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思い出のクリスマス

その年の12月は、山に暮らして2年が経った頃で、はじめて一人で迎える山の冬でした。
今は隣に住む姉夫婦もまだ越してきておらず、容赦なく雪が降り積もっていて、そして、わたしにとって30代最後のクリスマスでした。

当時のわたしは人生で一番孤独で貧乏で寂しかったけれど、せっかくのイブだから、店の閉店後にグラタンでも食べてワインを飲もうと決めました。
大事に取っておいた頂き物のワインを開けて、店の残り物でホワイトソースを作りながら一杯やりつつ、

「あー、30代最後のクリスマスが、まさかこんな風に過ぎていくとはなあ。
この先わたしの未来って、一体どうなるんでしょうねー」などと独り嘆いていると、ご近所のTさんから電話が来ました。

「nakazumiさん、今、独り? 何してるの?」

と、Tさん。
独りでグラタンを作りながらワインを飲んでいる、と伝えると、

「あら、それもいいわね。でも良かったらうちに来ない?」

とのお言葉。
一も二もなくお誘いに乗り、出来上がったばかりの熱々グラタンと開けたばかりのワインを抱えて、いそいそと出かけて行きました。

クリスマスの夜、深々と積もった雪の中に、特徴的な屋根のTさん一家のログハウスが浮かび上がります。
暖かな一色だけの上品なイルミネーションと、玄関ドアの脇にも柔らかな灯りを放つスノーマンの照明。
窓からこぼれる室内の明かりも、森や雪が作る影とのバランスが絶妙で、まるでおとぎ話の世界に飛び込んだようです。
雪がすべての音を吸収して、静寂に包まれる森の中。

そんな光景を前に玄関先で白い息を吐きながら、わたしは躊躇しはじめました。
「家族団らんのクリスマスイブに、部外者のわたしがお邪魔していいのだろうか?」と。
寂しすぎて、お誘いが嬉しすぎて、ウッカリ飛び出してきてしまった。
しかも、プレゼントも持たず、残り物グラタンと開栓したワイン持参で……。

後悔しながら、それでもチャイムを押してみると、笑顔のTさん一家はわたしをまるで家族の一員のように当たり前に招き入れ、迎えてくれました。
ダイニングテーブルには、料理上手のTさんが作ったクリスマスのごちそうが並び、大きな燭台にキャンドルの炎が揺らめき、それらを囲んでTさん一家が座り、6歳のお孫さんが、嬉しそうに「nakazumiさんの席はボクの隣だよ!」と言って、傍らの椅子をポンポンと叩きます。

「ああ、来てよかった」

さっきまで躊躇していたのに、涙が出そうになりながらそう思いました。


人生最大の孤独を感じて迎えたあの年の暮れ。
Tさん一家と過ごしたクリスマスイブは、あの年のわたしにとって唯一の、あたたかく賑やかな美しい思い出。

もし映画監督になったら(なれませんけれど)、あの柔らかな光の中の美しいクリスマスを、照明にこだわった映像で再現したいところです。
優しい、細やかな光に包まれた、絵本の中のようなクリスマス。

あと何回クリスマスを迎えられるのかわからないけれど、Tさん一家と過ごしたあの夜は、わたしの心に永遠に残っていくことでしょう。

そして6歳だった坊やは、現在20歳の大学生。
4歳時にわたしにこっそり「大好きだよ」と告白してくれたことがあったけれど、今はもう言ってくれません。
今後も言ってはくれないだろうから、あの告白も後生大事に記憶し続けようと思います。

サンタさんからプレゼントを貰えなくても、いまだになぜか心躍るクリスマスシーズンです。

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