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第三帝国の誕生 第12夜~粛清~

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『第三帝国の誕生 第12夜~粛清~』

■ひとつの民族、ひとつの指導者----00:00:07

[TIME]----00:00:07 国際連盟の脱退
【N】──さて、外交に関してだけれども、10月14日、ジュネーブの軍縮会議において各国が軍事的平等権を達成しようとしない、ということを理由に、ドイツは国際連盟の脱退を表明。「なんで俺らだけ制限を厳しくして、お前らちゃんと軍縮せんのじゃ」という理屈で。
【D】うん。
【N】前にヒトラーの平和演説の話をしたけれども、「みんなで軍縮しようぜ」ということを一応、オモテでは言っていた。が、ドイツはウラではもう再軍備をする気満々なわけです。
【D】うん。前話していたもんね。
【N】そうそう。演説もしていたしね。
【D】約束をしているわけです。はい。
【N】このまま軍縮会議がまとまってしまうと、再軍備・軍拡自体が極めて困難になるわけよ。だからハナから妥結させる気はない。
【D】うん。
【N】そして、世論が自分たちの主張に理があるとみなしている今、正当性があると思われている今、むしろ脱退のチャンスだと考えた。
【D】おぉ……、なるほど。
【N】「なんか、みんなが一緒に軍縮をやってくれないから俺たち抜けるよ!」というふうに言っているんだけれど、本当は抜けたいんですよ。自分たちが軍拡したいから……(笑)
【D】うん。国民にはいかにも正しいことを言っているような感じで……。
【N】そう。

[TIME]----00:01:34 一党のみの選挙
【N】──そしてヒトラーは同日の夜、ラジオで国会の解散を告げる。ナチ党政権成立後、2回目の選挙。
【D】うん。
【N】あれ? 3月の選挙が「最後の選挙」って言っていましたやん──。
【D】そういえば、言っていたね(笑)
【N】──という感じなんだけれども……、でも確かに、この選挙はもはや支持政党を選ぶというものではない。だって党は一つしかないんですもの……(笑)。
【D】もはや……(笑)
【N】そう。なので、ほとんどはナチ党の候補者。わずかに党員ではない者もいたんだけれども、解散させられた党の残党や無所属で、ナチ党には入党していないながらも基本的には協力者。
【D】うん。
【N】で、それらの候補者名簿に対して、投票者はただ賛否を書くというだけのものだったらしいです。だから投票で選ぶというよりは信任に近い。「この人でいいですか?」という。
【D】うん。

[TIME]----00:02:44 ひとつの民族、ひとつの指導者
【N】──そして、同時に国民投票も行われることになった。今年の7月に制定されたばかりの「国民投票法」を使うわけ。テーマは「国際連盟脱退の是非」
【D】お、はいはい。
【N】しかし10月に脱退済みなので、この投票自体はただの信任投票です。
【D】ああ、そうか。もう脱退していたんだね。
【N】一応、形だけでも、「国民の支持を得て行われていることです」という体裁にしたいわけです。
【D】国民はそのときは知ってんの?
【N】知っているけれど、ようは賛成か反対かというだけの話ですから。
【D】反対が多くてももう脱退はしちゃっているわけでしょ……(笑)
【N】しちゃっているし……(笑)。ほとんどが賛成だということは最初からわかっていることなので……。
【D】うん、そうですな。
【N】ちなみに投票を呼びかけるスローガンというのがあって、これが「一つの民族、一人の指導者、一つのヤー」
【D】やー?
【N】「ヤー(Ja)」というのはドイツ語で「Yes」という意味。つまりこれはドイツ国民がヒトラーを指導者として信任するかどうかの投票なわけ。だからこれは指導者を選ぶのではなく、受け入れるかどうかを決めるということ。形だけでもヒトラーは国民から求められて指導者になるのである、というふうにするわけさ。
【D】形だけだね、ほんとにね。
【N】まあね。
【D】うーん。

