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100日後に死ぬワニ、感動と炎上の理由は「物語」にある。

昨年から始まってつい先日終了した「100日後に死ぬワニ」という漫画がある。

ツイッターでは1日目からスタートして毎日4コマ漫画が更新され、開始当初から話題になっていた。ツイッターユーザーなら恐らく目にした人も多いだろう。

3月20日、100日目に感動の最終回を迎えた。作者のきくちゆうきさんのフォロワーは最終回に向けて急激に増えて執筆時点で216万人と国内でもトップクラスの水準となっている。

すでに炎上騒動の模様を呈しているが、雲行きが怪しくなったのは最終回の掲載直後だ。感動に浸る余韻も無いまま、作品のグッズや人気ミュージシャン・いきものがかりとのタイアップ等が次々と告知され、そのしかけが電通によるものでは?という真偽不明の情報も拡散した。

結果的に一人の作家がコツコツ書いてきたはずが、電通の企画だった、裏切られた、と感じた読者も多かったようだ。「死んだ途端に相続でお金の話が出てきたような気分」というコメントもあった。

なんとも不思議な現象に見えるかもしれないが、この作品に人気が出た事、そして読者が裏切られたと感じた事、実はどちらの現象も物語の構造で説明がつく。

*100日後に死ぬワニと電通は関係が無い、という話が当事者から出ている事は明記しておく。
『100日後に死ぬワニ』“電通案件”ではない きくちゆうき氏&いきもの水野がうわさ否定 | ORICON NEWS https://www.oricon.co.jp/news/2157995/full/

■ワニの漫画にみんなが感動して、さらに怒った理由。

結論を引っ張る気も無いので自分のツイートを引用しておこう。

ツイートで言及している本は「ノベルゲームのシナリオ作成技法」だ。ノベルゲームとは選択肢を選んでいくことでストーリーや結末等が変わっていくTVゲームで、身もふたもない表現をすると絵と音のついた紙芝居に近い。一昔前ならばサウンドノベルとも呼ばれたスーパーファミコンの「弟切草」や「かまいたちの夜」もこれにあたる(相当乱暴な説明をしているがファンの人はご容赦を)。

ノベルゲームでもジャンルは様々で、その中には美少女ゲームとかギャルゲーと呼ばれる分野もある。書籍では、一見すると女の子の可愛さがウリのように見えるゲームでも、ストーリーが感動的で「泣きゲー」と呼ばれるものがあると紹介されている。

■萌やし泣きとは?

紹介されているシナリオ技法、ツイートでも言及した「萌やし泣き」は以下の様な内容だ。

「泣きゲーの基本手法として、非常に広く認知され、既に確立されているやり 方があります。 呼び名は定まっていませんが…...敢へて言うなら『萌やし泣き』です。 原理はシンプルです。まず、物語の前半部分では、 当たり前の日常を描きます。

特に重要なのは、ヒロインとのふれあいです。他愛のない会話やエピソード などをふんだんに盛り込むことにより、主人公、つまりプレイヤーにとってヒ ロインを大切で放っておけない存在にします。この「萌やし」部分にたっぷりと 時間をかけるのがミソです。

~~中略~~

当然ここで、クライマックスへの伏線を敷いておきます。 物語の後半部で何か事件を起こし、一気に雰囲気を暗転させます。 ここからは打って変わって、ヒロインと自分の不幸な状況を締密に描写します。

単純に、大切な人が不幸になっているだけで既に泣きたくなるわけですが、 今が不幸であればあるほど、前半部分での他愛のない日常の大切さが浮かびあ がってきます。 『あの頃に帰れるなら』この思いは、老いていつかは死んでいく人間が共通に持っているノスタルジー であり、泣きの感情を大いに高めるものです。」

ノベルゲームのシナリオ作成技法 「感動系」と「泣きゲー」の招待 涼元悠一 秀和システム

ここではヒロインとされているが、女性キャラや恋愛モノではなくとも、親友でも親族でもあるいは犬やネコでも、場合によってはロボットでも良い。要するに愛着のある存在と言い換えればどんなストーリーでも成り立つ。ゲームに限らずあらゆる作品で使われている技法だ。

「100日後に死ぬワニ」を読んだ人はまさにこの通りになっていることに気付くだろう。「萌やし泣き」の説明にある通り、99日目まで「ありふれた日常」と「伏線」が繰り返される。その中には主人公のワニが良い奴であるエピソードも多数あり、当然それもまた悲しみも増幅させる伏線となっている。当然のことながら、嫌な奴より良い奴が死んだ方が悲しい。ネットスラング風に言えば「死亡フラグが立つ」といった所か。

100日後に死ぬワニはかつて親友を亡くした作者の個人的な体験も反映されているという。そんな個人的な体験の切実さも作品の大ヒットにつながった要因と言えるだろう。

……と、せっかくの作品に対してこのような書き方は、トリックのネタばらしのようで不快かもしれないが、感動する作品、面白い作品は極めて限られた物語のパターンに分類される。これを「36の劇的境遇(シチュエーション)」という(興味がある人はググって頂ければ)。

