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第三帝国の誕生 第11夜~均制化と経済神話~

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『第三帝国の誕生 第11夜~均制化と経済神話~』

■制圧----00:00:08

[TIME]----00:00:08 ものすごく激しく、ありえないほど速い
【N】さて、権力掌握のための最大の武器を手に入れたヒトラーとナチ党だけれども、これだけでは完成しない。
【D】うん。
【N】この後、この力を行使して瞬く間に共和国を制圧していくんですわ。「瞬く間」にというのは半ばたとえではないです。
【D】あ、そうっすか。
【N】本当に早い。
【D】あぁ、スピーディーに。だってこの時点でまだ3月ですからね。
【N】そうそう。本当に信じられないスピードで国家が作り変えられていくんですよ。
【D】うん。
【N】当時の人たちは、いま自分たちに何が起きているのかを認識できなかったかもしれない──とさえ思えるほど。
【D】当然、情報なんてものは新聞ぐらいしかないのかな? ラジオと?
【N】そうね、メインは新聞……だけれど、ここからはそこら辺も制圧されていきますからね。
【D】ああ……はいはい。

[TIME]----00:01:03 グライヒシャルトゥング(均制化)
【N】──まず地方自治の否定というところから始まっていく。
【D】うん。
【N】さっきバイエルン州などが自治を奪われるという話をしたじゃないですか。パーペンのクーデターであるとか。
【D】うん。
【N】そういう形で州の自治を奪われる。州の自治とあらゆる政治組織のナチ化というものがこれから始まっていくんだけれども、これはいわゆる「グライヒシャルトゥング(Gleichschaltung)」──「均制化」と呼ばれる。グライヒシャルトゥングって、前にもちょっと触れたんだけれども、その政策の一つであると。
【D】均等にならしていくわけですね。
【N】そうね。「均制化」あるいは「強制同一化」というふうに訳される。
【D】うん。
【N】「均制化」というのは割とソフトな表現だけれど、実際は「乗っ取り」
【D】うん。
【N】そのグライヒシャルトゥングの中の一つに州の制圧がある。この「州の制圧」を法的に行うというものですね。
【D】なるほどね。

[TIME]----00:02:12 「州と国の均制化のための暫定法」
【N】3月31日、「州と国の均制化のための暫定法」という法が発布されるんです。
【D】うん。
【N】これは、各州の州議会を解散──しかし、新たに選挙を行うのではなく、前回の国政選挙の得票率に合わせて議席数を配分する、という法律なんですよ。
【D】うん……?
【N】前回、国政選挙をやったじゃないですか? ナチ党が他の党をシバき倒して多数派になるんだけれども、そのときの得票率に合わせ、州議会の議席数も配分する。州ではもう選挙やらないということ。となると、自動的にどの州議会もナチ党が多数派になるってことです。
【D】そういうことだね(笑い)。なるほどね……。
【N】しかも共産党の議席は消されたんで、ナチ党が過半数です。
【D】うん。
【N】そして州政府は全権委任法のミニチュアのような権限を付与されて、立法権を持つ。これでやはり州議会も形骸化する。各州に対しても国会と同じようなことをしたということ。
【D】うん。

[TIME]----00:03:29 「州と国の均制化の為の第二法」
【N】そして4月7日、それの追加とも言うべき、「州と国の均制化のための第2法」という法律が出されます。
 これによって、州にいたライヒスコミッサールの代わりに、「ライヒスシュタットハルター(Reichsstatthalter)」という役職を置くことが定められました。
【D】ほう、どう違うんすか?
【N】このライヒスシュタットハルターは「国家代理官」「地方総督」と色々に訳されるんだけれども──、まあ、とりあえずここでは「地方総督」にします。
【D】うん。
【N】これは大統領から任命され、それ自体は州首相を任命する権限を持つという役職。だから首相よりも偉いっすね。
【D】そういうことか。
【N】ていうか、これまでいたライヒスコミッサールと似たようなもんなんだけれど。
【D】うん。
【N】そしてこの総督の多くは「ガウライター(Gauleiter)」──ナチ党の「大管区指導者」が就任したんですよ。
【D】「大管区指導者」
【N】ナチ党の地方支部みたいな──。党の各地方組織の指導者というのがいて、それがガウライター──大管区指導者です。まあ、単純に支部長みたいなもんです。
【D】ふーん。
【N】さっき言ったライヒスシュタットハルターの多くがこのガウライターだった。これつまり、党の組織と地方行政が一体化していくってこと。党の支部長たちが各州の総督になるというような構造になっていっちゃうわけ。
 なのでこれは「党」が国土を支配したってこと。
【D】そうだね。うん。
【N】ちょっと……色々と横文字がややこしいんですが。
【D】うん。
【N】ちなみに、これまでプロイセン州のライヒスコミッサールであったパーペンが外され、この役職をヒトラー自身が兼務するんだけれども、すぐあとにゲーリングがプロイセン州首相兼総督になっている。プロイセン州が一番大事なので、プロイセン州のそのポストは、やっぱりゲーリングがもらっていくわけです。こうやってどんどん州が押さえられていく。
【D】うーん。

