するのも、ちょっとイヤだな~って思ってた気持ちが、一気に「こういうところもあるんだ!」って目覚めてしまった。
「お嬢様は、アイドルさんを応援してるんですか? メイドカフェは、はじめてですか?」
 話しかけてくれるメイドさんも、ニコニコピカピカで優しくて。
「そう…普段はアイドル現場ばっかりで、メイドさんのお店は今回のイベントで初めて来たんですけど、楽しいです!」
「わぁあ! うれしい!! 私もアイドルさん大好きで…でもメイドさんにもなりたくて、ここでお給仕してるので、アイドルさん好きなお嬢様に楽しいって言ってもらえると、すっごく嬉しいです」
 当然盛ってお話ししてくれてるんだろうけど…でも、きゅるるんっとした笑顔と、両手をグーにして頬に当てる仕草が違和感ないくらい夢の空間で…、こんな非日常、もう店内全部がステージなんじゃない?
「え…えっと」
「あ、自己紹介が遅れました、るるです! お屋敷のアイドルになりた~い、歌って踊れるスーパー★メイドスター見習いです♥」
「スーパー…」
「あ、スーパースターとメイドを合わせたんです! ご主人さまとかお嬢様が応援してくれたら、このお屋敷の中だけでも、るるはメイドさんで、スーパースターになれるかなって! 歌とか踊りはまだまだなんですけど…でも、今特訓中なので、よかったら、またご帰宅してください! お嬢様は、アイドルさんはどの辺の曲が好きなんですか?」
「あ、私はやっぱりハローとか…」
 ずっとずっと、ニコニコを崩さずに話し続ける“るる”ちゃんはパワフルで、すごく楽しそうで。でも「あっ、また来ますね♥」って首をかしげたと思ったら、入口でチャイム(お客さんがエレベーターを降りると鳴るっぽい)が反応して。その観察力、ふつうに凄い…って思った時には、私この子を推してしまう…そう思ってた。

「るるちゃんは二推しだから、あくまで最推しは永久不滅に小春ちゃんだから!」
「とか言ってお前、こはちも最近“なんかアキちゃん、メイドの子ばっかふぁぼってる~敵視~”って言ってた…ていうか俺のファボ欄も監視してくれないの差別だよな~」
「だって仕事終わりに千川まで行けなかったんだもん…。土曜はぜったい小春ちゃんとこ行くし」
「土曜は動員重要だからなー。まー、朝起きなかったら担いででも連れてくし」
 彼氏がドルオタっていったら、引く友達もいるけど。私たちはこんなに楽しくやってるのに、って思ってた。趣味が一緒で、デートとヲタ活が一緒にできて、共通の話題でいつも盛り上がれて、こんなに楽しいのに。


 次のきっかけは、彼だった。
 推しの引退。しかも、小春ちゃんの場合は、今後一切活動継続しないタイプの引退。裏方にも残らない。芸能からの完全引退。
 アイドル現場と、すっかりハマってしまったメイドカフェの両方に通っていた私と違って、現場を失くした彼はしばらく元気がなくて。一緒にメイドカフェに行っても、「なんか…ぶりっこすぎて俺は苦手」とかつれなくて。
 元気がないのを心配してたら、ある日久しぶりのヲタ友に連れていかれたコンカフェがめっちゃ楽しかった、って言い出した。
「ふーん…だって、るるちゃんのところはイマイチって言ってたのに」
「いやいやいや、イマイチとは言ってないよ? 俺はちょっと違うかなって感じなだけで。でも、また種類が違ってまじで楽しいから、行けばわかるから、行こう?」
 とにかくよかった! そんな風に彼が言い出した最初は、なんか知らないところの子を絶賛するのを聞いて、ちょっと嫉妬がなかった、とは言わない。だから、
「まぁ、そんなに言うなら行ってもいいけど?」
「やったー! 今度は彼女と来るから!って宣言してきたからさ、絶対推せる子いるから、感想戦しよう」
「じゃあ…今度ね」
 ニコニコ笑顔で“今度彼女と”って言ってきた!って言っちゃう無邪気さ。私が好きな、彼の開けっぴろげさが不意打ちでキュンとしちゃって、じゃぁ行ってもいいかな…って思ってた。
「いつにしよっかー、金曜…は混みそうだから、あえての月曜がいいかな…あ、でも来週火曜祭日だから…」
 さっそく予定を立てる彼の横顔を、思わず可愛いな、ってじっと見ちゃって、
「ん? 月曜がいい? じゃぁ…」
 視線には気付いても、視線の意味には全然気付かない。
 こういう察しの悪いとこも、好きだった。

つづく