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医薬品開発のステップと課題

医薬品が開発され消費者まで届く流れについて、各ステップについての概要と課題についてまとめます。
*この記事はあくまでも一個人の私見に基づいて記載しています。

基礎研究

基礎研究と一口に言えど、その目的・手法など様々なものが含まれるが、文部科学省の定義によると「個別具体的な応用、用途を直接的な目標とすることなく、仮説や理論を形成するため又は現象や観察可能な事実に関して新しい知識を得るために行われる理論的又は実験的研究」と記載されている。
生命科学分野で言えば、何かの現象を解明するためのメカニズム研究と、応用することを目的としたシーズ研究に分けられるかもしれないし、基礎研究に限ったことではないが、探索的研究と検証的研究に大別することもできる。

何に役立つか分からない研究の価値

基礎研究は目に見える成果が現れるまで長い時間を要したり、その成果がどのような役に立つのかが直ちに分からなかったりすることが多い。しかしながら、その結果として解明・創出された「真理」、「基本原理」や「新たな知」は、科学的に大きな価値があることはもちろん、既存の技術の限界を打破し、これまでにない革新的な製品やサービスを生み出すなど、私たちの暮らしや社会の在り方を大きく変える可能性を秘めている。分野によって大きく状況は異なり、例えば情報科学や生命科学などの分野での基礎研究はその成果が社会で応用されるまでの期間が比較的短く、民間企業からの研究資金も集まりやすい一方、数学や素粒子物理学などの分野ではその成果が社会で応用されるまでの期間が比較的長い。(文部科学省より引用)

非臨床試験

話を医薬品の話に戻すと、一般的に生命科学分野においては生命の真理を解明するための「メカニズム研究」と、応用を目的とした「シーズ研究」に大別される。「シーズ研究」においては「メカニズム研究」から候補となった標的に対する有望な医薬品の化学的な合成・スクリーニングを行う。ここで有望とみなされたシーズ:医薬品は次の臨床研究へ進むこととなるが、臨床研究へ至る前の2つのハードルの内の一つが「非臨床試験」である。

非臨床試験とは、新規の医薬品を人体に投与する前に動物モデルにおいてその有効性・安全性を検証するための試験であり、この結果を持って各国の規制当局(HA: Health Authority)との合意を得た後に、人体へと投与することが可能となる。動物モデルを使う以上、必ずしもヒトと同様の薬理作用・薬理動態・毒性が得られるわけではないことに注意する必要がある。その上で日本のHA、PMDAのガイダンス上で定められている検討事項としては、下記の通りである。

  1. 動物モデルの妥当性の確認:対象となる分子構造が同等か、ヒトと同様もしくは類似の代謝機能を有しているか、など。

  2. 薬力学:用量相関性、体内における医薬品濃度は各投与量においてどのように相関するか。

  3. 薬物動態:薬物代謝や暴露量、医薬品がどのように体内において代謝され、特定の濃度における曝露量はどの程度か。

  4. 安全性薬理:主要な生理機能(新血管系、中枢系、呼吸器系など)に及ぼす機能的な影響。

  5. 毒性

品質

臨床試験へ繋げるためのもう一つのハードルが「品質」である。臨床試験を実施するためには、品質の高い均質な医薬品を必要量分継続的に供給をする必要があり、日本においてこれは「治験薬の製造管理,品質管理等に関する基準(治験薬GMP)」(平成20年7月9日薬食発第 0709002号)に基づいて行われる必要がある。ここでは主に一貫性のある製造工程・不純物の有無・適切な検査工程の有無についてが記されている。

臨床研究

日本においては2018年より「臨床研究法」という法律が施行され、これにより、全ての臨床試験はClinicalTrials.govというポータルサイトに登録することが義務付けられています。他にもjRCTという国内における臨床試験を登録するサイトにも報告の必要があります。また臨床試験を行う上での規則をまとめた「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」= GCP: Good Clinical Practiceがあり、これを遵守する必要があります。

Phase1:First-in-Human試験

非臨床試験を経て一番最初に行われる試験がPhase1試験であり、初めてのヒトでの投与であることからFirst-in-Human (FIH)試験とも呼ばれます。通常は健常人における安全性と薬物動態の調査が目的とされ、入院してのモニタリング下において極低用量からスタートし、段階的に用量を上げていくというタイプの試験を実施します。また血中の医薬品濃度についても継続的にモニタリングされ、薬理作用による投与量との相関性等も確認されます。

