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2022.12.29


きっと今年最後のnoteになりそうだなと思いながら、この1年のことを考える。
去年の今頃の日記を読んでいると、「誰かが自分のことを好きになれる後押しになるような言葉を書けるように」と目標を掲げていたけれど、果たしてどうだったのだろうか。
書くことしかできない私にとって、受け取り手にとってどんな言葉として響いたのか知ることはできない。それでも自分のために、どこかの誰かのために書くことはやめなかった。

この1年、たくさんのことがあった。
いちばん大きな出来事をふたつ挙げるなら、異動したこと、2年半ぶりに韓国に帰れたこと。
仕事の変化は日常における大きな部分に間違いないわけで、まだまだ欲張りな私の満足ができない自分には変わりない。やさしい人たちが周りにいる、機会をくれる人たちが周りにいる、そのことがどれだけ私にとって幸運なことなのか。

昔はもっと関心が自分に集中していたけれど、内省が一通り終わったことを意味するのか、今年は外にもっと関心が向いた気がする。波があるものに違いない。人を知りたい、外に出たい、そんな時期だと思う。
あと、昔は自分が「これが好き」という感情に従うだけだったのに、内省を深めて「自分がどういうものを好きなのか」「なんでこれが好きなのか」を探る作業を終えて、「じゃあこれも好きなのではないか」とか「別にこれにこだわらなくてもいいのじゃないか」とか、良い意味でものに対する「固執」がなくなったと思う。もちろん、譲れないものや信念はあるのだけれど、自分の感覚に絶対性を持たなくなった。自分への信仰が薄くなったわけではなく、「絶対的自己」という執着がなくなった。これは私にとって大きな変化のひとつである。
例えば、昔の私だったら「今日は外に出たくないなぁ」って日があれば、その日は本当に急用でもない限りは、家から出ないように努めていた。しかし、心が向かない方向が気になって、あえて外に出てみようと思ったりする。ある意味では他人に対してだけでなく、自分にも天邪鬼になってしまったとも言えそう。


あと日記をつけててよかったなぁと思うのが、季節性の体調不良の波を確認できること。
12月は最初の方に体調を崩して、治ってからもここ最近体調が悪いのだけど、自律神経の乱れはやっぱり癖があるみたい。気を遣いつつ、あんまり精神的に気にしないようにしたいなぁ。

今年の目標のひとつが「健康」だったけれど、運動の習慣を持てたのは本当によかった。来年もこの丈夫ではない身体と向き合いつつ、仲良くしてあげたい。


このインターネットの世界で、今年もたくさんやさしい人たちと出会い、たくさんやさしいメッセージをいただきました。やさしさを人に分け与えられる人たちが、何よりたくさんの愛とやさしさで日々が包まれますように。
「当たり前」のやさしさ・愛を、もっと周りの人に表現できる人間になりたいなぁと思ってます。
どんな1年になるかなぁ、2023年。
走れるところまで走ったつもりなので、その続きも勇気をもって歩むことができますように。

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