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旅先珈琲

普段暮らしている場所が山間部の雪が多い寒い地域なので、旅はたいてい海のある、暖かい地方に出かけます。
そして、旅先では必ず喫茶店を探します。

基本的に節約旅をしていますが喫茶店だけは別で、ほとんど事前情報なく目に入ったお店にたびたび飛び込み、珈琲を注文するのです。

見知らぬ土地で、旅の途中でふらりと入ったお店で、とびきり美味しい珈琲に出会うと、本当に幸せな気持ちになります。
「ほぅ~っ……」と、温泉に浸かった時のような溜息を漏らしてしまうくらい。
今回ご紹介するのは、そんな美味しい珈琲に出会えた時のことです。

雨の日の野外、ある観光施設の屋根下の一角で、小さなテーブルにガスコンロやら珈琲ポットやらを置いて、いかにも「営業道具一式を持ってきました」という感じで仮設的に営業されていたそのお店。
テーブルで仕切られた狭いスペースに、使い込んだ珈琲関連器具やクーラーボックスが並んでいました。

男性お一人で営業されていて、メニューは珈琲を筆頭に数種のドリンクとケーキのみ。しかもお手頃価格。
限られたスペースで一人営業、妙に洒落た風でもなく、提供するものも最小限にしているところも、なんだか堅実な印象で期待しました。

珈琲を注文し、その男性が淹れている様子を、なるべく気づかれないようにこっそりとチラ見していたわたし。
豆の量をきちんと計り、提供用のカップを温め、丁寧にハンドドリップされていたのですが、抽出された珈琲を溜めるのに通常のガラスのサーバーを使わずに、大きめのホーローのマグカップに落としていました。
そのマグカップに溜まった珈琲は、改めて提供用の白いカップ&ソーサーに注がれるので、ガラスサーバーの方が注ぎ口があるから注ぎやすいし、珈琲の色や量もガラスならわかるのに、なぜわざわざホーローのマグを使うのだろうと不思議に思って見ていたのです。

そしていよいよ目の前にやってきた一杯の珈琲。
それは本当に美味しくて、肌寒い雨の屋外ということを忘れるほど、体も心も温まりました。

お会計の際、「珈琲、すごく美味しかったです」とわたしが声をかけると、男性は顔をほころばせておっしゃいました。

「ありがとうございます。珈琲を褒められるのが、一番嬉しいんです」

(ああわたしと一緒だ)と思いながら、思い切って「どうしてサーバーじゃなくてマグカップに落とすんですか?」と尋ねてみたところ、男性ははにかみながら、

「ああ、ええと。いや、なんとなくホーローに落とすと、珈琲が美味しくなる気がするんです。しっくりくるというか。ただ私がそう感じるだけなんですけど(笑)」

と答えてくれました。

几帳面な淹れ方や確かな珈琲の味からも、思い入れがあることはしっかり窺えるのに、蘊蓄うんちくを述べるわけでもない控えめな様子に、ますます後味が良くなりました。
珈琲の淹れ方はもちろん重要だけれど、淹れる人の人柄で一杯の珈琲の印象は一味も二味も変わります。
そして、素敵な人が淹れた美味しい珈琲を味わえたなあ、と旅の記憶が色づいて、心に残っていきます。

いろんなお店を訪れると、美味しかったりそうでなかったり、いろいろなのですが、どんな場合でも必ず刺激をもらえます。
たくさん訪れて、たくさんの「一杯の珈琲」の記憶を集めて、それがわたしの宝物になります。

店を始めたばかりの頃は、素敵な同業店へ入るたびに自分の店と比べて、「ここは人員がたくさんいるからできるんだよね。うちはわたし1人だからなぁ」とか、「ここみたいに資金が潤沢じゃないからうちではとても無理」などと卑屈になったものですが、そういえば最近はそんなことを考えなくなりました。
相変わらず人員も資金もないのだけれど。


後日、自分でもホーローに落として珈琲を淹れてみたけれど、味の違いは正直よくわかりませんでした。
それでも、「あの珈琲美味しかったなあ」と思い出して、またどこかへ旅に出かけたくなってしまう冬のはじめの朝です。


こちらは今シーズンすでに6回積雪しました。
年内の営業もあとわずかです。


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