[TIME]----00:04:14 民意
【N】そうして11月の12日、選挙と国民投票が行われる。
 指導者ヒトラーへの信任が問われる投票とは言ったけれども、投票者が賛成票、反対票、いずれを投じたかの秘密は守られませんでした。
【D】お、おお……。
【N】もうそれだけで反対票なんか入れられませんわね。
【D】そうですね。……意味あんのそれ?(笑)
【N】……いや、もう、だからそういうことですよ(笑)。「(どっちに票を入れたか)わかっちゃってますからね?」というふうに言うだけで。
【D】恐ろしいですねえ。それだけで、もう「ノー」とは言えないわけだ。
【N】そうですね。──なので、それはもう数字に表れまして、選挙の投票率は95・3パーセント。候補者への賛成──この人は議員になってもいいですよ、という賛成票は92・2パーセント。
 そして同時に行われた国民投票──、これの投票率は96・3パーセントで、賛成票95・1パーセント。
【D】おぉ、95……すごいですなー。
【N】普通の民主国家において、このような数字は出ないですよ(笑)
【D】出ないですね。選挙においてこの数値というのはお目にかからない。
【N】投票率が低い低いと昨今言われておりますが、高すぎたらそれはそれで怖いという(笑)
【D】それでね、ほとんどがYESに傾いているという。逆に残りの0・数パーセントは反対票を入れたってことかい?
【N】ということなんだろうね。だからこの人たちはすごい人たちなんじゃないの? ……か、もしくは無効票とかもあるだろうから。
 ──まあ、実態はどうあれ、これで国の内外でヒトラーに対する国民の支持は絶大であることが示されることになった。実際このとき本当に支持率は高かったとは思うけれどね。
【D】実際のところ、どれぐらいだったのかというのは本当に知りたいところだな。
【N】そうね、それはちょっとわからないからね。
【D】うん。

[TIME]----00:06:24 「党と国家の統一を保証するための法」
【N】そして12月、新たに「党と国家の統一を保障するための法」というものが制定されまして、これで国家とナチ党は不可分であると定められた。
【D】はい。
【N】これでナチ党は1政党、1政治結社ではなくなったわけ。
【D】うん。(国家と)イコールになったわけですね?
【N】イコールになったということです。──ということで、党からはエルンスト・レームとルドルフ・ヘスが無任所大臣として入閣する。
【D】無任所大臣──。
【N】特定の省庁の長ではない閣僚。
 これは党から大臣を出すことによって、党と政府を合体させるためのブリッジとしての役割を、このヘスたちが与えられたということ。

■第二革命----00:07:17

[TIME]----00:07:17 レームと突撃隊
【N】そしてレームですよ。ここで久々の登場ですが。
【D】うん。
【N】このエルンスト・レーム。依然、膨張を続ける突撃隊の幕僚長、実質的な指揮官です。
【D】うん。
【N】で、これまで突撃隊は独立志向が強いという話をしたかと思うんだけれども、ヒトラーが政権を獲得してから、さらに不満を募らせるようになっていた。
【D】うん。
【N】というのも、隊員の中にはこの権力掌握──国民社会主義革命の成功には、自分たち突撃隊の功績が大きいはずだ、なのに自分たちは報われていない、と思う者が多かった。
【D】なるほどね。

[TIME]----00:07:59 第二革命
【N】また突撃隊というと極右的行動集団の印象が強いかもしれないんだけれども、実は労働者階層が多いうえに、かつてのナチス左派なんかも流入していて、かなり社会主義的な傾向が強かったの。
 ヒトラーたちは、保守派のブルジョワとも手を組んで権力を握ったわけだけれども、それを良しとしない隊員たちがいたわけ。
【D】そうかそうか、なるほど。左派が入っているから。
【N】そうそう。だから彼らは「まだ革命は終わっちゃいない」「第2革命だ!」と主張するの。
【D】おうおう。
【N】結構意外に思われるかもしれないけれど、突撃隊は「革命」という言葉をよく使う。
【D】そこでいう革命というのはクーデターぐらいの勢いですか?
【N】ヒトラーはブルジョワとか保守派と手を組んで、政権をまがりなりにも合法的に握ったじゃないですか。
【D】うんうん。
【N】突撃隊の「第2革命」を訴える者たちというのはそうではなくて、そういったブルジョワたちを転覆し、軍隊なんかも作り変え、新しい国家を作ろうとしているんですよ。
【D】ああ、そうかそうか。ではヒトラーの政権そのものをひっくり返そうというよりは──。
【N】完成させようという──。
 ヒトラーはなんだかんだ、取り込まれるていで取り込み返して──という寝技で持っていっているじゃないですか。
 そうではなくて、「(ブルジョワ保守たちを)あいつら全員吹っ飛ばしちまえよ」というふうに思っている。──というのと、自分たちが報われていないから、自分たちのステージもアップさせてほしいと思っているわけ。
【D】はいはい。
【N】自分たちの待遇が変わっていないんだから、革命は終わっていないんだという実感が強いわけよ。
【D】うんうん。
【N】──まあ、ともかく「第2革命」ということを鼓吹するようになってくる。

