見出し画像

『体育教師を志す若者たちへ』後記編7   部活動の地域移行を考える⑥

 前回はスポーツ庁の「学校部活動及び新たな地域クラブ活動のあり方に関する総合的なガイドライン」について、長野県のこれまでの経過を踏まえて考察を進めました。ガイドラインでは部活動に代わる「新たな地域クラブ」として多様なものが想定されていますが、最後に示されている「市区町村が運営団体となることも想定される」が特に重要であり、長野県内では飯島町、および千曲市・坂城町で地教委に事務局を置く先進的事例が出てきていることを見てきました。
 一方で長野市のようにたくさんの中学校を抱えている都市部では、すでに総合型地域スポーツクラブが休日の部活動の代わりとして機能している地域もあり、市教委が一律に「新たな地域クラブ」を作っていくことは難しいようです。そこで長野市は総合型地域スポーツクラブの指導者に手当を出すことにしましたが、受け皿のない地域では結局学校や地域任せになり、「地域指導者との連係を図る」という新たな課題のために顧問が休日出勤せざるを得ず、かえって負担が増大している実態が見えてきました。この事例から、改めて行政が主体となって学校職員の手を煩わせることなく地域移行を責任もって進めるべきと考えます。
 5月30日に熊本日日新聞による熊本市の取り組みがネットニュースに出ており、そこでも、「休日に指導する外部指導者との連携が教員の新たな負担になるとの指摘が出ていた」とやはり問題になっていました。熊本市が行った中学校教員に対するアンケートでは、6割を越える教員が「報酬があっても指導したくない」と答えています。市では部活動指導をしたくない教員を事前に把握し、指導を希望する教員には平日指導にも手当を出し、不足する地域指導者を市が確保していく方向を検討していくとしていました。

 さて、今回は私がT町で講演した話の最後になります。方向性がある程度見えてきたところで、T町ではどうしたらいいのかを考えていきます。
 今回の部活動の地域移行は、戦後の日本がいくつかの節目で取り組んできた地域スポーツ振興の延長線上にあるととらえることが大事です。したがってT町でもそれは中学校だけの問題としてとらえるのではなく、T町の地域スポーツの実態はどうなのか、そしてそれをどうしていくべきなのかということを考えていくことが必要です。

 地域のスポーツ環境を検索する
 そこで、『体育教師を志す若者たちへ』の第3章、体育理論の実践で紹介した「生涯スポーツについて考える」授業を活用していきます。この授業では、将来自分が住んでみたい市区町村を日本国内でひとつ想定し、ネットで調べた情報をもとにその地域でどんなスポーツライフが構想できるかを考えてレポートにする授業でした。この授業は2011年に成立したスポーツ基本法第10条で市区町村がスポーツ推進計画を策定すると定めたこと、そしてネットの普及でその情報がどこにいても即座に閲覧可能になったことでできるようになった授業です。私の勤務していたS市では、スポーツ基本法が成立した2年後の2013年に「S市スポーツ振興計画」が策定され、生徒たちはそれをまず学んでから自分の希望する日本国内の市区町村をひとつ決めてレポート作りを始めました。
 これに倣って、生徒が今回のT町に住んでスポーツをしたいと考えたとして、私がT町のスポーツ環境をネットで検索してみました。「T町スポーツ振興計画」で検索するとすぐにそれが出てきました。しかしよく見ると、それは同じ町名の熊本県のT町スポーツ振興計画でした。立派なもので38ページの分量があります。内容をざっと見てみると、総合型地域スポーツクラブの会員数が2018年に大きく増加しており、その理由は小学校の運動部活動が地域移行できたことによると記されていました。長野県では小学校には運動部活動はほとんどないと思いますが、他県ではあるようです。
 次に前回紹介した長野県内の地域移行の先進事例の飯島町のスポーツ振興計画を検索してみました。これはヒットしました。その計画はやはり立派なもので分量は31ページあります。そこには「中学生への支援体制」というページもあり、「部活動と社会体育活動の充実」という項には社会体育施設使用料の免除や地域指導者の紹介等の取り組みが書かれていました。町としてのこうした高い意識があるからこそ、地域移行の先進的事例が出てくるのだろうと思います。
 さて、長野県のT町のスポーツ政策について、どこかに出ていないものかと探してみると、「T町第7次振興総合計画」(総分量120ページ)の中に、「施策4 様々な方法でスポーツを楽しむ」という項があり、そこにスポーツ振興計画に相当するものをみつけることができました。その中にはT町が2028年の長野国体でカヌー競技会場となることも書かれていました。しかし中学生の部活動に関わることは書かれていません。この第7次T町振興総合計画には、サブタイトル「なりたいあなたに会えるまち、日本一のしあわせタウン」とあります。町民のスポーツ実施率目標(週1日以上スポーツをする人の割合)は38%程度からようやく40%を越える程度の数値が設定されています。この数値はどうなのだろうかと、飯島町、長野市、そしてスポーツ庁のスポーツ基本計画などと比較してみました(表参照)。

各HPより抜粋して一覧にまとめたもの

 調べてみると、スポーツ庁では国民の70%を目指すとしており、飯島町や長野市もそれに近い65%を目指しています。ちなみに長野市は現在第三次スポーツ推進計画の実施に取り組んでいて、スポーツ推進計画は5年毎に更新しているようです。さすがに長野冬季五輪を開催した都市だけあって、推進計画の中にはオリンピックレガシーという言葉も見られます。それに対してT町の40%程度というのは目標値としてあまりにも低い。地域によって実態は違っていいのでしょうが、「日本一のしあわせタウン」を目指す町としてはどうなのだろうかと思ってしまいます。中学生が「生涯スポーツを考える」授業で、将来住みたいところをT町に決めて調べたらどう思でしょうか。   