※1934年1月30日「ライヒ再建に関する法律」によって州(ラント)議会は名実共に廃止。2月14日には、州から選出された議員で構成された立法機関「ライヒ参議院(ライヒスラート)」も廃止されます。

[TIME]----00:05:45 職業官吏再建法
【N】また、その「グライヒシャルトゥング第2法」と同日の4月7日には、もうひとつ法律が発せられている。これが「職業官吏再建法」
 官吏というのは公務員のこと。
【D】官職ですね。
【N】そうそう。これは公務員などから左派や、ナチ党に反対しそうな者、そして「非アーリア人」の追放を定めた法律。
【D】うん……すごいね。
【N】左派や反対しそうな者、というのはヴァイマール時代に公職に就いていた者たち。
 これはナチ党の利益のためだけでなく、ヒトラー以外の保守派閣僚にとっても望ましいものだったので、閣内の合意もあった。ようは公務員の中から左派を一掃する。あるいはこれまでの社会民主党であるとか、旧政権にかかわる者たちを全部掃除すると。
【D】うん。
【N】そしてさっき、いちばん最後に触れた「非アーリア人の追放」というのは、すなわちユダヤ人の追放です。

※同法では「非アーリア人」の定義を設けていませんでしたが、4月11日に追加された「職業官吏再建法暫定施行令」によって規定されます。曰く、
・両親、祖父母の内一人が非アーリアであれば非アーリア人。
・両親、祖父母の内一人がユダヤ教信者であればユダヤ人

※なお、上記のいわゆる「アーリア条項」は定義が広すぎたため、1935年の「ドイツ国公民法」(いわゆる「ニュルンベルク人種法」のひとつ)の追加法「ドイツ国公民法暫定施行令」よって再定義されます。

【D】ここへ来て思想(イデオロギー)ではなく、人種で来ましたね。
【N】そうね、この辺から出てきますね。
【D】はいはい。
【N】あとは法曹界──弁護士などからユダヤ人を排除する。

[TIME]----00:07:15 ユダヤ・ボイコット
【D】当時、排除される前というのは、ユダヤ人は同じように仲良くやっていたもんなんですか?
【N】いや、もうこの時点で色々なところでボイコットが始まっていて──。ハッキリと出てくるのは商業。小売店とか百貨店とか、ユダヤ人が経営しているお店に対する不買運動みたいなことはもう起きている。「そういうところで買っちゃダメだよ」というキャンペーンを党がするんですよ。
【D】なるほど。たとえばナチ党が出てくるもっと前というのは……?。
【N】そういうことはありましたよ。反ユダヤ主義はナチ党台頭以前からあったし──。ただ、ここまで表立ってというのは、なかなかなかったけれども……。
【D】はいはい、なるほどね。それがついにここまできたと。
【N】そうそう。ナチ党が完全にゼロから始めたことではない。
【D】うん、なるほどね。
【N】ただ、このボイコットもそれほど盛り上がらずに終わっていたりはするので、まだ一般のドイツ国民の中にはそれに賛同しない者も多かった。
 ボイコットに際しては、たとえば突撃隊員がユダヤ人の商店の前に立って、お客さんが入りづらくなるよう見張ったりとかしていたんだけれど、それでも買い物に来る人というのはいたから。この時点では。
【D】おお、そうかそうか。
【N】なので、割とすぐにボイコットはやめていたりする。

