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和菓子、この味《石鍋商店の久寿餅》

日本の伝統的なスイーツ「和菓子」。都内には魅力あふれる和菓子店が多数あり、世代を超えて愛されている商品がたくさんあります。
ここでは、東京近郊の名物和菓子をご紹介。素材を吟味し、手間暇かけてつくられる名店の看板商品には、時代を超越するおいしさがあります。

かむごとに歯が押し返されるような、もっちりした弾力。独特の淡い香りや酸味、穀物の滋味。この絶妙な食感と風味で130年余愛され続けているのが、「石鍋商店」の「久寿(くず)餅(2〜3人分の小サイズ・黒蜜ときな粉付き・720円など)」だ。

「くず餅」といえば、関西では葛粉を用いた「葛餅」をさすが、関東で一般的な「くず餅(または久寿餅、以下、久寿餅と表記)」は、小麦デンプンを発酵させて蒸した菓子。江戸時代に誕生し、江戸の庶民に親しまれてきた歴史をもつが、関東以外ではあまり知られてなく、関東でも材料などを知る人は少ないかもしれない。

「久寿餅は麩の兄弟です」と、同店の4代目である石鍋和夫さんは語る。麩の主原料は、小麦粉を塩水で練ったものを水でもみ洗いして残る、小麦タンパク(グルテン)。一方、もみ洗いの際に水の中に流れ出るのが小麦デンプンで、これを沈殿させて乳酸発酵させたものが、久寿餅の原料になる。江戸の人々の“もったいない精神”や、雨にぬれた小麦粉を放置したといった偶然のできごとから久寿餅が生まれ、その原料は製麩店が久寿餅店に卸してきた歴史があるそうだ。

もっちりした食感が最大の魅力。消費期限は2日間だが、時間経過とともに固くなるため、できるだけ早く食べるのがおすすめ。また、きな粉と黒蜜をかけたら、黒蜜による浸透圧の作用で水分が出てくるので、すぐ食べるのがよい。「長い歳月を経て完成しますが、食べるのは一瞬。それも江戸の食べものの粋なところ」と石鍋さん。

「石鍋商店」の創業は1887(明治20)年。石鍋さんの曾祖父の善太郎さんが、王子稲荷神社の参道にあたる現在地で開業した。当初は店売りではなく、久寿餅やこんにゃく、寒天を茶店などに卸していたそう。こんにゃくの製造は約30年前に終了したが、テングサを煮出してつくる寒天は今も、久寿餅に次ぐ同店の名物だ。石鍋さんは学生時代から、両親である3代目の慎三さん・秀子さんを手伝い、50年以上店の仕事に励んできた。同時に、ロッククライミングや極真空手に10年打ち込んだ経験ももつ。「自然が相手。間合いが大事。久寿餅づくりとの共通点は非常に多いです」と石鍋さんは語る。

江戸時代の製法が継承されている同店の久寿餅には、独自のこだわりも詰まっている。小麦デンプンは、石鍋さんの祖父である2代目の与四朗さんの時代から約90年間、茨城・結城の「渡邉製麩店」で約1年発酵させたものを主体としてきた。石鍋さんは同製麩店とともに、互いにとって最良の小麦粉の質や配合を研究したという。同製麩店は約3年前に閉業したが、原料を探究する石鍋さんの姿勢は変わらず、現在は同製麩店が指導する製麩店を含む4ヵ所の製造業者の小麦デンプンを用いている。

