86歳が綴る戦中と戦後(21)終戦後の銀座

前にも書いたように中野の家が空襲で焼失してからの私の家は鉄砲洲という隅田川の河口に近い町。家の横の通りを南へ真っ直ぐ1キロ歩いた所が銀座1丁目の交差点でした。

そこの角には「テアトル銀座」という映画館があり、復員して来た父と母の3人でそこへよく映画を観に行きました。当時の映画館はどこも入れ替え無し。現在のように時間を調べて最初から観るのではなく、いつでも入れましたから上映中の途中から観て、終わったらそこまでを初めから見直すというのが普通でした。

いつも館内は超満員で立ち通し、途中の入れ替えの時しか座れません。それでも見たことのないような映画の世界にみんな夢中でした。

都電通学の乗り換えが日比谷交差点でしたから私にとっての「東京」は銀座・有楽町・日比谷に集約されます。この辺りには沢山の映画館がありました。今もありますが名前が変わったり場所が変わったり、なくなったのもありますし新しく出来た所もあって映画館密集地帯となっていますね。

いちばん懐かしいのは1953年のクリスマスイブに観た「グレン・ミラー物語」。ジェームス・スチュワートとジューン・アリソンが主役でした。

ストーリーも音楽も美しく、愛に満ちた実話。その後もTVなどで繰り返し観たものです。当時のボーイフレンド(今は死語?)と一緒だったことも懐かしい思い出です。車道まで人であふれ、活気に満ちた銀座から日比谷公園まで歩き、知っている限りのクリスマスソングを一緒に歌いながら家まで歩いて送ってもらいました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?