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『体育教師を志す若者たちへ』後記編5    部活動の地域移行を考える④

 前回は部活動の地域移行に関わって、「戦後の日本、および長野県の地域スポーツ振興の歩み」について、「(4)2002年頃 総合型地域スポーツクラブ設立の動き(学校五日制開始)、(5)2021年 東京オリンピック、パラリンピック」まで書きました。今回は「(6)2023年~ 今回の部活動地域移行開始の取り組み、(7)2028年 2巡目の長野国体」になりますが、それらをどうとらえるか、そして地域移行を円滑に進めるために、スポーツ庁のガイドラインをどう読み解くかについて考えていきます。 

 これまで見てきたように、戦後は五輪大会の開催に際しての五輪運動として、あるいは国民体育大会の開催を機に進められた地域スポーツ振興、そして学校五日制と同時期に始まった総合型地域スポーツクラブ設立の動きなど、地域スポーツの振興が図られる機会が何度かありました。その経験の上に今回の部活動の地域移行があり、長野では2028年に2巡目の長野国体を迎えようとしています。こうして見てくると、部活動の地域移行は中学生の問題のみとしてとらえられるべきではなく、地域スポーツ振興の一環としてとらえることが大事になってきます。
 1964年の東京五輪開催を契機に生まれたスポーツ少年団の指導者はいまだにボランティアです。地域スポーツは受益者負担が原則になっています。それを永遠によしとするならば、これまで公費で支えられてきた中学生の部活動が地域移行した際にも、スポーツ少年団や総合型地域スポーツクラブなどと同様に指導者はボランティアで参加者は受益者負担にならざるを得ないでしょう。それでいいのかという問題があります。
 1964年の東京五輪を「スポーツ元年」ととらえた大島鎌吉の思い、そして2巡目の2020東京大会ではNHKの刈屋富士雄解説委員が、今度は中高生の地域スポーツ振興の番ではないかと問いかけました。1978の長野国体では開催年を長野の「スポーツ元年」と位置づけた地元新聞がありました。そうした流れからすると、部活動の地域移行は長野においては2028年に開催される2巡目の長野国体までには遅くとも完成させ、「第2次長野方式」として胸を張って長野国体が迎えられる方向を目指すべきではないしょうか。そしてその地域移行した中学生のスポーツ活動は、学校教育として行われていた部活動と同様に公費で運営され、指導者には手当が出されるべきでしょう。それを受けて次の段階は小学生が参加するスポーツ少年団や総合型地域スポーツクラブが課題になります。少なくとも義務教育段階の子どもたちが参加するスポーツ活動は心身の発達において不可欠であり、公費で資金援助されていくべきものと考えます。
 そうした視点に立って、昨年12月にスポーツ庁から出された「学校部活動及び新たな地域クラブ活動のあり方に関する総合的なガイドライン」を読み解き、これからどう進めるべきか、その具体について考えてみたいと思います。

「学校部活動及び新たな地域クラブ活動のあり方に
              関する総合的なガイドライン」

 学校で運営されていた部活動が地域に移行する際、その運営主体はどこになるのかということが重要です。ガイドラインの表題にある「新たな地域クラブ活動」に対して「これまでの地域クラブ活動」にはスポーツ少年団や総合型地域スポーツクラブ、クラブチーム、あるいはスイミングスクールや体操教室のような民間のスポーツ教室などがあります。ガイドラインでは「新たな地域クラブ活動」の「運営団体・実施主体」について、次のように述べています。

「市区町村は、関係者の協力を得て、地域クラブ活動の運営団体・実施主体の整備充実を支援する。その際、運営団体・実施主体は、総合型地域スポーツクラブやスポーツ少年団、体育・スポーツ協会、競技団体、クラブチーム、プロスポーツチーム、民間事業者、フィットネスジム、大学など多様なものを想定する。また、地域学校協働本部や保護者会、同窓会、複数の学校の運動部が統合して設立する団体など、学校と関係する組織・団体も想定する。なお、市区町村が運営団体となることも想定される。」(スポーツ庁ガイドラインより)

