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腐らず乾け

高校生の頃、ある友人が言いました。

「私、23歳で死ぬの」

驚いたわたしが理由を尋ねると、「一番綺麗な時に、綺麗なまま死にたいから」とのこと。
確かにその友人は男子たちに人気の美人だったので、23歳になったらもっと綺麗になるだろうと当時のわたしは思いましたが、「でもあと5年しかないよ?!」という驚きとともに、
はたして23歳は一番綺麗な時なんだろうか?
という疑問を抱きました。

高校卒業後はその友人とは連絡を取っていないので、彼女が23歳で美のピークを迎えたかどうかは知りませんが、おそらく今も元気に過ごしていることと思います。

自分の一番綺麗な瞬間を、23歳に設定していた18歳当時の彼女。
でも、別の友人Nと話していて、人生後半を迎えて振り返って考えるにお互い自分たちの肉体的ピークと感じるのは、33歳くらいということになりました。
33歳は、若いと言えば若いけど、ピチピチの若い時ではありません。

N:「33歳って、下りを迎える寸前というか、肉も腐る直前が美味しいって言うしねー」
わたし:「え? じゃあ、われわれは、完全に腐ってるね……」
N:「アタシなんて、腐るどころか干物だよ」
わたし:「干物! いいね! 干物は食べられるよ。保存食。ずっと食べられるよ」

不自然な鮮度を保とうとして腐るより、思い切って乾いて、ずっと食べられる保存食になるのだ。
つまり、ずっと付き合える美味しい人間になりたい。
いつまでも食べられる刺身やレアステーキはないから、するめやビーフジャーキーになりたい。
干物は、見た目は劣るけれども扱いにそれほど気を使わせません。
鮮度なんてすでに関係ないし、身の程もそれなりにわかってきています。
しかも、噛めば噛むほど味が増す。
メインディッシュにはなれないけれど、お酒のお供に、非常食に、小腹の空いたその時に、干物はそこに存在する価値が十分にあるのです。
干物万歳!

それでも、鮮度を諦めて、老いを受け入れて、内臓を開いて、灼熱の太陽に晒されて、じわじわと水分を奪われる経験は、きっとかなりの勇気が必要なのだろうと思います。
そんな中年期の様々な試練を乗り越えて、人生の後半は中身の凝縮された味わい深い干物になれたら。

そういえば、そういう味のある先輩たちが、わたしの周りにもたくさんいます。でも、その先輩の一人が言いました。

「干物はさすがに悲しいから、せめてドライフルーツにして」

ああ、そうですね! 失礼しました。
ドライフルーツなら、そのまま食べても美味しいし、紅茶に入れても美味しいし。
瑞々しく熟れた記憶を残して、味の凝縮された美しい保存食。
栄養価も高いんです。
目指せ、ドライフルーツ。

もう若くはなく、そしてこれから更に老いていく人生を前に、なんだかんだとジタバタするわたしたち。
腐らず乾くのだ。

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