天邪鬼
「なんで、相手が言って欲しいことがわかるのに、わざと逆のこと言うの。」
夫が言った。きっと職場での私の発言を見て言ったんだろう。
「こう思って欲しい、こう言って欲しい、こう動いて欲しい。っていうのが、すけて見えて気持ち悪いの。お前の思い通りにはなりたくないって思う。」
「だから揉めるんでしょ。いつもそうやって疲れてるんでしょ。」
「じゃあ、あなたはいつも、相手が言って欲しいことを言ってるの?何のために?あなたは私に、言って欲しいことは言ってくれないくせに。」
ハッとした顔をして、悲しそうに言った。
「だから、やめようって思ったんだけど。そういう仕事だから。」
夫が好きな私は、ストイックで、常に自己を高めている私。
家事を完璧にこなしながら、仕事と両立する私。
並の男の人よりも稼いで、好きにお金を使っている私。
それは、私であって、私じゃない。
私はストイックで努力家ではない。家事も嫌い。家のことは嫌い。本当はご飯を作るのも好きじゃない。洗濯も掃除も好きじゃない。
自分に甘くて、弱くて、飽きっぽくて、めんどくさがり。
夫はこのところ、機嫌が悪い。家の中で竹馬をする娘に、床が傷つくからって怒ったりする。やったことのない仕事を愚痴ったりする。そんな夫が大嫌い。
夫は、多分、そうなんだね、頑張ってるね。偉いねって言って欲しかったんだと思う。だから私はこう言った。
「そんな嫌なら、また辞めれば。続けて欲しいって言ってない。家でのんびり家事でも育児でもすればいい。私が稼いでくるから。」
本当は「そんなかっこ悪いあなたは見たくない。」って思った。
でも私は言う。
「私のせいにしないで。私は一人でも家族を養うぐらい稼げる。あなたに頼らなくても、生活費全て突っ込んで、娘は立派に育てられる。
だから辞めたら。そんなに不安なら。」
あの時と一緒だって思う。2年前のあの頃と。始めたばかりのポジションで悩んでいた時も、夫はとてもセンシティブで、どうでもいいことで怒ったり、落ち込んだり、悩んだりしていた。
それからずっと、いつも辛そうで、いつも悲しそうだった。
「休めるから、私が羨ましいって?
家事も、育児も、両立させてから文句を言って。私はあなたがいなければ、同じように休めない。
できることしかできないって言ったのは自分なのだから、私に甘えないで。」
褒めてほしかろうと、励ましてほしかろうと、私は夫を甘やかさない。
その代わり自分も甘えない。私だって、あの人が家に帰ってこない2年間。本当に辛かったのだ。体調が悪くても、体が重くても、毎日毎日、娘を迎えに行って、誰も代わってくれなかった。
私は褒めない。滅多に、頑張ってるねって言わない。
わざと厳しいことを言う。
そして、それで自分を追い込む。夫に言わない代わりに、自分も甘えないようにする。時々息苦しくなる。
娘には、パパはすごく頑張っているから、優しくしてあげてねって言う。娘に夫の悪口は絶対言わないようにしている。パパすごいね、カッコイイねって言う。
だから娘は、パパカッコイイねって言う。
私は天邪鬼だなって思う。このところ、苦しい気持ちになることが多い。どこにも吐き出せないので、こうしてネットの海に吐き出して消化する。本当は、
「あなたがそうやって不安になると、私も不安でいっぱいになる。」
可愛い奥さんにはなれないから、追い込んで、夫の尻を叩いて、自分をもっと追い込む。
私よりも博識でいたいから、私しか知らないことがあると自分で調べているのを知っている。
私の口から、知らない英単語を聞くと、すぐに意味を聞いてくる。
知識を定着させるために沢山の本を読んでいるのを知っている。
私の言語習得が早い事を脅威に感じて、できない事があれば何時間も調べているのを知っている。
私があの人の知らないことを知っていれば、あの人はもっと努力する。
ずっとそうやって成り立っている不思議な夫婦関係だった。
それなのに
あの人は少しだけ、慢心していたと思う。私に、もう自分を超えることができないと、少しだけ私を下に見ていたと思う。そして、そう思いながら、ずっと物足りなさを感じていたんだと思う。
自分を超える人はもういないのだと。
ずっと、見返してやりたいと思っていた。私ももう、心のどこかで、彼を超えられないのかもしれないと思っていた。だから、誰もが知っている、入っただけで、すごいねって言われるような企業に転職してやろうと考えていた。
その企業に行くための勉強をしたし、面接も、試験も、すごく準備をした。
そしてそれが叶ったのに。どうしてこんなに虚しいのだろう。
夫は先に言い訳を言う人ではなかった。この2年で随分変わってしまったと思う。私からその分野の専門知識を得られるのなら、その勉強はしなくていいなって言った。
そうじゃないだろう。先に負けを認めるようなことを言う人じゃないだろう。あなたは私が、唯一負けを認めた人なのに。
だからもっと夫を追い込む。
私は夫が大好き。でも滅多に言わない。滅多に褒めたりしない。大事な事は口には出さない。
夫はいつも頑張っている。
だから私は部屋をキレイにして、沢山食べたがる物を作って待っている。
天邪鬼だから、欲しい言葉は伝えない。
夫が欲しがる言葉は、一番、最後までとっておく。
大事な事は口先ではなく、態度で示す事だ。だから私は夫を褒めたりはしない。