※国外での批判により逆にドイツ商品ボイコットが起こり、自国経済への悪影響も危惧される事態となりました。

【D】うん。
【N】ただ、これから権力が強固になっていくにしたがって、さらに激しくなっていく。
 ──という感じで、職業にかかわる法律にまでそういった反ユダヤ主義が入ってきた。
【D】うん。
【N】ちなみに公務員と言っているけれども、学校の先生とかも含まれているので、広く色んなところからこういう人たちが排除されていく。
【D】うん。
【N】ただヒンデンブルク大統領は、「大戦で国のために戦ったユダヤ人を例外としてくれ」とヒトラーに頼んでいる。
【D】うん。
【N】実際、勇敢に戦って勲功を上げたユダヤ人というのは結構多かった、という話がありましたね。
【D】けっこう前に話したね(笑)
【N】ヒンデンブルクはそういう者たちに対しては配慮してくれ、ということを言っている。
【D】うん。
【N】あと、選挙のときのヒトラーは、その反ユダヤ主義的主張も控えめになってくるんですね。
【D】うん。
【N】やっぱり反ユダヤ主義に対して反感を持ち、よくないことだと思っている国民もいたので、そういう人たちの票も得るため、今まで選挙のときは反ユダヤ主義を抑えていた。
【D】ふむふむ。
【N】しかし、もうこの頃にはかなり激しく出てくる。
【D】うん。
【N】さっき言ったけれども、突撃隊によるユダヤ人への襲撃、暴行、あるいは商店やデパートに対するボイコットの呼びかけがこの時期に行われている。
 そしてここに至って、正式にユダヤ人を排斥する法律ができたということですね。
【D】うん。

■一掃----00:10:34

[TIME]----00:10:34 三月投降者
【N】さて、選挙から全権委任法、州の権力の吸収──。グライヒシャルトゥング(均制化)という、いわば共和国の制圧が、このひと月で急激に展開するわけだけれども、人間の均制化も加速する。
【D】はいはい。
【N】ナチ党へ入党する者が激増したんですよ。こんな状況ならいっそナチ党支持に回ったほうが安心だし、むしろ得ではないかと思ったんですね。
【D】なるほど。
【N】職場でもナチ党になびかぬ態度をとる役員は放逐され、ナチ党支持者が取って代わるという状況が生まれつつあった。
【D】うん。
【N】睨まれたら怖い、でも味方になれば美味しいという。そんな雰囲気が蔓延していくんですよ。
【D】(支持しないと)損するって感じですかね。
【N】そうそう。熱狂的な支持とかではなくても、こうなった以上はそっちについたほうがいいだろう、という。
【D】うん。
【N】そうして入党者が殺到した結果、ナチ党が政権獲得したときは85万人だった党員も、3月が終わった時点で250万人に達していたらしい。
【D】すごいですな。
【N】で、これら3月に大挙して入党した者たちというのは、「メルツゲファレン(Märzgefallene)」──「三月投降者」と呼ばれた。3月に降伏した者達──ということね。
【D】はいはい。
【N】これはもともと1848年の「3月革命」で敗北した人々を指す言葉だったんだけれども、ナチ党の古参党員たちが皮肉を込めて新規入党者たちをそう呼んだんですよ。ヒトラーの天下が決まったときに駆け込んできた、セコイ奴らというふうに思った。
【D】うん。
【N】古参たちがマウントを取ったわけ。「いまさら来やがってよ」と。
【D】(笑)

