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『体育教師を志す若者たちへ』 第2章                       授業研究の面白さ ~体育実技編~          人体の浮力と水泳への活用  


 教師になりたての頃は花の苗なんてあまり売っていなかったので、種から育てて学級花壇を作るのがあたりまえでした。時には水やりを忘れて苗を枯らしてしまう経験も大事な教育です。最近では簡単に苗が買えるので、買った苗を植えさせて緑化教育としている雰囲気があり、ちょっと寂しいです。

 水泳の苦手な人大歓迎です。スイミングスクールや水泳連盟の指導法とは異なります。しかし水泳の原理が分かれば、だれでも確実に泳げるようになります。
 あなたの近くに水泳の苦手な人はいませんか? 以下の方法を試してみて下さい。

 それでは、『体育教師を志す若者たちへ』 
        「第2章 授業研究の面白さ ~体育実技編~」
   今回は「水泳 ~人体の浮力と水泳への活用~」です。


1 水泳  ~人体の浮力と水泳への活用~
◇水泳が苦手な体育教師

 ネットで調べてみると「都道府県別公立小学校プール設置率」のランキングが出ている。これを見るとほとんどの都道府県は8~9割以上の学校でプールが設置されているが、北海道は4割にも満たない。たとえプールのない小中学校を出た人でも、体育教師になるには大学で水泳の単位を取得しなければならない。私が大学生当時、学生は全国から来ていたが、北海道出身の友人が水泳で苦労していたことを思い出す。
 教員養成系の各大学では水泳単位取得のための泳力課題を設定している。私の学生当時はプールでの各種泳法に加えて海での2時間の遠泳と一定時間の立ち泳ぎ、そして5mの高さからの逆飛び込みがあった。たぶん体育系の大学ならほぼ似たような課題があるのではないだろうか。
 私は水泳があまり得意ではなかったのでかなり苦労した。必至の思いで時には溺れそうにもなり、ようやく合格できた記憶がある。わずかだが合格にならなかった友人もいた。あきらめてしまったのかもしれないが水泳の単位が取れず、結局教員免許も取得できなかったようだ。しかし考えてみればおかしな話だ。体育教師を養成する大学の水泳の授業だったら、全く泳げない学生がいたとしても、その学生を泳げるようにさせる責任があるだろうし、誰でも泳げるようになる指導法を学んでこそ水泳単位の取得になるのではないだろうか。
 全く泳げない人が泳げるようになるには、何をどのような順序で教えていけばいいのだろうか。私はそれを大学で教えてもらった記憶がない。溺れそうになって必死だったことしか覚えていない。結局それは教師になってから学ぶことになった。そのことが分かってきた教師時代の後半頃からは、中学生に課する泳力テストを次のようにしてきた。
〇1年生・・◆ドル平100m(ドルヒラ、泳法については後述)、
      ◆クロール100、平泳ぎ100m,
      ◆自由な泳法での10分間泳
       (10分間立たず、遠泳の感じで泳ぐか浮いている)
      ◆着衣泳。
〇2年生・・◆バタフライ25m
      ◆背泳25m。
〇3年生・・◆個人メドレー25m×4種目
        (100mを立たずに続けて泳ぐ)
 かなりレベルの高い課題のように思えるかもしれない。そして最近では中学に入学してくる1年生の中には25mも泳げない生徒が結構いる。しかし以下に述べる指導法で、これらの各テストには8割以上の生徒が合格している。
 「泳ぐ」とは、あるいは「溺れない」とはどういうことなのだろうか。水泳の得意な人ももう一度考えてみてほしい。そこにはスイミングスクールでも学べない内容がある。
 
◇「泳げる」とは?
 「泳げない」とはどういう状況をいうのだろうか。それは水中で息継ぎができずに苦しくなり、そのまま立つか何かにつかまるかしなければ溺れてしまう状況になることだ。そうならないために水泳の授業で最初に学ぶべきことは、苦しくならないための息継ぎはどうしたらいいのかということになる。
 水泳で息継ぎをするためには水面上に口を出して息を吸わなければならない。口を出すためには浮くことが必要になる。多くの人は浮くために手足を動かしている。そして進むためにも手足を動かす。手足を動かすためには筋肉を働かせ、安静時よりも余分に酸素を消費しなければならない。その酸素消費量よりも、息継ぎで口から取り入れた酸素量の方が少なくなると酸欠になり、苦しくなって溺れてしまうのだ。つまり、
 [口からの酸素摂取量]<[息継ぎをするために浮き、
                 進むために使った酸素消費量]

で酸欠になり、「溺れる」ことになる。だから溺れないためには、息継ぎで取り入れる酸素の量をできるだけ多くすること、そして浮いたり進んだりする時に筋肉を働かせて消費する酸素消費量をできるだけ少なくすればよいことになる。これが長い時間続けられる人はいつまでも泳いでいられる。こうした当然とも思えることを読者は教えてもらってきただろうか。
 そこでまず、人の体は浮くのか、沈むのかということが問題になる。自然に浮くのなら浮いて息継ぎをするための酸素消費量は少なくてすむ。そして口を水面に出した時に短時間により多くの酸素を取り入れる息継ぎの仕方も大切だ。従って、水泳で最初に学ばなければならないことは「息継ぎ」であり、それを可能にする「浮く」ということになる。しかしこれがなかなかきちんとは教えられていない。文科省の学習指導要領にもきちんと書かれていない。 