[TIME]----00:09:50 制御できぬ者たち
【N】で、前回話したんだけれども、33年7月の時点で、ヒトラーが「国民社会主義革命の終了」を宣言──。一応、「俺たちの革命は終わったよ」ということを言っているんだけれど、それは実際に終わったというよりも、この突撃隊を抑えるために言っていたというところもあるの。「もう終わったから!」「俺たちは勝った!」と。
 つまりは「うるせえな、もう終わったんだからおとなしくしてろよ」と言っていたわけ。
【D】うん……はいはい(笑)
【N】だから、もはやヒトラーにとって手に余る存在になっていたんですね。
【D】うん、そうか、そうか。
【N】で、国内ではヒトラーへの支持というのは高まっていったんだけれども、突撃隊自体は粗野で威圧的、即暴力だったんで、支持者からもよく思われていなかった。実は嫌われていたの。
【D】うん。
【N】だから、ヒトラーの足を引っ張るゴロツキとさえ考える人々もいた。
【D】お荷物になってきたわけだ。
【N】そうそう。「ヒトラーはいい指導者だけれども、突撃隊はねえ……」という感じだった。
【D】うん。
【N】で、そんな連中を抑え込めるのはやはりエルンスト・レームだった。そこでヒトラーは、レームを大臣に迎えることで、彼の恩に報いてこれを懐柔しようとしたと考えられている。(カーショー『ヒトラー 上』p.522)
 それでエルンスト・レームが無任所大臣になった。隊員たちにも「ほら、お前たちの親分も大臣になったんだからさ、納得しろよ」と。
 しかしこのレーム自身もまた、自分の理想が達成されたとは考えていなかった。
【D】あ……はい(笑)
【N】彼も「第2革命」を主張し、隊員たちの支持を集めていったんですよ。
【D】しまった(笑)
【N】なので、ヒトラーとナチ党の権力掌握というのは実は完遂されていません。
【D】うん、そうだね。まだね。
【N】最後の不安要素は最も古い身内たちであったわけ。
【D】うん。
【N】今まで突撃隊ってチラチラ出てきて、伏線が張られていたんだけれど、ここでようやく収斂しようとしている。
【D】そうかそうか、ここのために来たわけだ。
【N】そうそう。

■突撃隊と国軍----00:12:08

[TIME]----00:12:08 ポーランドとの不可侵条約
【N】──さて、そんな不安を抱えつつも年が明けまして、1934年1月のトピックは、ヒトラーによる外交方針の転換。
【D】うん。
【N】1月26日、ヒトラーは外務省の方針を曲げてポーランドと10年間の不可侵条約を結ぶ。これは国内外に驚きを与えた。
【D】うん。
【N】というのも、ドイツというのはポーランドとは東部国境を巡って常に対立してきていて、ドイツ外務省はポーランドの背後のソ連と結ぶことでこれを牽制するという方針をとってきたから。
【D】うん。
【N】これまでも西欧諸国との間で国境問題に関して妥協してきたけれども、東部国境に関しては手打ちにしてこなかったほど、ドイツにとっては譲れない問題だった。そしてポーランドはポーランドで、フランスと結び、これまでドイツに圧力をかけてきた。
【D】うん。
【N】しかしこの時期、ポーランドの姿勢に変化が生じる。まずポーランドにとってソ連の脅威が増していた。またドイツに対しては、フランスに予防戦争を誘いかけていたりする。
【D】予防戦争?
【N】これは、コトを起こされる前に先にドイツをやっちまおうということ。
【D】おぉ。
【N】それをフランスに持ちかけるんだけれども、フランスは動かなかった。するとポーランドは、こうなってはむしろドイツと友好関係になったほうがいいと考えるわけ。
【D】なるほど。大変だな、ポーランドも。
【N】いや、複雑怪奇ですよね、こういうの。
【D】(笑)……うん。
【N】そうしてヒトラーにコンタクトしてきたわけね。そこでヒトラーもあえてポーランドと結ぶことで、フランスの対ドイツ包囲網を弱めようとする。このドイツの国際連盟の脱退と、ポーランドとの条約というのが、ヨーロッパの外交バランスを不安定にすることになる。
 まあ、これまでそれなりに落ち着いてはいたんだけれど、ここへきてちょっと不安定になってくる。
【D】バランスが崩れるわけだね。
【N】崩れてくる。そうそう。──で、対ポーランド外交においてもヒトラーはイニシアチブを発揮したんだね。