[TIME]----00:12:39 労働組合の解体
【N】──そして1933年5月、ナチ党は今度は労働運動にとどめを刺す。
【D】はい。
【N】5月1日といえばメーデー。世界の労働者・労働運動にとっての祭典の日ですな。左翼の記念日って感じね。
【D】うん。
【N】ナチ党はこの日を「国民勤労の日」と定めて、大集会を開くんですね。労働者諸君、階級を克服してみんなで団結しようじゃないか、という理想を謳うイベントで、支持者でなくても感動するような祭典だったらしいです。
【D】へえ。
【N】よくできていたみたいよ。
【D】うん。
【N】こうなると、「お、なんだい、労働者に報いたのかい?」と……思いきやですよ。
【D】はい。
【N】その翌日の5月2日、突撃隊や親衛隊が社会民主党系の労働組合の事務所を襲撃。幹部を逮捕して資金を押収したんですね。
【D】何を根拠に……何の名目で資金を押収するかな……(笑)
【N】「悪いこと企んでるんだろ?」と……。みんなで仲良く団結しようと盛り上がった翌日、思いっきり噛みついたわけですよ。
【D】よくわかんねえな(笑)
【N】油断させといてね。──こうして左派系の労働組合は解体されることになった。のみならず、他の労働組合も最早これまでと自主解散してしまう。「そのうち俺たちもやられるんだろうな」ということで。
【D】そろそろ誰か反撃の狼煙を上げてもらいたいところですね。
【N】そんなものはないんですよ(笑)
【D】そうか……やばいね(笑)
【N】ちょっとだけ上がるけれどね。
【D】あ、そう。

[TIME]----00:14:34 労働戦線
【N】そして5月10日、行き場をなくした労働者たちは、ロベルト・ライ率いるナチ党主導の労働組織「労働戦線」という組織に吸収されることになった。
【D】ナチ党主導の「労働戦線」?
【N】「労働戦線」という名の労働組織。これまであった色々な労働組合は全部なくなり、そこにいた人たちを全部吸収して、新しい労働組織を作った。労働組合に代わるものをね。
【D】うん。
【N】ところがこれね、国家が労使の調整──労働者と使用者を統制するというもので、もはや労組ではないっす。
【D】うんうん。
【N】労組というのは基本的にお上と交渉する団体じゃない?
【D】そうだよね。
【N】賃上げとか、待遇を改善するためとか──。この労働戦線はそういうものじゃなくて、国家が労働者たちを管理するための組織なの。
【D】そ、そうですよね……(笑)
【N】だから労組じゃないっす。
【D】うん。

[TIME]----00:15:30 平和演説
【N】まあ、という感じでどんどんやられていくわけですが──、同じ月の5月17日、ヒトラーは軍事力による紛争解決を放棄することを誓い、諸国に向けて軍縮を呼びかけるという、いわゆる「平和演説」を行っている。
【D】お。
【N】らしくないことをやっている。
【D】そうですね。
【N】この頃、ジュネーブで軍縮会議が開かれていたんだけれども、英、仏、伊などの西欧諸国は、自分たちの優位を保ちながらも、ドイツの軍備を押さえ込もうとしていた。これはドイツとしては承服できない。自分たちは軍縮しないけれど、ドイツにだけさせようとしている! という。
【D】うん。
【N】そうした中で行われた演説なので、ヒトラーは「自分たちはヴェルサイユ条約による制限を受け入れて軍縮しているんだから、他の国も平等に軍縮を実行してほしい」と訴えているわけ。
【D】うん。
【N】しかし、そのトーンはいつもと打って変わって、真に平和を願う人のそれであったらしいです。非常に巧みに、誠実に訴えかけた。
【D】俳優ですね。
【N】こういうところはうまいんですよね、この人。──これにも諸外国のメディアも驚きと共に肯定的な反応を見せる。今まで過激で好戦的なことばかり言っていたのが、至極まともなことを言い始めたからね。「あいつの言っていることはもっともだな」という反応があったわけですよ。
【D】うん。
【N】しかし覚えていますかね。この人、政権をとった直後に軍部を相手に再軍備を約束して、「いつか君らの出番が来るかもね」みたいなことを言っているんですよ。
【D】はいはい、言ってましたね(笑)
【N】だから自国が固まるまでは諸外国を刺激しないよう、そんな演説をしてみせたわけね。だから嘘ですよね。
【D】うん。
【N】しかしヒトラーは同時に、こんな不平等が続くんだったら軍縮会議にも国際連盟にも残ることはできない──というふうに脱退をほのめかすの。
 実際、これは国際連盟脱退へつながっていくことになる。
【D】はい。

