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恐怖! 人権侵害ホラー!(レビュー:『返校 言葉が消えた日』)

オススメ度:★★★★☆

1962 年、独裁政権のもと国民のあらゆる自由が制限されていた台湾。放課後の教室で、いつの間にか眠り込んでいた女子学生のファン・レイシン(ワン・ジン)が目を覚ますと、なぜか人の姿が消えて学校はまるで別世界のような奇妙な空気に満ちていた。校内を一人さ迷うファンは、秘密の読書会のメンバーで彼女に想いを寄せる男子学生のウェイ・ジョンティン(ツォン・ジンファ)と出会い、力を合わせて学校から脱出しようとするが、どうしても外へ出ることができない。廊下の先に、扉の向こうに悪夢のような光景が次々と待ち受けるなか、消えた同級生と先生を探す二人は、政府による暴力的な迫害事件と、その原因を作った密告者の哀しくも恐ろしい真相に近づいていく──。

 これは異色のホラー作品。舞台設定のオリジナリティを特に評価して星4。

 本作は恐怖の主軸を「国家による人権侵害」に置いた作品である。恥ずかしながら私はアジア史に詳しくないため、ほんの60年前の台湾があのような強烈なディストピア国家だったことを知らず、まずその時点で衝撃を受けた。ルーロー飯とタピオカの国、台湾にもすさまじい時代があったものだ……。

 本作は序盤でかなり唐突な情景描写が続く。視聴者が困惑する中、話がドンドン進んでいき、じょじょに描かれてきた内容が明らかになるといった構成を取っている。そして、悲劇的な状況に陥った原因である「告発者」の存在も匂わされ始める。ある種の謎解きであり、犯人探しの要素もある。

 人権蹂躙国家であった台湾では思想統制が行われており、共産党のスパイはもちろん、書籍の発刊や読書に関しても極刑を伴う強烈な規制が行われていた。舞台となる学校では「秘密の読書会」が開かれていたが、これは植民地主義を批判した詩人の詩を朗読するといったもので、他愛のない会合ではある。だが、これもバレると極刑である。

 このあたりの閉塞感、危機感、そして、どうしても感じざるを得ない「命を賭けてまでやることか?」感。それらが合わさって、ある種の馬鹿らしさを伴う奇妙な恐怖感が醸成されている。

 詩の朗読などというのはどう考えても命を賭けて行うことではないが、一方で、こういった閉塞感の中でなんとか自由を求めようとすると、このような「命がけの反抗」に至る気持ちも分からなくはない。どうせ命がけで自由を求めるならもっと過激なこともできるだろうに、彼らにそこまでは至れない。鬱憤はありつつも、彼らにできるのは日常からの僅かな逸脱だけであり、しかし、その「僅かさ」のリスクとリターンがまるで釣り合わないのだ。そこにある歪さが本作の恐怖のベースになっていると思う。

 そのような状況にあって「読書会」は破滅を迎えるのだが、その破滅状況が異常な世界となって顕現し、読書会の面々は異界の学校へと囚われることになる。本作に出てくるクリーチャーは国家の人権侵害を擬人化したような化け物である(一方でクリーチャーの顔は鏡となっており、別の意味も含んでいる)。

 以下はネタバレを含めた話となるが、

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