このシナリオ本の著者も名作と呼ばれる泣きゲーは、パターンにあてはめればユーザーが泣いて作品が売れる、とニヤニヤしながら作られている事はない、作家本人も泣きながら書いている、いい加減なスタンスで良い作品は出来ないと強調している。

■現実に物語を持ち込む。

今回の作品が共感を呼び、そして炎上まで起こした原因は、終わった途端にビジネスが展開された事、しかもそれがあまりに用意周到で電通まで絡んでいたのでは?……という点にある。

中には初めから電通の企画だったに違いないと決めてつけている人も多い。自分が確認した限りでは、途中まで作者が個人的に描いていたがそれに目を付けた出版社等も多数あったのではないかと思う。今時こういった事例は全く珍しくなく、SNSはスカウトの場と言っても過言ではない。

もちろん真相は知る由も無いが、電通が絡んでいたと噂が流れただけで炎上した事は現象として興味深い。

作者のきくちゆうきさんは今回初めて知った。過去には商業メディアでの執筆経験もあり完全な新人ではないようだが、大ヒットを連発した人気作家というわけでもないようだ。どちらかと言えば世間的には無名な作家の分類に入るだろう。

そんな人がなんの後ろ盾もなく、ツイッターで作品を公開して、徐々に人気を獲得してフォロワーを何十万人、何百万人と増やしていき結果として人気作家となる……。これもまた一つの「物語」と言える。AKB48が最初の公演で観客は7人しかいなかったがドーム公演を目指して必死に努力をする、といった「汗と涙の物語」もまた現実にストーリーを持ち込む、ノンフィクションの世界にフィクションの構造を持ち込むスタイルだ。

AKB48がブームになり始めたころは「歌が上手いわけでも、飛びぬけて可愛いわけでも、踊りがメチャクチャ上手いわけでもないのにどうしてこんなに人気なのか?」と疑問を持つ人も多かったが、その際に使われたのがコンテキスト=文脈という言葉だ。プロ野球選手のように高度な技術は無いが、泥だらけになりながら白球にくらいつく高校球児のような存在は誰もが応援したくなる。

AKB48が歌や踊り以上にその存在自体がコンテンツだったように、ワニブームによって作品を描いた作者のきくちさん自身の存在もまた「物語」であり、コンテンツになっていたわけだ。

このようなストーリーは、少年ジャンプ的な「努力・友情・勝利」の確実に人気が出る物語と言える。「努力・友情・勝利」という表現は、物語の仕組みを起承転結とか序破急よりもさらに具体的に表現した、天才的な構造だと言える(この三つの言葉は、ジャンプの読者アンケートで、好きな言葉を選んでもらった結果浮かび上がったもの)。

ここまで説明すればもうわかったと思うが、高校野球で暴力事件や喫煙が過剰なまでに忌避され、当事者のみならずチームごと出場停止になる理由も、大企業の電通が絡んでいたという噂だけで「100日後に死ぬワニ」がここまで炎上した理由も、そんな現実の世界に生まれた感動的な物語、文脈に傷がついてしまったから、ということになる。

■一昔前、ネットは嫌儲が常識。

オジサン世代からするとネットが「嫌儲(けんもう)」、つまり誰かの儲け話が嫌われることは常識で、最近の「マネタイズブーム」を見ていると時代は変わったなあ……と思ってしまうが、今でもステマが嫌われる理由の一つが「他人の儲け話なんて誰も付き合いたくない」、という嫌儲思想が根強い事を表していると思われる。

今回の炎上騒動も騙されたと怒っている人もいれば、作者だって食って行かないといけないんだからと擁護している人で賛否両論がある。

自分はどちらの立場でもないが「嫌儲の視点から批判されないように、もう少しうまくやればよかったのに……」というスタンスだ。作者のきくちゆうきさんは良質な作品を作る事に成功した優れた作家だが、作家をバックアップする周囲は現実の世界で物語を作る事、読者がきくちさんを応援したくなるような物語を作り上げるテクニックが下手だったのかな……と言う印象だ。

ドキュメンタリー番組であるガイアの夜明け、情熱大陸、仕事の流儀などは、いずれもどのような視点で人物や企業を取り上げるか必ず「演出」が入っている。番組では撮影した映像のうち、おそらく1/100も使っていない。残りはすべてカットされている。つまり番組のディレクターがどんな映像を使うか決めることは、どんな物語を視聴者に見せるかとイコールだ

これはフィクションに限らずノンフィクション=現実の世界でも物語の技法が使える事を示す。上手くいけば爆発的に共感を呼ぶ一方、失敗すれば「100日後に死ぬワニ」が作品として成功したのにプロモーションで炎上して不必要にケチがついてしまったように、諸刃の剣とも言える。

そしてセルフブランディングが重要と言われる昨今、このような「物語の手法」「物語の構造」を理解しているかどうかは、企業でも個人でも食えるか・食えないかを分ける生命線になることは間違いない。

中嶋よしふみ FP&ウェブメディア編集長、ビジネスライティング勉強会オーナー

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