[TIME]----00:17:46 社会民主党の落日
【N】──さて、ヒトラーの平和演説だけれども、社会民主党までもが支持・賛成を表明した。まあ、させられたというべきかね。
【D】はい。
【N】この頃の社会民主党は共産党に次いでナチ党の攻撃を浴び続け、拘束されるか国外逃亡するかでみるみる追いつめられていた。党を存続させるために、政権の言うことを聞かざるをえない。
【D】うん。
【N】しかし国外逃亡をしていた者たちはこれを潔しとせず、反政府運動に出るべきだと主張したんですよ。なので、社会民主党の党幹部たちの方針が分裂していた。
 しかし国内にいる者からすれば、もう額に銃を突きつけられているも同然なわけで、それは厳しかったでしょう。
【D】うん。
【N】だから国内の党幹部からしたら、国外逃亡組に対して「逃げ出したくせになに言ってんだよ」というふうに思ってしまうんじゃないかな。
【D】うん。
【N】そんな感じで、もう社会民主党というのは虫の息だった。そしてナチ党は彼らを延命させる気はない。
【D】うん。そうっすね……。
【N】そこで国外に亡命した幹部たちが、プラハで社会民主党亡命本部というものを作って活動を始めるんですよ。
【D】お。うん。
【N】するとその直後の6月20日、ナチ党政府は議事堂炎上令を適用して社会民主党(SPD)を法的に禁止するんです。
【D】出た。
【N】非合法にする。こうして国内の残留組は強制収容所に送られます。
【D】ああ、はいはい……そうかァ。
【N】──まあ、この社会民主党(SPD)、全身を含めると19世紀から存在し、ロシア革命以前においては社会主義運動の中心。ヨーロッパ最大の労働運動であるマルクス主義政党だった。
 この党がここに消えたんですよ。
【D】すごいですね。そんな歴史のある党が……。
【N】のちに復活はするんだけれども、それは戦後まで待たねばならなかった。
【D】うん。
【N】一応、今回のお話では、この社会民主党というのは第2の主人公だったわけですよ。それがここで消えたわけです。
【D】なるほど。

[TIME]----00:20:14 国家人民党と民主党
【N】──さて、こうしてSPDは倒れると他の諸政党もバタバタ解散していった。
【D】うん。
【N】これね、野党どころかナチ党と連立していた党まで。
【D】連立していた党、どこだっけか。
【N】国家人民党。
【D】ああ、そうだ。
【N】国家人民党を率いるのはフーゲンベルクで、この人は現政権の経済大臣だった。
【D】うん。
【N】初めはヒトラーを囲い込んでみせると豪語していたんだけれども、この人が6月12日、ロンドンで開催された世界経済会議という会議で大ポカをやらかす。
【D】お。はい。
【N】この人がヒトラーたちに無断で、旧植民地の返還を求める覚書というのをこの会議で提出し、ドン引きされるという大失態を犯す。
【D】うん。
【N】「植民地、返してくんねえかな」と、このタイミングでそんな要望を提出したわけですよ。それで諸外国は「は? 何言ってんだ、こいつ」と。
 まあ、これはフーゲンベルクにとって非常な大失点になったわけだよ。
【D】うん。
【N】そして彼の率いる国家人民党のパートナーであった鉄兜団。これが突撃隊に吸収されまして、その鉄兜団の団長でヒトラー内閣の労働大臣であったフランツ・ゼルテまでナチ党に入党することになった。
【D】ふーん……。
【N】ということで、フーゲンベルクの味方たちがナチ党に吸収されてしまった。こうした状況下で27日、フーゲンベルクは大臣を辞任。そしてここに国家人民党(DNVP)も解党──解散に追い込まれる。解散した国家人民党の議員たちの多くはナチ党に移っていった。
【D】うん。移らざるを得ないんですか?
【N】そうですね。完全にではないけれどね。一部無所属のまま残った人もいるんだけれども、基本的にほとんどが……。
【D】うん。
【N】これでまず国家人民党が消えた。社会民主党は左派だけれども、今度は右派である党までも消えていった。
【D】うん。
【N】そして6月28日には「国家党」──これ、今まであまり登場してこなかったんだけれども、前は「ドイツ民主党」と名乗っていた党──これが自主解散。「もう、こんなんじゃやっていけねえわ」と。
【D】(笑)──はい。

