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長屋のはな見

今回は建設作業員をしている、Uさんという50代の男性から聞いた、彼の若い頃のお話です。

昭和50年代の後半、Uさんは17歳で高校を中退して、家出同然で大阪近郊の街に出てきたのだそうです。
わずかなお金を持って飛び出してきたUさんでしたが、住む場所も働き口のあてもなく、駅前の牛丼屋でとりあえず空腹を満たしつつ、これからどうしようかと考えていました。

そんなUさんに声をかけてきたのは、牛丼屋で隣に座っていた建設会社社長のYさんでした。
Uさんの事情を聞いたY社長は、うちで働いてみないかと誘ってきたのだそうです。

住む場所も、当座家賃5千円で住める部屋を提供するという誘いに、Uさんは渡りに舟とばかりに飛びつきました。
ところが、仕事はごく一般的な建設作業の補助でしたが、当座は5千円の家賃で住ませてやると言われた部屋は、かなりのわけあり物件だったのです。

Uさんは会社の寮かなにかだろうと思っていたのですが、Y社長に連れて行かれた先にあったのは、戦後すぐに建てられたのではないかと思うほどボロボロな、木造平屋建ての4軒長屋でした。

棟続きで4軒並んでいる一番奥の一軒は、屋根が崩れかけている半壊状態。
中の2軒も窓ガラスが割れていたり、玄関ドアが歪んでいたりと、一見して人が住めるような状態ではありません。
かろうじて手前の一軒だけが、なんとか家の体裁を保っているという状態でした。

Y社長が言うには、このあたりは近々大きなビルが建つ予定なんだが、やっかいな地権者が一人いて、用地買収が難航している。
その買収が完了すれば、この長屋も取り壊しになるんだが、それまでの間なら住んでも良いという条件でした。

「たぶん一年くらいのうちには、なんとかなるやろと思うけど、まあそれまでの間、ホームレスなんかが入り込まんように番をする、警備員がわりっちゅうことや。
いちおう電気・水道・ガスみんな使えるし、トイレは水洗やで。
家賃の5千円は光熱費っちゅうとこやな。
部屋も二部屋あるし、一人もんには贅沢なくらいやろ」
Y社長は上機嫌でそうUさんに言うのでした。

Uさんはそんな社長の言葉を聞きながら、玄関の開き戸を開けました。
玄関を入ると左側に台所、右にはバス・トイレがあり、正面の上り框(がまち)の向こうには、床の間と押し入れのついた8畳間、その隣には6畳の和室があり、どの部屋も古びてはいましたが、たしかに家出同然の17歳には贅沢すぎるほどです。
Uさんはその日からその長屋に住むことに決めました。

いつ引っ越さなくてはいけなくなるかわからないので、家財道具といえばY社長が くれた一組の布団と中古の小型テレビくらい。
今で言うミニマリストのような生活がはじまったのです。
どんなにボロ家であっても住めば都で、しばらくはなんの問題もなく過ごしていました。

ところが、住みはじめてから半月ほどたったある夜のことでした。
午前2時過ぎ、トイレから戻ったUさんは、ふと違和感を覚えました。
Uさんは6畳の和室の真ん中に、社長からもらった煎餅布団を敷きっぱなしにして寝ていたのですが、その布団に戻って何気なく上を見上げたところ、仄暗い常夜灯も明かりの中、視界の隅に何か見慣れないものを見てしまったように感じたのでした。

その違和感のする方を目を凝らして見てみると…
〈は…な?・・・鼻ぁ?!〉
6畳間の天井に近い壁に、貼り付けたようにぽつんとひとつ、人間の鼻が突き出ているのです。

Uさんは立ち上がり明かりを点けて、壁に突き出ている鼻をまじまじと仰ぎ見ました。
どこからどう見ても鼻、人間の男性の鼻のようでした。
鼻はUさんが手を伸ばしても、ほんの少し届かない高さに突き出ています。

それを見ていると、怖いというよりも、これが本当の鼻なのか興味が湧いてきたUさんは、布団の枕元に転がっていた夕食の弁当ガラの中から割り箸を一本とりだして、鼻をつついてみようとしたそうです。

背伸びをして、いっぱいに伸ばした手の先の割り箸が、まさに触れようとしたとき、鼻はフッと壁に引っ込んでしまいました。
Uさんは、その後しばらく壁とにらめっこをしていましたが、その夜は二度と現れませんでした。

夜が明けて、仕事の現場に行ったUさんは、鼻のことを社長や先輩たちに言おうかどうか迷ったそうです。
「お化けや幽霊ならともかく、夜中に壁から鼻が出ましたーなんて言うても、どうせ信じてもらえへんやろし、まあ、それほど怖い感じもせえへんかったから、けっきょく言うのは止めたんや」とUさんは言います。

その後も鼻は時々現れました。
時刻はだいたい夜中2時か3時頃で、現れるのは決まって6畳間の、長屋の隣の家がある側 の天井近くの壁でした。
数も最初のうちはひとつでしたが、そのうち2つや3つの時もあったそうです。

鼻はたいていは男性のものでしたが、時々女性のものも混じっていました。
「一番多いときは8つくらい出たかな。
もうその頃には慣れっこになっててな、鼻の品評会みたいで笑けてしもてなぁ」とUさん。

「けっきょく鼻はつついてみなかったんですか?
それに出る時刻がだいたい決まってるんなら、ほかの人に泊まり込んでもらって、いっしょに確認してもらったらいいじゃないですか」と、私が言うと、Uさんは笑いながら、
「それな、わしもなんべんかつつこうとしたんよ。
けど、なんやろな、匂いで察知するんかな?触る間際になるとあいつらフッと引っ込みやがるねん。

それに他の人いうても、みんな仕事で疲れてるしなぁ。
もの好きにボロ長屋に泊まり込んで、鼻見をしょうなんてヤツは居てへんよ」と言ったのです。

そうこうしているうちに、地権者との交渉がうまく進んだのか、一年を待たずに長屋は取り壊されたそうです。
後日、Uさんが知り合った霊能者と称する人にこの話をしたところ、おそらく鼻の出てきた壁には霊道が通ってたのだろうと言われたそうです。

それがなんらかの理由で壁から先に進めなくなって、みんな鼻だけを出した状態で足踏みしていたんだろうということでした。
さて、こんな話、あなたは信じられますか?

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 百十日目

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