[TIME]----00:14:17 最後の障壁
【N】もうヒトラーとナチ党の独裁権力は完成されたのではないか──。そう思える状況だった。ここまでわずか1年。
【D】すごいね。うん。
【N】ここまで短期間に、加速度的に国家が改造されるというのは、史上なかなか類例がないんじゃないだろうかと思うね。
【D】ホントだね。33年が激動だったね。今は34年の頭だね。
【N】そうそう。1933年の1月に政権を獲っているんですよね。これはすごいですよ。パーペンが「我々がヒトラーを雇ったのだ」とうそぶき、他の保守派たちが彼を囲い込んで飼い馴らそうと権力を与えて1年。
【D】うん。
【N】確かに彼らの望み通り、議会制民主主義は葬り去られたよ。しかし、囲い込もうとした彼らこそが囲い込まれていた、ということになるでしょう。
【D】そうですねえ。確かに。
【N】敵は制圧されたんですよ。そして民心も制圧された。でもって、再軍備による軍との取引は進行しつつある。しかし権力掌握は未だ完遂されていないと、さっき言いましたね?
【D】はい。突撃隊の件ですね。
【N】そうです。まさにエルンスト・レームと突撃隊の存在がいよいよ避けられない問題となった。
 ヒトラーはレームを閣僚にすることで懐柔を図ろうとしたんだけれども、レームの野望はそれで収まるはずがない。

[TIME]----00:15:51 大国民軍構想
【N】レームたちはこれまでも革命終了を宣言するヒトラーに対し、「第2革命をやる!」と言っていましたよね。
【D】うん、言っていた。
【N】そしてレームにはもうひとつの目標があった。それは突撃隊を国軍に代わる新たなドイツ軍にすることだった。彼は国民社会主義の新生ドイツには帝国時代の軍は相応しくないと考えていた。
【D】うん。
【N】今の我々からすると想像しにくいんだけれども、ドイツの帝国軍人、プロイセン軍人というのは一種の上流階級だった。指導層も将官も貴族が主だったから。これまで出てきた軍人さんって「フォン・○○」という名前の人が多かったでしょ。
【D】あ、そうだっけ?
【N】パウル・フォン・ヒンデンブルクとかさ。
【D】ああ、そうか。
【N】「フォン」って貴族の称号なの。
【D】あ、そうなんだ。
【N】政治家にもいっぱいいたでしょ。グスタフ・リッター・フォン・カールとか。あれは貴族の称号であったと。
 しかし真にナツィオナール(National)──国民的な突撃隊が、帝政を引きずっている貴族や保守派のいる古めかしい軍に取って代わる、ということが彼の目標だった。ナツィオナールな軍隊にしたいと。
【D】うん。なるほど、なるほど。
【N】「国民軍」というやつだね。そのために突撃隊を基礎とする新たな民兵組織を創設し、これを国民軍にする──。それがエルンスト・レームの目標だった。

[TIME]----00:17:26 突撃隊と国軍の対立
【N】これは当然、国軍が反発しますよ。
【D】そりゃそうだ。
【N】それは俺たちの仕事やろ、と。──これがね、ミュンヒェン一揆以前の、ビアホールで警備したり殴り合いをしている頃の突撃隊だったらそんな懸念も起きないんですよ。しかし、突撃隊は今や武装した兵力だけで50万人。それ以外の構成員を含めたら400万人に達していた。
【D】400万か! それはちょっとな。無視できないね。
【N】いや、もう装備の質なんかを除けば、すでに国軍を遥かに凌ぐ巨大武装勢力と化しているわけですよ。なぜかと言ったら、そもそも国軍はヴェルサイユ条約で制限をかけられていたでしょ。(陸軍)10万人という。だから数的にいったら突撃隊のほうが遥かに多くなっちゃったのよ。
【D】そうか。
【N】だから、そんな突撃隊が国軍に取って代わる──なんていう構想を抱いていることを軍が知れば、当然のことながらこれは潰さねばならない。そう思うのは自然な流れですよね。
【D】でもゴロツキなんでしょ?
【N】ゴロツキだね(笑)。

[TIME]----00:18:30 突撃隊、抑えるべし
【N】──で、こうした流れの中、2月1日、レームは国防大臣──軍のトップのブロンベルクに覚書を送るんですな。
 これはブツの写しがないらしくハッキリとはわからないんだけれども、ブロンベルク自身によれば、内容は安全保障──つまり国防──を突撃隊に任せよ、と言ってのけるものだったと。突撃隊を現今の国軍に取って代わる新たな軍として認めよ、というわけ。
【D】うん。
【N】しかしこれはブツのペーパーがないので、ブロンベルクがかなり盛っているのではないかと、イアン・カーショーは書いていますね。(カーショー『ヒトラー 上』pp.523-523)
【D】うーん。わからないわけだ。
【N】突撃隊の脅威を少し煽っているのではないかと。
【D】うん。
【N】そして、こうした流れを受けて、ヒトラーもすぐさま突撃隊を批判する。「革命を永遠に続くカオスだと思っている奴がいる!」というような発言をして、彼らの第2革命論を叩くの。
【D】うん。
【N】いつまでもお祭りが続くと思っている奴らがいるよと。彼としては「もう革命は終わっているんだ! 俺がもう政権を握ったんだから!」と。
【D】うん。
【N】またヒトラーは内輪だけでなく、外交においても、突撃隊の縮小の意図を表明する。というのは2月20日、イギリスの※王璽尚書であるアンソニー・イーデンに対して、突撃隊を3分の2に縮小し、非武装化してもいいと告げている。そのうえ軍縮に対して前向きな姿勢を表明した。
【D】へー。

