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親友の境界線

私には学生時代の友達がいない。友達ってどこからが友達なのか分からないし、ある日突然牙を剝く他人だって思っていたから。もう専門学校ともなると、相手も馬鹿じゃないし、そんな私には最初から近寄ってこない。

それでも、専門学校の時、一人の男の子と仲良くなった。

彼は、誰にも愛されるキャラクターで、当然いつも彼の周りに人は集まっていたし、そんな彼を羨ましく思ってたし、尊敬もしていた。彼は当然のように私に近付いてきて、当然のように仲良しの友達だって言葉で言ってくれた。

彼は勉強することが大嫌いだったけど、話術を見れば、頭の良し悪しは勉強じゃないんだって、悟る。そんな彼のことが、私も大好きだった。

私たちは、昼夜を問わずいつも一緒にいて、いつも何をするでもないけど集まって、たわいのない話をしていた。

専門学生時代の私は、いつもつまらなそうで、何にも興味がなさそうで、ワガママで、自由に生きているっていう周囲の評価を自で行っていて、誘われて参加した遊びにも途中で帰ることもしばしばあったし、皆で熱中しているゲームやカラオケの最中に一人で眠りこけることもあった。

何もかもくだらないし、何のために生きているのかよくわからなかった。嫌いって言われれば、はいそうですかって思ったし、好きだって言われれば、私の何を知ってるんだろうと思った。

私はモテるタイプではなかったので、男50人のクラス中では、ただ1人の女の子だったけど、学校帰りに同じクラスの男の家に遊びに行って、爆睡し、翌日夕方からバイトにいく日々を送っていた。

ある日その子が言った。

「女の子が、無防備に、男の家にきて、寝るんじゃないよ。」

って。私は少々びっくりしてしまって、

「何言ってんの?私のこと、誰も女として見てないよ。」

って冗談まじりに返したんだけど、彼はお世辞にも見目麗しいイケメンじゃないのに、漫画の主人公の男の子みたいに

「何言ってんのって、可愛い女の子にしか見えないよ。」

って静かに言った。この頃の私は、恋愛というものに飽き飽きしていて、自分勝手に浮気をする男や、自分勝手な独占欲を押し付ける男とばっかり付き合っていて、仲の良い友達にはダメンズウォーカーと呼ばれていた。

終わりの見える恋愛の方が、心の準備ができるから、いくらかマシだって思って、短い期間の時間の共有に、背徳感を得ていただけだった。

ああ、ダメだって思った。この人に深く関わったらダメだって。この日から、私にとって彼は、絶対に好きになりたくない人になった。

恋愛関係に発展すれば、彼との関係は終わってしまうから。

だから大好きだけど、親友以上には発展したくないって思っていた。どんなに彼が、自分の内面を闇の部分を見せても、私は絶対に、自分の弱みは見せなかった。

専門学校時代の友人たちには、いろんな嫌がらせをした。あっちが、私を嫌いになるように、ドタキャンもした。変なメールを送ったりもした。どんなに連絡が来ても無視したし、年賀状も、送ってこないように新しい住所も教えなかった。二度と私を思い出さないように。あの専門学校の日々は、あの頃のまま閉じ込めて、拗れないようにしたかった。

そんな中でも、彼はずっと連絡をくれた唯一の人だと思う。時には私が働いていたキャバクラに遊びに来て、盛り髪でドレスの私に、「いつもと違って綺麗だね」って笑っていた。普通は友達を同伴出勤になんて誘わないのに、ただその時間を楽しんで帰って行った。馬鹿みたいな私を責めることもなかった。

数年経って、彼の誘いで、前職に入社した。彼はあいも変わらず、周囲の人に愛されて、可愛い彼女がいて、いつも人の中心にいた。そんな彼のことが、妬ましかった。あれから何年も、私の気持ちの中心にいたのに、私のことは決して好きになってはくれないことが分かっていた。

私も入社してから新しい彼氏ができて、あっちにも彼女がいた。彼の彼女は、可愛くて、移り気で泣き虫で、恋多き女だったから、多分疲れてたんだと思う。

彼はもう、覚えていないかもしれないけれど、ある日たまたま帰り道が一緒になって、交差点まで楽しく笑いながら帰って、バイバイって言おうと思った時に、ふと彼が言った。

「今度、二人で飲みに行かない?」

私は、ああ、この人は、私とは一生タイミングが合わない人なんだろう。って、そう思って、聞こえないふりをした。

「え?ああ、彼氏と、そっちの彼女と皆でどっか行こうか。飲みでも、遊園地でも。いつでもいいよ。」

彼は少し考えて

「そうだね。同じチームの人も誘ってみようか。」って言った。

私たちの話はそれでおしまい。どうあってもタイミングが合わない二人っているんだろうと思う。それから数年経って、私にも子供ができて、彼にも子供ができた。

退職するねって報告した時に、仲良しの友達にしか見せられないって言って、リフォームしたての家の写真を沢山送ってくれた。彼に連絡するときに、少しだけ今も、夫にうしろめたい気分になってしまうのは、きっとあの時の続きを、私が答えていた場合のその先を、想像してしまうことが、あるからなのだと思う。