Phase2:用量探索試験

Phase1試験において安全性が担保され、ある程度の有効性が期待できるとされた場合、用量探索試験であるPhase2へと進みます。通常用量はPhase1試験の結果、並びに薬理動態モデルから期待される最大の有効性・安全性を引き出すと考えられる用量が複数設置され、小集団において検討されます。細かく分けるとPhase2においても、Phase2aとPhase2bに分類されることがあります。Phase2aは単純な用量探索を目的とした試験であり、Phase2bはそれ以上に有効性の検証も含まれるため、概念としてはmini-Phase3となります。昨今はしばしばPhase2がスキップされ、Phase1から直接Phase3へと移行するケースも増えてきたように思います。特に認知症領域に代表される、小規模集団において有効性を検証することが難しい疾患においてこの傾向がよく認められます。

Phase3:大規模比較試験

Phase2において有効性が期待された場合、最終段階として大規模比較試験であるPhase3が実施されます。近年のPhase3試験においては、国際共同プラセボ対象二重盲検ランダム化比較試験、の形をとることが多いです。「プラセボ対象二重盲検ランダム化比較試験」は科学的根拠を得るために最も信憑性の高い試験であり、国際共同の形をとることによって世界中で同時に開発を進めることができます。つまり世界数十ヵ国が参加し、対象となる患者を何千人も集めた上でそれをプラセボ群と実薬群に分け検証します。当然コスト面では非常に大きな負担がかかり、国際共同Phase3試験を実施することのできる企業は限られていると言えます。
また様々な理由からこの形式から外れる場合もあります。既に市販されている同種同効薬と比較した優越性もしくは非劣性(有効性は同等であるが安全性に優れた医薬品の場合)を検証するものであれば、プラセボ対象ではなく同種同効薬が対象となりますし、倫理的な観点から検証期間が終了した後全ての患者が実薬治療を受けられるようにプロトコルを組んでいる場合もあります。

承認申請・薬価収載

Phase3終了後、医療施設において保険収載のもと処方をするためには、国からの承認申請並びに薬価収載を行う必要があります。臨床試験においては、FIH以前の段階から常にHAとの議論が不可欠であり、各Phaseの開始前後にはHAと協議を持つ必要があります。従ってこの段階では通常、非臨床試験データやPhase2試験データについての議論は終了していることが前提であり、Phase3試験の結果を元にその有効性・安全性がリスクベネフィットの観点から許容できるものか、実際の製品販売において一貫した品質の製品を潤沢に供給できる設備が整っているか、製品ラベル・添付文書の記載等、が議論の争点となります。とは言え最終的な申請には共通の書式があり、これはCTD (Common technical document)と呼ばれ、日米欧国際共通化資料です。
CTDは5つのモジュールにより構成されており、各モジュール内に記載される事項は下記の通りです。

  • モジュール1:申請書等行政情報及び添付文書に関する情報

  • モジュール2:CTDのサマリー

  • モジュール3:品質に関する文書

  • モジュール4:非臨床試験報告書

  • モジュール5:臨床試験報告書

承認が通っても終了ではありません。最終的に保険診療として処方されるためには薬価収載が必要であり、承認を得ても薬価がつかないがために市販に至らない薬剤も存在します。薬価収載の過程は非常に難しく、また企業にとっても収益に直接関与する因子になることから、薬価収載に特化した部門が設置される程です。既に類似の医薬品が市販されている場合その価格が指標となりますし、既存の医薬品が存在しない場合は開発にかかった費用等に基づいて算定されます。また患者数の少ない希少疾患の場合、企業側の開発に対するモチベーションを維持するために薬価を高く設定されます。承認申請前の段階でOrphan指定申請が承認されると、審査における項目も含め様々な優遇がされます。

市販後

Phase4:製造販売後臨床試験

Phase3までの臨床試験においては、試験の組み入れに際し様々な基準が課せられます。そのため組み入れられる患者は限られた均質な集団となります。一方で市販後はより広い集団に対して処方されるため、Phase3までの過程では特定できなかったリスクが見つかることがあります。これを検出するための調査がPhase4:市販後調査・製造販売後臨床試験と呼ばれます。