※イギリス国王の御璽(印章)を管理する役職。

[TIME]----00:20:14 国軍と突撃隊の協定
【N】そしてさらに2月28日、ヒトラーは国防省で開かれた会合で、レームの構想をきっぱり否定する。
【D】うん。
【N】ここで彼は、突撃隊は国内の政治的な問題に対してのみ任務を果たし、国の守りは国軍に任せるべきだと、役割分担を強調して軍の肩を持った。
【D】うーん。
【N】その流れで、彼は今後の軍事構想について語っている。曰く、8年以内に訪れるであろう経済的破綻を避けるために、レーベンスラウム(生存圏)を獲得せねばならない。そのために西方を短期間で決定的に叩き、しかるのち、東を叩くことになろうと。これ、侵略を意図していますよね。明らかにね(笑)
【D】ま、まあ、そうとしか聞こえないね、逆に(笑)
【N】しかし、これをやるにあたって、レームの構想による民兵組織ではその任務を遂行することは難しいってことを言うんだね。これはお前たち突撃隊ができるような事業ではないのだと。
【D】そうか、そうか。
【N】これをやるにはやはり装備、そして統率力において国内で最も抜きんでた組織である国軍──ライヒスベーアに任すべきであると。のちの国防軍──ヴェーアマハト(Wehrmacht)ですね。
 この「東を叩く前に西を短期決戦で落とす」というのは、シュリーフェン・プラン以来のドイツの伝統的なドクトリンなんだけれどね。第一次世界大戦もこのような戦略で戦おうとして、失敗しちゃったんだけれど。
【D】うん。
【N】と、まあ、そういう話があった。──それはさておき、ここでヒトラーの意志決定が下され、レームと国防大臣ブロンベルクは協定を結ぶことになった。手打ち──仲直りしようと。
 その協定の内容というのは曰く、「国の唯一の武力は国軍であり、突撃隊は一部国境の警備と国民への予備訓練を行うものとする」という、両組織の役割分担を明らかにする協定だった。これはつまりレームの敗北。
【D】そうですね。取って代わることはできなかった。
【N】できなかった。あくまで軍は今ある国軍が担うものである。突撃隊はそれのサポートだけですよ、と。
【D】はい。

[TIME]----00:22:37 レームの怒りとルッツェの密告
【N】──で、この会議のあとヒトラーが去ると、仲直りといこうじゃないか、というわけじゃないけれども、そこの場で酒宴が開かれたんですよ。
【D】うん。
【N】むろん仲直りなんてできるわけがない。その後、軍首脳たちもハケると、残ったレームはこんなようなことを言い放ったらしい。
「あんなしょうもない一兵卒の言ったことなど俺たちには関係がない。ヒトラーには誠実さがない。彼には休んでもらうしかない。一緒にやれないんだったら、ヒトラーなしでやるしかない」というようなこと──これちょっと意訳ではあるんだが──を言った。
【D】ふーん。
【N】これを彼の部下である突撃隊大将のヴィクトール・ルッツェという人物が聞いていて、ルッツェはこのことをヒトラーに密告したんですよ。なのでこの内容が伝わっている。

※直接にはルドルフ・ヘスに告げています。

【D】ありゃ。突撃隊なのに。
【N】ルッツェからの密告を受けたヒトラーは「そのうち機は熟す」とだけ答えて、特段アクションを起こそうとはしなかった。
【D】怖いっすね(笑)。
【N】怖いっすね。逆にね(笑)

