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罰(ばち)

この話は10年ほど前、仕事で1週間ほど関東地方に出張していたときに、偶然聞いた会話の断片です。

それは平日の午後3時頃のことでした。
私は遅い昼食を摂るために下町の中華料理店にいました。
片側に8人ほどが座れるカウンターと、反対側に4人掛けのテーブルが3つほどの、夫婦で経営している小さな店です。

中途半端な時間帯だったためか、客は当初私ひとりでしたが、しばらくすると3人連れの客が入店してきました。
3人とも白髪のまじりはじめた50代くらいの初老の男性で、いずれも黒いスーツ姿、黒いネクタイを締めていることから、どうやら葬儀か法事帰りのようです。

3人はカウンターに座る私の、斜めうしろの4人掛けの席に腰をおろしました。
それぞれにビールと料理を注文し終えると、中の一人がさも参ったという口調で話し始めました。
「いやー、こうも立て続けだとほんとうに参るよなぁ」
「そうだなぁ」と別の一人が応(こた)えます。
「月初めにケンちゃんの葬式に出たと思ったら、今日はリョウ太だもんなぁ。先月はシンちゃんの入院見舞いに行ったし、俺たちももうそんなにガタがくる歳なんかなぁ」

「いや、それにしても幼なじみばかり、こんなに不幸が続くなんて、俺たちなんか呪われてるんじゃないかと思えてくるよなぁ」
「まさか…偶然だよ偶然。俺たちそんな人から恨みをかうようなことはしてないだろう」
そのような会話を聞くともなしに聞いていると、それまで黙っていた3人目の男性が沈んだ声で口を開きました。

「いや、ほんとうにそうかな?…」
「どういう意味だよ」あとの二人が声をそろえて問いかけます。
「おまえたち、トシ子ちゃんて子、おぼえてるか?」
「トシ子ちゃん?…誰だっけ」
「ほら、子供の頃にいただろう」

そう言われて二人はしばらく考えていましたが、やっと思い出したようで
「……ああ、そういやぁそんな子いたなぁ。俺たちよりひとつかふたつ年上の…お寺の娘だったっけ?」
「ああ、そうだ、居たいた。俺たちが遊んでると、気付かないうちにそばに来てて、なんかおっかなくて、ちょっと薄気味悪い子だったよなぁ」
「うん、そうだったよなぁ。俺たちが虫やカエルなんかを捕まえて遊んでると、いつのまにか後ろに立ってて『あんたたち、そんなことしてると罰(ばち)があたるよ』なんてよく言ってたなぁ」
「で、そのトシ子ちゃんが俺たち幼なじみの不幸となんの関係があるんだよ?」

そう聞かれて沈んだ声の男性は、さらに暗いトーンでこんなことを言うのでした。
「それが…先月から時々俺の夢に出てくるんだよ。
子供時代とはなんの関係もない夢の中に、脈絡もなく突然出てきて『罰があたるよ』って俺を指さすんだ」
「夢の話だろ?ばかばかしい」
「いや、今日のリョウ太の葬式の間中、俺、ずっと考えてたんだ。これは本当に罰なんじゃないかってね」

「罰?なんの?」
「ほら、子供のころに俺たち、チョウチョやトンボの羽をむしったり、カミキリムシの足をもいだり、カエルの腹に空気を入れて破裂させたり、さんざん命を粗末にするような遊びをしていただろ?
それで、そのたびにトシ子ちゃんに『罰があたるよ』って注意されてただろ?
その罰があたったんじゃないかと、きょうの葬式の間中考えてたんだ」

「ええっ?そんなことで?そんなことは俺たちの世代の子供なら誰でもやってたことだろう?」
「いや、だって考えてみろよ。まず先月、シンちゃんが職場の機械に巻き込まれて片腕無くしたろ。
そのあとケンちゃんが交通事故で内蔵破裂の即死。
それで、今度はリョウ太が列車に飛び込んでバラバラになっちまった…因果応報っていうか、ただの偶然にしては出来すぎてるだろう」
「いやいや、いくらなんでもそれは考え過ぎだって」
「そうだよ。それになんで子供の頃の罰が、50年近くたった今頃発動するんだよ?」

「確かに俺たちにとっちゃぁ50年前の些細な出来事だけど…
この前テレビでどこかの坊さんが言ってたけど、俺たち生きてる人間と、幽霊や神様の時間や物事に対する考え方が違うんだそうだ。
俺たちには50年でも向こうの尺度では一瞬かも知れんし、ささいなことと思っても神様にとっちゃあ事の大小なんか関係ないのかも知れん」
「そんな…縁起でもないこと言うなよ」
「そうだよ、そんなのお前の考え過ぎだよ」

「そうならいいんだけどなぁ。先月から急にトシ子ちゃんの夢を見始めて、なにか次はお前だぞって言われてるみたいでさ。
もし本当にそうだったとしたら、虫の羽や脚をもいでも片腕をなくしたりバラバラになったりする罰があたるんだぜ。
自分があの頃、なにげない気持ちで小さなな生き物たちに、どんなことをしてたのかと思い返してみると、俺にはどんな罰があたるんだろうかと考えちゃってさ…」
沈んだ声の男性はよりいっそう暗く沈鬱な声でしゃべり続けます。

「お前らの夢にも今夜トシ子ちゃんが出てくるかもしれないぜ。
そういやぁ二人共、昔は虫やカエルどころじゃない、犬や猫にもずいぶん酷いことしてたもんなぁ。どんな罰があたるんだろうなぁ?…」
どこか期待してでもいるかのようなその声に、あとの二人はもう何も言い返しませんでした。
そのどんよりと淀んだ、暗く重い沈黙を背後に感じながら、私は厄払いでもするかのように、急いで勘定を済ませて店をあとにしたのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 九十九日目
2023.12.24


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