 まずは中学生のスポーツ振興から
 先に部活動の地域移行はその地域のスポーツ振興全体の中に位置づけられるべきだということを書きました。またそれは運動部活動だけでなく、吹奏楽などの文化部についても同様に進められていく必要があります。地域のスポーツ・文化振興の一環として部活動の地域移行があり、そしてまた中学生の地域スポーツ・文化活動が充実してくることで、次の段階として小学生のスポーツ・文化活動も改善していくことが求められます。でなければ、中学生の地域スポーツ指導者には手当がでるのに、なぜ小学生のスポーツ少年団の指導者はボランティアのままなのかということになってしまいます。長野市では総合型地域スポーツクラブの中学生指導者に手当を出すことになりましたが、中学生以外の指導者にも手当を出していくと記事に書かれていました。そうして段階的に枠を広めていくべきものです。熊本県のT町ではすでに小学生の部活動が地域へ移行できたので、今度は中学生の番だと取り組みが始まっているのではないでしょうか。
 
 教育委員会だけでできることではない
 こう考えてくると、学校だけ、教育委員会だけで部活動の地域移行を進めようとすることには無理があることが分かります。今回のT町での私の話の後、フロアーから若い人が発言しました。彼はT町の職員として教育委員会で仕事をしているそうです。職場ではやらなければならないことがたくさんあり、今回の地域移行を教育委員会だけで進めるのは難しいとのこと。まずはT町のスポーツ振興計画について調べてみたいと発言していました。もともと中学校の先生方だけではできない部活動指導を地域が受けていくのですから、町でその担当職員を増やす施策をしていかなければ、今度は町の職員がオーバーワークになってしまいます。またフロアーからは、自分はスポーツは苦手だ、スポーツ以外のことに関心を示す中学生の文化活動はどう考えているのかという発言もありました。
 こうしたやりとりの中で、これは学校だけの問題ではない。議員さんに働きかけて議会で取り上げ、新たな予算化をしていかなければダメだろうという話になってきました。通常ではそれは難しいかもしれません。しかし、長野では2028年に国体が開催されます。国体は県民を巻き込んで進められるものです。1978年の長野国体の際には長野方式として地域スポーツ振興が図られましたが、長野市では国体前の1975年に、そして私が教員になった最初の赴任地のS町では1977年に、「スポーツ都市宣言」が議決されています。県内のいくつかの市町村で1978年長野国体に向けて「スポーツ都市宣言」が採択されたようです。こうした市町村では宣言に見合う取り組みとそのための財政的措置がとられていったのだろうと思います。
 しかしT町を調べてみても「T町スポーツ都市宣言」は出てきません。前回の国体は競技会場でもなかったので、そうした町民の声はなかったのかもしれません。しかし、今度の2028年国体では競技会場になります。ビッグイベントの開催だけに終わらせることなく、第二次「長野方式」としてスポーツ振興を図るチャンスです。まずはその一環として差し迫った課題である部活動の地域移行を取り上げていくことができるはずです。
 2020東京五輪に向けてNHKの刈屋富士雄解説委員が、「今度の東京大会の目標はメダルをいくつ獲得するかということではない、2巡目だからこそ五輪運動として青少年のスポーツ活動をどうするかということが問題になる」と述べたことをお話ししましたが、それに倣えば、「今度の長野国体は天皇杯・皇后杯が取れるかどうかということが問題ではない、2巡目の国体だからこそ、県民のスポーツ活動がどう変わったのかが問われる。それは青少年のスポーツ活動の問題だ・・・」として、県民のスポーツをどう変えていくかを考えていくべきでしょう。
 カヌー競技が実施されるT町としても、長野国体をどう迎えるのか町議会で議論し、まずは差し迫った部活動の地域移行から優先的に予算配分をし、「日本一のしあわせタウンT町」の目標に恥じないようなスポーツ環境を整えて国体を迎えるべきではないでしょうか。

 2028長野国体の開催基本方針
 長野県では2028長野国体(正式には国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会、ここでは馴染みの「国体」と表現しています)をどう迎えようとしているのか、県のホームページを検索してみました。すでに開催基本方針が出ていました。その一部を転載します。

長野県教育委員会HP、2028長野国体の基本方針より

 基本方針の中では実施目標として、「スポーツで長野県を元気にする大会 」、「スポーツの振興を支える好循環を創出する大会 」といった文言が見られます。「人生100年時代」として高齢者のことも考えています。そして「長野県の地で選手が育ち、その選手が指導者となって次世代の選手を育成する」、「子どもたちが夢や希望を未来へとつなぐことができる大会」としています。こうした目標を各市町村ではどう受け止めて具体化していくでしょうか。その動きはこれからだと思います。「選手が指導者となって次世代の選手を育成する」を目標とするのであれば、具体的にその枠組みができていなければなりません。まさに部活動の地域移行で国体選手が地域指導者として活躍していける受け皿を作っておくことが必要です。

 現在のところ、部活動の地域移行と2028長野国体開催をつなけて考える意見はまだ見当たりませんが、この機会に戦後の地域スポーツ振興の流れをもう一度振り返り、関係者は声を上げていくべきだと思います。

 部活動の地域移行についての今回の考察はこれで一区切りとしたいと思います。今後も情勢は刻々と変化していくので、機会を見てまた書かせていただきます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?