[TIME]----00:23:46 監視網
【N】そしてこのルッツェという男、油断ならぬ男で、ヒトラーに密告すると同時に陸軍のヴァルター・フォン・ライヒェナウ少将にも情報をもたらしている。
【D】国軍ですか?
【N】国軍です。だから本来なら突撃隊の敵ですよ。
【D】うん。
【N】そしてレーム排除のチャンスをうかがう軍も、この情報提供を受けて、ナチ党の親衛隊などと情報共有するようになるわけ。だからヒトラーと国軍、そして親衛隊という三者の中で、レームと突撃隊を監視する包囲網ができていく。
【D】ルッツェの意図は何だったんだろうね。
【N】ルッツェはレームの方針には賛成ではなかったということでしょうね。
【D】自分の地位向上を図ったんですか。
【N】かもしれないね……。あと保身?「ヤベえ」と思っていたのかね。
【D】そうかそうか。このままレームについていてもヤバいと思ったのか。
【N】かもしれないね。

[TIME]----00:24:48 我らこそ革命の体現者
【N】──まあ、これでとりあえずはレームが矛を収める格好になったんだけれども、今見てきたように根本解決はしていない。
【D】うん。
【N】しかもレームは大人しくならなかった。彼は4月に海外ジャーナリズムに対して、突撃隊こそが国民社会主義革命の体現者なのだ、ということを発言している。俺たちこそ主人公だぜ、と。
【D】うん。

■命のリスト----00:25:13

[TIME]----00:25:13 親衛隊とゲシュタポ
【N】かかる状況下で、ナチ党の幹部たちも動き始める。4月20日、ゲーリングが親衛隊指導者ハインリヒ・ヒムラーをプロイセン州の秘密警察の長官代理に任命する。そうして実質的に指揮権をヒムラーに渡しているんですね。
 このプロイセン州の秘密警察。ドイツ語では「ゲハイメ・シュターツポリツァイ(Geheime Staatspolizei)」というんだけれども、これの略称が「ゲシュタポ」です。
【D】出ました。
【N】悪名高い……。
【D】悪名高きゲシュタポですね。
【N】だからこれは何を意味しているかというと、ゲシュタポが親衛隊の指揮下に置かれたということ。

[TIME]----00:25:54 その男、ハイドリヒ
【N】親衛隊というのはもともと突撃隊の下部組織で、ヒトラー個人を護衛する護衛隊だった。しかしこの頃、親衛隊情報部(SD)という部署があるんだけれども、その長官ラインハルト・ハイドリヒは、親衛隊の突撃隊からの独立と、レーム一派の追い落とし、つまり下克上を考えていた。
【D】はい。
【N】このラインハルト・ハイドリヒ──これ初登場かな? ──これはもう超有名な人ですね。
【D】ふーん。
【N】親衛隊のキレ者というか……。彼がそういう陰謀を企み始めた。上司のヒムラーはハイドリヒに説得される形でこの計画を決意したとされている。どちらかというとハイドリヒのほうがリードしていたと考えられているね──。
【D】そうなんだ。この人は初めて知ったな。ヒムラーは知っているけれど。
【N】ヒムラーの二番手として知られている。でも実際は、ヒムラーに対して忠誠心の欠片もなかったと言われているけれどね。
【D】ああ、そうなんだね(笑)
【N】この人……あ、アレですよ、「カエサルの休日」で以前『ハイドリヒを撃て!』という映画について喋ったのを覚えています?
【D】あ、はい、覚えてる、覚えてる。
【N】その「ハイドリヒ」です。
【D】あ、そうなんだ。
【N】チェコの副総督になって、刺客に暗殺された。

※チェコスロヴァキアが1939年に解体。チェコ領域のボヘミア、モラヴィア地域が「ベーメン・メーレン保護領」としてドイツの実質的な支配下に置かれました。総督はコンスタンティン・フォン・ノイラートでしたが、「手ぬるい」彼に代わり、ハイドリヒが実権を握ります。

【D】ふーん。
【N】まだこの時はピンピンしてますが。
【D】うん。
【N】──まあ、そういう計画が動き始めた。そして、ゲシュタポを手に入れたヒムラーとハイドリヒは、レームと突撃隊を監視し、彼らを葬り去るために情報を収集するんです。

[TIME]----00:27:38 突撃隊だけではなく……
【N】レームに対する戦いは、ナチ党内の権力争い、ヒトラーの分権者たちが自分たちの分け前を増やすための陰謀へと拡大していくんですよ。「あいつ、邪魔だから消そう」というところから、もはや自分たちの組織を拡大するための戦いになってくる。
【D】はいはい。
【N】基本的にナチ党ってこんな感じですよ。仲間たちを普通に追い落としたりしますんで。
【D】うん。
【N】そして、軍、親衛隊、ゲーリング、ヒトラー、それぞれ自己の利益を追求する者たちが、レームを共通の敵となし、包囲網を作っていく。これは、突撃隊とレームという、ナチ党とヒトラーにとってのいわば厄介な腫瘍を切除するというだけの手術ではなくなっていたわけですよ。レームは無論、除かねばならない。しかし今後、党の脅威となり得るのは彼だけではない。
【D】そうだね、そういうことだね……(笑)