◇人の体は浮くのか沈むのか?
人の体は水の中で浮くのか沈むのか? 生徒たちに聞いてみよう。両方の答えが返ってくる。答えは両方とも正解。厳密に言うと、肺に多くの空気が入っていれば浮くし、吐けば沈む。しかし、体脂肪の多い人は、息を吐いてもなかなか沈めない。こういう人は幸せな人だ。筋肉質の人や、やせている人、骨の太い人は、息を吐けば簡単に沈んでいく。水難事故で亡くなった人が発見される場合、水に浮いている状態で発見される場合と水底に沈んだ状態で発見される場合があるのはこのことによる。
 水泳の学習で最初に、自分の体は浮くのか沈むのかということを調べてみよう。息を一杯吸い込んでから静かに伏し浮き(両手足を前後方向に伸ばして伏せた姿勢)をする。誰もが浮くことを確認してから、今度はその息を水中でぶくぶく吐いていく。するとすぐに沈む人となかなか沈めない人がいる。
 息を吐けば沈んでしまう人でも、息を吸った時に止めていれば必ず浮いていられることが分かった。従って水中では息を吐かない方が浮きやすいということになる。「肺に空気が入っていると浮く」と言ったが、正確に言うと、肺に空気が入っていることで胸郭が広がり、胸部の体積が増えるから浮くのである。体積と重さとの関係で物体は浮くか沈むかが決まる。鉄でできた船でも体積があるから浮くしのだし、ゾウも浮いて泳ぐことができる。
 このことを風呂に入った時に確かめてみよう。湯船に浸かり、首から上だけを出してリラックスし、深呼吸を繰り返す。呼吸によってわずかに体が上下に動いていることが分かるだろう。呼吸による身体の体積変化はせいぜい300ml程度。人が浮く、沈むという力の作用はこの程度の微妙な体積変化で起きていることを理解したい。

◇息継ぎはどう教えられているか
 入学してくる中学1年生に水泳に関わるアンケートを毎年オリエンテーションの時にとってきた。図は2017年に私が受け持った2クラスの息継ぎに関するアンケート結果だ。水中で息を止めていると答えた生徒は4分の1にも満たない。多くの生徒は水の中で息を吐いている。小学校時代に水中で

息継ぎアンケート結果(中学入学時)

息を吐くように指導されてきたからだろう。最近では特に水中で鼻から息を吐く生徒が多く、年によっては7割以上の生徒が水中で鼻から息を吐いていると答えていた。
 これはスイミングスクールの指導法が学校水泳へも影響してきているからだと考えられる。スイミングスクールへ通っている生徒はそうしているし、日本水泳連盟の『水泳指導教本』にも水中で吐くと書かれている。それを受けて、小学校ではプールサイドにつかまらせて水に顔をつけさせ、「鼻から吐いて~!、顔上げてぱっ!」といった呼吸法を先生たちは一生懸命教えているようだ。しかし、その指導法で泳げるようにはならなかった子どもたちが大量に中学校へ入学してきている。後で述べるように私は水中で息を止めているように指導し、その結果10数時間の水泳授業で生徒の泳力は劇的に向上する。

 小学校で6年間も水泳の授業を受けているのに、なぜ泳げるようにならないのか。もちろん泳げるようになる子どもいる。泳げるようにならない子どもは前述の原理、[口からの酸素摂取量]<[息継ぎで浮いたり進んだりするために使った酸素消費量]になっているからだ。そのことを本人も分かっていない。そこでまずは、[浮くために使う酸素の消費量]をできるだけ少なくすることを教える。そのためには、水中では息を吐かないようにする。吐けば沈むので浮くためには手足を動かさざるを得なくなる。水中で息を吐かなければ手足を動かさなくても自然に浮いてくるので息を止めたままそれを待つ。そして浮いてきたら顔を上げて息継ぎをすればよい。これを私は教師のサークル「学校体育研究同志会」で学んだ。 
 これを「自然な浮き沈みに合わせた息継ぎ」とする。「自然な」ということがキーポイントになる。「自然な浮き」と「自然な沈み」の両方を学ぶことが大事だ。肺に空気が入っていることによる「自然な浮き」は分かる。その次の「自然な沈み」とは、息継ぎで顔を上げた瞬間に頭の重さによる重力が加わり、体が自然に沈んでいくことを言う。そして水の中に全身が入れば再び浮力によって浮いてくる。これに合わせて息継ぎをしていけば、省エネ型の息継ぎができる。
 初心者は自然な浮力を得るために水中では息を吐かず、止めていることが大事なのだ。そして浮いたら水中から口を出して「パッ!」と吐いてその直後に吸う。この息継ぎの仕方はスイミングスクールや日本水泳連盟の指導法と異なるが、この呼気法によって誰もが確実に泳げるようになっている。最初はプールの中で立ってこの息継ぎの練習を繰り返す。水泳の苦手な子どもは、家に帰ってからの宿題として入浴時に湯船の浸かってこの練習をするとよい。
 水泳の授業では毎時間最初に「伏し浮きで息継ぎ10回」を行う。息をいっぱい吸って伏し浮きをすると、身体の重心位置よりも浮心の位置がやや上方にあるので、頭から浮いてきやすい。下半身も下がり気味になる。この時ややあごを引いて頭を下げ、背中から浮いてくるようにバランスをとる。背中が水面に出たらゆっくり両手をかいて(水を下方へ押さえて)顔を出して「パッ」と息継ぎをする。その直後には、頭の重さによって体が自然に沈んでいく。そして再び浮いてくるのを待ち、姿勢調節をしながら背中が出たら息継ぎをする。これを10回以上苦しくならずにできるとどんどん泳げるようになっていく。

