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欧州トレンドで見えたイタリア勢の現在地(Tifosissimo. 2013年号より)

 さて、今回は敬愛(?)するニコニカルチョさんよりお題を頂き、この場所に登場することになった「らいかーると」です。


― テーマ

・CLの決勝トーナメントから見る欧州サッカーのトレンドとは。

・トレンドに対するユベントスとミランのアプローチとは。トレンドとの距離感は。

・ドイツ勢との差とは。


 早速テーマに移る前に、簡単な自己紹介をば。サッカーの面白い分析を心がけますというブログをスポナビブログにて運営しておるものです。特に明確な動機もなく始まったブログですが、「習慣は人間に与えられた最大の武器だ!」という言葉を信じて、何年も継続しています。すでにブログへ遊びに来てくれている方がいるのならとっても嬉しいですし、「まだ、みたことない!」という人は暇な時にでも覗きに来て下さい。あぁ、こういう人なのだな、とすぐに分かると思います。


― バランスを狂わせるということ。

 トレンド。トレンドとは「時代の流行、潮流」という言葉として使われている。点と線でいえば線になる。よって、ここでは戦術を線で考えていく。なので、今季(2012-2013シーズン)のCLの流行だけを抜き出しても、あまり意味があるものとは言えないだろう。よって、簡単に過去を振り返ってみよう。

 2011-2012シーズンまでの、サッカーの流行を述べよ。このような問いがあれば、おそらく、多くの人がバルセロナ=流行だったと解答するだろう。最高の結果を残したバイエルンに、来季はグアルディオラが就任する。この事実が示すようにグアルディオラに率いられたバルセロナは、世界中に多くの影響を与えた。プロからアマチュアまで、監督から選手、そして観客にまで。

 例えば選手に与えた影響を見ていこう。ネイマールがバルセロナを選んだ理由は、日本で行われたクラブワールドカップでの衝撃が大半を占めていることに違いない。またバイエルンのライバルとして君臨しているドルトムントの生え抜きのゲッツェがバイエルンへの移籍を選んだ理由も、グアルディオラの下でサッカーをしたい、という理由が大きいだろう。

 バルセロナが世界中のサッカーにもたらしたことをまとめると、「攻守は一体である」という概念である。バルセロナは、ボールを保持することを基軸としている。よってバルセロナはボールを保持する機会を増やすような守備戦術を採用している。また、ボールを保持して攻撃を仕掛けるときに、自分たちのボールを保持する時間を長くすることで相手の攻撃機会を削ること、そして自分たちのポジションチェンジによって相手のポジションバランスを破壊することによって、相手にカウンターの精度を落とすことを狙っている。

 時々、バルセロナのサッカーが退屈だという言葉を見かける。その理由を推測すると、バルセロナが延々と同じように攻撃を仕掛けていく局面を見せられているからではないだろうか。その一様な景色に退屈してしまう、というのは共感こそできないが理解することはできる。つまり、バルセロナの攻守が一体という概念が機能すると同じような状況が延々続くことになるのである。バルサがボールを保持して、相手はひたすら耐えるだけ、みたいな。

 近年のバルセロナは、この自分たちの生み出した状況に苦しむことがあった。相手が常に準備万端で待ち構える守備に、ゆったりと自分たちのペースで攻撃を仕掛け続けていく。もちろん、メッシやイニエスタなどのスーパーな選手たちの個人技が炸裂すれば、相手が準備万端だったとしてもそれらを無力にすることはできるだろう。しかし、個でなにかを成し遂げられる選手たちのコンディションが悪ければ、絶対に勝ちたい試合であるチャンピオンズリーグの決勝トーナメントやクラシコで効果的な仕掛けをできなくなっていった。

 よって徐々に攻守が一体である自分たちのバランスを崩すことで、相手のバランスを崩すという考えが生まれていった。今季(2012-2013シーズン)のバルサを見ると、カウンターによる攻撃機会が増えている。おそらくは、前述したような考え方から生まれた可能性が高い。もちろん、単純に前線の選手のモラルが低下したことによって相手のカウンター攻撃の精度が上がったという可能性も捨て去るべきではないが。

