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プリンター

これはフリーライターをしていたEさんという男性から聞いたお話です。

10年ほど前のことです。
Eさんは、それまで自宅兼仕事場として借りていたマンションが手狭になったため、もう少し広い2LDKの部屋に引っ越したのだそうです。
新居は川沿いにある8階建てのマンションの最上階で、夏には花火大会も間近に見ることができるという、眺めのよい物件でした。

引っ越してしばらくしたある朝のことでした。
Eさんが仕事部屋に行くと、床にA4サイズの白紙が一枚落ちていました。
昨夜、仕事を終えて寝室に行く時には落ちていなかったものです。
〈はて、どこから落ちたんだろう?〉と思いましたが、その日はそれ以上特に気にすることなく仕事にとりかかりました。

しかし、その翌朝も仕事部屋の床には一枚の白紙が落ちていたのです。
落ちている位置から察するに、どうやらデスクの脇に置いてあるプリンターから吐き出されたもののようでした。
プリンターは大容量のインクこそ使っていますが、どこにでもあるカセット給紙のインクジェット複合機です。
コピーやスキャナはできますが、FAX機能は付いていないので、夜中に自動的に何かを受信して紙を排出するということは考えられません。

いつも夜はプリンター自体の電源も、パソコンの電源も切って寝るので、どう考えても不思議なことなのです。
Eさんはためしに、その日の夜はプリンターの排紙トレーを引き出した状態にして就寝してみました。
すると翌朝には、トレーの上に一枚だけ白紙が乗っていたのでした。

この謎の現象は三日目以降も毎日続きました。
そして一週間ほどたった朝のことです。
Eさんはプリンターから出てきた紙が、白紙ではないことに気がつきました。
よく見ると紙の真ん中に直径5ミリほどの黒いシミのような点があります。

プリンターの原稿台のガラスを確認してみましたが、そのような黒い点の元となるゴミや汚れはありません。
Eさんは不気味なこの黒い点が気になって、その日から排出された紙を保管しておくことにしました。 

その後も毎朝、電源の入っていないプリンターのトレーには一枚ずつ紙が排出され、紙の中央の黒いシミも日増しに大きくなっていきました。
シミは歪んだ円形で、その歪み具合も日によって微妙に変化しています。
大きさも一日1ミリずつくらい大きくなり続けて、いつしか10円玉ほどになっていました。

そして、二週間ほど過ぎたある夜のこと。
その夜は、締切間近な原稿を書き上げようと、Eさんは徹夜を覚悟でパソコンのキーボードを叩いていました。
資料のコピーのためにプリンターの電源も入れた状態でした。
すると何の操作もしていないのに、かたわらのプリンターが突然音を立て始めました。
時刻は午前2時を過ぎようかという頃です。

プリンターは起動の動作を終えると、高速でプリントを開始して、真ん中にいびつな黒い円形のシミが印刷された紙を吐き出しました。
〈なるほど、こうやって毎晩プリントしてたのか…〉
Eさんは実際の光景を目の当たりにして、少し感心し、納得したような心持ちでその様子を眺めていました。

しかし、その夜はそれだけでは終わりませんでした。
プリンターは次の印刷を開始したのです。
2枚目、3枚目、4枚目…次々に排紙トレーに吐き出されてくる紙…。
そして、排紙されるごとに、真ん中の黒いシミが急速に大きくなっていくのがわかりました。

最初五百円玉くらいだったものが、ゴルフボールから野球ボール大へと一枚ごとに大きくなっていきます。
そして、大きくなるにつれて、それが黒一色のシミでないことがEさんにもしだいにわかりはじめてきました。

プリンターが途切れることなく印刷しているもの…、それは髪の毛でした。
いえ、正確に言うと、艶のない黒髪の頭部を真上から見たところなのでした。
この二週間ほどプリンターは、深い水底(みなそこ)から、まっすぐに浮き上がってくる、何者かの頭頂部を毎日印刷し続けていのでした。

そして、それが今夜、一気にEさんの目の前に浮かび上がって来こようとしているのです。
その、髪の毛の一本一本や、つむじまでもが、くっきりと識別できるまでに克明にプリントアウトされてくるようすを、Eさんは逃げることもできずに、ただ呆然と見つめ続けているだけでした。

やがて、その頭は、ついにはA4の紙の短い辺いっぱいの大きさにまでなって、吐き出されてくる紙は、もはや真っ黒に近くなっています。
そして、それをピークに黒髪は、紙の中心部から片側へと寄っていき、その黒い面積も少しずつ減りはじめました。

その意味を理解したときEさんは恐ろしさに脚が震え、それがきっかけでようやく這うように仕事部屋を脱げ出したのでした。
プリントアウトされてくる頭は、明らかに上を見上げようとしていました。
仰向けに顔を上げてEさんの方を見ようとしていたのです。

Eさんは、パニックになりながらも、なんとか財布と携帯電話だけを持って部屋を飛び出して、近くのファミレスで一夜を明かしました。
明るくなって恐る恐る部屋に戻ったところ、インクが切れたのか用紙がなくなったのか、プリンターは停まっていました。
排紙トレーに吐き出された最後の紙には、上を向きかけた女のとがった顎の先と、刺すように見上げる両目がプリントされていたのでした。

Eさんはすぐに部屋を引っ越し、プリンターも新しいものに買い替えたそうです。
プリントアウトされた紙の束は近くのお寺に持って行き、お焚き上げをしてもらいました。
そのお寺の住職に聞いたところによれば、マンションが建っていた土地には昔は墓場があり、古い井戸もあったのだとか…。
はたして何者が地下から8階の部屋にまで昇って来ようとしていたのか?…という、そんなお話を聞かせてもらいました。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 百日目
2024.1.6

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