◇水中体重を量る
 教師になりたての頃、後述するドル平泳法を学校体育研究同志会の先輩から学んだ。しかし、筋肉質の体の私はなかなか浮いてこなかった。その時、「体に力が入っているから浮かないんだ」と言われた。私はその言葉には疑問を感じ、調べてみようと思った。いったい水中で体重はどうなっているのだろうか? 数日後、放課後のプールで実験を始めた。吊り下げ式のバネばかりを用意し、同僚に手伝ってもらってプールの中で量りにぶら下がってみた。
 体が完全に浮いている時の水中体重はゼロであり、バネばかりに負荷はかからない。しかし水中で息を吐いたり、水中から体の一部を水面上に出せば重量がかかっていく。体育教師の研究の面白さはこうして始まった。頭を全部出してバネばかりにぶら下がってみると4~5kgくらいになる。また全身を水に入れ、息を完全に吐ききって沈んでいくと3~4kgくらいになる。 この原理は中学校の理科で習った知識があれば理解できる。息をいっぱい吸い込んで浮いた水中体重ゼロの状態から息を吐いていくと、1㍑吐けば1kgの重量になり、2㍑吐けば2kgになる。また、水中体重ゼロの状態から頭を水面上に出せば、出した頭の重さの分だけ重量が加わることになる。

秤にぶら下がって水中体重を量る

 今度は下の写真のようにプールサイドで台の上に寝転がり、頭の重さを量ってみた。首で胴体と繫がっているので正確ではないが、大人だと4~5kgはある。頭を出して水中体重を量ったときとほぼ同じ値だということが分かる。背泳ぎの学習を始める時にはまず背浮きの練習をするが、息をいっぱい吸い込んでも頭を出しているとなかなか浮けない。そこでアゴを上げるようにして耳まで水に入れ、頭の半分が水面下に入るようにすると上手く浮ける。背浮きができても背泳ぎで腕を水面上に出せば今度は腕の重さで体が沈んでいき、顔に水がかかって苦しい。クロールで腕を水面上に出すときも体を沈める方向へ力が働くはずだ。それを押さえようと必死に腕をかいたりバタ足をするから酸素消費量が増え、呼吸による酸素摂取量を上回って苦しくなる。

首の力を抜いて頭の重さを量ってみよう

  水泳とは体が浮いた水中体重ゼロの状態を基準にして±数kgの範囲内での体重の変化を調節している運動だと言える。その範囲を越えてしまうと酸素消費量が摂取量を上回り、運動が続かなくなってしまう。私たちは、地上の世界では何十kg、あるいは瞬間的には百kgを超えるような加重に対応した運動をしている。水泳での力のコントロールはその10分の1以下ということになる。地上とは世界が違うということの理解が必要だ。

◇身体の浮力と水泳への活用
 ここで水泳で学ぶべきことが見えてきた。私はそれを「身体の浮力と水泳への活用」というテーマにした。これは大学でもスイミングスクールでも学べないことだった。私の授業では前述の「伏し浮きで息継ぎ10回」、そしてドル平、その後のクロール、平泳ぎでも、息継ぎの後に自然に沈むことやその後に自然に浮いてくることを意識、学習させていく。頭の重さや水中体重を量る実験も中学1年生の最初に行う。
 実はスイミングスクールへ行っている子どもは自然な浮き沈みを感じることがなかなかできない。なぜなら、彼らは自然な浮き沈みに合わせた息継ぎよりも先に水中を進むことを学んでいるからだ。私は彼らがマグロのように思えてしまう。マグロは速く進むが常に泳いでいないと死んでしまうという(新鮮な空気をエラから取り入れるためなのだそうだが)。スイミングスクールに行っている生徒も水の中では常に体を動かしている。止まって自然な浮き沈みを感じながらの泳ぐということができない。浮くために手足を動かし、そして沈む時には頭を突っ込みながら潜っていく。それも泳げれるからいいと言うかもしれないが、彼らに自然な浮き沈みを学んでほしい理由がある。
 私がこんな実験を面白がってやっていた頃、1988年に自衛隊の潜水艦が釣り船に衝突し、30人が死亡する大事件が起きた。その時最後まで行方が分からず、何日か後に遺体で発見された方が長野県出身の20代の女性だった。当時の新聞報道によると、彼女はスポーツが得意で、事故直後に泳いでいたことが目撃されている。7月末の暑い時期、天候もよく、海は穏やかだった。彼女は手足を動かして泳ぐことしか知らず、泳ぎ疲れて亡くなったのではないだろうか。何もせず、浮いていれば助かったはずだと思えてならない。長野県の学校プールの設置率は当時から全国でトップクラス。しかし、そこでの水泳指導はどうだったのかということを考えさせられる事件でもあった。
 
◇ドル平泳法
 「伏し浮き息継ぎ10回」の学習と平行して「ドル平泳法」をまず学んでいく。最近では、ドル平をスイミングスクールで経験してきたという生徒がいる。しかし、スイミングスクールで教えられているドル平と学校体育研究同志会が先に考案して広めてきたドル平とはポイントとなる大事な部分が異なる。私たちの指導するドル平では、息継ぎの後は頭の重さで自然に沈んでいく。沈んでいくときに力を抜いていると自然に膝が曲がる。そして2回足の甲でゆっくり水を蹴った(ドルフィンキック)後、何もしないでいると自然に浮いてくる(水中で息を吐いていないので)。トーン、トーンと2回蹴り、スーッと伸びてアゴを引き、背中が自然に水面に出るまで待つことを大事にする。それは超スローな泳ぎ方で、「伏し浮きで息継ぎ連続」に両足のキックをつけただけの泳ぎ方だ。金槌の大人でも数時間で100mくらいは泳げるようになってしまう。

