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【#4_卒論連載】新しい物質主義について

要旨

 「とりあえずの積み重ね」としての電柱と電線を分析する理論的な枠組みとして、物的なモノを分析する視座である新しい物質主義の流れを整理する。人間とモノという主客の関係から脱し、複数の一時的関係の中において同一のものであっても複数なカタチで立ち現れることを確認し、それは物的なマテリアリティの視点が重要であることを指摘する。




4-1 新しい物質主義

 本節では近年学際的に幅を持ちながら展開している「モノ」への回帰である新しい物質主義について整理し、電柱と電線という「モノ」を考える理論的枠組みとしたい。

 近代デカルト以降の西洋哲学では、「モノ」を考えるときに「社会と自然」、「人間と非人間」、「主体と客体」などという二項対立の後者を構成するものとして捉えており、そこでは「モノ」は人間に従属、支配、操作、制御され、常に読み替えられるべきテキストとしてあり、人間の優越性や特権性を強調する思想である人間中心主義的な思想を下支えしていた。

 しかし、グローバル化による世界の流動化、急速なテクノロジーの進化は、それまでの人間中心主義的な思想を支えていた「モノ」を再検討する必要性を迫らせている。これまでの人間中心主義的な思想もそういった現代社会の中で関連諸分野のなかで批判の対象として捉えられ新しい物質主義という「モノ」への回帰という展開を見せている(床呂・河合 2019)。

 以下の項では電柱というモノを考えていく上で補助線となるであろう「アクターネットワーク理論」、新しい物質主義の社会学、新しい物質主義以降の都市論のあり方を提示した近森(2021)の論考、新しい物質主義におけるマテリアリティについて整理していく。


4-1-1 アクターネットワーク理論

 モノが社会にどのように影響を及ぼしているのか、科学技術の社会学には主に2つの立場がある。

 第一の立場は科学・技術の自律説。科学・技術は自律的に発展しており、社会はその影響を一方的に被るという技術決定論的な考え方である。

 第二の立場は社会構成主義。技術は人間がある目的を達成するために存在するものであり、社会的(文化的、言語的)に構成されるものであるという考え方である。

 これらは科学・技術の妥当性やある現象自体を「自然」と「社会」のどちらに還元すべきかの議論であった。(久保 2019)

 この二項対立を先に進めるものとして出てきたのがアクターネットワーク理論(以下ANT)である。ANTは人間と非人間という関係性に主体と客体の関係を持ち込ませず、人間も非人間も同じアクターとして扱いその異種混合のアクターの関係性(ネットワーク)、それ自体に注目をするというものである。

 さらに、アクターはネットワーク中での他のアクターとの関わり合いながら一時的にエージェンシーという役割と効力を持つ。 
 エージェンシーは「行為の主体性」と訳されることがあるが、これまではそういった行為の主体性は人間にのみ与えられていた。例えば主体である人間が客体であるモノ影響を及ぼすといったようにである。しかし、新しい物質主義の流れはそうではない。モノであれ、そういった「行為の主体性」をもち他のモノや人間に影響を与えるモノとして考えるのである。さらに、その主体性は固定されたものではなく、ある異種混合のネットワークのなかで一時的に得ることが創出されるものである。
 つまり、あるネットワークに現れるアクターしてのモノは元よりある「志向性」や「法則性」といったエージェンシーを持っているわけではなく、他のアクター達との関係性のなかでエージェンシーとしてのそういったものを持つことが出来るようになるという考え方である。

 科学・技術は自律的に発展し社会に影響する(技術決定論)のでもなく、一方でまた、科学・技術は社会的な要素である文化や言語によって構成されるもの(社会決定論)でもない。科学・技術や人間はそれぞれのネットワークの中で一時的にエージェンシーを持ち、その都度効力が生成されるのだ。

 これまでの社会学(社会的なものの社会学)は人間が集まった関係性である社会で起こる現象をその社会の背後にある、システムや構造といった外在性から説明しようとしてきた、しかしANTが標榜する社会学(連環の社会学)はそういったシステムや構造といったまとまりはあらかじめ用意せず、ネットワークの中で生まれたつながりの動態を「社会的なもの」と置き換えようとしているのである。

 電柱と電線と人間の関係にも同じようなことが言えるのではないか。
 人間が電柱のあり方を規定するわけでも、電柱と電線が人間のあり方を規定するわけでもない。電柱と電線を中心として人間やその他のモノとのネットワークによって様々なエージェンシーを獲得し、その都度に一時的に立ち現れるものである。
 あらかじめ用意された社会的なもの(外在性)を援用し電柱と電線のあり方を規定するのではなく、電柱と電線をめぐるネットワークのプロセスをトレースしながら電柱と電線のあり方の諸相を捉えていく必要があるだろう。


4-1-2 新しい物質主義の都市論

 新しい物質主義の潮流は都市論の分野にも波及しつつある。
 近森(2021)は近年の都市論の閉塞感を脱する方法として新しい物質主義的な議論を援用する必要性を説いている。
 近森によると近年の都市論は「都市の死」を語り続けることによって延命を行っているという。グローバル化によって都市空間は固有性を失い、非-場所の集積となった。それらは俗都市化、郊外化、モール化などの言葉によって都市はつまらなくなったと語られ、それは同時に都市の全体性を語ることが困難にし、局所からの語りの積み重ねによって全体性を語るという方法に移行した。