[TIME]----00:22:52 ライヒスコンコルダート(政教条約)
【N】で、バタバタ党が倒れていく中、1933年7月20日に、大きな外交的な出来事があった。
 ちょっと国外の話なんだけれども、ナチ党政権がカトリックの総本山バチカンのローマ法王と「政教条約(コンコルダート)」というものを締結したんです。
【D】えっ、そんなのあったの?
【N】ありました。──政教条約というのは、国家とローマ法王が締結する条約のことなんで、1つじゃなくて、いくつもある。
【D】うん。
【N】で、特に有名なのはこのナチ・ドイツが結んだ「ライヒスコンコルダート(Reichskonkordat)」
【D】へー。
【N】これ、どういう背景があるかというと──、ナチ党とカトリックの関係というのはよろしくないんですよ。なのでドイツ国内のカトリックはかなり抑圧されていた。
【D】うん。
【N】そこでヒトラーは、ドイツにおけるカトリック教会の権利を保全する代わりに、政治から手を引かせようと、総本山であるバチカンと政教条約を結ぼうとしたわけ。
【D】うんうん、なるほど。
【N】バチカンにとってみても、ドイツとの政教条約というのはナチ党政権が発足する前からの政治的課題だった。結んでおきてえな、と。
【D】うん。

[TIME]----00:24:21 中央党
【N】で、この政教条約──ライヒスコンコルダートの影響で、またひとつ政党が消えることになる。
【D】あら。……ああ、そうっすね。
【N】それはカトリック政党の中央党。
【D】引き込もうとしていたやつですね、いっとき。
【N】そうそう。まさに中央党は野党ながら全権委任法に賛成した党だった──。
【D】はい。
【N】この党は支持基盤が南ドイツにあったんですよ。南ドイツというのはカトリックが多かったので。
 ところがその南ドイツがナチ化されたので、党はかなり弱体化していた。そのうえ、このときの中央党の党首ルートヴィヒ・カースが、パーペンと共にライヒスコンコルダートの締結に尽力したのが、決定打になった。
【D】うん。
【N】というのは、このライヒスコンコルダートの条文には、ドイツ国内で聖職者が政治や政党活動をしてはならないというものがあった。さっき軽く触れたんだけれども、バチカンはドイツ国内の教会を維持する見返りに、「政治的カトリシズム」つまり政治への参加を放棄したわけ。これってつまり中央党の存在意義を否定するものなわけですよ。
【D】はいはい、そうですよね。
【N】中央党というのはドイツ国内にいるカトリックのための政党──、ドイツのカトリックが政治活動をしている場所なわけだから。それをもう「やってはいけない」と条約で決められてしまった。ただでさえヘタっているところにこんな条約を結ばれたんじゃ、もうアカン──。
 ということで7月4日、中央党も解散を決定する。
【D】おぉ……。
【N】この中央党というのは、共和国がスタートしたときの連立政権「ヴァイマール連合」にも参加していた党で、実はずーっと与党にいたの。けっこう重要な党だったんだけれども、この党もとうとう解散してしまった。

[TIME]----00:26:20 政党新設禁止法
【D】すごいですね。もうどんどん潰されていきますね。
【N】そうそう。そこでヒトラーはもっと手っ取り早いことをします……(笑)
【D】そうですか(笑)
【N】そんな調子で政党が解散していくと、ヒトラーは7月6日、「国民革命の終了」を宣言しまして──。
【D】「国民革命の終了」……?
【N】自分たちが政権を獲得していくプロセスを革命と称していて、「それはもう大体カタが付いたわ」ということを宣言し──。
【D】ああ、なるほど(笑)
【N】──そして7月14日には、片付けが終わったあとの仕上げという感じに「政党新設禁止法」というものを制定する。
【D】新設……あ、作っちゃいけないってこと?
【N】そう。「もう新しい党は作っちゃダメ」
【D】おお……すごい(笑)。潰して潰して潰して、「ダメよ」ってことね(笑)
【N】そうそう。潰して更地にしたあとは「もうここに建てちゃダメ」という。
【D】なるほど、なるほど、すごいですねぇ。
【N】そして今見てきたように、他の諸政党もくたばってしまったということで、ドイツの政党は唯一NSDAP──ナチ党だけということに相成りました。
【D】ついにきたね。
【N】平らげたという。
【D】すごいな。

■知性の降伏----00:27:39

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