ドル平泳法

 この「伏し浮き息継ぎ10回」とドル平は、次に学習していくクロールやバタフライなど全ての泳ぎに発展していく基礎になる。そこで私は1年生から3年生まで、毎時間授業の最初にアップとして取り入れてきた。

 多くの小学校ではバタ足を最初に指導し、面かぶりクロールからそれに息継ぎを加えていっているようだ。しかし、そうした指導で泳げるようにならなかった生徒が大量に中学校に入学してきている。オリエンテーションで「水泳の苦手な人は?」と聞くと沢山の生徒が手を挙げる。私は、「大丈夫、みんな泳げるようにさせてあげるよ」と笑顔で応える。生徒たちや小学校の先生方には申し訳ないが、私は小学校で習ってきたことはすべて忘れてもらってドル平の原理を生かしたクロールへと作り直してきた。図は中学1年生が小学校の時に泳げたという距離(申告)と、中学に来て十数時間の水泳授業の結果泳げるようになった距離の比較だ(泳法は不問)。


中学入学時のアンケート(上)と水泳学習後の泳力比較(達成人数)

 ドル平では、自然な浮き沈みに息継ぎを合わせ、省エネでゆっくり進むことを学習した。クロールでもその原理を生かし、スローモーションクロールを学んでいく。ドル平では息継ぎで頭を持ち上げた後にその重さで沈んだ。クロールでは横向きの息継ぎになるが顔半分は水面に出るし、何よりも腕をもち上げて水面上に出すので腕の重さが加わって体が沈んでいくはずだ。ところがほとんどの生徒のクロールを見ていると頭が常に水面に出っぱなしで沈む時がない。体を浮かせるために無意識にエネルギーを使ってしまっているからだ。その浮く力は、バタ足によるものであり、加えて片方の腕が水面上に出ている時にもう片方の腕を水中でかいていることによる。常に動かし続けるバタ足と腕のかきによるエネルギー消費で酸欠になり、苦しくなってしまっているのだ。必至に手足を動かして25mを泳ぐのが精一杯だったという生徒がたくさんいる。これでは長く泳げるようにならない。

◇ドル平の原理をクロールへ
 そこでまず、バタ足はやめて足の力を抜く。そしてクロールの息継ぎを次のような原理で進めていく。ドル平や平泳ぎでは両手で水をかいて頭をほぼ全部水面上に出して息継ぎをしている。それに対してクロールは横向きに頭半分だけ出せばいいので、半分の浮力でいいことになる。つまり片腕のかきだけで息継ぎができるはずだ。そして息継ぎをした後はそのかいた腕が水面上に出るので、その重さも加わって体が沈んでいくことになる。そこまでの練習ををまず行う。
 最初に息継ぎを右側で行うか左側で行うかを確認する。両方という生徒もいるが、学習の原理を理解していくために、やりやすい片方に決めさせる。右利きの人は右側、左利きの人は左側の人が多い。そしてまずはプールの壁を蹴って蹴伸びをし、両手を前方に出した状態から、息継ぎ側だけの手をかいてその側に顔を向けて息継ぎをする練習を行う。その時に反対側の腕は前方へまっすぐに伸ばしておいて水をかかないようにする。ここがポイントで、くせになっていてつい反対側の手もかいてしまう人がいる。あくまで顔半分と口を水面に出せばいいのだから、息継ぎ側だけの手だけをかいて息継ぎができるようにする。うまくいかない場合は立って上半身だけ伏せて手のかきと息継ぎのタイミングを練習する。
 この練習で大事なことは、右腕で水をかいて右側で息継ぎをし、その後右腕が水面上に出た直後には体(頭)が沈むということ(下図)。この時に左手を水中でかいてしまうと体(頭)は沈まない。あくまで左腕は前方に伸ばしたままにしてバランスをとっていること。そして息継ぎをした後に水面上に出た右手を前方にある左手に重ね合わせていくようにする。そうすると体が伸びたままいったん沈んでいき、その後再び浮いてくる。この浮き沈みをしっかり確かめさせることが大事なのだ。まずはここまでの練習を繰り返す。蹴伸びをして息継ぎ側だけで手をかいて息継ぎをした後に両手を前方に重ね合わせて沈み、その後浮いてきたら立つ。そこまで。
 

水面上に出た腕と頭の重さでいったん沈む

 次は左手をかくことまでの練習を行う。右側の息継ぎの後に沈んでから浮いてくるので、その浮いてくるのに合わせて左側の腕をかくようにする。ただし左側では息継ぎはしない。右腕は前方に伸ばしたままにして、かき終わった左手を右手に前方で重ねるようにする。つまり常に左右どちらか片方の腕は前方に伸ばしたままにしていて、腕をかいた後は必ず前方の手に重ねて合わせるようにする。その重ね合わせた時に体は沈み、そして浮いてくる。浮いてくるタイミングに合わせて次の手のかきを始めると体はもっと楽に浮いてくるようになる。腕をぐるぐる回すことはしない。浮き沈みを意識したスローモーションクロールだ。
 ここでバタ足を強くしてしまうと頭は出たままになり、自然な浮き沈みが分からない。バタ足で余分なエネルギーを使わないこと。レグレスが基本だが、足が沈みがちになってしまう場合は、ゆっくり、ゆらゆらと足を動かす程度のツービートにする。水しぶきをたてるようなバタ足は厳禁。
 ここまでをプールサイドで蹴伸びをしたところからの練習として繰り返す。左右それぞれの腕のかきの後に沈み、浮くことが分かってきたら、今度はそれを長く繰り返していけばよい。それとともに、浮き沈みや息継ぎを効率よく行っていくためのローリングも教えていく。ローリングも浮き沈みに関連した動きと言える。右肩を沈ませることによって左肩が浮いてくる。腕もかきやすくなるし、息継ぎもしやすくなる。