 例えば今度はレアル・マドリーを考えてみよう。モウリーニョに率いられたレアル・マドリーは、非常に危うさというものを長所にしているチームである。前線のスペシャルな選手はビックゲームでしか守備をしない。よって日常では相手に攻撃の機会を多く与える展開になりがちである。だが、相手が攻撃に出れば、カウンターで相手を仕留めることができる。まさに「肉を切らせて骨を断つ」チームである。

 大切なことはバランスをどこに置くかである。バルセロナはこの攻守は一体であることから、あえて一体でない状況にするバランスを誤った印象が強い。平たく言うと、バランスが取れなかった。

 バランス感覚について、もう少し言及してみよう。それにはサッカーをサイクルで区別する必要がある。自分たちがボールを保持している時、守備をオーガナイズするまで、相手がボールを保持している時、またカウンターアタック。それぞれの回数や時間を、どのようにコントロールすべきなのか、というのがこの文章におけるバランス感覚の定義となる。

 これまでは出来る限りにおいて相手にボールを保持させず、自分たちがボールを保持し続ける、という考えだったが、それだけでは試合のテンポとリズムを操作するのが難しくなってきてしまった。特に相手の陣地にスペースを生み出すという点においては。相手の守備のバランスを崩すためには、自分たちがボールを保持しているときの攻撃とカウンターアタックを組み合わせる方が攻撃のリズムとテンポが異なるので、効果的である。むろん、困った時のセットプレーもあるが。

 このバランス感覚とは別の方向から発展してきた考えもある。


― システムのミスマッチを利用する考え

 バルサがバランスの調整に苦心しているときに、一方では「いかにしてオープンな状況でボールを保持するか」という分野でもまた発展が見られている。

 ゾーン・ディフェンスの守備は、基本的に自分のゾーンにいる相手を基準点として守るように習慣づけられている。なので、その基準点を作らせないようにシステムをミスマッチさせ、ビルドアップを円滑に進める、または相手陣地での仕掛けを相手にクローズさせないように取り組むというチームが増えてきている。

 ちなみにJリーグの広島、浦和が行なっている5トップ戦術も、この流れの亜流といえるだろう。

 これらの考えはいかにオープンな状況をボールホルダーに与える

か、いかにフリーな状況を作るか、という観点から作られた考え方である。ボールを握ることで、試合のテンポ、ペースを支配したい。そのためには、どのようにすればポジショニングをすればいいかを考えたといえるだろう。3バックに変化するビルドアップ現象もこの流れにあるといえる。

 考え方としては、個々人の能力よりもポジショニングによって、時間とスペースを得る考えである。ゾーン・ディフェンスの大前提であるボールを持っている選手へのプレッシングを相手に与えない、システムのかみ合わせがポイントとなっている。守備側からすれば、高い位置でプレッシングがはまらないという状況が続くので、高い位置からのプレッシングという選択肢をなくして試合に臨むことが多い。よってミスマッチによってボールを保持するチームは自陣のスペースを支配した状態で試合を進められることが多い。


― 守備で相手の時間のコントロールする

 その一方で、ボールを保持しなくても、試合のリズムとテンポはコントロールできるのではないか、という考えがドイツで生まれた。バルサがボールを保持することで行なっていたのは、自分たちの思うがままに試合のテンポとリズムを操作することである。ドイツの考えが目撃されるまでは、ボールを保持できなければ、相手リズムとテンポをコントロールされるがままに90分を過ごすしかなかった。

 よって、プレミアリーグの各々のチームはこぞってボールを保持するための方法を模索することになる。まずはマンチェスター・ユナイテッドは香川を獲得。続いてマンチェスター・シティはテクニカルな前線な選手を大量に補強。モウリーニョ以降のチェルシーは、ボールを保持して結果を出すこととモウリーニョスタイルをいったりきたり。リバプールはブレンダン・ロジャースを監督に据えて、本気でボールを保持しに行く姿勢を外部に示している。