 ここには、「これまでの地域スポーツクラブ」も含めて、「運営団体・実施主体の整備充実を支援する」とあり、支援する対象は、競技団体やクラブチーム、民間のスポーツジムなども含めて幅広く考えられています。そして支援対象となる「新たな地域クラブ」については、「運営団体・実施主体」に相当するものとして、「地域学校協働本部や保護者会、同窓会、複数の学校の運動部が統合して設立する団体など、学校と関係する組織・団体」、そして「市区町村が運営団体となることも想定される」となっています。
 ここに「保護者会」の名が連ねられていることは長野県の場合重要です。なぜなら、これまで長野県教委が否定、廃止してきた「保護者会による社会体育クラブ」をスポーツ庁は支援対象にしているからです。そして最後の一文「市区町村が運営団体となることも想定される」が特に重要です。市区町村が運営団体となるということは、それは公費で運営されることになります。

 なぜ「運営団体・実施主体」が広くとらえられているか
 このガイドラインではこれまでの地域スポーツクラブや民間のスポーツクラブ、そして「新たな地域クラブ」まで、幅広く支援対象としています。それはなぜかというと、部活動の地域移行のことはスポーツ庁だけでなく、経済産業省も関わっているからでしょう。経産省のHPを見るとそのことが分かります。

経済産業省HPより

 そこでは、「サービス業としての地域スポーツクラブ」とあるように、地域移行される部活動をスポーツ産業に取り入れて儲けの対象にしようとしていることが分かります。HPの記述を見ると指導者については、「有資格者による有償」とあるので、資格のある人が報酬を得て仕事として指導してくれます。これは良いことですが、一方で民間のクラブとなるので会費制であることが明記されています。すでにある民間のスイミングスクールやスポーツジムなどと同じように会費を払わなければ活動ができなくなります。今まで自由に参加できていた部活動がお金を払わなければできなくなるのです。こうした方向へ行くとなると問題です。 地域移行する部活動の「運営団体・実施主体」を幅広くとらえている理由はもうひとつあります。それは「新たな地域スポーツクラブ」を作らなくても、すでに土日の部活動の代わりに総合型地域スポーツクラブなどで中学生のスポーツ活動が行われている地域があるからです。それをやめてこれから「新たな地域スポーツクラブ」を作るのでそこへ行きなさいとは言えないでしょう。私の住む長野市の東北中学校区では、先に述べた流れで2000年に総合型地域スポーツクラブが発足して地域に根ざした活動を続けてきています。バスケットボール部や陸上部の中学生たちは休日はここで活動をしています。土日に部活動をしなくても、こうした地域クラブで活動できる体制ができているのです。ただし、会費制であったり、指導者がボランティアだったりするので、この機会にこうした既存の地域クラブを公的に一層支援し、参加者や指導者の負担を軽減していくことが求められます。

どうする? 長野県教委!
 さて、長野県では否定され、廃止されてきた保護者会による社会体育クラブがスポーツ庁のガイドラインでは支援の対象とされました。長野県教委はこれをどう受け止めるのでしょうか。県教委が保護者会による社会体育クラブを否定・廃止した理由をもう一度振り返ってみます。