<水泳単元のまとめの感想より(中学1年生)>
〇「人は体に空気が入っている限りは浮き続けるということが分かった。速く泳ごうとして、まだ沈んでいるのに息継ぎをしようとすると疲れてしまうから、水泳は体が沈み浮いてきたら息継ぎをするととても楽に泳げるということが分かった。水泳は体がゆっくりと上がってくるまで待って、上がってきたときに息継ぎをすれば楽に泳げるということを感じた。」
〇「クロールは速く泳ぐというイメージがあったけれど、今回の学習でゆっくり泳ぐということが分かって、腕の形など細かいところまで意識して泳げた。ポイントも気にしながら泳げて疲れずにひとかきを強くするのを学んで『とにかく速く』から『ゆったり泳ぐ』に進歩した。平泳ぎはとりあえずしっかりかいてしっかり蹴るというイメージがあったけれど、ゆっくり泳ぐことによって足とかもていねいにできるようになって、ひと蹴りが強くなったから泳ぎはゆっくりだけど、進むスピードは速くなった。」

◇バタフライは誰でもできる
 バタフライまで教えている中学校はそれほど多くはない。難しいと考えがちだ。ここで教えるバタフライは競泳選手が見せるような激しい動きのバタフライではない。ここでは、「自然な浮き沈み」から「意図的な浮き沈み」へと発展させることにより、浮き沈みのエネルギーが推進力になること(学習内容)をバタフライという泳法(教材)によって学習する。この動きを「グライド」という。推進力は手でかいたり足で蹴ったりするだけで生み出されるものではない。トップレベルのスイマーもこのグライドを各種泳法に利用している。グライドとはグライダーの原理であり、飛行機は斜めに落ちてくることでエンジンを使わなくても前に進むことができる。
 これを教室で説明するとしたらA4版程度の紙を1枚用意し、風のないところで平らにして持つ。手を離せば真下に落ちるが、斜めにして手を離すと空気の抵抗を受けて前に進みながら落下する様子を示すことができる。プールで説明する場合は長方形の薄い鉄板(金属製の菓子箱の蓋をつぶして平らにすれば作れる)と木の板を用意する。鉄板は水面に平らにして手を離すと下へ沈んでいくが、斜めにして手を離すと水の抵抗を受けて前に進みながら沈んでいく。木の板は水平にして水に沈め、手を離すと真上に浮上するが、斜めにして手を離すと前に進みながら浮いてくる。これを水泳に活用すればもっと楽に泳げるようになるし、水泳の面白さが増すことを教えていく。
 バタフライだけでなく、トップレベルの選手はこれを平泳ぎに活用している。息継ぎの時に肩まで水面上に一気に出して頭から突っ込むような動作をする。この時、頭の位置が腰の位置よりもやや下がっている。クロールでは、手先を前方に出して水に入れていく時にやはり頭から突っ込むようにし、体を伸ばしながら潜っていくことによって前に進むことができる。
  
◇蹴伸びからのコースロープくぐり
 グライドの感覚をつかむために、蹴伸びからコースロープをくぐる練習を行う。プールの横サイドから2コース先ぐらい(4~5m先)にコースロープを張っておく。プールの横サイドから蹴伸びをして水面ぎりぎりを進み、手先がコースロープに近づいたら一気に斜めに潜っていく。その時に手は前方に出しておいてかかないこと。無意識に両手を離してかいてしまう生徒が多い。手先と頭から突っ込んでいき、その時にお尻を少し持ち上げるようにする。お尻が出て、その後に下腿も水面に出るようにすると、水面に出た体の重さに押されて沈みながら前方へ進んでいく。腰の位置よりも頭を下げること。そして手先と頭の方向を一致させていくことがすぐにはできない生徒が多い。お互いに見合って繰り返し練習させていく。
 コースロープをくぐるところまできたら、今度は手先を上げて顔も上を向け向ける(ウルトラマンの飛行姿勢)ことによって今度は浮きながら進んでいき、コースロープをくぐって向こうまで行くことができる。プールの横サイドからコースロープまでの距離は、蹴伸びをして勢いが止まりかけたあたりにあるようにするとよい。プールサイドを蹴っただけではコースロープをくぐれずに止まってしまうので、斜めに潜る、そして斜めに浮いてくるグライドの動作をすることによって前に進んでコースロープをくぐることができる。潜る深さは通常のバタフライよりも深く、学校プールの深さの半分くらいまで潜っていきたい。なめらかに、イルカになったような気分でいけるようにする。なめらかにできてくると、くぐる時に水面にお尻がまず出て、次に下腿、そして足の裏が出る。足の先がちょうどイルカやクジラの尾ひれのように見えて気持ちよい。

