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呪いのパイプ椅子

今回はAさんという女性から聞いた彼女の息子さんの体験談です。

息子さん(仮に芳樹くんとしておきます)は現在高校2年生、学校の部活動は広報部に所属しています。
広報部というと、昔は新聞の編集・発行など紙媒体の活動が主でしたが、最近の学校の部活動では、InstagramをはじめとしたSNSを活用したものに移りつつあるようで、芳樹くんもスマホやパソコンを使って、学校行事や各部活動の様子などを取材・発信する活動をしていました。

今年6月のこと、夏に向けた広報部の編集企画会議が開かれたのだそうです。
運動部の活動報告などの恒例の記事以外に、何か新しい企画はないかと10名ほどの部員が話し合った結果、季節も夏で最近のブームでもあることから「学校の怪談の紹介と調査検証」という企画がまとまりました。

芳樹くんの学校にも、トイレの花子さん的な話や、夜中に無人の体育館でバスケットボールをドリブルする音が聞こえるといった、どこの学校にもあるような怪談が伝わっていました。
しかし、それに混じって『呪いのパイプ椅子』という学校独自の話がひとつ、いつのころからか語り継がれていたので、まずはその話から取材してみようということになったそうです。

『呪いのパイプ椅子』という怪談の概要は、
〈いつの頃かはわからないが、体育館にある体育準備室で男子生徒が首を吊った。その際に踏み台に使ったパイプ椅子が今でも残っていて、学校の備品のパイプ椅子の中に紛れ込んでいる。運悪くその椅子に座った者は、急に体調が悪くなったり事故に遭う。パイプ椅子の背もたれの後ろには、☓(バツ)印の擦り傷がついているので見分けることができる〉というものでした。

芳樹くんたちは、この話がいつごろから語られ始めたのか、実際に首吊り事件はあったのかなど、話のルーツや呪いによる被害者の有無を探るグループと、今も本当に呪いのパイプ椅子は存在するのかを実際に確認するグループの2つの班に分かれて調べてみることにしました。
ただ、人が亡くなっている話であるため、顧問の先生には内緒で調査を開始したそうです。

話のルーツを探る班は、先輩や卒業生に話を聞いたり、図書館へ行って古い新聞記事を調べるなどの取材を開始しました。
芳樹くんたちの実際にパイプ椅子を調べる班は、学校のあまり知られていない設備を紹介するという名目で、とある土曜日、運動部の練習がない時間帯に、体育館で大掛かりな調査を実施したのでした。

パイプ椅子は体育館のステージ下の、引き出し式になった台車に収納されていました。
60脚が収納できる引き出しが全部で5つ並んでいます。
芳樹くんたちはそれらをすべて引き出して、手分けして背もたれの後ろに☓印の傷のある椅子を探し始めました。

蒸し暑い体育館の中で、一脚一脚丁寧に確認していきましたが、それらしい椅子を見つけることは出来ませんでした。
〈やはり噂でしかなかったのか〉と、捜索していた一同が落胆して台車を元に戻そうとしたときでした。
台車を引き出したあとの、ステージ下の暗がりの奥に、一脚のパイプ椅子がたたまれた状態で、寝かされるように転がっているのを芳樹くんは見つけました。

〈台車を引き出すときに落ちたのかな?〉と思い、とにかくその一脚も回収して確認しようとしたそうです。
引き出し式の台車にはストッパーがついていて、全部は引き抜けない構造になっていたので、しかたなく台車から椅子を何脚か降ろして空間を作り、芳樹くんはそこからステージの下へと身体を滑り込ませました。

潜り込んだステージ下は、外にも増して蒸し蒸しとしていて、一気に汗が吹き出してきます。
芳樹くんは、スマホのライトを頼りに、腰をかがめた状態のまま転がっているパイプ椅子の方に近寄って行きました。

ライトを当ててみると、パイプ椅子には薄っすらと埃が積もっていて、長い間使われていないことがうかがえます。
背もたれの後ろを確認すると、爪で引っ掻いたような大きな☓印が確認できました。

「あった!」と声を挙げながら、芳樹くんが椅子に手をかけようとしたときです。
右手から左手に持ち替えたスマホのライトが、一瞬照らしたステージ下の闇の奥に、チラリと何か白いものが見えたような気がしました。

改めてその方向にライトを向けると、そこにはバスケ部のユニホーム姿の男子生徒がひとり、膝を抱えて座り込んでいました。
膝と胸の間にバスケットボールを挟んだ状態でうつむいています。
驚いてライトを当てたまま声も出せずにいると、男子生徒はゆっくりとこちらに顔を向けました。
その大きく見開かれた、白目のない真っ黒な両目を見たとたん、芳樹くんは悲鳴をあげてステージ下から無我夢中で這い出しました。

芳樹くんの「あった!」と言う声に、ほかの生徒たちも周囲に集まってきていましたが、突然半泣き状態で這い出てきた芳樹くんの姿に、みんな一様に驚くばかりでした。
しばらくして、芳樹くんの途切れ途切れの話を聞いた別の男子が、ステージ下を確認しましたが、ユニホーム姿の男子生徒はおろか、見つけたはずのパイプ椅子さえも消えてなくなっていたそうです。

結局、このことがきっかけで今回の秘密裏な調査は顧問の先生の知るところとなり、「学校の怪談の紹介と調査検証」という企画自体が中止になってしまいました。
あとには芳樹くんの体験談だけが、新たな学校の怪談に加わり、今でも生徒たちの噂になっているということです。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 九十五日目
2023.11.18

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