「長野県中学生期のスポーツ活動指針(改訂版)」(2019長野県教委)P12

 2019年に長野県教委から出された「長野県中学生期のスポーツ活動指針(改訂版)」のP12に書かれているものを示しました。前回も述べましたが、保護者会による社会体育クラブの中には中学生期の発達から見て問題のある活動をしているクラブがあることは私も十分承知しています。しかしたとえそうであったとしても、県教委のアドバイス(社会体育として活動するための組織4原則、①規約の制定 ②学校職員以外の者が責任者 ③保険に加入 ④活動する生徒を募集)に従って社会教育として一度成立したものを行政の都合で廃止させるということはあってはならないし、そもそも「社会教育として活動するため」としてこの4原則を示したのは県教委であり、後になって「地域において実施されている社会体育活動とは異なる」などと難癖をつけることはできないはずです。県教委の示した4原則を満たしているのだから、県教委のお墨付きを得た立派な社会体育クラブのはずです。問題をもっているとしたら県教委の責任で問題を解決し、より地域から信頼される社会体育クラブに成長させていくよう支援すべきでした。
 ところが県教委はそれをせずに地教委や学校に指示して潰してしまいました。さてどうするかですが、潰した以上、今になって再びスポーツ庁が示した「保護者会」による地域スポーツクラブもよしとは言えないでしょう。となれば、県教委のとるべき道はひとつしかありません。それは、これまでの保護者会による社会体育クラブの問題がクリアーでき、それに代わる「新たな地域クラブ」を県教委・地教委の責任で作ることです。その地域クラブの条件はすでに県教委が以前から述べてきたことになります。それは以下の通りです。

「長野県中学生期のスポーツ活動指針(改訂版)」(2019長野県教委)P12

 この問題をクリアーできる地域スポーツクラブはどこにあるでしょうか。万が一の時の事故の補償については、スポーツ安全保険に頼っているスポーツ少年団やクラブチームなども保護者会による社会体育クラブも同じでしょう。また、過熱問題について言えば、競技志向が強く、休日は1日朝から夕方まで活動しているクラブチームもあります。ともすれば土日2日間とも活動している場合さえ見られます。こんな活動は2018年にスポーツ庁が出した「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」にも反します。部活動の地域移行の先がそうした地域クラブとなると保護者の不安は一層増してくるでしょう。民間のスポーツクラブでは指導資格のある人が指導に当たるので安全面等の不安はないかもしれませんが、受益者負担は当然で会費等多額の費用がかかることになります。
 では、今回のガイドラインで様々な「新たな地域クラブ」が想定されている中で、県教委・地教委が責任もって部活動の代わりのクラブとして任せられるのはどういう形のクラブなのか? それはガイドラインに出ている「運営団体・実施主体」の説明の最後の一行、「なお、市区町村が運営団体となることも想定される」しかないのです。そのことはすでに県教委が2019年の「長野県中学生期のスポーツ活動指針(改訂版)」でも述べていました。そこには次のように書かれていました。
 「なお、『地域において実施されている社会体育活動』がない場合は、市町村教育委員会や市町村スポーツ所管部局を中心に、郡市体育(スポーツ)協会、地域のスポーツ団体等が連携し、中学生のスポーツ活動機会を確保する場を構築することが望まれます」。

 2019年はまだ部活動の地域移行の問題は出ていませんでしたが、保護者会による社会体育クラブを否定した県教委・地教委は、後にスポーツ庁から出された今回のガイドライン受けて、自らの責任で「市町村が運営団体となる」方向へ進むしかないのです。

 ここまで私が述べてきた長野県の特殊事情を現在部活動の地域移行に関わっている長野県教委の指導主事や地教委の事務局の人たちが自覚しているのかどうかは分かりません。2019年の県の指針作成に関わった人たちはすでに県教委を離れて各学校の管理職になり、あるいはすでに退職しているでしょう。その責任を後任の人たちが負うことになります。
 この流れを自覚しているのかしていないのか分かりませんが、幸いなことに長野県では最近、「市町村が運営団体となる」地域スポーツクラブが現実に誕生してきました。そして、すでに総合型地域スポーツクラブとして活動している中学生のクラブに対しては、指導者に公費で手当が補助される事例も出てきました。しかしその数はまだごくわずかです。
 多くの市町村はこうした事例を新聞報道等から知ってもその意味や過程を十分に理解しておらず、「特例」と考えているようで模索状態です。私たちはこれまでの過程を経て出てきた必然的な事例であるととらえ、長野の場合は市町村が運営団体となる方向で部活動の地域移行を進めていくべきだと要求していくことができるのです。

 次回は、その具体的な先進事例と今後の方向について考えていきたいと思います。 



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