一番嬉しかったこと

ある日、ご近所の常連様であるTさんから質問されました。

「今までで、『一番嬉しかったこと』ってなあに?」

一番嬉しかったこと? ええと……。突然の問いにわたしが戸惑っているとすぐにTさんが言います。
「一番悲しかったことは、知ってる。だから言わなくていいわよ」。
あーはい、その節は大変お世話になりました。

うーん、嬉しいことはいろいろあるけれど、「一番」って絞って挙げるとなるとすごく難しいですね。引き続き悩んでいるとTさんは言いました。

「やっぱり、Uさん(わたしの夫)と出会ったこと?」

あーそうですねー。それはもちろんそうだけど、なんとなく即答できずに逆に、「Tさんの『一番嬉しかったこと』って何ですか?」と聞いてみたところ、Tさんは目を輝かせておっしゃいました。

「私はね、孫と出会えたこと!」

そうかあ。
お孫さんと出会うには、娘さんに出会わないといけません。そして、娘さんと出会うためには、娘さんのお父さんになる人と出会わないといけませんね。そうですねそうですね、いろいろ繋がってそういうことですよね~、と盛り上がるTさんとわたし。

そうやって話していたら、自分にとっての『一番嬉しかったこと(嬉しいこと)』がわかりました。それは、『この店をやれていること』。今現在、店を続けていられるのも、本当にいろんな人との出会いがあるからです。夫ももちろんですが、家族友人親戚、ご近所様、そして何より、お客様です。

にわかに人との繋がりに感極まったわたしは、その夜、夫にも同じ質問をしてみました。

わたし:「ねえねえ、『今までで一番嬉しかったこと』って、何?」
夫:「えー? そうだなー……。あ、アレかな!」
わたし:「何? 何?」
夫:「もうずっと昔のことだけど、ガストの前で1000円拾ったこと」
わたし:「…………え?」
夫:「ガストの前の水たまりに、1000円札が浮いてたんだよ! あの時ホント嬉しかったなー!」

……。
気を取り直して、翌朝コーヒーを飲みに来た姉にも同じ質問を投げてみました。すると姉は答えました。

「『一番嬉しかったこと』? それはやっぱりアレだね! カツ丼頼んだらね、カツが2枚重なってたこと!」

似てる。
夫と姉、すごく似ている……。

「卵でとじられたカツがね、箸でつかんでみたら、下にもう一枚あるんだよ! もうビックリ! ラッキー!! って感じでさ。一緒に食べてた友達にも見せて大喜びして。あまりの嬉しさにその友達に分けることも忘れて、全部一人で食べちゃったね」

喜びのカツの思い出を嬉しそうに延々と語る姉を眺めながら、「人ってホント、いろいろだなあ」としみじみ思う春のはじめでした。


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