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もう一つの人生

数年前に見た夢です。

夢の中でわたしは、実家に暮らして仕事は教師という設定でした。
教師なのに、なぜか学校が夏休みの間に一週間バイトに行くことになっていて、バイト先は20代の頃に実際に勤めていた東京の出版社。
ところが出社時刻はすでに過ぎていて遅刻決定で、「ああどうしよう、間に合わない。とりあえず電話して謝らなくちゃ。あああああ!」と、超テンパって焦っていると、実際より老け込んだ母が傍らで、自分の携帯電話の調子が悪いと訴えてきます。
「今それどころじゃないんだよ!」と苛立つわたし、涙ぐんで悲しい表情をするやけに弱々しい夢の中の母。
そんな母に対して(ああごめんねごめんね……)と思いながらもバイト先の電話番号を探していると、夏休み中の小学生の2人の息子(なんと夢の中では子持ち)が、庭から葉っぱを持って来てテーブルに置きます。
電話をかけながらわたしが「そんなものテーブルに置かないで。虫付いてないよね?」とイライラと尋ねると、2人の息子は「虫なんていないよー」といたずらっぽく笑います。
そして電話を持っていない方の手でわたしがその葉っぱをつまんで裏返すと、そこには灰色の巨大な毛虫が付いていて、「ギャーッ!!!!」と大声を上げると同時にバイト先に電話が繋がる、という夢。

「ギャーッ!!!!」と叫びながら目覚めました。
なんという悪夢。よかった、夢で。ありがとう、現実。

でも、現実とかけ離れた、想像したこともない設定の夢を反芻しながらわたしは思いました。
この夢、もしかしたら、もう一つの自分の人生なのではないか?

教育学部出身のわたしが教師になる可能性はゼロじゃないし、東京での会社員生活をあのまま続ける道も、そして実家暮らしで子持ちという人生も、あったのかも。

店を始めて間もない頃、色々がうまくいかずに悩んだ時期に、自分の人生を放り出したくなったことがあります。
「安定した職業に就いていれば……」とか、「子供がいたら違ったのかな……」とか、さんざん後悔して。
おそらく経済的に苦しかったことや独り暮らしの孤独感でいっぱいだったせいです。
でも夢の中の自分は、仕事と子供に恵まれて、その両方を手にしていました。さらに年老いた親と同居で実家暮らし。
たしかに、そういう人生も幸せなのかもしれない。

だけど……。
夢の中のわたし、バタバタしててイライラしてて余裕が無くて、全然楽しそうじゃなかったなあ。なんだか母も元気がなかったし。
それに、あの夢の中では、今わたしが営んでいる店は存在しません。
ということは、ここに暮らして店を始めてから出会った人達の、誰とも出会っていないということ。
それはわたしにとって、今となっては受け入れがたい人生です。
まあ、「向こうの人生」のわたしも、きっと「こちらの人生」なんて考えられないって思うんだろうけど。

とにもかくにも、「こちらの人生」を歩むわたしは夢から覚めて、つくづく「今の人生、放り出さなくて本当に良かった」と安堵した次第です。

いつかこの人生を終える時にも、同じように思えたら最高だなあと思う梅雨入りの季節です。

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