◇腕のかきをつけてバタフライへ
 自由に深さを変えても潜れるようになってきたら、このグライドの動きをドル平に取り入れて泳いで見る。「自然な浮き沈みに合わせたドル平」から「意図的な浮き沈みを取り入れたドル平」だ。それができてきたら、今度は浮いてくる時に手をかいて一気に水面上に腕を出し、バタフライにもっていく。手をかき始めるタイミングと手のかき方はやや難しい。ここでも浮力の問題が大事になってくる。水中で体が斜めになって浮いてくる時に、手先と水面の位置をしっかり見ているようにする。そのままにしていると手先が水面に届き、続いて頭が出てくることになる。
 頭が出てしまうと今度は頭の重さで一気に体を沈める方向へ力が働くので浮く動きが止まってしまう。そうなる前に手をかき始めて、頭が出る時には腕も一気に水面上に出るようにしなければならない。その直前に足でドルフィンキックをする。手のかき方はいろいろなところで紹介されているのでここでは省略する。
 頭、肩、腕が一気に出て手を前方に出すと、その直後に体全体が大きく沈んでいく。そのままでは、頭が上の方で足が下がった斜めの姿勢で沈んでいくが、最初はそれでよい。大きく沈んだら1~2回程度キックして姿勢を立て直す。そして体が水面に平行になって浮いてきてからでいいので、そこからまたキックして頭を突っ込み、お尻が出て、次に足先が出て潜っていく。そして浮いてくる。通常のバタフライは2回のキックで一回手をかき、手のかきは2回のうち一回は息継ぎをしないが、ここでのバタフライはそれにこだわらずなめらかなグライドの動きを優先する。そして両腕が出る度に息継ぎをする。
 慣れるまでは、沈んだ体の立て直しや潜るために1~2回蹴る、そして浮いてきて手をかく直前に1~2回蹴るというようにする。自分に合った蹴るタイミングと回数で良い。慣れてきたら1回の蹴りで潜り、次の1回の蹴りで浮いてきて手をかくようにしていく。ゆっくり、のんびりと、浮き沈みを楽しみながらのバタフライになっていく。25mプールなら、7~8回程度の手のかき(息継ぎ)で25m泳げてしまう。
 バタフライをなぜ学ぶのか。それは身体の浮き沈みを意図的に使うことで進むことを学び、イルカになったようになった泳ぎを楽しむことにある。その発展として、平泳ぎやクロールにもこのグライドを取り入れてみよう。

◇背泳のポイント
 私が中学2年生の時、私の背泳ぎを見た友人から、「お前の背泳ぎはニワトリが溺れているようだ」とばかにされたことを今でも覚えている。沈まないように必死に腕を回していたのだろう。そんな思いを今の生徒たちにはさせたくない。
 背泳の指導は背浮きから入るが、水中体重の測定で分かったように、水面に出すべき鼻と口以外のからだの部分はできるだけ水中に入れておくようにする。特に耳を水面下に入れておくことがポイントになる(下図)。水面下に入ると音が聞こえなくなるので感覚的に分かる。まずプール内で立った状態から息をいっぱい吸い込んで止め、仰向けになりながら、肩、首、耳と頭

背浮きは耳まで水に入れることがポイント

を順番に少しずつ水に入れていく。この時、足はまだ床から離してはいけない。額の髪の毛の生え際までできるだけ水に入れるようにしてからそ~っと足を床から離していく。それでからだが浮くかどうかは顔面の水際ライン数cmの上下できまる。そのくらい浮力は微妙なのだ。プールの壁を蹴って一気に背浮きに入る指導法もあるが、それでは浮力のことが理解しにくいのであまりやらせたくない。 頭・耳を入れて足を床から離したら、へそ・腰を浮かすようにして膝を曲げて背浮きになる。上手く浮けない人は肺の中の空気の量も関係あるので、息をいっぱい吸って止め、ドル平の時のように時々吐いて吸い、止めて浮力を維持するようにする。水難事故に遭っても、この姿勢をとり続けることができれば命をつなぐことができる。
 背浮きができたらゆっくりバタ足をして進む練習をする。その際にちょっとでも頭が持ち上がるとすぐに体は沈みそうになる。耳を水に入れた顔の水際ラインを慎重にキープすることを意識させる。時にはわざとアゴを引いて頭を持ち上げてみる。すると一気に全身が沈んでいくことが体感できる。   

 さて、腕のかきかたが次の課題になる。腕を水中でかいた後に水面上に持ち上げれば腕の重さでからだが沈み、顔に水がかかってしまう。やや不快になるが、そのことを理解するために「潜水艦実験」をやってみよう。腕を潜水艦の潜望鏡に見立てて背浮きバタ足をする。まず顔以外は水面下に入れて背浮きバタ足で進みながら、途中で片方の腕(潜望鏡)を垂直に上げてみる。腕の重さで潜水艦は沈んでいく。鼻に水が入って不快だが、がまんしてそのまま進み、もう一方の腕も上げて潜望鏡を2本立てる。するともう両手首辺りまで水に沈んでしまう。そして潜水艦を浮上させる。まず片腕を水中に戻し、続いて残りの腕を戻す。潜水艦は浮上していく。
 こんな実験をしてから、顔に水のかからない腕のかきかたを考えていく。他の泳法では沈んで浮いてくるの待てばよかったが、背泳だけは顔面を沈めたくない。そのために腕を上げる時に、別のところから浮く力を加えていかなければならない。そのためにはバタ足も必要になり、それだけでなく、右腕が上がっている時に左腕は水中でかいているようにする。片方の腕を水中でかきながら、もう片方の手を持ち上げていく。ここで力任せにぐるぐる腕を回していくと、過去の私のように「ニワトリが溺れた」姿になってしまってエネルギー切れとなり、続かない。あくまでゆっくり、浮きを確かめながら丁寧に、顔の水際ライン数cmの変化を意識していく。