 上記のような行き詰まった都市論を再生させるために「全体語りの復権」と「頽落図式からの脱却」を果たす必要があるという。
 そのために、新しい物質主義の議論を援用しながら人間が都市を対象にし、都市を語るのではなく、物質的な固有性を保ったモノや装置のアッサンブラージュ(組み合わせ)を語り手として置き、「都市が考える」その方法をたどることが必要だと指摘している。

 次章以降の電柱と電線とその他のモノとの関係の事例を分析していくが、そこから得られる様々な電柱のマテリアリティとしての存在論的実質のアッサンブラージュから「電柱と電線が考える」、なにを語ることが出来るのか検討すべきだろう。


4-1-3 新しい物質主義のマテリアリティ

 ここまでで何度か「マテリアル」「マテリアリティ」という言葉を使用してきた。しかし、その言葉の含有する意味は広く曖昧で個人によって様々なものであると思う。先に進む前に、ここで新しい物質主義における「マテリアル」「マテリアリティ」という言葉の意味の整理を行っておく。

 太田(2019)はマテリアリティという言葉の射程は広く明確な概念を持ったものではあり、様々な学問領域の論点で用いられてきたのがマテリアリティという言葉であると指摘した上で、その議論はマテリアリティを「物質」と「表象」という軸上のどこに位置するものなのかが重要だと指摘する。

 では、新しい物質主義においてのマテリアリティとは何なのであろうか。新しい物質主義は、人間と非人間(モノ)の主客の関係を脱し相互作用を観察するというものであった。そこで重要視されるのは意味と読み取られるべきモノというテクスト中心主義的なモノではなく、モノそのものの素材性(物質)やカタチとしてのマテリアリティであり、それはこれまでの見落とされていた部分である(太田 2019: 44−49)。

 これまでのありがちだった「人間の言語によって捉えられられる表象」としてのモノではなく、「物質のそのもの性」としてのマテリアリティである。本論文における「マテリアル」「マテリアリティ」という言葉は上記の意味で用いている。

 【#3】の最後にも指摘したが、この研究は電柱と電線を中心にそこに人やモノがどのように関係していたかを明らかにしていく。その中で重要な視点は物理的なマテリアリティである。電柱と電線の形状やその配置、その材質などそういった物理的な手触りとして現れるものである。そのようなマテリアリティは電柱と電線の以外のモノ(人も含め)と関係を結ぶ媒体として機能している。




4-2 電柱と電線のデフォルトのマテリアリティ

 ここまで新しい物質主義の整理を行ってきたが、ここで一度電柱と電線のデフォルトのマテリアリティを整理しておく。
 もちろん、これまでの議論を参照して、電柱と電線のあり方は電柱と電線以外のモノとの関係によって立ち現れるものとして考えていくのだが、4-1-3で言ったようにそのマテリアリティは電柱と電線の以外のモノと関係を結ぶ媒体になるモノである。
 電柱と電線単体として「マテリアリティ」を整理しておくことは、どのように電柱と電線をモノのネットワークの中に放り込む前には有効であろうと考える。これらのマテリアリティは様々なアクターとの関係のなかで様々なエージェンシーを獲得していくことになるだろう。


4-2-1 電柱のマテリアリティ

素材

  • 鉄筋コンクリート

形状

  • 高さは10〜16m・太さは1.7〜2.5m・下より上が細い・中は空洞

配置

  • 電柱は道路占用許可基準によって境界線に最も近い位置に設けられる。

  • 電柱同士の距離は30−50m程度(柱間ケーブルのたわみ許容量と柱間の耐張力による)で反復される。

  • 多くの場合で歩道沿いに配置される。


4-2-2 電線のマテリアリティ

素材

  • 銅、アルミ

形状

  • 距離は電柱と電柱の距離に従い、30−50mである。

  • 風などに対して電線が切れないよう、地震などで電柱が倒れないように、たるみが計算されている。そのため電線は緩やかなカーブしながら電柱間をつらなっている。

配置

  • 通信線の場合、地上から最低でも2.5m以上の位置に配置される。

  • 共有柱の場合であれば、地上に近い電線が、通信線。その上に一定の距離をあけ電力線が設置されている。




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記事一覧

📚(このnoteの)引用・参考文献リスト
久保明教,2019,『ブルーノ・ラトゥールの取説』月曜社.
森啓輔・岩舘豊・植田剛史,2017,「新しい物質主義的社会学に向けて――本質主義と構築主義を超えて」『書評ソシオロゴス』13(2),pp1-33.
太田茂徳,2019,「〈マテリアリティ〉という視点の諸相」『空間・社会・地理思想』22,pp45-62.
近森高明,2021,「都市が考える――物質論的転以降の都市論のために」松田素二・阿部利洋・井戸聡・大野哲也・野村明宏・松浦雄介『日常的実践の人間社会学―都市・抵抗・共同性』山代印刷株式会社出版部,pp119-130.
床呂郁哉・河合香吏,2019,『ものの人類学2』京都大学学術出版社.



ここまで読んでくださりありがとうございます。 今後、「喫煙所」の研究をする際に利用する予定です。ぜひよろしくお願いします!