リアルワールドエビデンス

リアルワールドエビデンスは、特定の医薬品に関係するものに限らず、特定の疾患に関する予後予測因子の特定等、基礎研究・観察研究の位置付けで議論されることもあります。日本においては、例えば一診療施設内のカルテデータを基に特定疾患の患者背景を特定したり、特定のテーマに沿ったデータベースを構築することから始め、そのデータベース情報を基に解析を行う等の例があります。代表的なもので言えば、糖尿病患者のカルテデータを収集して作成されたJ-DREAMS、慢性腎臓病患者のカルテデータを収集したJ-CKD-DBなどが存在し、様々なエビデンス構築に寄与しています。
一方北欧を中心とした国においては、パーソナルヘルスレコード(PHR)が普及しており、全ての国民のカルテ情報を国が一括管理しています。日本では電子カルテの普及ですら完全ではない中で、既にほぼ100%の普及率を果たしている国もあります。背景には、日本においては各医療機関における効率化・最適化を目指したがために、カルテシステムの一元化が難しかったこと、人口が多いために国民全ての情報を安全に保管するためのサーバーの制作が難しい等、様々な要因があります。このような一元化されたデータベースがあることにより、リアルワールドエビデンス構築の効率化のみならず様々な問題が解決できるため、日本においても国と大阪大学を中心とした取り組みがなされています。

医薬品へのアクセスという課題

開発の話からは少しそれますが、市販後の課題として医薬品への「アクセス」の課題があると思います。主に知識・経済的・地理的要因が考えられ、これには当然国全体としての方針・取り組みが必要です。
知識面については、医師側と患者側双方の知識の拡充が必要とされます。医師側の知識拡充においては企業側も当然より多くの医師に新薬を認知してもらいたいという意欲があるため、積極的に学会で啓蒙を行ったり、診療ガイドラインに携わる医師と連携をとることでこれを拡充します。新薬が開発されると対象となる疾患と診断される患者数が増大する傾向が見られますが、これはそれまで診断されても治療薬がないために詳細な検査がされてこなかった患者が、治療方法の確率に伴い検査がされなくなったことによります。それでも当然見逃される患者は多く存在するため、マススクリーニング等、検査機会の普及が功を奏します。経済面での課題は主に医療保険制度の関連しますが、国によって状況は様々です。経済的な医療アクセス面においては諸外国と比べ日本は比較的ハードルが低くなっていますが、膨大な医療費と開発コストとのバランスを取ることが、今後の課題となってくるでしょう。地理的要因に関して、特に希少疾患領域に関わるものとなりますが、特に高額な医薬品の場合指定された医療機関でないと治療が受けられないものがあります。

医薬品開発における各プレーヤーの責務

医薬品開発を円滑を行うためには、産学官そして民が其々の責務を全うすること、そして連携をとっていく必要があります。

産:企業の役割

近年は医師主導治験増えてきてはいるものの、大半の医薬品開発は民間の製薬企業により行われます。これには医薬品開発には膨大な資金が必要であり、また医師・アカデミアは科学・医療の面には長けていても、それ以外の薬事承認プロセスやマーケティング、臨床試験を実施するためのノウハウを持ち合わせていないことが多いからです。
更に一概に企業と言っても、一つの企業が基礎研究〜Phase3試験〜上市までの全ての段階を経ることは多くありません。医薬品開発には膨大な時間と資金がかかり、かつ各段階において必要とされるスキルが異なるからです。医薬品開発にかかる時間としては、一般的に基礎研究に10年、臨床試験に10年が目安と言われています。当然これはシーズ研究から計算した年月であり、それよりも以前に膨大なメカニズム研究により積み上げられた知見の上に成り立っているものです。また医薬品開発は、開発にかかるコストの割合(売上高開発費用比率)が他業種と比較して大きいことも知られています
一つのシーズがあった場合、将来的にそのシーズが上市された場合の予測売上高、各段階を経る際の成功確率、各段階を経るためにかかる開発コスト等により、そのシーズの現在の価値が算定されます。研究力に長けた企業等はこういったシーズを他社に売却することをエグジット戦略としている一方で、資金力のあるラージファーマは、M&A等によりこういったシーズだけでなく技術も得ることで、自社のポートフォリオの拡充を図る場面が散見されます。

学:アカデミア・医師の役割

基礎研究・臨床試験をする上でも、アカデミア・医師の機能が不可欠であることは明確です。米国においてはアカデミア発のバイオベンチャーが躍進し様々な成功を収めている一方で、日本においては中々これが成功しないという実態があります。