◇人類の永遠の願い・・・水中で呼吸する方法
 体育教師は研究者だ。体育授業に関わることで分からないことは自分で調べ、実験し、研究してみる。そこで明らかになったことで、子どもたちの目が輝きそうなことを授業にしていく。他教科では受験学力をつけるという課題があるので、楽しいことをやっている余裕はないかもしれないが、体育ではそれができる。水中体重を量ることもそんな疑問や興味から始まった。今では水中体重や頭の重さを量ることは私の授業では不可欠なものになっているし、生徒たちは興味津々で取り組む。そしてみんな泳げるようになる。  
 水泳に関わることをいろいろ調べていたとき、スポーツ大辞典のダイビングの項に「人は30cmも潜ればもう外の空気は吸えない」と書いてあった。つまり、忍者のように筒を口にくわえても、30cm以上潜れば外気は吸えないというのだ。忍者の「水遁の術」は架空の術なのだろうか。私は本当だろうかと思って早速放課後のプールで実験をしてみた。1mほどの長さのホースを用意して口にくわえ、潜ってみた。確かに吸えない。いろいろ調べていくと、水中では胸郭が水圧で圧迫されるので、1気圧の外気を吸おうとしても肺に入ってこないのだ。シュノーケルの長さは通常40cm程度にできている。それ以上長く継ぎ足しても呼吸はできないのだ。

長いホースをくわえて潜ってみよう

 ここから「水中でも呼吸がしたい~人類の永遠の願いを叶える授業~」が構想されていった。人類は魚のように水中で呼吸ができないものか、太古の時代からずっと考え、挑戦を続けてきた。海の底の沈没船にはたくさんの財宝が積まれたままになっているだろう。水中で呼吸する方法をみつけることは一攫千金に値する夢だったに違いない。

◇圧縮空気なら吸える
 水中では水圧で胸郭が圧迫されているので1気圧の外気は吸えない。しかし、水圧に等しく圧縮された空気なら吸うことができる。その体験は私たちでも簡単にできる。空気の入ったバケツを伏せ、プールの中に沈める。バケツの中の空気は圧縮されている。そのバケツの水深と同じ水深位置に肺があれば圧縮空気を吸うことができる。

同じ水深の圧縮空気なら吸えるはず

 私はバケツを伏せて重りを付け、プールの中に沈めた。そして50cm程のホースをくわえて潜り、ホースの先をバケツの中に入れた。潜った時にホースの中には最初水が入っているので、その水を強くバケツの空気の中へはき出す。その直後、私の肺の中に勢いよくバケツの空気が入ってきた。その時の気持ちよさと感動は忘れられない。バケツの中の空気で1~2分は潜っていることができた。
 1690年、天文学者としても有名なイギリスのハーレーは、大きな釣り鐘を伏せて沈め、その中の空気を吸うことで1.5時間もの水中作業に成功したという。伏せた容器の中の空気は呼吸の繰り返しによって汚れる。バケツ一杯の容積では少なすぎてつまらない。そこで私は思いついた。体育館の用具庫に、ボールに空気を入れる電動コンプレッサーがある。その空気をホースにつないで常時バケツの中に送り込めばよいのではないか? 溢れた新鮮な空気は自然にバケツの下から漏れ出す。夏休みの午後、補習に来た生徒を誘って一緒に実験開始。伏せて沈めたバケツの下に長いホースの先を入れて縛りつけ、もう一方の先をプールサイドに置いたコンプレッサーにつないだ。スイッチを入れるとバケツの中には常時新鮮な空気が送り込まれ、溢れ出している。私は短いホースを持ってそこへ潜り込み、ホースをくわえてその先をバケツの中に入れた。勢いよく肺に空気が入り、いつまでも気持ちよく呼吸ができた。これはすごい。
 この感動はやってみた人でないと分からない。人は泳いでいる時に息継ぎができても、肺が水圧で常に圧迫さているために不安感を覚える。しかし圧縮空気による呼吸ではその不安感がなくなり、快適なのだ。いつまでも潜っていたくなる。私はこの時5分以上快適に潜っていた。しかし、そのうち別の不安を感じ始めた。コンプレッサーから出てくるこの空気はきれいなのだろうか? 授業にするにはもう少し研究が必要になってきた。

◇水中呼吸の授業作り
 水中呼吸の授業は単に興味本位だけで行うものではない。ここで学ぶことは、実はスポーツとしてのスキューバダイビングの基礎学習として必要な体験・知識になる。
 授業用に10㍑のバケツ6個を用意し、それぞれに重りをつけて沈められるようにした。バケツの中の空気を吸うための長さ50cmの水道用ビニールホースを30本。そして忍者の水遁の術ができるのか検証するための1mの長さのホースを、これは2人で1本あればいいので15本用意した。また、プールの底に留まって空気を吸うには体に重りをつけないと浮いてきてしまう。費用がないので1.5㍑のペットボトルに砂を詰めてひもで首からぶら下げるようにした。これも30個用意(写真)。
 

重りをつけたバケツ、長短ホース、体を沈める重り

 準備していて気づいたことだが、10㍑のバケツを沈める重りは、その重りの体積を差し引いて10kg以上の重さが必要になる。コンクリートブロックなら軽ブロックではダメで重ブロックが2個は必要になる。バーベル、砲丸なども活用した。首にぶら下げる砂入りのペットボトルも、1.5㍑のものなら、1.5kg以上の重さがないと体を沈める力にはならない。準備をするのには体力が結構必要だった。でも楽しいから頑張れる。
 水中呼吸の授業は1時間扱い。まず1mの長いホースを使って、水遁の術ができるのか試してみる。ほとんどの生徒はできるものと思っているが、やってみると息が吸えず、予想外の苦しさに驚く。そして圧縮空気なら吸えることの発見史を簡単に説明した後、今度は沈められたバケツの中の空気を短いホースを使って吸ってみる。生徒たちは呼吸できることに驚きをもっていつまでもやっていた。
 そしてまとめとして、この圧縮空気なら吸えるということの発見がスキューバダイビングの原理になっていること、ダイビングのボンベの中には酸素でなく圧縮空気が詰め込まれていることを説明する。ボンベにはたくさんの空気を圧縮して入れることができるし、ボンベの体積は変わらないので、水中での重量はほとんど変化しない。吸う空気は水深に合わせた圧力になるようレギュレーターで調節されてボンベから出てくる。

