散文:AV新法について
昨日温泉で水風呂にばっしゃばっしゃしてくる女の子がいて、死ぬなよ〜と思いながら見守っていたんだけど。多分体重はわかんないけど5、6歳の平均体重にように見えた。
細かった、楽しそうで、ただの水なのに本当にはしゃいでいて、とてもよかった。
私はこの子より、ただ20年多く生きているだけ。
その子どもと、私はなんら変わらない。ただ、20年多く生きているだけ。
なのに、20年経ったら、ちんこをしゃぶることや、おっぱいを揉まれる事を、国が許し始めるの、それに対価が発生するの、ってなんか世界変じゃない?
AV新法についてずっとずっと正しい答えが出ないまま、今日まで来ている。
それはどれがダメ、賛成とかじゃなくて、どの言い分もわかってしまう当事者としての自分がいるから。
決して賛成ではない、ではないけど、じゃあ資本主義に絡め取られてる私たちはどうしたら良いのだろうか?とずっとずっと悩んでた。ちなみに答えは今も出てない。
けど、ああやって水風呂で駆け回ってる楽しそう子どもの笑顔はすべての成人女性に共通してあるもので、それがやっぱり大人になったからって、許されない事だと思う。
あの子どもは今の自分で、私たち
あの子に許されないことはやっぱり、私たちが20年やそこら多く生きてるからといって、許されていいことじゃないと思う
世界がおかしすぎる、新法の議論する前に、合法化賛成を叫んでるやつは、まず世界の在り方について立ち返るべきだろ!
そんなことを水風呂で思いながら泣いていた
こんな子どもが将来泣くようなこと、絶対ダメだよ
良い契機だったように思う。
公演中止になってしまったメサイアカーミラのカサンドラの台詞で自分のあらゆる事に適応しようと思った台詞がある
「幼稚園児にわかることが、大人にはわからない」
大人だから仕方ないよね、って絶対絶対言わない
おとなだから、お金に困ったらちんこをしゃぶっても、仕方ないよね、って言わない!
だって昨日あったあの子どもは私たちだもの
あの子が笑って生きれるように社会を創ることが、私たちが生きていくべき正しい社会だよ