 しかし、ザッケローニの言ったバランスを体現したのがドイツである。ドイツでは、育成年代からボールを保持し、また4-4-2のゾーン・ディフェンスを基盤としたサッカーをするようにと啓示がなされている。その中で発展してきたのが、4-4-2のゾーン・ディフェンス崩しのアイディアと、いかに相手にボールを保持させないかという考えであった。結果を出さなければ評価されない世界であるので、必然的にそれらの対策が生まれたといえるだろう。その代表者がユルゲン・クロップと、トーマス・トゥヘルである。

 例えば、ドルトムントのように相手の陣地からボールを奪いにいくとどうなるだろうか。常に全体をコンパクトに保って、GKにまでボールを奪いに行くとしよう。そうなれば、ボールを保持していたとしても、相手が執拗にボールを追いかけてくれば自分たちで仕掛けるテンポをコントロールすることは困難になる。それよりも、相手の高いDFラインの裏にボールを放り込んだほうが得点の可能性は高まるだろう。高い位置からのハイプレッシングはボールを保持したいチームが、自陣の深い位置で好き勝手に振る舞うことを許さないのである。

 また、今度は相手がシステムのミスマッチを仕掛けてきたとしよう。相手が3バックに変化した。それでもかつてのエトーのように前線の選手が労を惜しまずに走り、後方の選手がそのプレスに連動し、全体をコンパクトに保ってきたら、そのミスマッチはどうなるのだろうか。ミスマッチ状態においてビルドアップしているチームはテンポの早い展開にはなれていない。普段は相手が高い位置でボールを奪うことを諦めて引きこもるか、連動しないプレッシングを相手にしているのだから。

 このように、ボールを保持していなくても、試合のテンポとリズムをコントロールすることは可能である。それを示したのが、ドルトムントとバイエルンであった。かつてプレミアリーグが行なっていた、11人によるハードワークによって彼らは相手から時間を操作する権利を奪うことに成功した。また、このドイツコンビが優れていたのは、相手の陣地からの攻撃的なプレッシングで相手から時間を奪うこと、ハーフラインからのプレッシングによって、相手からスペースを奪うこと、自陣に撤退して相手からゴールを守るという全ての選択を、得意不得意はあるが、こなせたことにある。

 プレミアリーグがもともと得意としていたハードワークによって、プレミアリーグが欲求している、ボールを保持する能力を保有したチームであるバルセロナとユベントスをバイエルンが撃破したことはなかなか興味深い現象である。


― 相手にどの状況の機会を増やさせるか

 そして、最後はかみ合わせの話である。システムではなく、戦術のかみ合わせ。サッカーは、4つの状況から成り立っていると言われている。

ボールを保持している時。

ボールを奪われた時。

ボールを奪った時。

相手がボールを保持している時。

 この4つの状況ですべて高い精度のプレーができるチームは完成度が高いと言えるだろう。しかし、得意不得意が出てくるのが現実である。例えばバルセロナはボールを保持しているときを最も得意としている。ユベントスもまた同じだろう。レアル・マドリーはボールを奪った時のカウンターを最強の武器とし、ドルトムントは相手がボールを保持しているときに、無類の強さを発揮している。

 この得意としている部分を長所と言い換えてみよう。では、実際の試合で、相手にこの長所、つまり自分たちのサッカーをさせないためにはどうしたらいいか?と、相手は考えるだろう。

 例えばレアル・マドリーと対戦するチームは、わざとレアル・マドリーにボールを保持させる状況を創りだすことで、レアル・マドリーにカウンターをさせないという状況設定を狙うだろう。CLのマンチェスター・ユナイテッドのファーストレグがそれに当たる。

 幸運なことに、自分たちの長所を発揮することで、相手の長所を封じ込めるような噛み合わせになれば、何の問題もない。しかし、相手の長所を封じ込めることで、自らの長所も発揮できないようになるようだと試合は肉でも魚でもない内容のものになっていく。

