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工場散文2

場末の工場である。不慣れだが縫製をする事がある。今日もそうだ。そして仕様の伝達不足が起こる。2時間かけて縫製したものを2時間以上かけてほどく。これはなかなかにメンタルに来る。わかりやすく時間を溶かしてしまった事になる。昔読んだ、アウシュビッツ収容所の様子を描いた夜と霧の一節を思い出す。1番(だったか、とにかく大きいという意で)精神的ダメージを与える強制労働は、半日かけて深く穴を掘り、半日かけて穴を埋めるという作業だったそうだ。なるほどわかる気がする。人は意味をつけたがる。例えば今自分がやっているような単調な作業でも何かしらの意味があるんじゃないかと思う時、思わないとやっていけない時がある。そんな風にしてなんとか騙し騙しやっていくのは咎めないが。そうして脳内で補完していく。だが上記2つは意味がないと確定しまっているのだ。それはメンタルに来るのも無理はないだろう。人は意味をつけたがる。そんな事でどうしようもなく焦るのだ。生きたアリバイが欲しいのだ。

前述の著作で収容所の人間が亡くなっていくのは何も身体的に弱っていた人間からではなく、希望を失った人間からだった。おおよそこんな一節もあった。つくづく希望や幸せに隷属する。逃れられないのだろう。どうせ光からは逃れられない。

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