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失われる習慣

以下は、2年前の2021年11月に店のブログに書いた記事です。

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10年ほど前、わたしには特技がありました。
それは、「フィギュアスケート選手の演技中に得点を計算し、正式な得点が出る前に予想点を出して誤差2点以内で当てる」というもの。現在のようにテレビ画面の隅に「カウンター」なる速報値が表示されるようになる以前のことです。
自分の中のフィギュアスケート熱がピークで、ジャンプ、スピン、ステップ各要素の基礎点はすべて覚えていたし、各選手の出来栄え加点や演技構成点の出方の傾向も把握していたので、だいたい予想がついたんです。

もちろん現在は、そんなクオリティで当てることはできません。何度かのルール改正で覚え直すのが面倒になってしまったし、何より得点を予想して計算していると、純粋に選手の演技を楽しめない、ということに気づいたからです。

でも10年前は、嬉々として点数を計算していました。
当時諸事情により自宅にテレビがなかったので、フィギュアスケートの生放送がある晩には、ご近所さんのお宅にお邪魔してはテレビ観戦させてもらい、演技終了後にわたしがいち早く点数を唱えると、その後にテレビ画面にはほぼ同じ点数が表示され、一緒に見ていた人たちに「すごい!」と言われて悦に入ったものです。
「すごい!」と称賛もされたけれど、「その能力を何かお金を稼ぐことに使えないものか」とも言われ、「まったくその通りだな」とガックリきたことも覚えています。

それくらいわたしの生活にはフィギュアスケートが浸透しており、あの頃ほどではないにしても、今も好きでよく見ています。
ただ、昨シーズン(注:2020-2021)はコロナの影響でほとんど試合がありませんでした。試合がなければ見る機会もなくなり、1年間、ほとんどの選手の動向を追わず、試合結果も把握せずに過ごしました。
すると、なんとなく「フィギュアスケートを見る」という習慣から離れてしまうのです。
今年(注:2021年11月のことです)はすでにシーズンインしていて、諸々の制限はあるものの、試合は開催されています。それなのに、待ち遠しくシーズンの皮きりを楽しみにしていた以前と違って、今年は気づいたら何試合か終わっていました。
どうもこれまでのような熱で自分が試合を追っていないことに気づいて、「あんなに好きなスポーツだったのに」と、我ながら少し寂しい気持ちになっています。
そして、これはフィギュアスケートに限らないな、とハッとしました。

自分の趣味や嗜好は習慣化するけれど、非常事態宣言や自粛の世の中になってそれが思うようにできなくなると、失われてしまう習慣ってきっとあります。
わたしにとってはフィギュアスケートのテレビ観戦だけれど、例えば「仕事の後の1杯」「休日のカフェで過ごすひととき」「近所の喫茶店で交わすおしゃべり」などの習慣も、どんなに好きで大切なものだとしても、一定期間それから離れると、なければないで意外と過ごせてしまうもので、その習慣を失うことに繋がる可能性があります。
自分の携わる仕事が、「不要不急」「生きていくのに最低限必要不可欠ではない」と、この2年で改めて思い知らされた身としては、これは大変なことです。

「コロナ前コロナ後」と、様々な影響が語られますが、わたしはこういう「失われる習慣」にじわじわと怯えます。
好きだった日常の自分の行動が、ある時をきっかけに習慣から外れてしまう。
「お店で過ごすホッとする時間」が常だった皆様が、どうかその習慣を忘れずに、また思い出してくれますようにと、すべてのお店のために願いながら、再び熱を帯びた目でフィギュアスケート情報を眺めるわたしです。
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コロナ禍真っ最中の2年前にこの文章を書きました。
そして2023年5月現在、状況はだいぶ変わりました。
依然マスクが手放せない等の影響はあるとはいえ、お客様はずいぶん戻ってきてくださいました。連休中はコロナ前に匹敵する賑わいで、ありがたい限りです。
でも、やはりコロナ禍を機にピタッとお会いできなくなってしまったお客様もいらっしゃいます。もちろん、他にもっとお気に入りの場所が見つかったのかもしれないし、こちらが粗相したのかもしれないし、いろんな可能性があるとは思います。
そもそも、定期的にいらしてくださっていたお客様がふと姿をみせなくなるケースというのはお店にはつきもので、コロナ禍に限ったことではありません。
でも、顔なじみになったお客様がある時からお見えにならなくなるのは、店主としてはやはり気になるものです。
それでも、そんなコロナ禍を機にお見かけしなくなったお客様が、体調を崩された等の可能性であるよりは、「失われた習慣」であるほうがずっと良いとも思っています。

いずれにしても、店主としてはいつまでもお待ちするのみです。
いつかまた思い出して来てくださった時に、変わらずお迎えできるように。
その時まで、ちゃんとお店があるように努めて。

それぞれまったく違った過去4回のゴールデンウィーク(2020・2021・2022・2023)を、しみじみと思い返す連休明けの休日です。


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