[TIME]----00:28:34 命のリスト
【N】なのでこれを機に、他の不満分子、他の反対分子を一掃しようではないか──、という合意が形成されていくの。
【D】うーん……。
【N】そうして計画がだんだん拡大していって、排除すべき者たちのリストが作られた。
【D】うん。
【N】これは「命のリスト」です。「命のリスト」──その紙の中は死の世界です。
【D】そうですか……。
【N】そこに名前をどんどん付け加えていく。
【D】まるで一枚岩ではないんですね。
【N】そうですね。微妙に思惑が違うんですよ。
【D】うん。そうなんだね。
【N】軍は、自分たちに取って代わろうとする脅威、として突撃隊を排除したい。ヒトラーにとっては、軍の協力を得るためには突撃隊が邪魔になっている。しかし、レームは恩人であるし、なかなか切れない。そして親衛隊は、もともとは自分たちの親分だったアイツら(突撃隊)をのかして、自分たちがその座に着きたい。
 なので、みんなは共通の目的意識でやっているわけではないんですよね。
【D】そこが意外だね。
【N】もちろん、頂点にはヒトラーがいるんだけれどもね。
【D】うん。
【N】で、ヒトラーはわりと雑な感じで全体の組織をまとめているので、その雑さゆえにそれぞれがそれぞれの思惑を追求するという余地が生まれているわけで……。
【D】うん。
【N】だからここで、陰謀が始まると──。
【D】はいはい。

[TIME]----00:30:12 レームとの直接会談
【N】──そして5月末、ヒトラーは突撃隊に軍事訓練の停止を命じ、6月4日、首相官邸でレームと会見するんです。「話し合いをしよう、レームさんよ……」と。
【D】おぉ。
【N】ここで2人は大声で長時間怒鳴り合っていた、という証言がある。(トーランド『アドルフ・ヒトラー 2 仮面の戦争』pp.194-195)
【D】おぉ……へえ(笑)
【N】一応、付き合いは古いし、それこそレームはヒトラーを「ドゥ(Du)」──「お前」とか「君」と呼べるような立場だったので、対等なやりとりがあったんでしょうな。ただ、ヒトラーとしてはそれもやっぱり邪魔なわけさ。これからを考えると。
【D】うん。
【N】──という会見があり、それから突撃隊には1カ月間の休暇が与えられることになった。ちょっといったん活動を止めさせて、様子を見ようということになった。ようは問題を先送りにした格好で、ヒトラー自身はレームをいかに処置すべきか迷っていたといわれる。突撃隊は解決すべき問題なんだけれども、レームは彼とタメ口を聞けるほどの重鎮であり、恩人でもある。
 ただ、ヒトラーはどうすべきかを決めていて、時機を待っていたという説もある。
【D】うん。

[TIME]----00:31:29 党への失望
【N】──いずれにせよ、レームを早急に打倒したい親衛隊たちは困ってしまう。彼らはすぐにでも片付けたいから。いつまでもそうしてはおれない。軍も辛抱してはくれないでしょう。このまま放っておくと軍のほうが動くかもしれないからね。
【D】うん。
【N】またこの時、首相ヒトラーの人気は依然高かったんだけれども、ナチ党自体の国民的な支持は陰りを見せていた。
【D】へえー。
【N】意外なんだけれどね、これ。熱狂が冷めてムーブメントに飽きていたところ、経済もそこまで良くはなっていない。むしろ不満がくすぶり始めるんですよ。
【D】うん。
【N】ナチ党政権というと、開戦に至るまで国民の熱狂的な支持を受けていたかのような印象で語られることが多いんだけれども、実は政権獲得後、1年ほどでかなり失望感が広がっていたといわれている。(石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』5 体制の危機)
【D】ああ、そうなんだ。けっこう早い時期にね。
【N】そうね。──ヒトラーの崇拝が維持されながら、党への信頼はかなり低下していた、というちょっと不思議な状態ね。そのうえ、突撃隊がさらに評判を落としていたわけ。もともとかなり評判悪いですから、この人たちは。
【D】うん。