◇安全面の検討
 こんな授業を楽しく始めたが、安全面には不安があった。世界中探してもこんな授業をしている体育教師はいないだろうと思う。2012年、ネットで調べているとダイビングのことを研究・普及している「日本水中科学協会」という団体をみつけた。そして代表理事の須賀次郎さんという方にこの水中呼吸の授業年年のレポートを送ってみた。すると、面白いから東京海洋大学で行われる水中科学協会のシンポジウムで発表してもらえないかという返事をいただくことができた。これはまたとないチャンス。私の実践の問題点や安全面について教えていただくことができる。
 体育とはほとんど関係のない分野で研究・活動をされている方たちの世界だった。そんなシンポジウムで発表するために一人で東京へ出かけて行き、発表の後は交流会にも参加させていただいた。そこで様々な大事なことを教えていただくことができた。

バケツの空気を入れ換える

 まず、バケツの中に吐き出される二酸化炭素の量に注意すること。二酸化炭素量の増加は気がつきにくく、知らないうちに体に負担がかかってくる。授業の中ではバケツは頻繁に持ち上げて換気すること。呼気に含まれる二酸化炭素の量は4~5%程度だから(中学の保健体育の教科書にも書かれている)、肺の換気量から計算してみると、一回に1分程度の体験に留めておいた方がよさそうだと分かった。その度にバケツを持ち上げて換気すればよい。
 ボール空気入れ用のコンプレッサーを使用しての実験について。ダイビング専用のコンプレッサーには空気清浄機がついているのでかなり高価だ。その機能のない安価なボール用のコンプレッサーを生徒に使わせることはやめたほうがよい。使用目的が違うので安全面の保証がない。こんなこともできるということを教師がやってみる程度に留める。
 そして一番生徒たちに教えなければならないことは、圧縮空気を吸うことによる危険性だ。これはダイビングに不可欠な基礎知識になる。ダイビングでは水深が深くなるのに比例して高圧の空気を吸うことになる。そしてそのままますぐに浮上してしまうと肺や血液に溶けている圧縮空気が膨張して命に関わる事故が起こる危険性がある(減圧症)。従ってダイビングで深く潜った時は一定時間を置いて徐々に浮上すべきことが定められている。そうした知識を持って映画「海猿」を見ると、それに関わるシーンが出てきていることが分かる。
 1m程度の深さのプールでの圧縮空気はそれほど問題はないだろうが、浮いてくる時に息を吐きながら浮いてくるべきことを生徒たちに教えた方がよい。これもダイビングの知識として大事な事項になっている。
 何年か前、私はこうした知識を何も知らずに家族でグアムに行き、ダイビング体験をしていた。その時不覚にも溺れそうになり、インストラクターに助けてもらった。今の知識があればもっとダイビングを楽しく、安全にできたのではないかと思う。これからの時代、マリンスポーツがますます普及していくことを考えると、学校の水泳授業で水中呼吸の授業は経験しておくべきではないだろうかと思う。

◇「中性浮力」で無重力体験
 ダイビングのことを調べていて、「中性浮力」という言葉が出てきた。人の体は浮くのか沈むのかということを水泳授業の最初に考えたが、ちょうどバランスがとれて浮きも沈みもしない状態を「中性浮力」という。通常はめったに体験できない。それを体育教師の好奇心からプールでやってみた。
息をいっぱいに吸い込んでから全身を水に入れ、そこから息を少しずつ吐いていけば、どこかで体は浮きも沈みもしなくなり、それ以上吐けば沈んでいくことになる。その「浮きも沈みもしない」状態が「中性浮力」の状態だ。当然それは人によって違うのだろうし、その日の体調によっても違うかもしれない。実験は次の手順で考えた。
 ペットボトルの口に入る程度の細い長さ30cm位のホース1本と1㍑程度のペットボトルを用意する。ペットボトルには口のところから奥の方へ50mlずつ目盛りをふっておく。目盛りのついたペットボトルに水をいっぱいに入れ、プールの中に入れて逆さに持ち、水中置換法ができるようにして手に持つ。
 息をいっぱいに吸い込んで止め、口にくわえたホースからペットボトルの中へ、まずは息を100ml吐き入れる。そこで息を止めたまま、道具は手放して静かに水平姿勢になる。たぶんこの程度なら浮いてしまうだろう。そこでまた最初からやり直しをする。今度は150ml、その次は200mlというように50mlずつペットボトルに移す呼気の量を増やしていき、その都度道具を手放し、水平姿勢をとって浮力の状態を見ていく。こうしてその日の自分の「水中浮力」における肺の中の残気量を決め出す。
 めんどうな実験だが、体育教師なら一度は経験してみた方がいい。その「中性浮力」の状態がすごいからだ。通常息を止めて水中に入ると浮くか沈むかの力が加わるため、体が不安定になるが、「中性浮力」の状態になると水中で体がピタリと止まる。浮きも沈みもしない。それはまさに「無重力」の感覚なのだ。たぶん宇宙遊泳というのはこういう感覚なのではないだろうか。魚は自分の空気袋を使ってそれを当たり前に調節して生活している。
 その止まった「中性浮力」の状態でちよっと水を手で押してみると、押した反対方向へ体が動く。不思議な感覚だ。今までの水泳とは違った感覚の「水中遊泳」ができる。もしかしたら、それは自分が生まれる前、母親の胎内の羊水の中にいた時の感覚なのかもしれない。

参考文献
『最新ダイビング用語事典』日本水中科学協会編 成山堂 2012年
『潜水医学』 眞野喜洋著 朝倉書店 1992年




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