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アジャイルな調達を実現する「デジタルマーケットプレイス」

はじめに

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、デジタル化を進める大きな契機になりました。この流れは民間企業だけに限らず、公共サービスにおけるデジタル化の必要性もますます高まっています。

行政がデジタルサービスを構築する際には、ベンダーからデジタルサービスを調達する必要があります。しかしこの「調達」には、デジタルガバナンスラボ第4回 「予算編成と政府調達改革」でも触れられたように、より便利で効率的なサービスの構築を阻む多くの構造的な課題が存在します。例えば、硬直的な予算編成と調達契約、ソフトウェア開発の多重下請構造、ベンダーロックインなどです。行政のデジタル化を推進するためには、こうした課題を解決する「調達改革」が重要な鍵になります。

この記事では、イギリスで行われている調達改革の一つ、デジタルマーケットプレイスを紹介します。

行政を「賢い買い手」にするデジタルマーケットプレイス

デジタルマーケットプレイス(Digital Market Place、DMP)とは、イギリス政府によりオンラインで公開されている、デジタルサービスや人材のリストです。行政(国・地方自治体)は、デジタルサービスやデジタルに詳しい人材が必要な時、DMPからそれらを簡単かつ迅速、効率的に調達することができます。

従来、行政がITサービスを導入するときには、競争入札による委託が主流です。しかし、競争入札には以下の問題点があります。

競争入札ー調達者(行政)にとっての問題点
・事業者に提示する仕様を細かく事前指定する必要がある。
・競争入札に参加する企業を探すのが難しい。
・競争入札のプロセスに時間がかかる。
競争入札ー事業者(サプライヤー)にとっての問題点
・良いサービスを提供することよりも、安いサービスを提供できる企業が選ばれやすい。
・行政と接点を持ちにくい企業(特に中小企業)は入札に参加しづらい。

一方、DMPでは、事業者がそれぞれ提供可能なクラウドサービス、開発・運用委託事業者とその条件を公開しています。事業者がDMPに参加するためには、セキュリティ対応や相互運用性担保などの細かい審査要件を満たす必要があります。行政は公開された条件を比較しながら、希望する要件に基づいて、どの事業者からどのようなサービスを購入するかを選択することができます。

調達者(行政)にとってのメリット
・事業者をDMP上で簡単に探すことができる。
・調達プロセスの簡素化により、担当者の負担を減らすことができる。
・すでにセキュリティや相互運用性などの要件を満たしたサービスを購入することができる。
・より迅速で効率的な調達を行うことができる。

DMPは、イギリス政府がテクノロジーを購入する際の簡素化、明確化、高速化、コスト効率の向上を目的として2014年に導入しました。導入から8年が経とうとしていますが、効果は明確に現われています。

DMPの導入は費用面で大きく政府に貢献しています。
2009年時点では、イギリス政府のIT費用は160億ポンド(2.4兆円)であり、GDPの1%を占めていました。一方、DMPの導入後には
  2011年度 3.1億ポンド(2009年比▲2%)
  2012年度 5億ポンド(▲3%)
  2013年度 10億ポンド超(▲6%)
  2014年度 17億ポンド(▲11%)
を節約することに成功しています。

DMPを導入することで、行政は最適なサービスを最適な価格で購入する、「賢い買い手」として調達を行うことができるようになるのです。

デジタルマーケットプレイスが社会に与える影響

また、中小ベンダーに活躍の場を与えることにも役立っています。DMPの導入当初は、イギリスでも大手18社への発注が8割近くの支出を占めていました。しかし、DMPの発展に伴い、現在では調達の9割が中小ベンダーからの調達になっています。DMPの導入が与えるメリットは、調達者である行政に対するものに限りません。事業者であるサプライヤー、そして社会にも大きなメリットをもたらします。

事業者(サプライヤー)にとってのメリット
・企業の大きさに関わらず、一度審査・登録が完了すれば国内のすべての行政機関・地方自治体への販売チャネルを獲得することができる。
・調達にかかる登録、審査等のプロセスコストの負担を減らすことができる。
・セキュリティ対応や相互運用性などの要件が可視化されているため投資決定が行いやすい。
社会にとってのメリット
・調達の透明性・効率性が高まることで、より良い公共サービスが迅速に提供されるようになる。
・新しい技術を持つ中小企業にも機会が与えられることで、イノベーションの促進に繋がる。

