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誰かと誰もの物語~実写版『私、アイドル辞めます』感想

「冷評と絶賛を同時に贈りたい」というのが率直な感想で、ただそれでは日本語として破綻してるので性懲りもなく理屈を捏ねようと思う。

まず本作の紹介をすると『私、アイドル辞めます』は作者のはなさく氏がTwitterにアップした漫画が原作で、量としては計36ページの短編作品だ。

その実写化となるこの企画も元々はYouTube上で公開する予定で制作が始まったらしいが、原作の反響に加えキャストオーディション企画の盛り上がりもあり、2/18~2/24の1週間だけ都内2館で劇場公開されることが決まった。

そんな経緯もあり、本作は時間にして約30分前後のショートムービーだった。

加えて上記の通りメインキャストはオーディションを勝ち抜いたライブアイドルの方々が務めるので、本業ではない演技については悪いがあまり褒められた出来ではなかった。

そして上記の原作を読めばわかる通り、ストーリーも特に大きな起伏のないシンプルなものなので、仮に広く観客に受け入れられることを「良い映画」の第一義と考えれば、正直「凡作」と切って捨てられても仕方のない作品だとは思う。

ただ個人的なことを言うと、劇場でこの映画を見て僕は泣いた。

言ってしまえばどこにでもあるアイドルと周囲の人々の物語を最大公約数的に描いた本作だからこそ、実際に大切な推しとの出会いと別れを経験したことのあるドルヲタには深く刺さる内容であり、幸運なことに僕もその一人だった。

また、ご時世の影響でコールのないライブに慣れきってしまった今だからこそ、たとえフィクションの世界でも声を枯らして推しの名を叫ぶ卒コンの風景は本当に眩しかった。

アイドルの夢とファンの応援

思えばアイドルが目指す場所としての「武道館神話」は2010年代半ばから後半にかけて徐々にその光を失っていったように記憶しているが、それに代わって台頭したキーワードが「Zeppワンマン」だった。

本作の主人公・千優里もその例に漏れず「単独でZeppに行きたい」という真っすぐな気持ちをファンに伝え続ける。

もちろんファンはそんな千優里の言葉を特典会で聞くたびに「信じてるから頑張ってね!」と全面的に受け入れて応援する。

ただ、ファンだけで話す飲み会の席では「千優里ちゃん売れないかな~」と漠然とした願いは口にするものの、「Zepp」という単語は一度も出さず、代わりに「1日でも長く千優里ちゃんにアイドルを続けてほしい」と消極的な願望を旗印として掲げる。

しかし千優里のグループの単独動員はせいぜい70人で、自撮りにつくいいねは80弱。

そんな生々しい現実と闘いながらもモチベーションを保つため、そして前向きな自分の姿をファンに見せ続けるためにも「Zeppで単独をやる」という夢を公言するのは千優里にとって必要な行為だったのだろう。

ただそうして前を向く呪文としての「夢」が100%内発的なものではなく、「応援してくれるファンの期待に応えなければ」という使命感からくるものだとしたら、一見美しく見えるこの「応援する/される」の関係にもどこか呪いのような危うさを感じる。

同時に、自分含めファン目線で考える「推しへの応援」という一見疑いがたい善意も、時にそうした無自覚な呪いとして当事者を苦しめかねないということだけは忘れず意識しておきたいとも思う。

そして案の定、真面目でひたむきな千優里だからこそ、そうしたファンからの期待に応えられない自分を責めてしまう。

なんとかチャンスを掴もうと努力を続けても変わらない現状に、相変わらずやる気のないメンバー。

加えて、実情を知らない遠方の家族やバイトの同僚からの悪意ない言葉と現実とのギャップに一人悩む日々。

けれど、そうして限界を迎えてしまった千優里が最後まで思い出していたのが他でもないファンの笑顔だった事には観ていてどこか救われる思いがした。

だからこそ仮に演技が拙くても、そんな彼女らを演じているのが実際にステージに立ちファンに応援される喜びを知っているアイドルの方々であることに言外の説得力があった

最後に

生きた人間がお金を介して紡ぐ以上、ヲタクとアイドルの関係性を100%美しいと言い切ることはできないし、そもそも誰の目から見ても美しい物語なんて現実には一つもないのかもしれない。

ただ、たとえ長い人生の中のたった数年の出来事だとしても、互いに素性も知らないアイドルとヲタクが同じ目標に向かって一生懸命に伴走できる可能性を僕は「美しい」と思いたい。

そしてその過程で各自がお互いのために全力を尽くした一瞬一瞬の輝きは、きっと実際に体験した人にしか分からないだろう。

だからこそ本作の結びに込められたメッセージは深く刺さったし、普遍的なアイドルとヲタクの物語を自己投影しながら客観視する機会としての意義を強く感じる作品だった。

なお、改めて見ると「私、アイドル辞めます」というタイトルには読点(、)はあるが句点(。)がない。

ここに「アイドルの卒業は節目であっても終わりではない」という更なるメッセージを邪推しつつ、このストーリーに共感できる可能性を感じたドルヲタの方にはぜひ一度見てほしい映画だった、というオススメを付け加えてこの文を結ぼうと思う。

ご精読ありがとうございました。

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P.S.

実際にパフォーマンス強者の九州女子翼に所属する実玖さんが千優里として言うからこそ、やる気のない他メンバーへの指摘に説得力があったり、ライブでの表現力が群を抜くリリスリのシイカちゃんだからこそ、熱烈なファン役として見せる喜怒哀楽の振れ幅が流石だったり、アプガ(仮)の工藤菫ちゃんの持ち前の明るいキャラクターがあるからこそ、千優里のアイドル活動に興味を示すバイトの同僚役としての言動が嫌味っぽくならなかったりと、短い作品ながら各人の魅力が生きるキャスティングが多かったように思う。

加えて、引き続き不安なくライブを行うのが難しい昨今だからこそ、こうしたショートムービー等の演技をキッカケにグループ横断型の興味の交差点をもっと作れたら面白いなという新たな可能性も感じた。


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