官:国の役割

医薬品開発を行う上での規定として、ICH:医薬品規制調和国際会議、の存在があります。ICHは、医薬品規制当局と製薬業界の代表者が協働して、医薬品規制に関するガイドラインを科学的・技術的な観点から作成する国際会議で、グローバル化する医薬品開発・規制・流通等に対応するべく、限られた資源を有効に活用しつつ安全性・有効性及び品質の高い医薬品が確実に開発され上市されるよう、より広範な規制調和を世界的に目指すことを目標としています。端的に言えばWHO等の国際機関としての位置付けであり、必ずしも日本国内においてICHに則った医薬品規制が敷かれているというわけではありません。ガイドラインの構成としては、Q: Quality, S: Safety, E: Efficacy, M: Multidiciplinary, G: Gene therapyの項目に分かれて各規定が書かれています。ICHへの加盟条件は基本的に2つあり、①ICH会合への参加実績、②少なくとも下記の3つのICHガイドラインを国内で実施していること:Q1 安全性試験、Q7 現薬GMP E6 GCP です。この3つはICHガイドラインの中でもTier 1に位置付けられており、Tier 2は優先的に実施すること、Tier 3はできるだけ早期に実施することと記載されています。
さて、国際的なガイドラインがある中で日本がどのように準拠するか、というところに話を焦点を当てます。Pfizer社がCovid19のワクチンComirnatyの開発を行なった際、できるだけ短期間でより多くの国において使用が可能となるようにすべく米国における初回の臨床試験においてわざわざ在留日本人を被験者として組み入れたにも関わらず、日本政府はこの結果を認めず日本在住の日本人に対して別途臨床試験を要求したため日本におけるComirnatyの導入に遅れをとった、という事例があります。ICH-Eの項目には国際的観点を規定する項が、E5「民族的要因」E17「国際共同治験」の二箇所にあり、この2つの項は、異なる民族間におけるデータの取り扱いを異なるように理解していると言えます。E5においてはその薬剤に対する用量反応性が国内外で類似していることを確認する試験、ブリッジング試験の実施が推奨とされており、これは日本の現状をとてもよく反映しています。新規医薬品においては「官」も「学」もとにかく「日本人におけるデータ」を重要視する傾向にあり、これは特に無根拠に述べているわけでなく、実際過去に日本人集団と西欧人において、用量反応性に起因するリスク・ベネフィットバランスの最大公約点に違いが生じたという事実に起因しています。実際、日本における売上高上位100品目中約半数、2001~2007年に承認を受けた137品目中31%において、日本における承認用量が欧米よりも低く設定されています。一方E17においては、「国際共同治験は治療効果が対象となる集団全体、具体的に当該試験位参加した地域に適用されるという仮定に基づき計画される。各地域への症例数分配を計画的に行うことによりこの仮定がどの程度正しかったかを評価できるようになる。」と記載されています。この両者の違いはどこに帰結しているのかというと、E5の概念に沿った兼ねてからの日本の対応策として、国際共同治験に並行して日本国内のみにおけるサブ試験を走らせるということをしばしばやってきました。当然これは多額の投資であり、日本の市場がそれを実施するに足るだけの魅力があること、また日本がアジア諸国を代表する国であるという、日本の国際的な立ち位置の強さを示す事柄でもあります。しかし一方で、「日本人」と「それ以外」を二分することに対しては科学的な矛盾があります。当たり前ですが「それ以外」の集団の中には、白人、黒人、ヒスパニック、そもそも特定の人種に分けることのできない多くの人が混じり合っており、比較対象とするのであれば、「日本人」「中国人」「イギリス人」等といった枠組みで比較をするのがより適切です。かつ、これは国際共同治験という様々な多様な集団が混ざり合った試験の中において比較することができ、かつ「日本人はどのような特徴か」という切り口ではなく、「この特徴を持つ集団は誰か」という切り口において検証することが、本来の科学的な検証であると示唆した内容となっています。
医薬品開発においては、国からの承認が得られるかという点が開発者側の最大の懸念点であり、こういった概念を国側が積極的に取り入れない限り、開発者側が取り入れていくというのは難があると言えます。従って、そもそも医薬品開発はどのように進めるべきか、という指針を示すことが、国としての責務と言えるのではないでしょうか。

民:患者の役割

忘れられがちではありますが、啓発という意味や臨床試験の対象となるという点について、患者の役割は欠かせないでしょう。


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