 よって相手の良さを消し、自分たちの良さを発揮し、自分たちが試合に勝つ確率を極限までに高めるためには、様々な状況に対応できる戦術の幅が必要になっていく。

 そして躍進を遂げたバイエルンとドルトムントはあらゆる状況にそれなりに対応できるようチームを設計した。あらゆる状況に対応できることによって、カウンター、ポゼッション、相手ポゼッション、カウンター、どれににも動じないようになっていく。それぞれの状況に対応できるので、バランスを壊してしまったとしても、致命傷にならない。そうして、多様性のある攻撃と守備を手に入れることに成功している。


― ミランとユベントスとCL

 では、上記のトレンドに対してユベントスとミランはどのように振舞ったのだろうか。

 主力選手の大量離脱によって、ミランはトレンドどころの話ではなかった。布陣も4-2-3-1から4-3-3へ変更することで、安定した戦い方をすることができるようにになった。つまり、試行錯誤しながらのシーズンであった。

 それでもバルセロナ相手に見事な試合をしたのは記憶に新しい。しかし、セカンドレグでは今季で一番のバルセロナとぶつかってしまったこと。そして、バルセロナがシステムを3-4-3に変更してきたことで、ミランの守備の基準的に狂いが生じ攻守のバランスが壊れることとなった。トレンドから考えるとシステムをミスマッチさせることの基準点の回復ができなかったことがあげられる。

 強いていうならばモントリーボを中心とするボールを動かす攻撃とエル・シャラウィを中心とする速攻で攻撃に多様性はありそうだが、そのバランスもバロテッリの加入によって、来季はどちらに転ぶのかは不明である。もちろん、バロテッリの能力を疑っているわけではないが。

 ユベントスは自分たちのスタイルをバイエルンにぶつけることで、正面衝突を試みた。ユベントスに関しては、世界との距離感はない。正しい方向に進んでいる。システムのミスマッチを活かしたボール保持に加えて、前線の選手のオフ・ザ・ボールの動きによるスペースメイク、さらに発生するミスマッチを非常に上手く活かしている。また守備戦術もボールを保持する機会を増やすための攻撃的な守備を得意としている。それだけではなく、引いて5-3で守る強度も強くそこからカウンターを仕掛けることが出来るため、攻撃の多様性を確保している。

 では、「なぜにバイエルンに負けたのか?」となる。バイエルンのハードワークは「システムのミスマッチって何?」という状況を作り出していた。つまり、バイエルンは走ることによって、ユベントスが支配している自陣から、スペースと時間を奪うことに成功している。こうなれば後方から攻撃を仕掛ける時間を削られることになるユベントス。また、得意としている攻撃的な守備も、バイエルンのビルドアップの前にはがされることになり、カウンターを強いられる展開となってしまった。

 つまりハイプレッシングとビルドアップによって、ユベントスがボールを保持する機会を削ることに成功したバイエルンであった。あとはボールを保持しながら、5-3の守備を攻略すればいいだけだ。ミランがバルサ相手に失敗した、守備の基準点の回復をハードワークで乗り切ったのがバイエルンである。それは守備で相手の時間を操作するという前述したトレンドから生まれている。

 またバイエルンがボールを保持することで、ユベントスにボール保持にて時間を操作させなかったことも大きい。ゆえに、戦術の幅、できることの多さの前に、ユベントスは試合を自らの思い通りに進める権利を失うことになった。


― 独り言

 ここまで書いてきたが、戦術の幅を手に入れること。またハードワークはあくまで出来た方が良いということに過ぎない。バルサのように、この戦い方では誰にも負けません!という最強の武器を手に入れるのも1つの手であろう。そのような限界突破型が中心になるのか、それともあらゆる状況に対応できる、カメレオンのようなサッカーが中心になるのか、来季の展望に注目である。


文/らいかーると

#サッカー #カルチョ #欧州サッカー #Tifosissimo

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