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ふまねっとが繋ぐ笑顔

 6月8日。まだ扇風機を出していない室内は、動けばじわりと汗がにじむ。その日の夜、私の家には付き合いが長い先輩が遊びに来ていた。お互いにソファに座りながら黙々とスマホを眺めていたその時、急に思い出した私は「あっ」と声が出てしまった。「そういえば私、これから工作しなくちゃいけなくて」。首をかしげる先輩を置いて、私は隣部屋から2日分の新聞紙を持ってくる。
 「『ふまねっと』って言うんですけど」。

 ローテーブルをずらし、床に新聞紙を広げる。床に座りながら、まずはスマホでYoutubeに載っているふまねっとの作り方を見る。隣には一緒に画面を覗いている先輩。動画では、ワインレッド色のシャツを着た女性が、丁寧にゆっくりと作りながら説明している。一枚の新聞紙を何度か折り、ねっとの“辺”を作っていく。同じ作業を繰り返すかと思いきや、動画内の女性はすでに出来上がったものを作業台の下から出していた。6つの“辺”をホチキスでつなぎ合わせると、2×2のマスが完成。これで完成まで半分という段階になる。

ここまで動画を見た段階で、作業に入ることにした。完成するには、12回も新聞紙を折らなければならない。2人で分担し、喋りながら作業をしていく。自分もふまねっと教室に参加する話。それをもとにルポを書く話。そうしているうちに折る作業は終わり、繋げる段階に入る。角をホチキスで留めようとするが、折った新聞は厚く、上手くできない。先輩にホチキスを渡してみるも、失敗に終わる。こうなればマスキングテープで留めるしかない。先輩に抑えてもらいながら、私がテープで固定していく。二人とも几帳面だからか、それなりに時間がかかりながらも、ふまねっとが完成した。4×2の全部で8マス。縦が約155センチ、横が80センチと、床に置けばかなり存在感がある。「結構大きいね」と言う先輩の手は、真っ黒に染まっていた。新聞のインクが手についたのだと気づいた自分も、同じ状態だった。

6月10日。天気が良く、この日の室内は日当たりも良好だった。いつもより早めに起きた私は、急いで準備をしていた。服を着替え、化粧をし、パソコンの電源を入れる。ふまねっとは完成した日から床に置いたままだ。開始時間の5分前くらいに準備が整った。zoomに入ろうとするも、すぐには入室許可されず、ちょうど開始時間の9時に入室できた。そしてすぐに、青いシャツを着た女性インストラクターの元気な挨拶と共に“おうちでふまねっと”が始まった。

参加者は10人。女性の方が多いが、夫婦で揃って参加している方もいる様子。また、顔出しをしている人と、していない人が混在している。私は始まったらビデオオンにしようと考えていたが、その間もなく既に顔出ししている参加者の自己紹介が始まった。パソコンから聞こえる元気な「おはようございます」という声が部屋に響く。自己紹介が終わると、インストラクターが拍手をしながら「どうぞよろしくお願いします!」と返事をしていく。テンポよく進んでいく自己紹介の間に、ビデオオンにするタイミングを失ってしまった。私を含めたビデオオフの参加者は6人。その人たちはインストラクターに一人ひとりの名前を呼ばれ、「今日もどうぞよろしくお願いいたします!」と、自己紹介タイムは締められた。

体調面や環境面などの注意事項を確認し、適宜インストラクターが参加者とコミュニケーションを取りながら確認していく。ふまねっと運動の前に、ストレッチが始まった。スローストレッチと言われるそれは、簡単な足踏みから始まる。2拍子の軽快なリズムに合わせて、8カウント2回。次に、さらにゆっくりとしたテンポで再び足踏みを繰り返す。深呼吸をはさみ、足のマッサージが始まる。つま先から太ももまで優しくさすっていく。再び深呼吸をし、下半身のストレッチへ。手を腰に当て、ふくらはぎを伸ばす運動。その後もストレッチは続き、時間をかけて行われていた。

入念なストレッチが終わり、いよいよネットを用いた運動が始まる。ここで、インストラクターの名前を初めて知る。いっくさん。彼女がステップの説明をし、「皆さん、できそうですか?マル?」と問いかけると、ビデオオンの参加者が腕で大きく“〇(マル)”のサインをしている。いっくさんのお手本に続き、まずは簡単なステップでネット上をふまないように歩いていく。2拍子のピアノ伴奏に合わせて進む。その次に同じリズムで、今度は手拍子を加えながら歩いていく。参加者が実践している間、いっくさんは「できてますよ!」、「上手上手!」と、一人ひとりを褒めてくれる。この“リズムを楽しむ”というステップの目標は、“あみを踏まない”こと。一通り終えると、いっくさんが「どうだったでしょうか?せーので大きい〇か、中くらいの〇?小さい〇?あと△?」と聞くと、参加者がみんな大きな〇で答える。「バッチリ~!大成功です!」と拍手。モニターに映る参加者は、みんな笑顔だ。

次の段階の、“変化を楽しむ”ステップに進む。曲は3拍子。動きが先ほどよりも複雑になっていく。欠かさずお手本を見せてもらい、実践していく。問題なく2往復を終えると、今度は手拍子をつけてやってみる。このステップの目標は“手拍子をつけること”。前よりも少し難しいそれは、頭で考えずに歩いてしまうと間違えそうだった。その間にも、いっくさんからは変わらず「いい調子です!」、「ステップも手拍子もできてますよ!」と励ましの声。ステップを終えて、いっくさんが「どうでしたか?」と聞くと、今度は2人ほど大きな〇ではなく、“△”のサイン。そんな参加者に対し、彼女はマイナスな言葉など一切かけず、笑顔で「皆上手にできたと思いますよ!」と大きな拍手をしていた。できなかったことに対し、不満げな表情を見せる者はいない。

3つ目のステップは、歌を歌いながらのステップ。さらに難しくなるステップに、実践前から少し不安げな様子の人が。目標もさらに高度なものになるのだろうと考えていたが、このステップの目標は“笑顔”だといっくさんは言った。

最後のステップを終えると、いっくさんからは笑顔で出来ていたかの問いかけが。ビデオオンの人みんなが笑顔で“〇”とサインをしていた。それを見たいっくさんは嬉しそうな表情。全てのステップを終え、感想を共有する時間へ。ビデオオンの参加者から、「楽しくできました」。「皆さんの笑顔に元気を頂きました」。参加した皆が、ふまねっとを楽しみ、笑顔を大切にしていることが伝わってくる。そして、ある人の感想が、他の人の笑いを起こしている。ただの感想タイムではなく、参加者同士の和気あいあいとしたコミュニケーションが生まれる時間になっていた。

最後に、参加者への感謝と共に、「今日もその素敵な笑顔で一日をお過ごしください。では良い一日を、また明日!」と教室は締められた。参加者の笑顔を見て、自分の口角も上がっていることに気づく。時刻は午前10時前。30分後に講義を控えている私は、いつもであれば寝ぼけまなこで講義の準備をしているが、その日はすっきりとした気分だった。(小林千絵美)

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