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今回は昔、大阪のとあるバーで働いているK子さんという女性から聞いたお話です。

K子さんは高校卒業後、地元の会社に就職しましたが、肌に合わず、2年ほどで退職して大阪に出てきたのだそうです。
たいしてお金もなく、かといって別に新しい就職先の宛もなかったK子さんは、とりあえずの働き口として水商売を選んだのでした。

彼女は店にほど近い安アパートの一室を借りて、そこで暮らし始めました。
各階3部屋ずつの2階建てアパートで、K子さんは2階奥の角部屋でした。

古いアパートでしたが間取りだけは2DKと広く、その点が気に入ってK子さんはここを選んだのでした。
玄関を入るとDKとバス・トイレがあり、その奥に6畳と4畳半の部屋が並んでいるというごく普通の間取りです。

彼女は4畳半の部屋を寝室にして、部屋の奥の壁際に、折りたたみ式の簡易ベッドを置いて、玄関の方に足を向ける形で寝ていました。
ベッドの横の少し高い位置に明り取りの小窓があり、頭の右斜め上には普通サイズの窓がひとつあるといった配置です。

その部屋に暮らし始めて2ヶ月ほどたったある日のこと。
深夜に帰宅して、目覚めたのは午前10時頃でした。
まだお酒の抜けきらない、ぼんやりとした頭のまましばらくベッドに横になっていましたが、ふと気づくと、なにやら話し声が聞こえます。

寝ている彼女の頭の上、壁の向こうから中年女性が二人、立ち話でもしているような、そんな声です。
何を話しているのか、内容までは聞き取れませんが、ボソボソとした、くぐもった声がずっと聞こえています。

K子さんはその声を聞きながら、〈わたしのことを噂しているんじゃないか〉と思ったそうです。
と、いうのもゴミの捨て方を注意されたり、仕事に行くときに挨拶しても返事をしてくれなかったりなど、普段の近所の奥さんたちの印象が良くないことに加え、K子さん自身が、午後遅くに出かけて行き深夜に帰宅するという水商売という仕事に、まだどこか引け目のようなものを感じていたからでした。

その話し声はしばらく続いていましたが、気がつくといつのまにか止んでいました。
しかし、その日からほぼ毎日、雨の日でも、K子さんが目を覚ます頃になると、外で立ち話をしている声が聞こえるようになったのです。

相変わらず話の内容はわからないまま、笑い声や大きな声を出すでもなく、ボソボソとした一定の調子で聞こえてきます。
たとえ自分のことでないにせよ〈いつもいつも…、毎日よくそんなに話すことがあるもんだ〉と、彼女はしだいに苛立ちをつのらせていきました。
〈誰が話しているんだろう?〉とそっとカーテンの隙間から覗いたこともありましたが、見える範囲に人影はありませんでした。

そんな立ち話が始まって約1ヶ月後、声はいつしか寝ているK子さんの頭のすぐ近く、壁一枚をへだてたところで話しているような感じになっていました。
さすがの彼女も、これは人間のものではないと思い恐ろしくなりました。

しかし引っ越しをしようにもお金がありません。
とりあえずは、寝る向きを逆にして、できるだけ声を聞かないようにするのが精一杯でした。
同僚の自称霊感があるという女の子にも一度観てもらいましたが、なんか居そうだけどよくわからないという頼りないものでした。

御札を貼ろうにも、家内安全とかのありきたりのものは効きそうにないし、本格的なものはどこに行けばもらえるのかもわからず、ずるずると日を過ごしていたそうです。

しばらくしたある日のこと。
その日も立ち話の声はしていましたが、いつもと違っていたのは、K子さんの体が動かなかったことでした。
金縛りです。
焦ってなんとか体を動かそうとしましたが、ピクリとも動きません。

そうしていると、今度は立ち話の声とは反対側の玄関の方で、別の声がしはじめました。
低い男性の声で、お教のようなものを唱えていますが、これもまた具体的になにを言っているのかわかりません。
お経の声は、玄関からDKを通ってしだいにK子さんが寝ているベッドの方に近づいてきます。

すると、それに対抗するかのように、今まで部屋の中には入ってこなかった立ち話no
声も壁を抜けて、ベッドの横へと移動して来ました。
二つの女性の声と、男性の低いお経の声はK子さんの寝ている脇で、まるで罵り合うように、しだいに音量を上げていったのでした。

どれほどの時間がたったのでしょうか、K子さんがかたわらの大音声(だいおんじょう)に耐えきれなくなった時、どちらの声も一瞬で消えてなくなり、金縛りも解けました。
あたりには平日の日常の生活音がかすかに聞こえるばかりです。
そしてこの日以降、立ち話の声は聞こえなくなったのだそうです。

私は、そのアパートの周囲にお墓や寺などはなかったか?、玄関やベッドのあった方角は?、部屋は事故物件ではなかったのか?アパートの建っていた土地には昔なにがあった?など、矢継ぎ早に質問してみましたが、K子さんはどれも
「そんなのわかんなーい」と答えるだけでした。

「あ、でもね、どっちの声も何言ってるかわかんなかったんだけど、お経の声で一個だけ聞き取れた言葉があるの。
玄関から最初入ってきたときにね、わたしの頭の横で一言、『みつけた』って…確かにそう言ってたの」
・・・という、そんなお話でした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 百十五日目
2024.6.8

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