調達フレームワーク

イギリス政府では、政府とサプライヤーの合意事項として各サービスカテゴリーごとにフレームワークを用意しています。サプライヤーは、フレームワークの事項に沿って、情報を公開したりサービスを提供したりする必要があります。これらのフレームワークが存在することで、政府、自治体間での一定のサービスクオリティやシステム間の相互接続性を担保することができます。

事業者が行政に対して提供するサービスは以下3つのフレームワークに分類されます。

クラウドサービス(G-cloud Framework)
クラウドサービス全般の調達を行うためのフレームワークで、主に3つのサービスが提供されます。

①クラウドホスティング
-コンテンツ・デリバリー・ネットワーク(ウェブコンテンツを効率的に配信するための仕組み)
-ロード・バランシング・サービス(過剰なアクセス集中を防ぎ、システムダウンを抑制するための仕組み)
②クラウドソフトウェア
-会計ツール
-顧客サービス管理ソフトウェア
③クラウドサポート
-クラウド移行サービス
-クラウド運用サービス

デジタル専門家サービス(Digital Outcomes and Specialists Framework)
デジタルに関連した委託開発や内部開発のための人材を調達するフレークワークです。

①デジタル成果物:予約システムやアクセシビリティを監査するための人材
②デジタル専門家:プロダクト・マネージャーや開発者
③ユーザー調査を行うスタジオ
④ユーザー調査への参加者

データセンター・ホスティングサービス(Crown Hosting Data Centres Framework)
クラウドで対応不可能な機密性の高いデータセンターの調達を行う際に用います。国家にとって非常に重要性の高いサービスとなるため、以下の条件が求められます。

①ミッションクリティカルなデータセンター
②従量課金制のモデル
③安全な施設
④ティアⅢ以上の稼働
⑤トップクラスの環境パフォーマンス

デジタルマーケットプレイスの発展に向けて

DMPをより発展させ、公共サービスをより良いものにするために、イギリス政府は様々な取組みを行っています。

Local Digital Declaration(ローカルデジタル宣言)
1つ目はローカルデジタル宣言です。これはイギリスの地方政府がより良いインターネット時代の公共サービスを作るための宣言です。ローカルデジタル宣言では、共通のビルディングブロックを作ることやオープンな市場を作ることを通じて、様々な規模の自治体が質の高いサービスを迅速に開発できるようにすること、そして市民のプライバシーとセキュリティの保護・より良いコストパフォーマンスの実現を目指すことが掲げられています。

Buying digital community(買付デジタルコミュニティ)
2つ目は買付デジタルコミュニティです。このコミュニティは、中央政府および幅広い公共部門における商業意識の構築を目指しています。アジャイルな仕事の進め方をサポートする調達方法を確立することや、政府内のバイヤーのピアグループを作り、サポートすること、デジタルおよびテクノロジーサービスの購入に関する知識とベストプラクティスの共有を行うこと等を行っています。

他国政府向けの取組み支援
3つ目は取組み支援です。イギリス政府は他国政府向けに、DMP導入や政府ウェブサイトの構築支援も行っています。オーストラリア政府ニュージーランド政府は自国のDMPを立ち上げる際、イギリス政府のオープンソースコードを再利用することで、大幅な時間・費用短縮に成功しました。

また、GDS(イギリス政府デジタルサービス)は、グローバルDMPプログラムを通じて、国際政府と協力して調達の透明性を高め、デジタル、データ、テクノロジーの各セクターを強化する取組みも行っています。この取り組みは、現在南アフリカ、メキシコ、コロンビア、インドネシア、マレーシアの政府および地方政府と協力して進められています。

デジタル化が急速に進む中、調達のプロセスを透明化していくことはどの国にとっても重要な課題です。DMPは、日本を含め、イギリスから次々に世界へと広まっていくと考えられます。

終わりに

私たちの生活を便利にするデジタルサービスは、日々アップデートされる技術に支えられています。行政が効果的なサービスを提供するためには、国民のニーズを迅速に捉え、それを叶える最も効果的な技術を選び取ることが重要です。DMPは、それを可能にするアジャイルな仕組みの一つだということができるでしょう。

日本ではデジタル庁を中心に、公共調達改革が始まっています。世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターは、官と民を繋ぎながら、DMP導入の議論を促すことで公共調達改革を前に進めています。

変化する社会に合わせて、柔軟に変化していく「アジャイル・ガバナンス」を進めていくために、今後も私たちアジャイルガバナンスチームは、様々な取り組みを発信していきます。

執筆:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 佐藤萌加(インターン)
企画・構成:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 隅屋輝佳(プロジェクトスペシャリスト)・ティルグナー順子(広報)

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