見出し画像

角を曲がる女

今回は先日、病院の待合で偶然会った知人から聞いた話です。

事の起こりは、彼(仮に田中さんとしておきます)が20代のはじめ頃、今から40年ほど前のことです。
その日田中さんは、隣の市にある喫茶店で友人と会う約束があり出かけたのですが、途中で道に迷ってしまいました。

携帯電話がまだない頃のことです。
田中さんは友人から聞いた大まかな住所と、喫茶店の名前だけを頼りに、見知らぬ街を歩きまわっていました。
待ち合わせの時間が迫り、焦る田中さんでしたが、ふと前を行く一人の女性に目がとまりました。

長い黒髪に目にも鮮やかな真っ赤なワンピース、黒いピンヒールを履いて颯爽と歩くその姿は、周囲の景色とは明らかに異質な雰囲気に包まれていました。

田中さんがその姿に気づいたとき、彼女は20メートルほど先のビルの角を曲がるところでした。
そのモデルのような後ろ姿は、自ずと美女を連想させます。

田中さんは惹きつけられるように足早に彼女のあとを追って角を曲がりました。
しかし、目の前の通りにはすでに女性の姿はありませんでした。
思わずあたりをきょろきょろと見回していると、あれほど探しあぐねていた喫茶店の看板を見つけたのだそうです。

そして、次にこの女性を見かけたのは、それから数カ月後の翌年1月のことでした。
休日にひとりで映画を観にいった帰りのことです。
そのときも女性は、冬ざれた街並みの中、ひときわ目立つ真っ赤なコート姿で、道の角を曲がるところでした。

あれほど派手な色のコートを着た女性が前を歩いていれば、もっと早く遠目にも気がつきそうなものですが、今回も気づいたときには道の角を曲がる瞬間で、その後ろ姿しか確認できませんでした。

田中さんは今度こそ女性の顔を見てやろうと、走ってあとを追って角を曲がりましたが、やはり女性の姿はありません。
角を曲がった先にパチンコ屋があったので、もしかするとそこに入ったのかと思い、入店して店の中を一周してみましたが、赤いコート姿の女性はいませんでした。

少し落胆した田中さんでしたが、そのまま寒い外の通りに戻るのもどうかと思い、しばらく暖かい店内にいて、当時流行っていたフィーバーのパチンコをすることにしたのだそうです。
適当に空いている台に座って打ち始めると、程なくして大当たりが出て、その後もアタッカー開放、Vゾーンに続々と玉が入るという展開で、思いがけない大勝ちをしたそうです。

そしてこの日からのちも、田中さんは何度か角を曲がる赤い服の女を目撃してあとを追いました。
しかし、いつも曲がり角の先には女の姿はなく、そのかわり、しばらく会っていなかった友人にばったり出くわしたり、何気なく買った宝くじで数万円が当たったりするなど、角を曲がった先で何かしらの小さな幸運に恵まれたのだといいます。

そんなことが続いた、とある夏の日、その日も田中さんは角を曲がる女を見かけ、また幸運の女神に出会えたと、勇んで大通りから脇道に入る角を曲がりました。
するとその瞬間、スピードを出して走ってきた車に、出会い頭にはねられて右足を骨折、倒れたときに頭も打って、しばらくは意識不明となり、長期の入院を余儀なくされてしまいました。

そのようなことがあったにもかかわらず、病院の中や退院後も角を曲がる女は、誘うように何度も田中さんの目の前に現れたそうです。

しかし、彼はもう二度とその後をついて行くことはしませんでした。
なぜなら、彼は見てしまったんです。
車とぶつかって道に倒れて、意識を失う瞬間に、集まってくる野次馬の中、真っ赤なワンピ-スを着て倒れている彼の姿を見おろしている女の姿を。

その目鼻立ちはまったく憶えていませんが、嘲(あざけ)るような薄ら笑いを浮かべていた、赤いルージュの口元だけは鮮明に彼の脳裏に焼き付いていました。

田中さんが、誘うように角を曲がる後ろ姿を無視し続けていると、やがて女は現れなくなり、このことは今日まで彼の記憶の彼方に遠ざかっていたそうです。
「でも、ついさっき息子の言葉で急に思い出してね、改めて怖くなったんで誰かに聞いてほしくて…」と田中さんは言います。

聞いてみると、田中さんはこの日、入院している息子さんを見舞うために病院を訪れたのだそうです。
出会い頭に自転車とぶつかり、運悪く足を骨折してしまった息子さんでしたが、彼は、赤い服の髪の長い女性に惹かれるように角を曲がったらぶつかったと言ったのだそうです。

その言葉を聞いて田中さんが問い詰めると、息子さんは、これまでにも何度か女を目撃して、あとをついて角を曲がると、なにかしら良いことがあったので、幸運の女神のように思っていたのだと言ったのでした。
「さっき息子からそう聞いてゾッとしましてね。
…わたしたち親子はいったい何に弄(もてあそ)ばれているんでしょうねぇ?」
そう声をひそめて田中さんは言うのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 百十二日目
2024.5.4

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?