[TIME]----00:32:46 老大統領の命数
【N】──そしてこの頃、86歳の大統領ヒンデンブルクの健康状態が思わしくなかった。6月には大統領は東プロイセンのノイデックというところで隠棲し、実質隠居状態に入ってしまう。なので、周囲の者たちは、もう時間の問題であると覚悟していた。カウントダウンに入ったと言っていいですね。
【D】うーん。
【N】もはや政治の権を握っているとは言い難いヒンデンブルクだけれども、これまで保守派、軍部、ナチ党、そしてドイツ国にとって重しとなっていた男なんですよ。何より大統領は憲法上、軍の最高司令官。
【D】うん。
【N】この重しがなくなれば、これまでのバランスが変わるのは必至です。誰しもが、この大統領の死後に備えて体制を作らねばならなかったわけ。そして何よりも、後継の大統領を決めねばならんのですよ。
【D】うん。
【N】──という感じでね、このヒンデンブルクさん、絶妙なタイミングで体が弱り始めるんですよね。
 こう言ってはアレなんですけれど、よくできているなァ、ここらへんの話は……。
【D】そうだねぇ。

■マールブルク演説----00:33:58

[TIME]----00:33:58 パーペンとエドガー・ユリウス・ユング
【N】──まあ、かかる状況下で、しかし過ちを取り返そうとする者も現れたんです。
【D】はい。
【N】こういう人たちが副首相パーペンの周辺に集まるんです。
 この、パーペンのもとに集まったエドガー・ユリウス・ユングたち「保守革命派」と呼ばれている人たち──。彼らはナチ党とは違う種類のナショナリストで、パーペンを使ってヒトラーを引きずり下ろし、独裁を止めることを考え始める。
【D】うん。
【N】と言って民主的な政治体制に戻そうというのではなくて、彼らが目指した権威主義体制に修正するということ。
【D】うーん……。
【N】これまで話してきたように、この国の右派とか保守派には色々な種類がいた。
【D】もう「保守-革命派」というのはどういう人たちなのかわからない……(笑)
【N】そうそう(笑)。これは我々にとって本当になじみのない言葉で、「へ? 矛盾してない?」という(笑)
【D】ね、そうだよね。「保守」なのに「革命派」って……(笑)
【N】でも、あるんですよ。「保守革命」というのが……。あと「民族ボリシェヴィズム」とかね、「何だそれ?」というのが出てくるからね。この20年代、30年代のドイツを見ると。

※「保守革命」──ナショナリズムをベースに、反議会主義、反資本主義、社会主義などが交じり合った、ヴァイマール期の思想潮流。一個のまとまった思想集団ではなく、傾向と言ったほうがいいでしょうか……。
 とりわけこの「保守革命」や革命的ナショナリズムに強い影響を与えた人物として、今回名前だけ出てきた作家・思想家のエルンスト・ユンガーが挙げられます。また、「民族ボリシェヴィズム」もその派生の一つで、本シリーズのバイエルン・レーテ共和国編に登場したエルンスト・ニーキシュが代表的人物と言えます。
 こうした「保守革命」や「革命的なナショナリズム」はシュトラッサーらナチ党左派にも影響を与えています。本シリーズ初期に「ナチ党って右翼なの? 左翼なの?」という話でも言及したナチズムの政治スペクトルの分かりにくさは、こうしたヴァイマール期の(現代の我々にとって)左右判然とせぬ思想・精神的素地に起因するところかと思われます。

【N】──とにかく、そういう人たちが反ヒトラー方針を立てるわけですよ。
【D】うん。

[TIME]----00:35:22 動き出すユングたち
【N】現状それを可能ならしめるのはヒンデンブルクの力であり、この時点ではパーペンがヒンデンブルクに、突撃隊問題でヒトラーを排除するよう進言するのが最善と考えられた。
 しかし誰の目にもヒンデンブルクの余命は短かった。時間は限られていたんですよ。
【D】はいはい。
【N】そこでパーペンの下で、前出のエドガー・ユング、そしてパーペン秘書のヘルベルト・フォン・ボーゼ、あるいはエーリヒ・クラウゼナーといった人たちが動き始める。第4の勢力がね。
 ──しかしこの間にもナチ党の攻撃リストには次々に名が書き加えられているわけですよ。
【D】うーん、恐ろしいですね。
【N】パーペンたちは過去の過ちを取り戻そうとしていたんだけれども、ナチ党がどこまでやる集団かを完全に見誤り続けたといえる。甘く見ていた……。
【D】うん。

[TIME]----00:36:26 最後の風
【N】──こうして、突撃隊とレームの膨張、軍部、親衛隊の野望、大統領の死期──、それらが渾然一体、最後の風を呼び込もうとしていた。その風というのは新たな帝国──「第三帝国」を生み出す最後の風だった。
【D】おぉ、いいですね。……よかねえけど……(笑)
【N】よくはないんだけどね……(笑)
【D】よかねえけど、いいですね、来ましたね(笑)

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