小麦デンプンは製麩店などでの長期間の発酵を経て、同店の大きな木樽などでさらに数ヵ月貯蔵して落ち着かせ、種類や発酵期間が違うものをブレンドして使う。「古すぎるものでは仕上がりが固くなり、新しすぎても“締まらない”ものになる。日々、状態をみて配合量を見極めます」と石鍋さん。配合した小麦デンプンは水を加えて撹拌し、6〜12時間おいて沈殿させ、上澄みを除く。ふたたび水を加えて同じ作業を行うことを数回くり返し、強い発酵臭や酸味を除く。ただし、水を替えすぎてもコシのない久寿餅になるという。この後、湯を加え、蒸気で約60℃のとろりとした糊状にし、布を敷いた久寿餅専用の蒸籠に流す。まず、弱い蒸気で表面に膜をつくるのが、美しく仕上げる隠し技。その後、強い蒸気で約12分蒸す。「短時間で強い熱を加えることで、粘弾性が高まる。うちの蒸気圧はとくに高いと思います」と石鍋さん。蒸し上がりは、色や、手で押した時の弾力で判断。「状態は日々違い、経験を積んだ今も迷いますが、一瞬の判断が大事。岩登りと一緒です」。

表面を手で押した時の弾力で仕上がりを見極める。「気温や湿度によっても状態は微妙に違う。ものづくりには果てがない(笑)」と石鍋さん。蒸し上がったら裏返して簀の子にのせて冷ます。

道具へのこだわりも特徴的だ。たとえば、小麦デンプンを木樽で貯蔵するのは、「木は“呼吸”しており、均一な発酵をうながすから」(石鍋さん)。また、久寿餅用の蒸籠の底に敷くすだれは、竹のなめらかな面が側面にくる特殊な構造のものを使う。「なめらかな面が上面にくる一般的なすだれだと、蒸気をあてた時にたわみやすく、久寿餅の厚みや熱の入り方が不均一になりやすいんです」と石鍋さん。なお、久寿餅を冷ます際の簀の子(すのこ)も竹製。竹の吸湿性によって、ツルンとした質感に仕上がるそうだ。

こうした天然素材の道具を手がけられる職人は今や少なく、石鍋さんは本やインターネット、知人のつてなどで情報を集めて注文や修理の依頼に出向き、時には自分で修理し、つくり手に敬意を表しながら大切に使い続けてきた。「原料も道具も、今あるものが永続的に手に入るとは限らない。よいものを長くつくり続けるには、みずから調べて、働きかけないと」と語る石鍋さんは、あらゆることにおいて研究熱心。40歳の時には、製あんや酒まんじゅうなどの知識を得たいと東京製菓学校で学び、米と米麹、地元の空気中の酵母で酒種を起こす酒まんじゅうを商品化した。「同じ発酵食品として発見も多く、久寿餅の製法も進化させました。何ごとも経験することが大事。果てなき修業です」と語る石鍋さんの根底にあるのは、職人としての熱い思い。「つねに明日は今日よりももう一歩、上に登りたいと思っています」。

石鍋商店
東京都北区岸町1-5-10
電話:03-3908-3165
営業時間:9時30分~18時、土曜・祝日 ~17時
(「久寿餅」が売り切れ次第、早めに閉店する場合あり)
※イートインの営業時間は、店舗にお問い合わせ下さい
日曜休

王子駅から徒歩約3 分。約16年前に建て替えた店舗は約65坪(うち売り場約10坪)約12席。スタッフ数は、石鍋さん家族とパートを合わせて計約10人。「久寿餅」のほか、神津島産や伊豆・八木沢産など4 種類のテングサを配合する寒天を用いたあんみつなども人気。可憐な山野草が咲く和風の庭がある店先には、石鍋さんが仕上げの“さらし”作業を行うテングサが置かれていることも。久寿餅を筆頭に無添加の安心・安全なおいしさの菓子を志向し、あんみつに添える求肥もトマトやホウレン草のパウダーで着色。真摯なものづくりを第一としつつ、「今後も『食』で面白いことに挑戦していきたい」と石鍋さん。同業者や原料の業者などとの交流も大切にしている。王子稲荷神社の「狐の行列」にちなむ菓子なども用意。名所が多い王子の魅力を伝えることにも注力する。

※本記事の掲載内容は取材当時のものです。

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